はじめに
このままではいけないと思っている。けれど、どこから手をつけるべきなのかが分からない。パートナーとの関係について、そういうところで止まっている方がいます。
こういうとき、多くの方はまず具体的な方法を探します。どう言えば伝わるのか、どうすれば分かってもらえるのか。ただ、その手前で決めておくと、あとで迷いにくくなることが二つあります。自分は何のためにこれに取り組むのか。そして、この関係を自分はどうしたいのか。
この記事は、夫婦・パートナー関係をテーマにした全15回のシリーズの3回目です。第1回ではこの関係がこころの健康と結びついていることを、第2回ではこの関係にもともと備わっている難しさを見ました。今回扱うのは、実際に何かを始める前の、入口の部分です。
ひとつ先に書いておきます。この記事は、別れたほうがよいのかどうかを判定するものではありません。読んだ方がどの道を選ぶかを、こちらで決めるつもりもありません。理由は記事の後半で書きます。別れが視野に入っているときの考え方そのものは、シリーズの後半で改めて扱います。
また、すれ違いを「どちらが悪いか」ではなく期待のずれとしてとらえる、という見方については家族や夫婦との『すれ違い』がつらい 役割期待のずれと心理療法ですでに扱っています。この記事では、その見方の理屈のほうには立ち入りません。伝え方の具体的な工夫も、このシリーズの後の回に譲ります。
何のために取り組むのかを、先に決めておく
関係を何とかしたい。そこまでは、はっきりしている方が多いものです。ところが「何のために」と聞かれると、案外そこは決まっていません。この関係がストレスになっている、という感覚が先に立っていて、その先が言葉になっていない状態です。
これを先に決めておく理由は、進む先を途中で見失わずにすむからです。「関係がよくなること」だけを目的に置くと、思うように進んでいないと感じるときに、立っている足場がなくなってしまうことがあります。 相手のいることですから、こちらの思いどおりに運ぶとはかぎりません。後退したように感じる時期が来ることもあります。そのたびに気力が尽きてしまうと、続きません。
そこで、もう少し大きな目的を置いておきます。著者が挙げているのは、負担を減らして心の調子を整えたい、子どもが育つ場をよりよいものにしたい、といったものです。そうした目的が置いてあれば、関係のほうが行き詰まって見えるときにも、「では、自分の調子がよくなるにはどうするか」「子どもにとってはどちらのほうがよいか」という問いに戻ることができます。大きな方向を見失わずにすむわけです。
もうひとつ大事なのは、目的は「関係をよくしたい」でなくてかまわないということです。もとにした本は、いまの治療を前に進めたい、自分の生活を立て直したい、といった自分側の目的のために関係に取り組む、という入り方でよいとしています。関係そのものへの気持ちがまだ整理できていなくても、始められるということです。
ここで、はっきりさせておきたいことがあります。取り組むと決めることは、過去を帳消しにするという意味ではありません。 何かを始めると、これまでのことをなかったことにして自分から歩み寄ったと受け取られてしまうのではないか、という抵抗が出てくることがあります。もっともな感じ方だと思います。けれども、取り組むことは、我慢を続けることでも、相手のために譲ることでもありません。自分の目的のために動く、というだけのことです(これはこの記事の立場です)。
なお、こうしたことの手前で、取り組む気持ちそのものが行ったり来たりする時期もあります。それは自然なことです。この点は「やる気が出ない」のではなく、準備の途中かもしれない――変わることの段階で扱っていますので、いま気持ちが揺れている方はそちらをご覧ください。
この関係を、自分はどうしたいのか
そのうえで、もう一つ決めておくことがあります。この関係を自分はどうしたいのか、です。
もとにした本の著者は、二人そろって行う面接の場では、いちばん最初にこれをそれぞれに選んでもらう、と書いています。示されるのは次の三つです。
- いまのままでよい
- よりよい関係を目指して取り組む
- いますぐ関係を終わらせる
そして、面接に来られた方は、ほぼ全員が2つめを選ぶ、と著者は述べています。
なお、これは二人そろって受けなければ使えない、という話ではありません。もとにした本は、一人で読んで役立てられるように書かれており、読者に対しても同じ三つから選んでみるようすすめています。この記事も、お一人で読んで使っていただく前提で書いています(この点は第1回にも書きました)。
ここで、こう思われるかもしれません。それは当たり前ではないか、示し方に偏りがあるのではないか、と。この疑いは、著者自身が先に立てたうえで否定しています。 理由は二つ書かれています。ひとつは、関係についてとりうる道は、突きつめると実際にこの三つしかないということ。もうひとつは、相談の場に現れる方が、そもそも「いまのままでは苦しい」、あるいは「すぐに関係を終わらせることは、事情があって難しい・現実的でない・そもそも望んでいない」という位置にいるということです。その位置にいるからこそ相談に来るのだから、2つめに集まるのはむしろ当然だ、というのが著者の説明です。
ですから、この考え方が「関係を続けるほうがよい」と勧めている、と読むのは誤りです。 三つのうちの一つが選ばれやすいのは、その方法が関係の継続を勧めているからではなく、相談に来る方がもともとその位置にいるからです。この違いは、記事の後半で見る「治療者が結論を導かない」という原則ともつながっています。
ここで一つ、当てはめてはいけない場合があります。暴力や、相手からの強い支配がある関係では、この三つの選び方をそのまま当てはめないでください。 ここでいう「いまのままでよい」は、危険が続いている状態に耐えることではありませんし、「取り組む」も、そういう相手と交渉を重ねることではありません。安全が脅かされている関係では、何よりも先に身の安全を確保することが優先されます。無理に伝えよう・話し合おうとせず、通院中の方は主治医に、そうでない方は医療機関にご相談ください。この点はシリーズの最終回でくわしく扱います。
そのうえで、読者としてこれを使うなら、次のようになります。いまのままでよいのであれば、この先を無理に読む必要はありません。すでに関係を終わらせると決まっているのであれば、別れをめぐる考え方を扱う回へ進んでいただくのがよいと思います。そのどちらでもなく、できることなら何とかしたい、と思っておられるなら、この記事から先は、その前提のうえに立っています。
「改善」は、関係を続けることと同じではありません
2つめは、関係をよくすることを目指す、という選び方です。もとにした本では、ここに「改善」という言葉が使われています。この言い方に、ひっかかる方がいます。とくに、いま関係を続けるかどうかで迷っている方、そのなかでもどちらかといえば別れるほうへ気持ちが向いている方には、うまく当てはまらないと感じられるかもしれません。
けれども、もとにした本はここをはっきり書いています。「改善」は、関係を続けることと同じ意味ではありません。 別れると心を決める、という形で現れる改善もある、というのが著者の考え方です。
それは改善と言えないのではないか、と感じる方もいると思います。著者はそこにも答えています。負担の大きいまま行き詰まった関係を抱えたままでいるより、たとえ離れることになっても、そのあとの暮らしが自分の重荷にならない形に置き直すほうが、改善と呼べる面がある、という書き方です。さらに、勢いにまかせて別れてしまうより、必要なことに目配りしながら別れたほうが、そのあとの暮らしはよくなる、とも述べています。別れ方そのものについては、後の回で扱います。
つまり、2つめを選ぶことは「別れない」と約束することではありません。いまここで結論を出さずに、いったん取り組んでみる、というだけの意味です。 取り組んだ末に、別れるという結論になることもあり、それも、もとにした本の言う改善のうちに入っています。
そして、どちらがよいかという判定を外から与えないことこそ、もとにした本が大きな特徴として挙げている点です。次にその話をします。
「正解」は、外から与えられるものではありません
もとにした本が紹介している治療には、はっきりした特徴があります。治療者が、結論をどちらかの方向へ引っ張らないということです。この二人は別れたほうがよい、といった判断を治療者が下すこともしませんし、別れてはどうか、と促すこともしません。
なぜそうするのか。著者は二つの理由を挙げています。
ひとつは、この治療がもともと、自分の力で進んでいけるようにするためのものであって、答えを配るための治療ではない、という前提です。もうひとつは、より現実的な理由です。人は、外から渡された答えでは、心から納得して動き出すことができない。 その場では受け入れたつもりでも、後になって押しつけられたと感じることがあります。その後うまく運ばなくなったときに、そのとおりにしたのに、という恨みが残ることもあります。そして何より、人に言われたやり方で結果が出なかったとき、その先どう動けばよいのか、見当がつかなくなってしまいます。
では、答えを与えない代わりに何をするのか。著者が挙げているのは、自分なりの答えを見つけていく手順を一緒に身につけていく、ということです。相手に望んでいることと、自分として譲れないことを見きわめ、どう伝えるかを考えながら、納得がいくまでやりとりを重ねていく、という手順です(期待をどう整理するかは対人関係療法(IPT)の4つの問題領域とは?にあります)。相手が十分に話し合える状態にないのであれば、その現実のほうに納得がいくまで、という形になります。
そこまで進むと、その人自身の結論が形になってくる、と著者は書いています。それは現実的な事情も踏まえたうえでの結論ですが、損得を頭で計算したというより、気持ちのうえで納得できた、という手ざわりの結論になることが多いそうです。そして、そういう形で出てきた結論は、先の可能性を狭めない形になりやすい、とも書かれています。はじめに結論を決めておくのではなく、当面はこうすると決めたうえで、あとからでも自分の気持ちを見つめ直し、伝え直し、修正していける——その余地が残るからです。
この記事も、同じ立場で書いています。 読んだ方が関係をどうするのがよいのかを、こちらで決めることはしません。この記事にできるのは、考えるための材料と手順をお渡しするところまでです。どの道を選ぶかを決めるのはご自身である、という点は、役割期待のずれの記事でも同じことをお伝えしています。
迷いが出るたびに、この三つに戻ってくる
ここまでの二つ——何のために取り組むのか、この関係を自分はどうしたいのか——は、一度決めたら終わり、というものではありません。
関係に手をつけていくと、これ以上続けても無駄なのではないか、と感じる時期が来ることがあります。伝えたつもりのことが届いていなかったと分かるとき。少し良くなったと思った直後にまた同じことが起きたとき。そのたびに、三つの選択肢に立ち返ってみてください。 いまの自分は、どれを選んでいるのか。もとにした本も、そうやって前提を確かめ直す使い方を勧めています。
このとき、ずっと2つめのままでいなければいけない、という話ではありません。選び直してよいのです。ただ、迷いが出たときに何もよりどころがないと、動けないまま消耗するか、勢いだけで決めてしまうかのどちらかになりがちです。戻ってくる場所が決まっているだけで、それが起こりにくくなります。
そして、そのときに効いてくるのが、最初に決めた「何のために」のほうです。関係の見た目がどうなっているかではなく、自分の調子はどうか、子どもの過ごす場はどうか、という問いのほうから見直すことができるからです。
当院での考え方
当院では、対人関係療法を含む専門的な心理療法プログラムを提供しておりません。また、当院には心理士がおらず、カウンセリングも行っていません。カップル療法・夫婦カウンセリング(お二人で来ていただいて行う治療)も行っていません。 プログラムとしての心理療法をご希望の場合は、実施している医療機関をご自身でお探しいただくことになりますが、紹介状(診療情報提供書)は必要に応じて作成します。
そのうえで、当院の通常の診察のなかでは、対人関係についての考え方——身近な人との関係を整理する、期待のずれを言葉にする、伝え方を一緒に考える——を取り入れた助言を行っています。何のために取り組むのかがまだ決まっていない段階でも、そのままお話しいただいて構いません。
診察への同席については、当院ではご家族のみのご相談はお受けしておりませんが、ご本人が受診され、同席に同意されている場合には、診察に同席していただくことは可能です。ご本人が受診できない状況のときは、公的な相談先や、受診を予定している医療機関へお問い合わせいただく形をご案内しています。
受診の目安
次のようなときは、一度ご相談ください。
- 関係をどうするか決められない状態が続き、そのことで眠れない日や気分の沈む日が増えている
- 考えが同じところを回り続けて、仕事や家事が手につかない時間が長くなっている
- 決めなければいけないと自分を追い詰め、そのことでさらに動けなくなっている
- パートナーとのやりとりのあとに、気分の落ち込みや体の不調が出る日が続いている
- 眠れない、食べられない、仕事や家事が回らないという状態が2週間以上続いている
- 自分を傷つけたいという考えが浮かぶことがある
当てはまるからといって、すぐに病気だということではありません。診断は医師が診察のうえで行います。なお、当院の診療対象は18歳以上の方です。
当院では初診の前にWEB問診にご記入いただきます。初診の時間は問診を含めて30分程度をみています。
気持ちが差し迫っているとき、体調が急に変わったときは、様子を見ずに、通院中の方は主治医に、急を要する場合は救急(119番)にご連絡ください。
まとめ
- 関係に手をつける前に決めておくとよいことが二つあります。自分は何のために取り組むのか。この関係を自分はどうしたいのか——この二つです
- 「関係がよくなること」だけを目的に置くと、思うように進んでいないと感じるときに足場がなくなることがあります。 原著が挙げているのは、負担を減らして心の調子を整えたい、子どもが育つ場をよりよいものにしたい、といったもう少し大きな目的です。これを置いておくと、戻ってくる先ができます
- 目的は「関係をよくしたい」でなくてかまいません。 自分側の目的のために取り組む、という入り方でよいと原著は書いています。取り組むと決めることは、過去を帳消しにすることでも、我慢を続けることでもありません——こちらはこの記事の立場です
- 原著の著者は、二人そろって行う面接の場では、最初に「いまのままでよい」「よりよい関係を目指して取り組む」「いますぐ関係を終わらせる」の三つから選んでもらうと書いています。面接に来られた方は、ほぼ全員が2つめを選ぶ、とされています。この記事では、これをお一人で読んで使う形で紹介しています
- これは関係を続けるほうへ勧めているのではありません。 三つの並べ方に偏りがあるのでは、という疑問を著者自身が先に立てて否定しています。理由は、取りうる道が実際にこの三つしかないこと、そして相談の場に来る方がもともとその位置にいることの二つです
- 「改善」は関係を続けることと同じ意味ではありません。 別れると心を決める、という形の改善もある、と原著は明記しています。2つめを選ぶことは「別れない」と約束することではありません
- 原著の治療では、治療者が結論をどちらの方向にも導きません。 理由は二つ挙げられています。自分の力で進んでいけるようにするための治療であること。そして、人は外から渡された答えでは心から納得して動き出せないこと。この記事も同じ立場で書いています
- 行き詰まったと感じるたびに、三つの選択肢に立ち返るという使い方ができます。選び直しても構いません
- ただし、暴力や強い支配のある関係には、この三つを当てはめないでください。 何よりも先に身の安全の確保が優先されます。無理に話し合おうとせず、主治医または医療機関にご相談ください
次回は、二人のあいだで起きやすいすれ違いの型——「気持ちを分かってほしい」と「解決したい」——を扱います。
参考にした書籍
この記事は、次の書籍の記述を要約・再構成して作成しました(原文の転載ではありません)。
- 水島広子『対人関係療法で改善する 夫婦・パートナー関係』創元社
よくある質問
「関係をよくしたい」とは、正直なところ思えません。取り組む資格がないということでしょうか。
そういうことではありません。もとにした本は、目的が「関係をよくしたい」である必要はない、という立場をとっています。本が挙げているのは、負担を減らして心の調子を整えたい、子どもが育つ場をよりよいものにしたい、いまの治療を前に進めたい、自分の生活を立て直したい、といった自分側の目的です。関係そのものへの気持ちがまだ整理できていなくても始められる、という考え方です。
3つの選択肢は、2つめを選ぶように促されているように感じます。
そう読むのは誤りです。三つの並べ方に偏りがあるのでは、という疑問を、もとにした本の著者自身が先に立てたうえで否定しています。取りうる道は実際にこの3つしかないこと、そして相談の場に来る方がもともと「いまのままでは苦しい」、あるいは「すぐに終わらせるのは難しい・望んでいない」という位置にいることから、2つめに集まるのは自然だ、という説明です。
別れる方向に気持ちが傾いています。「改善」という言葉が自分には合いません。
もとにした本は、改善を関係の継続と同じ意味には置いていません。別れると心を決める、という形で現れる改善もある、と明記しています。行き詰まった関係を抱えたままでいるより、離れたうえで、そのあとの暮らしが自分の重荷にならない形にするほうが改善と呼べる面もある、という書き方です。別れるべきかどうかの判断そのものは、この記事では扱いません。
関係に取り組むと決めたら、これまでのことを帳消しにすることになりますか。
なりません。取り組むことと、それまでのことをなかったことにすることは別です。相手のために譲るという意味でもありません——これはこの記事の立場です。もとにした本のほうは、自分自身の目的のために取り組むという入り方でよい、としています。
暴力や強い支配のある関係でも、同じように3つから選んでよいのでしょうか。
当てはめないでください。安全が脅かされている関係では、何よりも先に身の安全を確保することが優先されます。無理に伝えよう・話し合おうとせず、通院中の方は主治医に、そうでない方は医療機関にご相談ください。この点はシリーズの最終回で扱います。