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連載「夫婦・パートナー関係」第12回(全5回) 第1回から読む →

はじめに

パートナーが治療を受けている。診断がつき、薬も始まり、通院も続いている。それでも暮らしは前のようには回らず、こちらの気持ちもすり減っていく——病気が二人のあいだに入ると、変わるのは相手の体調だけではありません。

この記事は、水島広子『対人関係療法で改善する 夫婦・パートナー関係』を下敷きにした全15回シリーズの12回目(前回は二人の外側にいる人たちとの距離)。すでに診断がつき治療が始まっている場面で、病名ごとの接し方ではなく、症状が二人のやりとりと分担をどう変えるかを見ます。まだ受診していない段階は、家族がうつ病かもしれないとき本人が受診を嫌がるときが扱っています。

暴力や、相手からの強い支配のある関係には、この記事の話を当てはめないでください。務めの組み替えより先に、身の安全の確保が優先されます。通院中の方は主治医に、そうでない方は医療機関にご相談ください(この形の関係はシリーズの最終回で扱います)。

病気は、二人のあいだのやりとりまで変える

具合が悪くなって動ける幅が狭まれば、二人で出かけることは減り、できなくなったことを代わりに引き受けて、支える側の一日も違うものになります。自分だけ出かけることに気がとがめる、ということもあるかもしれません。いらだちが症状として出ていれば、やりとり自体が重くなります。うつ病では一般に、人と親しく触れ合う意欲のほうも落ちるので、体の関わりにも及びます。

問題は、これらが病気の一部だと知られていないときです。人柄が変わってしまった、もう自分への気持ちがないのではないか——別の説明が持ち込まれ、余計な当て推量が生まれて、間柄がさらに悪くなっていきます。診断がついていても、これは起こります。これらが病気の一部だとは、案外知られていないからです。

「病者の役割」── 病気のあいだは、務めの置きどころが変わる

対人関係療法の「病者の役割」は、病気を抱えて暮らすあいだ、務めを病気を織り込んだ形に置きかえる見方です。つまり、それまでの分担がそのままでは通らなくなります。体が健やかなうちは働くことが務めでも、病気のあいだは休むことが務めになる。家事の受け持ちを減らし、機嫌よく気持ちを示す気遣いを休むこともあります。これは大目に見てもらうことではなく、病気のあいだの務めです(本人の側から見た説明はカウンセリングと薬物療法はどう違う?にあります)。

土台にあるのは、望んで病気になる人はいないことと、症状は本人の意思では動かせないことです。病気であること自体は本人の落ち度ではなく、本人が担えるのは、治療を受け、そのなかで必要とされることを続けるところまでです。

したがって、自分の力で症状を治せという求めは無理があります。なぜもっと明るく考えられないのかと叱っても、明るく考えられないこと自体が症状なら、的を外します。求めうるのは、専門家の手を借りて回復に取り組むことまでです。

この線引きは、支える側の負担も軽くします。思いつく励ましや叱りを重ねるより、何が回復につながる支えなのかが分かるほうが楽だからです。ただし、何でも背負うという意味ではありません。どこまで引き受けるかは、自分の暮らしの調子を崩さない範囲で決められます。

どこからが症状なのかを分かち合っておく

二人のあいだの食い違いは、相手に何を期待するかというところで起きます(総論は家族や夫婦との「すれ違い」がつらい)。病気が入ると、そこに本人の意思では動かせない症状が加わります。どこからが症状か分からなければ、動かせない部分に期待を向け、満たされないことを人柄や気持ちの問題として読み直してしまいます。

そこで、その人にどの症状がどう出るのかをパートナーとも分かち合い、期待の置きどころを調整します。病気について学ぶ枠組みは心理教育で病気を知るが扱っています。

病気についての説明は、本人から伝える場合と、二人そろって面接を受ける場合があります。具合がひどいときは、本人を通した伝言だけでは足りないことがあります。うつ病が重いと、自分はただなまけているだけだという思いが濃くなり、振る舞いを症状と説明することを、都合のよい言いのけのように感じてしまうからです。

相手は関心がない、と本人が思っていても、実際にはどう向き合えばよいのか分からず困っていることがあります。最初に「迷惑だ」という言葉が出ても、冷たさではなく、病気だと知らないために、なまけ癖や意図した振る舞いに見えている場合があります。

気力が落ちると、相手との違いを大目に見る力まで残らない

二人のあいだには、暮らしの癖や段取りの違いがあります。余裕のあるうちは大目に見ておけても、病気で力が出なくなると、その余力まで残らなくなります。

そうすると、口うるさく注意する、不機嫌に黙り込む、という形が出てきます。言われた側は、細かすぎると思いながら、言われていることは当たっているとも感じる。——実は、この場面で細かくなっていた側がうつ病を抱えていて、そのいらだちも症状と言えるものだった。治療につながったあとで、そう分かることがあります。症状だと知らなければ、人柄や態度の問題として受け取られやすくなります。

本人がいらだちを自分の落ち度として責めるほど、負担はさらにたまります。支える側にできるのは、いらだちの中身一つ一つに反応せず、いらだち続けるのはつらいだろうと受け止め、いらだちの種になっている身の回りのことをできる範囲で整えることです。ただし、黙って受け止め続けるという意味ではなく、自分のつらさを無かったことにする必要もありません。

気力が落ちると、ゲームのような手のかからない単調な遊びに没入することもあります。遊んでいるように見えても、気の重いものから離れるために起きている避ける動きであることがあります。無責任になったと責めると、本人の自責が強まり、実際に起きていることとの隔たりが広がります(のめり込みで暮らしが回らないほどのときはゲーム行動症(ゲーム障害)へ)。

良い日と悪い日に、いちいち一喜一憂されると

支える側の心のこもった気遣いが、患者の側には重く感じられることがあります。暮らしを一身に引き受け、日々の様子を細かく見守られると、良い日にはもっと上向かなければと押され、悪い日には相手を沈ませてしまったと申し訳なくなる。気の抜ける時間がなくなります。

病気は、それなりの時間をかけてよくなるもので、応援した分だけ早くよくなるものではありません。日々の小さな上下は病気の日常のうちです。同じ傾向がひと続きの期間続けば病状の動きとして見ますが、小さな変化のたびに一喜一憂されると、病気の日常を送り、回復に回す力をためることが難しくなります。調子の善し悪しに合わせて気持ちを上下させる構えは、病気の運びのほうに響くことが知られています。これは、心を込めて世話をしてきた方の落ち度を数える話でも、放っておくという話でもありません。

支える側が、相手の病気は自分の落ち度だと自分を責めることもあります。「苦労ばかりかけてきた」と言われると、患者の側は、自分が相手を苦しめていると受け取り、罪の意識に早く治さなければという焦りが重なります。かといって支える手を引けば、具合の重いあいだは暮らしが回りません。

勧められているのは、良い悪いで採点せず、今日という日はこういう日だと受け取り、穏やかに、温かく、求められていることをする構えです。治ると信じつつ、長引いても一緒にやっていくという構えでいられればなおよい。治らないままなら見放されるのではないかという心細さが、どこかに置かれたままになっていることが多く、それは病状にも響くからです。

そのためには、病気のあいだに何が起こるのかを学び、専門家の考えも聞いておくことが勧められています。支える側だけで抱える話でも、不安や不満を持ってはいけないという話でも、別れを考えることを封じる話でもありません(別れが視野に入るときは次々回で扱います)。

二人とも治療を受けているとき

二人とも病気を抱えている場合は、実は少なくありません。もともと二人ともということもあれば、暮らしの負担や、相手の病気に関わるなかでの消耗から、あとから重なることもあります。病気を抱える側の自分と、相手を支える側の自分が同じ人のなかに並ぶので、務めの置きどころはそれだけ込み合います。

たとえば、相手が重いものを抱えているときには、その話をとことん聞いてやりたい。けれども、そうして自分の暮らしの調子が崩れれば、こちらの病状が悪くなり、それは相手のほうにも及ぶ——相手の側から見ても、避けたほうがよいことになります。そこで、治療する側にも入ってもらって話し合いながら、次のような工夫を決めておくことになります。

  • 聞く時間をあらかじめ区切る
  • 文字にして渡す
  • ほかの人の手を借りる道を、あらかじめ用意しておく
  • いらだった応じ方しかできない時期には、距離をとることを先に頼んでおく
  • その日の調子を印にして知らせておく(札を出しておく形でもよく、口をきく力が残っていなくても実行できます)

そして、症状を刺激する話題が互いに重なっていて、一方の症状がもう一方の症状を刺激するという場合には、当事者どうしの調整は難航して当然です。そういうときは専門家に相談し、周りの手も借りる——二人だけで抱える話ではありません。

当院での考え方

当院では、対人関係療法を含む専門的な心理療法プログラム、カウンセリング、カップル療法・夫婦カウンセリング(お二人で来ていただいて行う治療)は行っていません。心理士もおりません。この記事に出てくる「二人そろっての面接」も、下敷きにした本の進め方であり、当院の治療ではありません。こうした心理療法をご希望の場合は、実施している医療機関をご自身でお探しいただくことになりますが、紹介状(診療情報提供書)は必要に応じて作成します。

通常の診察では、身近な人との関係を整理する、期待のずれを言葉にする、伝え方を一緒に考える、といった助言を行います。何をどうしたいかが決まっていなくても、そのままお話しいただいて構いません。相手に言えない事情があるときは、その事情のほうをご相談ください。

ご家族のみの相談はお受けしていませんが、パートナーの方ご本人が受診し、同席に同意されている場合は、診察に同席できます。ご本人が受診できないときは、公的な相談先や、受診を予定している医療機関へお問い合わせいただく形をご案内しています。

支える側の方も、眠れない、気分が落ち込む、体調が続かないといった変化が出ているときは、ご自身の受診として相談できます。当院では初診前にWEB問診にご記入いただきます。初診は問診を含めて30分程度、再診はおおむね5分前後、通院は2週間に一度が基本です。

受診の目安

次のようなときは、ご自身のこととして、一度ご相談ください。

  • 相手の調子に自分の気持ちが引っぱられ、一日の大半をそれに使っている
  • 相手の症状を追いかけるうちに、自分の食事や睡眠が後回しになっている
  • 相手を責めてしまったあとに、強く自分を責める、というくり返しが続いている
  • 相手の病気が自分の落ち度だという考えが頭を離れない
  • 受け持ちが増えるいっぽうで、暮らしが回らなくなってきている
  • 眠れない、食べられない、仕事や家事が回らない状態が2週間以上続いている
  • 自分を傷つけたいという考えが浮かぶことがある

当てはまるからといって、すぐに病気だということではありません。診断は医師が診察のうえで行います(当院の診療対象は18歳以上の方です)。相手が病気かどうかを、この記事で決める必要もありません。ご自身が何にどこまで巻き込まれているのかを、そのままお話しください。気持ちが差し迫っているとき、体調が急に変わったときは、様子を見ずに、通院中の方は主治医に、急を要する場合は救急(119番)にご連絡ください。

まとめ

病気は二人の間柄に必ず及び、症状が病気の一部だと知られていないと、人柄や気持ちの問題という別の説明が持ち込まれて、間柄はさらに悪くなる。だからこそ、どこからが症状なのかを分かち合い、務めの置きどころを病気を織り込んだ形に組み替えていく——それがこの記事の芯です。日々の小さな上下は、良い悪いで採点せずに受け取る。どこまでを引き受けるかは、ご自身の側で決められることです。

次回は、二人のあいだのことが子どもにどう届くのかを扱います。

そのほか近いところにあるもの ── トラウマを抱える人の家族へ強迫症の「巻き込み」BPDのある家族を支えるために統合失調症の家族ができること家族が統合失調感情障害と診断されたら大切な人から「死にたい」と打ち明けられたとき介護する人のうつ

参考にした書籍

この記事は、次の書籍の記述を要約・再構成して作成しました(原文の転載ではありません)。

  • 水島広子『対人関係療法で改善する 夫婦・パートナー関係』創元社

よくある質問

相手がうつ病の治療を受けています。家事の受け持ちは、どう考えればよいのでしょうか。

病気のあいだは、休むことのほうが務めになります。割り振られていた家事も、そのままの形では務めでなくなり、受け持ちは病気を織り込んだ形に組み替わっていきます。ただし、こちら側が何でも引き受けるべきだという話ではありません。どこまでを引き受けるかは、ご自身の側で決められることです。

相手のいらだちがひどく、こちらもつらいです。症状だと思って我慢するしかないのでしょうか。

我慢するしかない、という話ではありません。気力が落ちると、違いをこらえておくための力まで残らなくなり、いらだちそのものが症状として出ていることがあります。勧められているのは、いらだちの中身の一つ一つに反応しないという構えまでで、こちらが黙って受け止め続けることではありません。責め立てられて従うほかない、暮らしのお金を握られていて逆らえない、という形になっているなら、それは症状の話ではなく、身の安全の確保が先です。

調子の良い日と悪い日で、こちらの気持ちも上下してしまいます。

日々の小さな上下は病気の日常のうちです。そこにいちいち一喜一憂されると、患者の側は、良い日にはもっと上向かなければと押されるように感じ、悪い日には申し訳なさを抱えます。調子の良し悪しに合わせて気持ちを上下させる構えは、病気の運びのほうに響くことが知られています。心を込めて世話をしてきた方に落ち度があったという話ではありません。勧められているのは、良い悪いで採点せず、今日という日はこういう日だと受け取る構えのほうです。

二人とも治療を受けています。お互いの話を、どこまで聞けばよいのか分かりません。

二人とも治療中の場合は立場が重なるので、務めの置きどころもそれだけ込み合います。聞く時間をあらかじめ区切る、文字にして渡す、その日の調子を印にして知らせておく、といった工夫があります。症状を刺激する話題が互いに重なっている場合は、当事者どうしの調整は難航するのが当然で、専門家や周囲の力を借りることになります。二人だけで抱える話ではありません。

相手を診察に連れて行きたいのですが、二人で相談することはできますか。

当院ではカップル療法・夫婦カウンセリング(お二人で来ていただいて行う治療)は行っておりません。また、ご家族のみの相談はお受けしていません。ただし、パートナーの方ご本人が受診され、同席に同意されている場合には、診察に同席していただくことは可能です。ご自身の側が消耗しているときは、ご自身の受診としてご相談いただけます。ご本人が受診できない状況のときは、公的な相談先や、受診を予定している医療機関へお問い合わせいただく形をご案内しています。

暴力や強い支配のある関係でも、同じように考えてよいのでしょうか。

当てはめないでください。この記事が扱っているのは、どちらの側も相手を傷つけようとしていない場面で、病気が二人のあいだに入ってきた形です。病気を理由にこちらを思いどおりに動かす、逆らえば怒鳴られる、暮らしのお金を握られていて断れない、という形になっている関係は、それとは別のものです。安全が脅かされている関係では、務めの組み替えを考えることよりも先に、身の安全を確保することが優先されます。無理に話し合おうとせず、通院中の方は主治医に、そうでない方は医療機関にご相談ください。暴力や強い支配のある関係については、シリーズの最終回で扱います。

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執筆・監修

精神保健指定医 野口晋宏

春日メンタルクリニック院長。精神科・心療内科の診療経験をもとに、受診前の不安や制度の疑問を整理しやすい情報提供を心がけています。

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