はじめに
不安なだけのはずが、いつのまにか相手を責める言い方に変わってしまう。よかれと思って細かく言っているのに、うるさがられる。相手のお金の使い方が、どうしても納得できない。夫婦やパートナーのあいだでは、こうした行き違いがくり返されます。
この記事は、夫婦・パートナー関係をテーマにした全15回のシリーズの5回目です。前回の「分かってほしい」と「解決したい」── すれ違いの型①では、気遣いの示し方に二つの型があることから起きるすれ違いを見ました。今回は、そこから少し込み入った三つの型と、けんかの形にならないまま続いているずれを扱います。
この記事は、型を見分けるところまでを扱います。見分けたあとに相手へどう伝えるか、という段階の工夫は家族や夫婦との『すれ違い』がつらい 役割期待のずれと心理療法にありますので、そちらをご覧ください。
この三つを「型」として読むために
先に、読み方のお断りです。
型は、人を分類するための道具ではありません。 どちらの側に立つかは性別で決まりません。この記事も、逆の並びを例外として扱いません。 場面によって入れ替わることもあります。原著も、こうした特徴は男女それぞれにかなりの幅で分布していると書いています。著者自身が置いている断り書きについては前回にくわしく書きました。
ですから、「うちはこの型だ」と決めてしまうと、そこで相手を見るのをやめてしまいます。型は、いま何が食い違っているのかを言葉にするための足がかりとして使ってください。この記事では、発達障害の特性によるすれ違いは扱いません。特性の有無にかかわらず、誰のあいだでも起こることとして書いています。
そして、いちばん大事なお断りを先に置きます。暴力や、相手からの強い支配がある関係には、この記事の話をどれも当てはめないでください。 言い方や受け止め方を工夫するより先に、身の安全を確保することが優先されます。ここでいう「すれ違い」は、どちらの側も相手を傷つけようとしていない場面のことです。相手を思いどおりに動かすために、怒り・沈黙・お金が使われている関係は、それとは別のものです。無理に話し合おうとせず、通院中の方は主治医に、そうでない方は医療機関にご相談ください。この点はシリーズの最終回でくわしく扱います。
なお、これから挙げる三つの場面は、いずれももとにした本に出てくるものです。仮名や生活の細部は落としてあります。
不安が、責める言葉になって出てしまう
一つめの型です。
片方が勤め先の事情で仕事を失いました。小さな子どもがいてもう片方もすぐには働けず、生活の見通しが立ちません。ところが仕事を失ったほうは、体調がよくないと言って求職に出かけない日があります。決まりかけた話も、条件を並べて見送ってしまいました。
このままでは一生決まらないのではないか、自分たちは行き場を失うのではないか。その不安を抱えきれなくなって、家にいる相手を見るたびに言ってしまいます。この先どうするつもりなのか。こんな時代なのだから人よりも動かなければいけないのではないか。いまは中身をえり好みしていられる状況ではないはずだ。
相手は、言い返してくることもありますし、そうでなければ黙って自分の部屋に入ってしまいます。その姿を見ると、現実を見ようとしていないと腹が立って、語気はさらに強くなっていきます。
もとにした本は、この場面で、責められる側が置かれている立場のほうに目を向けています。 本来なら自分が家計を担うはずなのに、いまはそれができていない。その状況で責められると、深く傷つきます。言い返すことも、黙って閉じこもることも、傷ついたために起きていることで、居直っているのとは違う——というのが著者の見立てです。
そして、言うほうに、相手を痛めつける気持ちがあるわけではありません。ただ、自分の不安をやわらげてほしいだけです。
ここが、この型のいちばん大事なところです。不安を不安のまま言葉にしないと、相手には責めとして届きやすい。 責めとして届けば相手は身構え、言い返すか閉じこもるかになり、その様子を見ていっそう強い言い方になる。そうやって回り始めます。
もし、この先どうなるのかが心配でたまらない、自分たちは大丈夫だろうか、という形で口に出せていたら、相手は自分なりに考えている先行きを話すことができたかもしれません。あるいは、責められている側から、心配をかけてすまない、というひとことが返るだけでも、不安を抱えている側の重さはいくらか軽くなったかもしれない、と書かれています。相手の考えていることが見えないこと自体が、不安を倍にしているからです。
もうひとつ線を引いておきます。この記事で扱っているのは、診断のつくような状態ではない、日常のなかでの不安の伝わり方です。確認をくり返す、大丈夫だと言ってもらえないと不安が収まらない、そのために家族が手を貸すことが日課になっている——そこまで生活を圧迫している場合は、別の枠組みで考える必要があります。強迫症の『巻き込み』|家族が確認や手洗いを求められて困っているときをご覧ください。
細かく言ってしまう側と、うるさく感じる側
二つめの型です。
子どもの受験で、二人そろって面接に臨むことになりました。なんとしても通したいと思っている側が、当日の服装から髪型、受け答えのしかたまで細かく伝えます。この学校に入れたいという熱意が伝わるようにしてほしい。話を聞くとき視線がよそを向きがちだから気をつけてほしい。のびのび育てていますとは言わないでほしい、いい加減な家だと思われるから。あいさつのときはきちんと頭を下げてほしい。
言われている側の表情はしだいに硬くなり、うるさい、と怒り出します。言った側は、こんな大事なときに煩わしがっている場合ではない、と感じてさらに細かく続けます。相手はとうとう声を荒らげ、その場から出ていってしまいました。
もとにした本は、この「うるさい」を額面どおりに受け取らないほうがよい、と述べています。 よく見ていくと、煩わしさよりも、一人前として扱われていないという感覚のほうが大きいことが多いからです。
言われた中身を並べてみると、たしかにそうなっています。面接の受け方も知らない、あいさつのしかたも分からない——まるで、その人が社会でやっていけない人であるかのような形になっている。けれども実際には、毎日を社会のなかで過ごし、自分なりのやり方を持っている人です。そこへ、親が子に言い聞かせるような調子でやり方を指図されれば、自分は信用されていない、と感じて腹が立つのも無理はありません。
そう感じたままを言葉にできれば、言った側も自分の言い方に気づくでしょうし、相手が思っていたより頼りになると分かって安心もするはずです。ところが、返ってくるのは「うるさい」の一語だけなので、ずれはずれのまま残ります。
では、なぜここまで口を出してしまうのか。もとにした本がまず置いているのは、言う側もまた不安にかられているということです。そのうえで著者は、どこまでが相手の領分なのかの見分けがつきにくくなるというこの関係の性質も関わっているのだろう、と見ています。自分の身支度を整えるのと同じ力の入れ方で、相手の言動にまで手が伸びてしまう。この点は夫婦・パートナー関係は、そもそも難しいで扱いました。
受験のように「二人で一つ」という意識が強くなる場面では、それがさらに進みます。何もかも子どものため、つまりは家族全体のためなのだ、という理由がつくからです。そうなると、言われる側がどんな思いをしているのかが、目に入らなくなります。別の人格を持った一人の相手という感覚が、ここでも薄れていきます。
これはこの記事の立場ですが、この型は、言い方の工夫だけの問題ではありません。相手を別の一人の人間として見る感覚が戻ってくれば、言い方のほうも変わってきます。
なお、服装や言葉づかいを細かく決められる状態が日常になっていて、従わないと家の中が収まらない、というところまで来ているなら、それはすれ違いではありません。上に書いたとおり、安全の確保が先です。
お金の使い道が合わない
三つめの型です。
片方が、趣味の車にかなりの額をかけています。もう片方は車にまるで興味がなく、なくても暮らしは回ると思っています。しかもその車は日常の用には向いておらず、汚れるのを嫌がるので、本当に出してほしい雨の日にはかえって出したがりません。恩恵らしい恩恵が、まったく感じられません。
何度か、こんなものは要らないのに、と言ってきました。けれども、そのたびに、ほかに楽しみらしいものもないのに、それまで取り上げるのか、こちらは毎日おもしろくもない仕事をしているのだ、という調子で機嫌を損ねてしまい、話はそこで止まります。不満は残ったままです。
もとにした本は、お金の使い方にはその人の考え方がある程度表れる、として三つを挙げています。
ひとつは、その人がもともと持っている価値観です。世の中はなんとかなるものだという構えの人もいれば、切り詰めることを美徳とする人、細かいことにこだわらない姿勢のほうを美徳とする人もいます。上を目指し続けたいのか、ほどほどで穏やかならそれでよいのか。そうした違いも出ます。この隔たりが大きい二人が一緒になれば、何かを買うたびにぶつかることもあります。
ふたつめは、二人を一つの単位としてどう考えるかです。一緒になった以上、財布は共通のもの一つだけだ、と考える人がいます。共通の分のほかに、めいめいが自由に使える分を持つべきだ、と考える人もいます。ここが違えば、相手への疑いや不満が積み上がっていくでしょう。
みっつめは、実家との関わり方です。実家から手を借りるのは当たり前のことだという環境で育った人もいれば、大人になってから実家に頼るのは恥ずかしいことだという環境で育った人もいます。お金に困る場面に出会ったとき、この二人の感じ方が大きく食い違うことがあります。
つまり、金額の話に見えて、実際にはもっと手前の価値観がずれている、ということがあります。どちらが正しいかで決着のつく話ではありません。
なお、この記事で扱っているのは、こうした価値観のずれです。使い方そのものが生活を壊すほどになっている場合——買うこと自体が止められない、気分が高ぶっている時期に大きな買い物をしてしまう、といった場合は、別に考える必要があります。買い物・課金がやめられない――「買う瞬間だけ楽になる」悪循環の心理と、抜け出すための考え方をご覧ください。また、お金を渡してもらえない、使い道を細かく管理される、という形になっているなら、それも価値観のずれではありません。上に書いたとおり、安全と生活の確保が先です。
表に出てこない「ずれ」もある
ここまでの三つは、どれも目に見える衝突でした。けれども、そればかりがずれの形ではありません。
たとえば、片方が家庭のことをほとんど顧みず、そのぶんもう片方の負担が重くなりすぎて気分の落ち込みが続いていたり、しわ寄せが子どもに及んで子どもが体調を崩していたりする。それでいて、そのことが問題として扱われないまま置かれている——原著はそういう例を挙げています。
負担を抱えて参っている側に尋ねても、返ってくるのは、でも仕方がないので、あの人はあの人で精いっぱいやっていますので、といった言葉だけです。口に出されるのは、自分がやるしかない、というところまでです。
こういうとき、二人は同じほうを向いているように見えます。けんかもしていないので、ずれには見えません。けれども実際には、自分のほうの望みが口に出されていないだけ、ということがあります。 それが語られれば、ずれとして表に出てくるでしょう。
なぜこれほど張り詰めているのか。なぜこれほど疲れきっているのか。疲れきったまま子どもにきつく当たってしまうこともあります。そこを見ていくと、本人たちもそうと気づいていないずれが潜んでいることが多い、と書かれています。
この形がやっかいなのは、本人がいちばん、それを問題だと思っていないことが多いという点にあると思います。もし、まわりから見て無理をしているように見える、と言われたことがあるなら、そこを一度、診察の場で言葉にしてみる値打ちがあります。相手に向かって言えない事情があるときに、無理に言葉にする必要はありません。その事情のほうをご相談いただいて構いません。
当院での考え方
当院では、対人関係療法を含む専門的な心理療法プログラムを提供しておりません。また、当院には心理士がおらず、カウンセリングも行っていません。カップル療法・夫婦カウンセリング(お二人で来ていただいて行う治療)も行っていません。 プログラムとしての心理療法をご希望の場合は、実施している医療機関をご自身でお探しいただくことになりますが、紹介状(診療情報提供書)は必要に応じて作成します。
そのうえで、当院の通常の診察のなかでは、この記事で紹介したような考え方——身近な人との関係を整理する、期待のずれを言葉にする、伝え方を一緒に考える——を取り入れた助言を行っています。何のために取り組むのかがまだ決まっていない段階でも、そのままお話しいただいて構いません。
診察への同席については、当院ではご家族のみのご相談はお受けしておりませんが、ご本人が受診され、同席に同意されている場合には、診察に同席していただくことは可能です。ご本人が受診できない状況のときは、公的な相談先や、受診を予定している医療機関へお問い合わせいただく形をご案内しています。
受診の目安
次のようなときは、一度ご相談ください。
- 家庭の負担が自分に偏っていると感じながら、仕方がないと言い聞かせて続けている
- 自分の言動を細かく決められる状態が続き、そのことで消耗している
- 不安から相手を責めてしまい、そのあとで自分を責める、というくり返しが続いている
- 相手が黙り込むようになり、話し合いそのものが成り立たなくなっている
- パートナーとのやりとりのあとに、気分の落ち込みや体の不調が出る日が続いている
- 眠れない、食べられない、仕事や家事が回らないという状態が2週間以上続いている
- 自分を傷つけたいという考えが浮かぶことがある
当てはまるからといって、すぐに病気だということではありません。診断は医師が診察のうえで行います。なお、当院の診療対象は18歳以上の方です。
当院では初診の前にWEB問診にご記入いただきます。初診の時間は問診を含めて30分程度をみています。
気持ちが差し迫っているとき、体調が急に変わったときは、様子を見ずに、通院中の方は主治医に、急を要する場合は救急(119番)にご連絡ください。
まとめ
- 不安を不安のまま言葉にしないと、相手には責めとして届きやすくなります。 責めとして届けば相手は身構え、言い返すか閉じこもるかになり、その様子を見ていっそう強い言い方になります
- 黙り込むのは、現実から目をそらしているからとはかぎりません。 本来なら自分が担うはずのことができていない状況で責められると深く傷つく、というのが原著の見立てです
- 相手の考えていることが見えないこと自体が不安を大きくしています。責められている側から、心配をかけてすまない、というひとことが返るだけで変わることもあると原著は書いています
- 細かく言われた側の「うるさい」は、煩わしさよりも、一人前として扱われていないという感覚であることが多いと原著は述べています。ところが返ってくるのが「うるさい」だけなので、ずれは残ります
- 口を出しすぎてしまう背景として原著が挙げているのは、言う側もまた不安にかられていること、そして、どこまでが相手の領分なのかが分かりにくくなるというこの関係の性質です。「二人で一つ」という意識が強い場面では、相手が別の一人の人間であることが見えにくくなります
- お金の使い方には、その人がもともと持っている価値観、家計をどういう単位で考えるか、実家との関わり方がある程度表れる、と原著は挙げています。金額の話に見えて、実際にはもっと手前の価値観のずれであることがあります
- けんかの形にならないまま続いているずれもあります。 片方が負担を抱えて不調に至っているのに問題として扱われていない形です。二人の向いている先が揃って見えても、自分のほうの望みが口に出されていないだけ、ということがあります。言えない事情があるときは、その事情のほうをご相談ください
- ここに並べた型は人を分類するための道具ではありません。 性別で決まるものでもなく、この記事は逆の並びを例外として扱っていません
- 暴力や強い支配のある関係には、この記事の話をどれも当てはめないでください。 相手を思いどおりに動かすために怒り・沈黙・お金が使われている関係は、すれ違いとは別のものです。言い方を工夫するより先に、身の安全の確保が優先されます。主治医または医療機関にご相談ください
次回は、会話そのものがかみ合わなくなるとき、二人のあいだで何が起きているのかを扱います。
参考にした書籍
この記事は、次の書籍の記述を要約・再構成して作成しました(原文の転載ではありません)。
- 水島広子『対人関係療法で改善する 夫婦・パートナー関係』創元社
よくある質問
不安なだけなのに、いつのまにか相手を責める言い方になってしまいます。
よくある形です。もとにした本は、不安を不安のまま言葉にしないと、相手には責めとして届きやすい、と述べています。責めとして届くと相手は身構え、言い返すか黙り込むかになり、その様子を見ていっそう強い言い方になる、という回り方になります。心配していることを、心配として口にするだけで届き方が変わることがあります。
相手が黙り込んでしまうのは、現実から目をそらしているからではないのですか。
もとにした本は、そうとはかぎらない、という見方をしています。本来なら自分が担うはずのことができていない状況で責められると、深く傷つきます。言い返すことも、自室に引きこもってしまうことも、傷ついたために起きていることで、居直っているのとは違う、というのが著者の見立てです。
よかれと思って細かく言っているのに、うるさがられます。どうしてでしょうか。
もとにした本は、うるさいという言葉を額面どおりに受け取らないほうがよい、と述べています。よく見ると、煩わしさよりも、一人前として扱われていないという感覚のほうが大きいことが多いからです。言われている中身を並べてみると、相手が社会でやっていけない人であるかのような形になっていることがあります。
相手のお金の使い方がどうしても納得できません。私が細かすぎるのでしょうか。
どちらが正しいかで決着がつく話ではありません。もとにした本は、お金の使い方には、その人がもともと持っている価値観、二人の家計をどういう単位で考えるか、実家との関わり方などが表れることがある、と述べています。ですから、金額の話に見えて、実際にはもっと手前の価値観のずれであることがあります。なお、使い方が生活を壊すほどになっている場合は、別の枠組みで考える必要があります。
暴力や強い支配のある関係でも、同じように考えてよいのでしょうか。
当てはめないでください。この記事で扱っているのは、どちらの側も相手を傷つけようとしていない場面のすれ違いです。相手を思いどおりに動かすために、怒りや沈黙、お金が使われている関係は、それとは別のものです。安全が脅かされている関係では、言い方を工夫することよりも先に、身の安全を確保することが優先されます。無理に話し合おうとせず、通院中の方は主治医に、そうでない方は医療機関にご相談ください。この点はシリーズの最終回で扱います。
けんかにならないので、うちにはずれがないと思っています。
けんかの形にならないまま続いているずれもあります。片方が家庭のことをほとんど引き受け、そのために疲れきって不調に至っているのに、それが問題として扱われていない、という形です。負担を抱えている側が「仕方がない」としか言わないため、二人の向いている先が揃っているように見えます。自分のほうの望みが口に出されていないだけ、ということもあります。ただし、言えない事情があるときに無理に言葉にする必要はありません。その事情のほうを診察でご相談ください。