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連載「夫婦・パートナー関係」第11回(全5回) 第1回から読む →

はじめに

義理の親との行き違いが、そのまま二人のけんかになる。相手が自分の親のことをこちらに丸ごと渡してくる。相手の友人が家に入り込んで落ち着かない。——二人の外側にいる人たちのことが、二人のあいだをきしませることがあります。

この記事は、水島広子『対人関係療法で改善する 夫婦・パートナー関係』(創元社)を下敷きにした、夫婦・パートナー関係シリーズ(全15回)の11回目です。前回は、相手の過去が引っかかるときを扱いました。今回はその外側——相手の親、親族、そして友人との距離です。夫婦の面接でいちばん多く出てくる悩みの一つがこれで、その関わり自体の悩みで終わらず、二人の間柄そのものを危うくしていきます。

先にひとつだけ。暴力や、相手からの強い支配のある関係には、この記事の話をどれも当てはめないでください。 そうした関係では、距離のとり方を工夫することより先に、身の安全を確保することが優先されます。くわしくは最終回で扱っています。

自分の親のことは、自分が引き受ける

著者が多くの夫婦を診てきて、これがうまくいくと思う、として置いている配分が、この一点です。自分の家族のことは、自分の側が引き受ける。

二人のあいだにすら、分かち合えているものは案外少ない——これは第2回で扱った土台です。相手の家族とのあいだには、分かち合えているものなどほとんど無いと考えてよいでしょう。違いを埋めてきた時間も、一緒に過ごした経験も、さらに少ないからです。そういう間柄なのだから、放っておいて折り合うことなどありえない、というくらいに構えておいたほうがよいのです。

相手の親の側にも事情があります。子どもの連れ合いを独立した一人として尊重するのが難しくなる方もいます。根にあるのは、第5回でも出てきた「二人で一つ」に似た感覚です。連れ合いがうまく立ち回ってくれないと我が子の先々に差し支える、あるいは我が家の面目に関わる——そういう感覚です。

そのうえでの配分です。自分の家族のことなら、自分のほうがよく分かっている。だから、自分が引き受けたほうがよい領分になります。これは双方向で、相手の家族との関わりは相手の領分です。とはいえ、暮らしのなかで直接の関わりは生じます。そのうえで言えば、相手の親との交渉を、こちらが引き受け続ける義務があるわけではありません。

頼み方にも、通る形と通らない形があります。「うまくやってくれ」と丸ごと渡す姿勢は、通らないことが多いのです。 丸ごと渡すのではなく、こういう場面でこう言ってほしい、というところまで下ろして、無理のない頼みごとの形にする——このほうがよほど動きます(頼み方そのものは第8回で扱いました)。

自分の側が元から家族との関わりに難しさを抱えていて、そこまで気が向かないこともあるでしょう。そのときは、抱えているものを相手と分かち合ったうえで、果たしてほしい役割を頼むやり方があります。たとえば——自分は母の踏み込みすぎるところに長く苦しんできて、いまも距離がうまくとれない。母が二人の問題に入り込みそうな気配になったら、二人で相談しますので、と返してくれないか——。この形なら手を貸してもらいやすく、二人の間柄も深まっていきます。

それをいま口に出せるかどうかは、また別の段です。どこから手をつけられそうかを、まず診察の場で言葉にしていただいて構いません。

相手が自分の親から離れきれていないとき

多くのもめごとの背景には、これがあります。自分自身が親から離れるというテーマが片づかないまま、その重みが連れ合いの側にかかってくるのです。

親の側の事情もあります。子の世話をやめられない親は、その連れ合いに向けて批判が出たり、踏み込みすぎたりしやすいものです。こういうふうに世話をしてほしい、という自分の望みが、そこに重ねられるからです。実のところ、親離れ・子離れを多かれ少なかれ引きずっている方が多いでしょう。

まず、しないことからです。あなたは親から離れられていない、と責めてしまうと、人はどうしても身構えます。 親を大切にして何が悪い、という反発が返ってきかねません。

そのかわりに、相手が親から離れる方向に動いたときに、それを言葉にして支える。責めると反発が返り、支えると動く——向きはそれだけです。すると相手は、親から離れられていないという直視しにくい面のほうではなく、頼られる側にもなれるという伸びしろのほうを見ることができます。

当然の反発が出るでしょう。親から離れるという、そもそも一緒になる前に片づけておく話に、なぜこちらがつき合わされるのか。著者の答えは正直です。そんな相手とはやっていけない、という考えでもかまわない——まずそう認めます。そのうえで、別れを考えていない、子どもがいる——そうした事情があるなら、どちらにしても間柄は立て直さなければならず、親離れが止まったままだと困りごとが続く。だから、何が自分のためになるかで考えて、「支える役」を一つの手立てとして選んでもよい、という限定つきの勧め方です。我慢して支えなさい、という話ではありません。

そして、ご自身の側に置けるものは、相手を動かす手立てよりも、どこまでを引き受けるかのほうです。相手の親離れが進むのを待つあいだ、こちらは何をどこまで背負うのか。それは相手の課題の進み具合とは別に、ご自身の側で決めてよいことです。すでに背負いすぎて余力が無いと感じているなら、それ自体を診察でお話しいただいて構いません。なお、相手やその家族から責め立てられて従うほかない関係では、支える役を引き受けようとせず、安全の確保を先にしてください。

相手の家族を、どこに置くか

もう一つの柱が、位置づけを見直すという考え方です。

まず、同居するかどうかで分かれます。ひとつ屋根の下で本当の家族になっていくのであれば、いちばん身近な人たちの位置に入りますから、このシリーズで書いてきた食い違いの直し方を当てはめていくことになります。けれども同居しないのであれば、そこまで力を注がなくてかまいません。むしろ、親戚や友人と同じくらいの位置にいると見てよい間柄です。

「嫁・姑問題」と呼ばれてきたものも、ここからほどけます。先方がこちらを、子どもの連れ合いとしてではなく、家に入ってきた嫁・婿という枠で見てくることがあります(どちらの側になるかは、性別で決まる話ではありません)。ほどいていくと、その根に家の一員としてきちんとしていると見てもらいたいという願いが座っている場合が多いのです。見られ方にこだわらなければ、相手は結局のところ他人ですから、違和感はあっても暮らしを握られるほどの重荷にはなりにくい。うまくやりたい、よく見られたいという願いがあるほど、思うとおりに動かない相手への重荷がたまっていきます。

これはまさに、期待のずれです。こちらがきちんとしていれば向こうも認めてくれるはず——その見込みが通らないから苦しいのです。相手は二人のあいだよりさらに分かち合うものが少ない間柄ですから、その見込みどおりに事が運ぶことはない、と見ておいたほうがよいでしょう。

ではどうするか。位置づけの置き換えです。相手をいちばん身近な人たちの位置ではなく、「親戚・友人」のところか、仕事の上での相手として置き直します。ある程度は近しくやれるところがあると思えたら、その範囲で近しくし、それ以外は、結局のところ他人だからと切り分ける。

それ以上に得体の知れない相手であれば、相手を選べない仕事でも仕事だからと応じるのと同じ構えで、関わりを一定の範囲に収めます。がんばれば通じ合えるはずだ、という見込みを下ろし、きょうは法事で終日そばにいるのだから勤めの一日だと思うことにする——という形です。ふだんの行き来も同じです。急に今から寄る、と連絡が来ても、引き受けられないと思えば、勤め先で用件を断るときと同じ調子で、礼を失しない形で返せばよいのです。冷たく突き放すのではなく、引き受けられる範囲を自分で決めておくと巻き込まれずにすむ、ということです。ただし、断ると家のなかが収まらない、あとがもっとひどくなる、という関係ではこの断り方を試さず、安全の確保を先にしてください。

相手の家族の状態がよほど重く、どう構えても引きずり込まれる場合には、勤めのようにという以前に、しばらく関わらずにおくという道もあります。その人がいまどう見えているかをパートナーと分かち合えれば、進めやすくなります。その人の状態に病名をつけて決める話ではなく、ご自身が何にどこまで巻き込まれているか、そちらを診察でお話しいただけます。

相手の友人が二人のあいだに入ってくるとき

最後は友人です。形は二つあります。こちらには受け入れがたい物の見方を、相手がその友人とのあいだで共にしている場合。そして、相手が外向きにはよく振る舞うたちで、困った友人に断れない場合。家に居ついてしまうところまでいくと、暮らしそのものが侵されてしまいます。

よくある行き詰まりは、こうです。友人の悪口や、その友人と縁を切れない相手への批判が繰り返され、相手のほうがかえって固くなって、事態が動かない。

背景にあることが多いのは二つです。友人との近さが二人で違うことと、相手がその人とつきあう理由がこちらに見えていないこと。こちらから見て困った人でも、相手にとっては何か値打ちがあったり、返しきれない恩があったりするのかもしれません。あるいは、相手のほうもそう思ってはいるけれども、縁を切れない自分の弱さを責めていることもあります。そして、友人とより近いのは相手のほうですから、より遠い側からとやかく言われれば、ただ身を守るということも起きます。

こちらの目には、自分たちの暮らしをその友人が侵している、と映ります。けれども相手から見れば、それはあくまで「自分の」友人です。友人をあれこれ言われると、自分自身が言われたのと同じように受け取ることさえあります。だから、友人の人柄ではなく、その友人のどのふるまいで自分がどう困るのかという、こちら側の事情を話し、直すことに手を貸してもらう。この構えをとったほうが、ずっとうまく運びます。

友人が家に入り込んで暮らしが立たなくなっている、断ろうとすると身の危険を感じる——そこまで来ているなら、頼み方の工夫の問題ではなく、安全の確保が先です。

当院での考え方

当院では、対人関係療法を含む専門的な心理療法プログラムを提供しておりません。また、当院には心理士がおらず、カウンセリングも行っていません。カップル療法・夫婦カウンセリング(お二人で来ていただいて行う治療)も行っていません。 プログラムとしての心理療法をご希望の場合は、実施している医療機関をご自身でお探しいただくことになりますが、紹介状(診療情報提供書)は必要に応じて作成します。

そのうえで、当院の通常の診察のなかでは、この記事で紹介したような考え方——身近な人との関係を整理する、期待のずれを言葉にする、伝え方を一緒に考える——を取り入れた助言を行っています。何をどうしたいかがまだ決まっていない段階でも、そのままお話しいただいて構いません。相手に向かって言えない事情があるときに、無理に言葉にする必要はありません。その事情のほうをご相談ください。

当院ではご家族のみの相談はお受けしていませんが、ご本人が受診され、同席に同意されている場合には、診察に同席していただくことは可能です。ご本人が受診できない状況のときは、公的な相談先や、受診を予定している医療機関へお問い合わせいただく形をご案内しています。

受診の目安

次のようなときは、一度ご相談ください。

  • 義理の親や親族との関わりのあとに、気分の落ち込みや体の不調が出る日が続いている
  • 断りたいのに断れず、そのあとで自分を責める、というくり返しが続いている
  • 相手の親のことで二人がもめる形が繰り返され、話し合う気力がなくなっている
  • 相手の友人が家に入り込み、暮らしが立てにくくなっている
  • 相手の家族のことが頭から離れず、仕事や家事が手につかない時間が長くなっている
  • 眠れない、食べられない、仕事や家事が回らないという状態が2週間以上続いている
  • 自分を傷つけたいという考えが浮かぶことがある

当てはまるからといって、すぐに病気だということではありません。診断は医師が診察のうえで行います。なお、当院の診療対象は18歳以上の方です。

当院では初診の前にWEB問診にご記入いただきます。初診の時間は問診を含めて30分程度をみています。

気持ちが差し迫っているとき、体調が急に変わったときは、様子を見ずに、通院中の方は主治医に、急を要する場合は救急(119番)にご連絡ください。

まとめ

この記事の芯は、配分と位置づけの二つです。自分の親のことは、自分が引き受ける。 よく分かっている側が引き受け、相手に頼むときは、こういう場面でこう言ってほしい、というところまで下ろして頼む。そして相手の家族は、同居しないなら親戚や友人と同じくらいの位置に置いてよい。 応じられる範囲だけ近しくし、それを超える求めは、勤め先で用件を断るのと同じ調子で返す。相手が親から離れきれていないときも、相手の友人のことも、責めるより、こちら側の事情を話して手を貸してもらうほうが動きます。

次回は、二人のどちらかがこころの病気になったときを扱います。

そのほか近いところにあるもの ── 親から心理的に離れる役割期待のずれ子ども時代のつらい経験介護する人のうつ

参考にした書籍

この記事は、次の書籍の記述を要約・再構成して作成しました(原文の転載ではありません)。

  • 水島広子『対人関係療法で改善する 夫婦・パートナー関係』創元社

よくある質問

義理の親とのことで、パートナーが何もしてくれません。

もとにした本は、多くの夫婦を診てきてこれがうまくいくと思う、として、自分の親のことは自分が引き受けるという配分を勧めています。自分の親のことは自分のほうがよく分かっているからです。暮らしのなかで直接の関わりは生じるとしても、相手の親との交渉をご自身が引き受け続ける義務があるわけではありません。そのうえで、こちらから相手に頼むときのことも書かれています。「うまくやってくれ」と丸ごと渡す言い方は通らないことが多いので、こういう場面でこう言ってほしい、という形にまで下ろして頼むほうが、はるかに動きやすい、と。

パートナーが親から離れられていないように見えます。

もとにした本は、まず責めないことを勧めています。親から離れられていない、と指摘すると人は身構えるので、親を大切にして何が悪い、という反発が返ってきかねないからです。そのかわりに、相手が親と距離をとれたときに、それを言葉にして支える形のほうがはるかに動く、と書かれています。すると相手は、親から離れられていないという直視しにくい面のほうではなく、頼られる側にもなれるという伸びしろのほうを見られる、というのが著者の説明です。なお、もとにした本は、そんな相手とはやっていけないという考えでもかまわない、と先に認めています。我慢して支えなさいという話ではありません。

義理の親と、どう距離をとればよいのでしょうか。

もとにした本は、位置づけを見直す考え方を挙げています。ひとつ屋根の下に入って本当の家族になっていくのなら、いちばん身近な人たちとして向き合っていく。同居しないのであれば、そこまで力を注がなくてよく、親戚や友人と同じくらいの位置にいると見てよい関係だ、というのです。応じられる範囲だけ近しくし、それを超える求めは、勤め先で角を立てずに用件を断るのと同じ調子で返す。ただしこれは、冷たく突き放してよいという話ではありません。

パートナーの友人のことで、いつももめてしまいます。

もとにした本は、よくある行き詰まりとして、友人の悪口や、縁を切れない相手への批判が繰り返され、相手がかえって固くなって事態が動かない形を挙げています。背景にあることが多いのは、友人との近さが二人で違うことと、相手がその人とつきあう理由がこちらに見えていないことだ、と。ですから、友人の人柄ではなく、その友人のどのふるまいで自分がどう困るのかという、こちら側の事情を話し、手を貸してもらう形にするほうが、ずっとうまく運ぶ、というのが著者の勧めです。

暴力や強い支配のある関係でも、同じように考えてよいのでしょうか。

当てはめないでください。この記事が扱っているのは、どちらの側も相手を傷つけようとしていない場面での距離のとり方です。相手やその家族から責め立てられて従うほかない、家のなかが収まらないから引き下がる、暮らしのお金を握られていて断れない、という形になっているなら、それは距離のとり方の工夫の問題ではありません。安全が脅かされている関係では、位置づけを見直すことよりも先に、身の安全を確保することが優先されます。無理に話し合おうとせず、通院中の方は主治医に、そうでない方は医療機関にご相談ください。なお、相手に向かって言えない事情があるときに、無理に言葉にする必要はありません。その事情のほうを診察でご相談ください。暴力や強い支配のある関係については、シリーズの最終回で扱います。

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執筆・監修

精神保健指定医 野口晋宏

春日メンタルクリニック院長。精神科・心療内科の診療経験をもとに、受診前の不安や制度の疑問を整理しやすい情報提供を心がけています。

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