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連載「夫婦・パートナー関係」第10回(全5回) 第1回から読む →

はじめに

あのときのことが、どうしても許せない。相手はもう謝り、こちらもいったんは収めたはずなのに、ふとした折にまた湧いてくる。昔のことを責めても相手には動かしようがないため、話はそこで止まりやすくなります。

けれども、許せない気持ちが濃くなった時期をたどると、いま起きている、手当てのできる問題が見えてくることがあります。見るのは過去の出来事の評価ではなく、いまの二人のやりとりです。

この記事は夫婦・パートナー関係シリーズの第10回です。第8回第9回で見た話し合いに持ち出される、前の恋人、過去の裏切り、育った家庭を扱います。

暴力や、相手からの強い支配がある関係には、この記事の話をどれも当てはめないでください。 見方を変えることより先に、身の安全の確保が優先されます。無理に話し合おうとせず、通院中の方は主治医に、そうでない方は医療機関にご相談ください。

許せない気持ちの揺れは、いまを映している

相手の昔のことを責めるとき、問題にしているのは過去の出来事だけとは限りません。許せない気持ちは一定ではありません。基本のところでは許せないままでも、薄い時期と、際立って濃くなる時期があります。その濃淡が、いまの間柄を映しています。

責める側はいまの失望を昔の出来事で語り、責められる側は「もう済んだ過去」として受け止めるため、やりとりは平行線になります。そこで、濃くなったのはいつからか、直前に何があったか、どの言葉が引き金だったかをたどります。多いのは、昔と似た型のことがいま起きたときです。

原著の例では、高熱で寝込んだときに相手が友人と飲みに出たことが、後になって再び持ち出されます。相手は「もう謝った」と腹を立て、その態度に「まるで悔いていない」と怒りが深まる。ところが今回の引き金は、近所づきあいのもめごとを相談したのに、身を入れて聞いてもらえなかったことでした。昔の出来事は、「困っているときに向き合ってもらえなかった」ことの象徴としてよみがえっていたのです。

昔の出来事そのものは動かせなくても、いまの困りごとは手当てできます。 もめごとを解決してもらわなくても、身を入れて聞いてもらうだけで足りるかもしれません。責められている側も、ただ身を守るのではなく、「いま何に困っているのだろう」と見ることができます。どちらか片方が昔からいまへ目を移すだけで、局面は動きはじめます。

相手の元の交際相手が頭から離れないとき

相手が一緒になる前につき合っていた人が、どうしても気になることがあります。

原著の例では、相手は穏やかで、いまの暮らしにも大きな不満はありません。それでも、相手が結婚前に本気でつき合い、先方から断られた人のことが引っかかる。気持ちが届いていないと感じると、「断られていなければ、あちらを選んだのだろう」と思い、好きな人のところへ行けばいいと突き放してしまいます。言われた側は、一緒になると決めた自分まで軽んじられたように感じ、言い返す。すると、やはり自分より前の相手が大事なのだ、という確信が強まります。

この場面では、口から出る言葉と、本当に言いたいことが正反対です。 本当に言いたいのは「私だけを大事にしてほしい」ということなのに、言葉は「私から離れてよい」という形になる。この例では、相手も一緒になる覚悟をすでに示しており、求めているものは食い違っていません。

ここでも、いまの問題が昔の問題に置き換わっています。前の相手のほうがよかったのではないかという考えは、相手の気持ちが十分に届いている時期にはほとんど浮かびません。主題は、昔の相手との比較ではなく、いま大事にされていると感じられているかです。

取り組む先も、前の相手ではなく、相手の気持ちがいまどう届いているかになります。たとえば相手が仕事で疲れきっている時期に心細くなるなら、そういう時期にも「あなたを大事に思っている」と言葉にするやりとりを決めておく。責める側も、「前の人のほうがよかったのでしょう」ではなく、「寂しい。私を大事に思ってくれているか」と伝える。そうすれば、責められた側も、何に応じればよいかをつかみやすくなります。

自分をさらけ出す言い方が苦手だと、「あなたは」と相手の問題に置き換えやすくなります。しかし、相手は前の恋人に断られた側でもあり、その傷を何度も突かれればつらくなります。言える関係なら、過去を責めるより、いまの寂しさを打ち明けるほうが、本当にほしい応答へ近づきます。

それをいま相手に言えそうか、言える時期なのかは、診察で一緒に整理できます。言えない事情があるときは、その事情をご相談ください。疑いが話し合いでは動かない確信になっている場合や、実際にいま起きていることを疑っている場合は、ここで扱う「気になる」とは別のものです(妄想とは?)。判断は医師が診察のうえで行いますので、そのままご相談ください。

関係の外に相手がいた過去があるとき

扱うのは、パートナー以外の人との関係が過去にあった場合です。道徳の上では裏切った側が加害者であり、裁く場ならそれで足りるでしょう。けれども、二人で続けていこうとする治療の場で要るのは、それぞれの痛みにどう向き合えば二人がこの先も立ちゆくか、ということです。以下は関係を続けようとする場面に限った話で、どちらが悪いかの判定はしません。

裏切られた側が深く痛むのは言うまでもなく、それが別れにつながることも珍しくないでしょう。子どものこと、悔いの深さ、暮らし全体の釣り合いを量った末に、続けていくと決めることも多いはずです。けれども、いったんそう決めても、これはさまざまな折に戻ってきます。 とくに、似たそぶりが見えたときや、言い合いのさなかに。

この節でいちばん大事なところです。痛んでいるのは片方だけではありません。 これは、二人を診ていく側が持つ見方です。裏切られた側に、相手の痛みを引き受けたり気づかったりする義務があるという話ではありません。 相手の痛みを知ることは、許すことと同じでもありません。

裏切りが表に出た側にも、痛みが残っていることが多いものです。表に出るのは往々にして自分の不始末によるもので、恥ずかしさや自責を伴う衝撃になります。傷を抱えているときの反応は、たいてい怒りの形をとります。向いている先は相手ではなく、自分の危うさを遠ざけることのほうです。こうして往復が起きます。裏切られた側の痛みから出た怒りが、表に出た側の痛みに触って、そこからまた怒りを呼ぶ。 一つの主題が、裏と表の形で二人を痛めつけ合う、かなり重い問題にもなりえます。

だから、双方の痛みが深く、こちらの痛みを口にすればそれがそのまま相手の痛みに触ってしまうときは、二人で受ける治療を専門にしている人の力を借りたほうがよいのです。なお、当院ではカップル療法・夫婦カウンセリングは行っていません(後述します)。いま進行している関係についてどうするかは扱いません。扱うのは、過ぎたこととしての話です。

育った家庭から持ち込まれるもの

相手の過去といえば、その最たるものは育った家庭でしょう。人は育った家族との間柄から、暮らし方や物の見方だけでなく、人とはこういうものだという見当も受け取ります。それはその人の対人関係の型に入り込み、いまの間柄にも及びます。

原著が挙げている形を二つ紹介します。一つは、家庭がうまく回っていないなかで、手のかからない出来た子として育った場合です。ほかの形の間柄を知らないため、いまの間柄でも同じ役を務めてしまう。この構えは、そういう育ちをしていない側の相手から見ると、自分の領分に踏み込まれたと感じられることもあります。 本人が片づければよいことまで肩代わりしてしまうためです。もう一つは、育った家庭で痛めつけられていた場合です。自分を痛める危うさの気配にどうしても目が向きやすくなり、相手の何気ない一言を責められたと受け取る、違う見方をされると否定されたと読む、という形で現れます。

この二つに共通しているのは、育った家庭といまの家庭は別のものだと、本当のところでは分かっていない、という点です。 育った家族から取り出した、自分に固有の人間観ごしにしか、目の前の相手が見えていない。しかもその人間観を通して見ていること自体に、本人はほとんど気づいていません。 育った家族の抱えていたものを裏返した戒めが強すぎて、理想の家庭像を押しつける、回っていない部分を認めない、という反対向きの現れ方もあります。これも、よい家庭とはこういうものだという見当ごしにしか、いまの家族が見えていない点では同じです。

対人関係の型に入り込んでしまったものは、すぐには手放せないことがほとんどです。だから、しばらくは変わらない特徴として、二人で分かち合っていくのがいちばん現実的です。 その見方は間違っている、と切り捨てるのではなく、本人の手ではどうにもならない事情として率直に話し合う。ただし、相手の怒りが怖い、身の安全が脅かされていると感じるときは、分かち合う話ではなく、安全の確保が先です。

当院での考え方

当院では、対人関係療法を含む専門的な心理療法プログラムを提供しておりません。心理士がおらず、カウンセリングも行っていません。カップル療法・夫婦カウンセリング(お二人で来ていただいて行う治療)も行っていません。 トラウマに特化した専門治療(EMDR、トラウマ焦点化認知行動療法など)も同様です。いずれも、実施している医療機関をご自身でお探しいただくことになりますが、紹介状(診療情報提供書)は必要に応じて作成します。

そのうえで、通常の診察のなかでは、この記事で紹介したような考え方——身近な人との関係を整理する、期待のずれを言葉にする、伝え方を一緒に考える——を取り入れた助言を行っています。何をどうしたいかがまだ決まっていない段階でも、そのままお話しいただいて構いません。

診察への同席については、ご本人が受診され、同席に同意されている場合には可能です。ご家族のみの相談はお受けしていません。ご本人が受診できない状況のときは、公的な相談先や、受診を予定している医療機関へお問い合わせいただく形をご案内しています。

受診の目安

次のようなときは、一度ご相談ください。

  • 昔のことが頭から離れず、日常の用事が手につかない時間が長くなっている
  • 相手の言動を確かめずにいられない、確かめても落ち着かない状態が続いている
  • 昔のことをめぐるやりとりのあとに、気分の落ち込みや体の不調が出る日が続いている
  • 裏切りについて、ご自身の側の痛みを話せる場が必要だと感じている
  • 昔の場面が急に浮かんでくる、身構えが解けない、といった状態が続いている
  • 眠れない、食べられない、仕事や家事が回らないという状態が2週間以上続いている
  • 自分を傷つけたいという考えが浮かぶことがある

当てはまるからといって、すぐに病気だということではありません。診断は医師が診察のうえで行います。当院の診療対象は18歳以上の方で、初診の前にWEB問診にご記入いただきます(初診の時間は問診を含めて30分程度です)。気持ちが差し迫っているとき、体調が急に変わったときは、様子を見ずに、通院中の方は主治医に、急を要する場合は救急(119番)にご連絡ください。

まとめ

許せないという気持ちには、濃くなる時期と薄くなる時期があります。その濃淡はいまの間柄を映しています。 濃くなった時期をさかのぼって、手当てのできる近い出来事——身を入れて聞いてもらえなかった、大事にされていると感じられない——のほうに目を移すこと。どちらか片方が昔から今へ目を移すだけで、局面は動きはじめます。

次回は、二人の外側にいる人たち——相手の親や親族、そして友人との距離を扱います。

そのほか近いところにあるもの ── 親から心理的に離れるということ子ども時代のつらい経験について精神科医はなぜ子ども時代のことを聞くのか対人トラウマとは心が自分を守る仕組み(防衛機制)

参考にした書籍

この記事は、次の書籍の記述を要約・再構成して作成しました(原文の転載ではありません)。

  • 水島広子『対人関係療法で改善する 夫婦・パートナー関係』創元社

よくある質問

何年も前のことが、いまだにどうしても許せません。

許せないという気持ちには、濃くなる時期と薄くなる時期があり、その濃淡は今の間柄を映しています。濃くなった時期をさかのぼると、もっと近い出来事——多くは、似た型のことがまた起きたとき——が見えてくるはずです。許すべきだという話ではありません。取り返しのつかない過去とは違って、近い出来事のほうは手当てができる、という話です。

相手の元の交際相手のことが、どうしても気になってしまいます。

相手からの気持ちが十分に届いている時期には、ほとんど頭に浮かばないはずです。本当の主題は、前の相手と自分のどちらがよいのかではなく、いまどれだけ大事にされていると感じられているかのほう。取り組む先も、過去の相手ではなく、相手の気持ちがいまどう届いているかになります。実際にいま起きていることを疑っている場合や、話し合っても動かない確信になっている場合は、この話とは別です。判断は医師が診察のうえで行いますので、そのままご相談ください。

関係の外に相手がいた過去がある場合も、いまの間柄を映していると考えるのですか。

裏切られた側が深く痛むのは言うまでもありません。そのうえで、表に出た側にも恥ずかしさや自責を伴う痛みが残っていることが多いものです。ただしこれは、これからも二人で続けていこうとする治療の場に限った、二人を診ていく側が持つ見方です。裏切られた側に、相手の痛みを引き受けたり気づかったりする義務があるという話ではありません。双方の痛みが深く、こちらの痛みを口にすればそれがそのまま相手の痛みに触ってしまうときは、二人で受ける治療を専門にしている人の力を借りたほうがよいでしょう。

相手の育った家庭のことが、今の関係に影響しているように思えます。

育った家族から受け取った人間観は、その人の対人関係の型に入り込み、いまの間柄にも及びます。やっかいなのは、その人間観を通して相手を見ていること自体に、本人はほとんど気づいていないことです。すぐには手放せないものなので、しばらくは変わらない特徴として、本人の手ではどうにもならない事情として率直に分かち合っていくのが現実的です。ただし、相手の怒りが怖い、身の安全が脅かされていると感じるときは、分かち合う話ではありません。

暴力や強い支配のある関係でも、同じように考えてよいのでしょうか。

当てはめないでください。この記事が扱っているのは、どちらの側も相手を傷つけようとしていない場面で、昔のことが持ち出されてしまう形です。昔のことを繰り返し持ち出して相手を思いどおりに動かす、逆らえば怒鳴られる、暮らしのお金を握られていて逆らえない、という形になっている関係は、それとは別のものです。安全が脅かされている関係では、見方を変えることよりも先に、身の安全を確保することが優先されます。無理に話し合おうとせず、通院中の方は主治医に、そうでない方は医療機関にご相談ください。暴力や強い支配のある関係については、シリーズの最終回で扱います。

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執筆・監修

精神保健指定医 野口晋宏

春日メンタルクリニック院長。精神科・心療内科の診療経験をもとに、受診前の不安や制度の疑問を整理しやすい情報提供を心がけています。

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