はじめに
言い合いの声を、子どもに聞かれてしまった。冷えきった空気のまま、同じ食卓を囲んでいる。——二人のあいだのことが子どもにどう届いているのかは、親である方がいちばん気にかけながら、いちばん確かめにくいところだと思います。
この記事は、『対人関係療法で改善する 夫婦・パートナー関係』(水島広子、創元社)を下敷きに、二人のあいだのことが子どもにどう届くのか、そして子どもの側から二人に何が及ぶのかを整理します。夫婦・パートナー関係をテーマにした全15回のシリーズの13回目です(第1回・前回)。暴力や、相手からの強い支配のある関係には、この記事の話をどれも当てはめないでください。 そこで優先されるのは間柄の改善ではなく身の安全の確保で、この点はシリーズの最終回でくわしく扱います。
そして、この記事は親である方を責めるために書いていません。ご自身が子どもの側だった——親のあいだの不和のなかで育った——という立場の方には、子ども時代のつらい経験の影響を扱った記事と親との距離の取り直しを扱った記事のほうが、まっすぐ届く形で書かれています。
二人のあいだのことは、子育ての場面に出てくる
二人のあいだのことは、それだけで閉じてはいません。二人のことは二人で片づける、と決めていても、親の心の具合は、子どもへの向き合い方のどこかに必ず出ます。 自分たちの困りごとから、子どもを丸ごと切り離しておくことはできません。
たとえばうつ病になると、力が全体に落ちて細やかに目を配りにくくなり、気持ちのほうが動かなくなり、いらだちが向きやすくなります。そして、そうした自分の状態が、そのまま自責を刺激します。親として至らない自分を責め、そのぶん病気が重くなっていく——という巡りに入り込むこともあります。病気と呼ぶところまで行っていなくても、同じことは起きます。
親自身の不調は、子どもへの影響を数える対象である前に、まずそれ自体が手当ての対象です(親の不調と子どもへの関わりはパパも産後うつになるで扱っています)。この記事が追いかけるのは、その先——二人のあいだの不和そのものが子どもに届く道筋のほうです。
子どもが背負ってしまう役
著者は、思春期に心の病を抱えた子どもたちと話すなかで、二人のあいだのもつれをそっくり自分が引き受けてしまったような形を少なからず見てきたといいます。
よく見られるのは、子どもに向かって、あなたのために別れずにいるのだ、と伝えてきた場合です。これが高じて、生まれてこなければよかった、とまで言われていれば、さすがに虐待的だと分かります。けれども、あなたのために別れずにいる、という言い方のほうも、子どもに重い罪の意識を残します。自分のせいで親が不幸なのだ、と受け取るからです。
そこから先の形もあります。親を不幸にした当人なのだから、せめて望みには応えなければ——と、顔色を読んで無理を重ねていく子。自分はやはり要らない存在なのだ、という思いに落ちて、自分を大切にできなくなり、荒れた振る舞いに向かう子。
では、そう言った親の側はどうだったのか。そういう子の治療のなかで親に尋ねていくと、動きのとれない自分の重さをその形で吐き出していた場合もあれば、そう言った覚えすらない方もいます。ただ、そこで実際に難しかったのは、子どもを抱えたまま独り立ちすることのほうでした。 お金の面でも、気持ちの面でも、暮らしの実際としても難しかった。つまり、もとをたどれば親の側の事情だったのです。
これは、もっとうまく立ち回るべきだったと親を責める話ではありません。難しい事情がいくつも重なっていたにせよ、子どもの側の落ち度ではなかった——言いたいのはそれだけです。だからこそ、勧めは一点に絞られます。親の側の事情を、子どもの側に付け替えない。 それが子どもの心を守ります。苦しさを丸ごと隠し通す必要はありません。苦労は見えてもよく、子どもが自分のせいだと受け取らずにすむようにする——そこまでです。
なお、別れられない事情そのものが相手からの支配によって作られている場合は、言い方の工夫より先に、身の安全の確保が優先されます。別れが視野に入るときのことは、次回で扱います。
子どもは、二人のあいだから何かを読み取る
あなたのせいだ、と言われていなくても、子どもは二人の不和からいろいろなものを読み取っていきます。
その一つが、人と人との間柄とは、しょせんこの程度のものだという見方です。好き合って一緒になっても、行き着く先は責め合いなのだ——そう思えば、自分が親しい間柄を作っていくときにも、望みを持ちにくくなります。もう一方の性についての見当が固まってしまうこともあります。そうやって固まった見当は、その先で親しい異性との間柄を作るときの支障になっていきます。二人の不和のなかで育って、自分は決して一緒になどならない、まして子どもは持たない、と固く決めている方もいます。親が相手への不満やもつれをどう収めていたかも、その先の人づきあいに効いていきます。
だからといって、欠けなくやれという話ではありません。勧められているのは、ずいぶん小さなことです。子どもに向かって、こうできたらいいのだけれど、うまくいかないね——そう言葉にしてみせる。 それだけで、人は欠けたところを持ちながら、それでも努めている、という姿を渡せます。そしてそれが、子どもが自分にも人にも大目に構えられるようになる土台をつくっていきます。ただし、家のなかで弱った部分を口に出すこと自体が危うい、支配のある関係では、この勧めは当てはまりません。
子どもの側から、二人に及ぶこともある
向きは逆にもなります。子どものことでの悩みが、二人の不和の始まりになることもある。あるいは、この子が来たことで相手の気持ちを取られたように感じてしまうことが、二人の間柄を傷めることもあります。
ここで役に立つのは、子どもを迎えることは、二人それぞれにとって役割の変わり目である、という見方です(役割の変わり目そのものの総論は転職・離婚…生活の変わり目がつらいときにあります)。ふつうは、しっかり育てなければ、という一点にばかり目が向きますが、二人ともがそれぞれの変わり目を通っていて、そのなかで不和が起きてくることもあるのです。
とくに目を向ける値打ちがあるのは、その変わり目をどう受け取るかの、二人の違いです。よく見られるのは、片方は稼ぎの責任を強く感じるようになり、もう一方は子どもの世話のほうに気持ちが集中する、という分かれ方です(どちらがどちらを担うかが、性別で決まる話ではありません)。そうすると、仕事に精を出す側に対して、もう一方は、子育ての大変さが伝わっていない、という不満をためる。いっぽうで、密になった親子に対して、もう一方は自分だけ外に置かれたように感じる。こうして間柄がずれていきます。
相手の感じ方のほうがおかしい、と決めてしまわずに、二人ともが一人の人として変わり目を通っているのだ、と見る。 それによって、食い違いが広がるのを止めやすくなります。出産前後は変わり目なのですから、二人の間柄はむしろ意識して強めたほうがよい時期です。伝えるときも、責める形で言うのか、自分の側の不安として伝えるのかで、返ってくるものが変わります。後者のほうが手を貸してもらいやすいのです。具体的にどう言うかは、シリーズの第7回と第8回が担当しています。相手に向かって言えない事情があるときに、無理に言葉にする必要はありません。その事情のほうを、診察でご相談ください。
そして、これは出産のときだけの話ではありません。成績の落ち込み、荒れた振る舞い、いじめ——子どもをめぐる困りごとは、親の側にとってはどれも役割の変わり目になります。 変わり目のときは何ごとにも不安が強くなるので、相手の出方に対して強く反応しやすくなる。だからこそ、それぞれが自分の不安を口に出しながら、その時期を支え合うことに値打ちがあります。
子どもとの、合う合わない
最後に、正面から認めておいたほうがよいことがあります。親と子のあいだにも、合う合わないがあるということです。二人はそれぞれ別の人ですから、子どもとの間柄もそれぞれ別にあり、当然、合う合わないも生まれます。
軸になるのは、親としての情と、人と人としての相性は、別のことがらだという一点です。ほかのきょうだいより自分は愛されていなかった、という子どもの訴えは、ただのひがみではなく、この合う合わないを映していることが多いものです。子どもへの接し方は、親の側が自分で思っているよりも、人によって差があるからです。
合う合わないは、二人の間柄のほうにも跳ね返ります。片方のかわいがり方を、もう一方が甘すぎる、冷たすぎる、と感じることもある。けれども、合う合わないというのも、見方によっては事情の一つなので、甘すぎる・冷たすぎるといった物差しで測れるものではありません。そこに批判の目を向け合うと、二人の間柄のほうが傷み、それが子どもに効いてきます。
基本的には、二人の間柄さえ良ければ、子どもとの関わりの偏りは、さほど大きな問題にはなりません。 はっきりした虐待でもない限り、子どもは親のありようになじむだけの柔らかさを備えているからです。子どもの側から見れば親は特別な相手ですし、いつでも親を受け止めようとしています。それよりも、二人の間柄が悪くなることのほうが、本質的に子どもに効いてきます。 この順序は、いまうまくいっていない方に落ち度があるという意味ではなく、力を注ぐ先としては二人の間柄のほうが効く、という意味です。
いまは再び家庭を持つ形も珍しくなく、親と子の間柄はいっそう多様になっています。二人がまったく同じ近さで子どもと関わることを望むよりも、それぞれが自分の関わりのなかで力を尽くし、そのうえで二人の間柄をできるだけ良くして、子どもが安心していられる場をつくる——そこを目指すのがよい、というのがこの本の置き方です。
当院での考え方
当院では、対人関係療法を含む専門的な心理療法プログラムを提供しておりません。当院には心理士がおらず、カウンセリングも行っていません。カップル療法・夫婦カウンセリング(お二人で来ていただいて行う治療)も行っていません。プログラムとしての心理療法をご希望の場合は、実施している医療機関をご自身でお探しいただくことになりますが、紹介状(診療情報提供書)は必要に応じて作成します。
当院の診療対象は18歳以上の方です。お子さんの診療や、保護者のみのご相談はお受けしていません。この記事は、医療情報の紹介としてお読みください。そのうえで、通常の診察のなかでは、この記事で紹介したような考え方——身近な人との関係を整理する、期待のずれを言葉にする、伝え方を一緒に考える——を取り入れた助言を行っています。何をどうしたいかがまだ決まっていない段階でも、そのままお話しいただいて構いません。
パートナーの方の診察への同席については、当院ではご家族のみのご相談はお受けしていませんが、パートナーご本人が受診され、同席に同意されている場合には、診察に同席していただくことは可能です。パートナーご本人が受診できない状況のときは、公的な相談先や、受診を予定している医療機関へお問い合わせいただく形をご案内しています。
初診の前にはWEB問診にご記入いただきます。初診の時間は問診を含めて30分程度、再診はおおむね5分前後、通院の頻度は2週間に一度が基本です。
受診の目安
次のようなときは、ご自身のこととして、一度ご相談ください。
- 子どもに向き合う力が出ない、気持ちのほうが動かない、という状態が続いている
- 子どもにいらだちが向いてしまい、そのあとで強く自分を責める、というくり返しが続いている
- 親として至らない、という思いが頭を離れず、日常の用事が手につかない
- 子どものことをめぐって二人がもめる形が繰り返され、話し合う気力がなくなっている
- 眠れない、食べられない、仕事や家事が回らないという状態が2週間以上続いている
- 自分を傷つけたいという考えが浮かぶことがある
当てはまるからといって、すぐに病気だということではありません。診断は医師が診察のうえで行います。気持ちが差し迫っているとき、体調が急に変わったときは、様子を見ずに、通院中の方は主治医に、急を要する場合は救急(119番)にご連絡ください。
まとめ
芯は一つです。親の側の事情を、子どもの側に付け替えない。 苦労は見えてもかまいません。子どもが自分のせいだと受け取らずにすむ形さえ守れば、欠けたところを持ちながら努めている姿は、むしろ子どもが自分にも人にも大目に構えられるようになる土台になります。そして、力を注ぐ先に迷ったら、子どもとの関わりの細部よりも、二人の間柄のほうへ。二人のあいだのことは、それだけで閉じていないからです。
次回は、別れが視野に入るときのことを扱います。子どもがいる場合に配慮したいことも、そちらで扱います。
そのほか近いところにあるもの ── 子ども時代のつらい経験の影響・親との距離の取り直し・生活の変わり目がつらいとき
参考にした書籍
この記事は、次の書籍の記述を要約・再構成して作成しました(原文の転載ではありません)。
- 水島広子『対人関係療法で改善する 夫婦・パートナー関係』創元社
よくある質問
夫婦げんかを子どもに見せてしまいました。子どもに影響が残るでしょうか。
二人のあいだのことは子どもと切り離せませんが、欠けなくやれという話ではありません。勧められているのは、子どもに向かって「こうできたらいいのだけれど、うまくいかない」と言葉にしてみせることのほうです。人は欠けたところを持ちながら、それでも努めている——その姿を渡せることが、子どもが自分にも人にも大目に構えられるようになる土台になります。苦しさを丸ごと隠し通す必要はありません。
「あなたのために別れずにいる」と、子どもに言ってしまったことがあります。
その言い方は、自分のせいで親が不幸なのだという受け取りを生み、子どもに重い罪の意識を残します。ただ、これは親を責める話ではありません。そこで実際に難しかったのは、子どもを抱えたまま独り立ちすることのほうで、お金の面でも気持ちの面でも暮らしの実際としても難しかった——つまり親の側の事情です。求められているのは、苦労を隠し通すことではなく、子どもが自分のせいだと受け取らずにすむようにすることのほうです。
子どもが生まれてから、二人の関係がぎくしゃくしています。
子どもを迎えることは、二人それぞれにとって役割の変わり目です。しっかり育てなければ、という一点にばかり目が向きがちですが、二人ともがそれぞれの変わり目を通っていて、そのなかで不和が起きてくることもあります。責任感の向く先が二人で分かれると、苦労を分かってくれないという不満と、自分だけ外に置かれたという感じが同時に生まれます。どちらがどちらを担うかが性別で決まる話ではありません。相手の感じ方のほうがおかしいと決めてしまわずに、二人ともが変わり目を通っているのだと見ることで、食い違いが広がるのを止めやすくなります。
きょうだいのあいだで、かわいがり方に差が出てしまいます。
親としての情と、人と人としての相性は別のことがらです。ほかのきょうだいより自分は愛されていなかった、という訴えは、ただのひがみではなく合う合わないを映していることが多いものです。合う合わないというのも、見方によっては事情の一つで、甘すぎる・冷たすぎるといった物差しで測れるものではありません。そこに批判の目を向け合うと二人の間柄のほうが傷み、それが子どもに効いてきます。
子どものことが心配です。子どもも診てもらえますか。
当院は18歳以上の方を対象としているため、お子さんの診療や、保護者のみのご相談はお受けしていません。この記事は、医療情報の紹介としてお読みください。親であるご自身の不調——眠れない、気分が落ち込む、体調が続かない——については、ご自身の受診としてご相談いただけます。なお、当院ではカップル療法・夫婦カウンセリング(お二人で来ていただいて行う治療)も行っておりません。
暴力や強い支配のある関係でも、同じように考えてよいのでしょうか。
当てはめないでください。この記事が扱っているのは、どちらの側も相手を傷つけようとしていない場面で、二人のあいだのことが子どもに及ぶ形です。怒鳴られる、物に当たられる、暮らしのお金を握られていて動けない、という形になっている関係は、それとは別のものです。安全が脅かされている関係では、二人の間柄を良くすることよりも先に、身の安全を確保することが優先されます。無理に話し合おうとせず、通院中の方は主治医に、そうでない方は医療機関にご相談ください。暴力や強い支配のある関係については、シリーズの最終回で扱います。