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連載「夫婦・パートナー関係」第8回(全5回) 第1回から読む →

はじめに

同じことを頼んでいるはずなのに、自分の言い方が、他人に対するときといちばん身近な相手に対するときとで、まるで違っている。夫婦やパートナーのあいだでは、こういうことが起こります。

この記事は、夫婦・パートナー関係をテーマにした全15回のシリーズの8回目です。前回は、不満を「こうしてほしい」という期待として言い直し、実現できる形に組み替えるところまでを見ました。今回はその続きで、組み替えた期待を、どう頼むかです。

いちばん大事なお断りを先に置きます。暴力や、相手からの強い支配がある関係には、この記事の話をどれも当てはめないでください。 頼み方を変えれば通じる、という話ではなく、言い方を工夫することより先に、身の安全を確保することが優先されます。無理に話し合おうとせず、通院中の方は主治医に、そうでない方は医療機関にご相談ください。この点はシリーズの最終回でくわしく扱います。

ここで扱うのは、どちらの側も相手を傷つけようとしていない場面のことです。相手に特性や病気があるという前提も置いていません。どちらも変わりうる対等な二人として書いています。

他人には頼めるのに、身近な相手には指示になる

もとにした本が最初に置いているのは、食い違いを直すことが目的なのだから、変えてほしいことを伝えるのは筋としては「依頼」にあたるという導出です。命令でも、指示でも、要求でもない——そこがこの本の言い方の要点です。

よく知らない相手に対してなら、私たちはごく自然に、お願いできますでしょうか、そうしてもらえると助かるのですが、という形をとります。ところがどこまでが自分の領分なのかが分かりにくい間柄になると、言い方が指示や要求のほうへ寄りがちです。 やっておいて。絶対にこうして。——他人には決してしない言い方が出てきます。他人には控えることがこの関係でだけ日常になる、という話そのものは第2回で扱いました。ここで見るのは、それが依頼から指示・要求への形の変化として出るところです。

そして、指示や要求は容易に攻撃として受け取られます。理由は一つではありません。言い方そのものに腹が立つこともあれば、見下されたと感じることも、身動きを縛られたような窮屈さを覚えることもあります。押さえておきたいのは、攻撃として受け取られるのは中身ではなく形のほうだという点です(ここは原著の言葉ではなく、この記事の整理です)。頼んでいる中身は同じでも、形が変わるだけで届き方が変わってしまう。

差がはっきり出るのは、断られたとき

依頼と指示・要求の違いがはっきり分かるのは、相手がノーと言う場面です。

お願いできますでしょうか、という形で頼んでいれば、断られても、申し訳ないがそれは無理だ、けれどもこちらならできる——という前向きなやりとりに進めます。ところが、やっておいて、絶対にこうして、という形で言っていた場合には、そうはいきません。そんなことができるわけがない、口を出さずにやり方は任せてほしい、と断り方そのものが変わってきます。

いちばん考えさせられるのはこれです。はじめは引き受けるつもりだったのに、その言い方を見て気持ちが引いてしまった、という場合すらある、というのです。そうなると、食い違いを直すためのやりとりのはずが、もともと食い違っていなかったところに、やりとりのせいで食い違いを作ってしまう。 ここが、頼み方を「形の問題」として軽く見ないほうがよい理由です。

「なぜこちらが下手に出るのか」という問いに、原著は答えている

ここで当然出てくる問いがあります。間違っているのは相手のほうなのに、なぜこちらが頼む側に回るのか。 原著はこの問いを、そう言う人もいる、という形で取り上げています。

答えは、まず目的を確かめよう、というものです。責め立てることだけが目的であれば、言い方は好きにすればよい——著者はそこまで書きますが、これは目的が違う場合の話として置かれたもので、責めることを勧めているわけではありません。この本が扱っているのは関係を良くしていくことであり、そのためには食い違いを直すことが要になる。そしてそこには相手の協力が要ります(この理屈は第7回で扱いました)。だから、頼む形を勧めているのです。

そのうえで原著は、こう続けます。頼む形は、必ずしも下手に出ることではない。むしろ、上下を作らない構えだと言えるだろう。 こちらはこうしてほしいのだけれど、あなたの側では無理のない話でしょうか——そう問いかけているにすぎないからです。

ここから、断られたときの受け取り方も変わります。断られたからといって、自分が否定されたわけではありません。 期待を組み直す必要がある、というだけのことです。前回見た「実現できる形に作り直す」が、ここでもう一度出てきます。

一つの頼みごとに、過去が乗ってくる

次は、積み重ねのある関係でとくに起きやすい形です。原著が夫婦げんかの典型として挙げているのは、以前もこうだった、そちらはいつもそうだ、という形に話が広がっていくやりとりです。

一つ頼んだだけなのに、なぜ一つで済まなくなるのか。他人相手の頼みごとには持ち出せる過去がありませんが、この関係にはある——積み重ねのある間柄だからこそ、頼みごとに過去という材料が手に入ってしまうのです。そして、以前もこうだった、そちらはいつもそうだ、という言い方は、一見ある行動について話しているように見えて、実際にはその人の人柄を批判していることと変わりません。 そういうたちの人だ、という話にすり替わってしまうからです。こう言われた相手から落ち着いた返事が返ってくることは、まず望めないでしょう。返ってくるのは言い返しと、言い方そのものへの反発だけです。

では、どうするか。原著が置いているのは技術ではなく、立ち戻る先です。過去を持ち出したくなったら、この会話は何のためだったのかを思い出す。 目的は攻撃ではなく、食い違いを直すことだった——そこへ何度でも戻り、いま困っている行動に的を保って、このままでは困るのでなんとかならないだろうか、と相談する形にします。

「私から見ると」と、ひとこと限定を添える

もう一つ、この関係にだけある上乗せ分があります。自分のことを決めつけられるのは誰にとっても不愉快で、どんな人間関係でも自分の側の話として語ったほうがよいのですが、とくにこの関係では、相手を見通しているつもりでいる度合いが強いために、決めつけの響きが人を裁くようなものになってしまう、と原著は述べています。効いているのは関係の長さではなく、相手を見通しているつもりでいるかどうかです。同じ言葉が、この関係でだけ重く届く理由がここにあります。

そこで原著が挙げているのは、ひとこと添えるだけの工夫です。相手についてこう思う、ということがあるなら、私から見るとあなたはこういうところがあると思うのだけれど、という言い方にすれば、まだましだ、と。自分に見えている現実と、相手に見えている現実は、いつも食い違っている可能性がある。 それを前置きしたうえで話せば、受け取られ方が変わり、相手も、それは思い違いだよ、と穏やかに返しやすくなります。余計な反撃を招かずにすむわけです。

話を途中で折らないことの理由

最後は、話を途中で折らないことです。ここは礼儀作法の話として書かれていないところが大事です。

折ってしまう理由は二つ。相手を見通しているつもりでいることと、どこまでが自分の領分なのかがはっきりしないこと——どちらも、この関係でとくに強く働く事情です。けれども、相手の事情を、こちらがすべて把握しているわけではありません。いまの相手のふるまいの裏には、必ず何かしらの事情がある。その事情を分からないまま、お互いの期待をすり合わせることはできない。 つまり、最後まで聞くのは礼儀作法のためではなく、聞かなければすり合わせという作業そのものが成り立たないからです。

口をはさまれた側に何が起きるかも書かれています。話の途中で入られるのは、人にとってとても不愉快なことです。自分が一人の人として扱われている、とは感じにくくなります。口をはさむこと自体が攻撃と受け取られることも多く、そこから、最後まで聞いてくれ、という反撃が起き、言い合いの繰り返しに入っていく。本来すり合わせたかったことは置き去りになり、お互いを責め合う形に変わってしまいます。そして、はっきり口をはさまなくても、あきれた様子でため息をつくなど、話す気をなくさせる態度は、折るのと同じような働きをすることがあります。 この話を聞く値打ちはない、と決めてかかっていることを表すからです。第6回で見たのは、そうした示し方では事情が伝わらないということでした。ここで見ているのは、伝わらないまま相手の話を止めてしまう側の働きです。

ただし、一方的に責め立てられている場面で、最後まで聞かなければならないという話ではありません。 その場を離れてよい場面もあります。頼むこと自体が怖い、言えばもっとひどくなる、という状況にあるなら、それは頼み方の工夫の問題ではなく、安全の確保が先です。どこから手をつけられそうかは、まず診察の場で言葉にしていただいて構いませんし、相手に向かって言えない事情があるときは、無理に言葉にせず、その事情のほうをご相談ください。

当院での考え方

当院では、対人関係療法を含む専門的な心理療法プログラムを提供しておりません。また、当院には心理士がおらず、カウンセリングも行っていません。カップル療法・夫婦カウンセリング(お二人で来ていただいて行う治療)も行っていません。 プログラムとしての心理療法をご希望の場合は、実施している医療機関をご自身でお探しいただくことになりますが、紹介状(診療情報提供書)は必要に応じて作成します。

そのうえで、当院の通常の診察のなかでは、この記事で紹介したような考え方——身近な人との関係を整理する、期待のずれを言葉にする、伝え方を一緒に考える——を取り入れた助言を行っています。何をどうしたいかがまだ決まっていない段階でも、そのままお話しいただいて構いません。

診察への同席については、当院ではご家族のみのご相談はお受けしておりませんが、ご本人が受診され、同席に同意されている場合には、診察に同席していただくことは可能です。ご本人が受診できない状況のときは、公的な相談先や、受診を予定している医療機関へお問い合わせいただく形をご案内しています。

受診の目安

次のようなときは、一度ご相談ください。

  • 頼むこと自体が怖くなっていて、言う前にあきらめている
  • 何を頼んでも指示のような言い方になってしまい、そのあとで自分を責めている
  • 頼むたびに過去のことへ話が広がり、けんかで終わるくり返しが続いている
  • 話を最後まで聞いてもらえないため、伝えることをやめてしまった
  • やりとりのあとに、気分の落ち込みや体の不調が出る日が続いている
  • 眠れない、食べられない、仕事や家事が回らないという状態が2週間以上続いている
  • 自分を傷つけたいという考えが浮かぶことがある

当てはまるからといって、すぐに病気だということではありません。診断は医師が診察のうえで行います。なお、当院の診療対象は18歳以上の方です。

当院では初診の前にWEB問診にご記入いただきます。初診の時間は問診を含めて30分程度をみています。

気持ちが差し迫っているとき、体調が急に変わったときは、様子を見ずに、通院中の方は主治医に、急を要する場合は救急(119番)にご連絡ください。

まとめ

  • 変えてほしいことを伝えるのは、命令でも指示でも要求でもなく、依頼です。どこまでが自分の領分なのかが分かりにくい間柄では、その形が指示や要求のほうへ寄りがちで、寄った形は攻撃として受け取られます
  • 差がはっきり出るのは、断られたときです。 お願いの形なら前向きなやりとりに進めますが、指示や要求の形だと、食い違いのなかったところに、やりとりのせいで新しい食い違いを作ってしまいます
  • 頼む形は下手に出ることではなく、上下を作らない構えです。 断られても、自分が否定されたわけではなく、期待を組み直す必要があるというだけのことです
  • 過去を持ち出したくなったら、この会話は何のためだったかへ戻る。決めつけを言いたくなったら「私から見ると」を添える。話は途中で折らない——どれも、相手の協力を得て食い違いを直すための形です

次回は、このやりとりを一度きりで終わらせないための習慣と取り決めを、どう作るかを扱います。

そのほか近いところにあるもの ── 家族や夫婦との「すれ違い」がつらいとき発達障害のある家族への接し方生理前のつらさを家族・パートナーにどう伝えるか

参考にした書籍

この記事は、次の書籍の記述を要約・再構成して作成しました(原文の転載ではありません)。

  • 水島広子『対人関係療法で改善する 夫婦・パートナー関係』創元社

よくある質問

他人には普通に頼めるのに、パートナーには言い方がきつくなってしまいます。

もとにした本は、それがこの関係の性質から来ていると見ています。よく知らない相手にはお願いの形をとるのに、どこまでが自分の領分なのかが分かりにくい間柄では、言い方が指示や要求のほうへ寄りがちだ、というのです。そして原著は、指示や要求は容易に攻撃として受け取られる、と述べています。言い方そのものに腹が立つこともあれば、見下されたと感じることも、身動きを縛られたような窮屈さを覚えることもある、と。この記事はここを、中身ではなく形の問題として整理しています。

こちらが正しいのに、なぜお願いする形をとらなければならないのでしょうか。

もとにした本はこの問いを取り上げて、まず目的を確かめる必要がある、と答えています。相手を責めることが目的なら、どんな言い方をしてもかまわない。けれども食い違いを直すことが目的なら、相手の協力が要ります。そして著者は、頼む形は必ずしも下手に出ることではない、と述べています。むしろ上下を作らない構えで、こちらはこうしてほしいのだけれどあなたの側では無理のない話か、と問いかけているにすぎない、というのが著者の考え方です。

頼むと断られます。断られたら、そこで終わりなのでしょうか。

もとにした本は、断られたときにこそ言い方の差が出る、と述べています。お願いの形なら、それは無理だがこちらならできる、という前向きなやりとりに進めます。指示や要求の形だと、そんなことはできない、口を出さずに任せてほしい、という返り方になるかもしれない。そして著者は、断られたことは自分が否定されたわけではなく、期待を組み直す必要があるというだけのことだ、と書いています。

一つのことを頼んだだけなのに、話が過去のことまで広がってしまいます。

積み重ねのある関係でとくに起きやすい形です。他人相手の頼みごとには持ち出せる過去がありませんが、この関係にはあります。もとにした本は、そうした言い方をされた相手から落ち着いた返事が返ってくることはまず望めないだろう、と述べています。言いたくなったときは、この会話は何のためだったかに立ち返るとよい、というのが著者の勧めです。

暴力や強い支配のある関係でも、同じように考えてよいのでしょうか。

当てはめないでください。この記事が扱っているのは、どちらの側も相手を傷つけようとしていない場面での頼み方です。頼んでも生活費を渡してもらえない、頼むたびに怒鳴られて引き下がるしかない——そういう形で相手を思いどおりに動かすために怒りやお金が使われている関係は、それとは別のものです。頼み方を変えれば通じる、という話ではありません。安全が脅かされている関係では、言い方を工夫することよりも先に、身の安全を確保することが優先されます。無理に話し合おうとせず、通院中の方は主治医に、そうでない方は医療機関にご相談ください。なお、相手に向かって言えない事情があるときに、無理に言葉にする必要はありません。その事情のほうを診察でご相談いただいて構いません。この点はシリーズの最終回で扱います。

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執筆・監修

精神保健指定医 野口晋宏

春日メンタルクリニック院長。精神科・心療内科の診療経験をもとに、受診前の不安や制度の疑問を整理しやすい情報提供を心がけています。

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