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連載「心理療法を知るシリーズ」第3回(全9回) 第1回から読む →

はじめに

気分が落ち込んだり、やる気が出なかったりするとき、その背景には「人とのこと」がからんでいることが少なくありません。大切な人を亡くしてから、ずっと立ち直れない。家族とのすれ違いが続いてつらい。転職や引っ越しのあと、新しい生活になじめない。あるいは、そもそも人とのつながりを作るのが昔から苦手だ——。こうした悩みは、決してあなただけのものではありません。

「人間関係の悩みなんて、誰にでもあること」「自分の性格が弱いせいだ」。そう考えて、ひとりで抱え込んでしまう方は多くいます。けれども、つらさが長く続いて生活に支障が出ているなら、それは性格の問題ではなく、相談できる困りごとです。

この記事では、対人関係療法(IPT:対人関係に注目する治療法)で大切にされている「4つの問題領域」をわかりやすく紹介します。これは、つらさの背景にある対人関係を整理するための、4つの見取り図のようなものです。あわせて、それぞれの領域について「自分でも使える視点」——日常のなかで試せる、一般的なセルフヘルプの工夫——にも触れます。読み終えるころには、「自分はこのあたりに当てはまりそうかな」と、ぼんやりとでも見当をつけられるようになることを目指します。なお、どの領域に取り組むかを決めるのは医師や治療者との話し合いであり、診断は医師が行います。

対人関係療法(IPT)はどんな治療か

対人関係療法は、うつ病などの治療法のひとつで、効果が確かめられている心理療法として知られています。特徴は、症状そのものだけを見るのではなく、症状と対人関係のつながりに注目する点にあります。

なぜつながりを見るのでしょうか。たとえば、気分が落ち込むと、返事が減ったり、誘いを断ったりして、身近な人とのやりとりもぎくしゃくしがちです。すると相手との関係がさらにこじれ、それがまた気分を重くする——という悪循環が起こることがあります。逆に、対人関係のストレスがやわらぐと、症状も少し落ち着いてくることがあります。症状と対人関係は、一方通行ではなく、双方向に影響し合っているのです。この見方の良いところは、「誰か一人が悪い」という犯人探しをしなくてすむことです。悪循環という「回っているもの」を一緒に眺め、どこからなら手をつけられるかを探します。

もうひとつの特徴は、症状を性格の欠陥ではなく、治療できる不調として扱うことです。うつ状態で家事や仕事が思うようにできないのは、怠けでも弱さでもなく、「今は症状のせいで役割を果たしにくい状態」です。この名札の付け替えだけでも、自分を責める気持ちが少し軽くなる方は多くいます。

ここで誤解されやすいのですが、対人関係療法は「対人関係が原因で病気になった」と決めつける治療ではありません。心の不調には、体質や生活状況などさまざまな要因がかかわっています。そのうえで、今、自分で対処できる対人関係の部分に取り組むことで、症状にも対処できるようになっていくことを目指します。過去の原因を細かく掘り起こすのではなく、「今、何ができるか」に重きを置く、期間を区切って焦点をしぼる治療だと考えていただくとよいでしょう。

つらさを整理する「4つの問題領域」

対人関係療法では、症状の背景にある対人関係を、大きく次の4つの領域に整理します。

  1. 悲哀 — 大切な人を亡くしたあとのつらさが、長引いたり止まったりしているとき
  2. 役割をめぐる不一致 — 身近な人とのあいだで、お互いへの期待がずれているとき
  3. 役割の変化 — 転職・離婚・進学・病気など、生活の変わり目につまずいているとき
  4. 対人関係の欠如 — 親しい関係を作り、保つことに、長く困っているとき

たとえるなら、この4つは部屋全体を照らす照明ではなく、懐中電灯です。人生のすべての問題を扱うのではなく、限られた期間のなかで、今の症状と最も関係の深いところを明るく照らして集中的に取り組む——そのための分類です。それぞれを順に見ていきましょう。読みながら、「これは自分に近いかも」と感じるものがあれば、心にとめておいてください。

悲哀 ― 大切な人を亡くしたあとのつらさ

「悲哀」は、大切な人を亡くしたあとのつらさを扱う領域です。人を亡くしたあと、悲しみにくれる時期があるのは自然なことで、ふつうは時間とともに少しずつ落ち着いていきます。

けれども、その悲しみのプロセスが何らかの理由で止まってしまうと、つらさが長く続いたり、ずっとあとになってから不調として現れたりすることがあります。亡くなった当時は葬儀や手続きに追われて十分に悲しむ余裕がなかった。亡くなった人の持ち物をどうしても片づけられない。命日が近づくと決まって体調を崩す——そんな形です。「悲しんではいけない」「もう昔のことだから」と感情にふたをしてきた方ほど、こうした状態になりやすいことがあります。

この領域では、亡くなった方との思い出や、そのときの気持ちを、安心できる場で少しずつ表現していくことを大切にします。ポイントは、故人との関係を良い面だけ、あるいはつらかった面だけに固定しないことです。「立派な人だった」と美化しなければならない気がして、腹が立ったことや複雑だったことを口にできない——そんな状態は、かえって悲しみの流れをせき止めてしまうことがあります。温かい記憶も難しかった記憶も含めて、現実の関係として振り返れるようになることが、次に進む力になります。

なお、ここで扱うのはあくまで「死別」によるつらさです。離婚や別れなど、亡くなったわけではない喪失は、次に述べる「役割の変化」として整理することが多くあります。

自分でも使える視点: 悲しみが湧いてくることを「故障」や「後退」とみなさず、波のように来ては去るものとして、無理に止めないでみてください。命日や思い出の場所で気持ちが揺れるのは自然なことです。信頼できる人に思い出を話す、写真を眺める時間を短く持つなど、安全な形で少しずつ触れることが助けになる方もいます。ただし、眠れない・食べられない・生活が回らないほどのつらさが続く場合は、ひとりで抱えず受診をご検討ください。

役割をめぐる不一致 ― お互いへの期待のずれ

「役割をめぐる不一致」は、配偶者や家族、職場の相手など、身近な人とのあいだでお互いへの期待がずれていることが、つらさにつながっている場合の領域です。「不和」という言い方もしますが、もっとやわらかく「すれ違い」「うまくいっていない」と表現してもよいものです。

すれ違いの多くは、二人が別々の台本を持っていることから生まれます。たとえば、一方は「疲れているときはそっとしておいてほしい」と思い、もう一方は「つらいときこそ声をかけて支えるべきだ」と考えている。どちらも相手を思っているのに、言葉にされない期待どうしがぶつかって、「わかってくれない」というつらさだけが積み重なっていく——こうしたことは、どの関係にも起こりえます。期待のずれ自体は誰にでもあるものですが、それが長く行き詰まり、改善の糸口が見えないままだと、「自分は何をやってもうまくいかない」という無力感につながりやすくなります。

この領域では、お互いが相手に何を期待しているのかを整理し、それをうまく伝えるためのコミュニケーションを一緒に工夫していきます。目的は「相手を変えさせる」ことでも、「どちらが正しいか裁判をする」ことでもありません。すれ違いの正体を明らかにしていくと、思っていたほど大きなずれではなかったと気づけることも少なくないのです。また、結果は仲直りだけとは限りません。期待を伝え直して関係が変わることもあれば、自分の期待のほうを見直すこともあり、距離のとり方を変えるという選択もあります。

自分でも使える視点: 相手への期待を、①自分が望んでいること、②相手の希望として本人から確認できていること、③「きっとこう思っているはず」という自分の推測——の3つに分けてみてください。すれ違いの多くは③、つまり「言わなくてもわかるはず」の領域で起きています。また、つらかった会話をひとつ選び、録画を巻き戻すように「自分は何を伝えたかったか」「実際にはどんな言葉で言ったか」「相手にはどう届いた可能性があるか」を振り返ってみるのも、一般的に役立つ工夫です。ただし、暴力や強い支配のある関係では、話し合いの工夫よりも安全の確保が先です。無理に交渉しようとせず、まず主治医や医療機関にご相談ください。この点は安全が脅かされているときでくわしく扱っています。

役割の変化 ― 生活の変わり目につまずくとき

「役割の変化」は、生活の大きな変わり目にうまく適応できず、つらさが出ている場合の領域です。転職や昇進、退職、結婚や離婚、進学、引っ越し、出産、病気の発症や診断など、人生にはさまざまな「変わり目」があります。

見落とされやすいのは、昇進や結婚、出産といった「おめでたい変化」でもつまずくことがあるという点です。良い変化にも、それまでの役割や気楽さ、慣れた人間関係を手放すという喪失の面があり、新しい技能や周囲からの新しい期待もついてきます。「喜ばしいはずなのにつらい自分はおかしい」と責める必要はありません。役割の変化は、いわば役割の引っ越しです。古い家で失うものがあり、新しい家ではまだ勝手がわからない——その途中の時期に、霧の中で道に迷ったような心細さを感じるのは自然なことです。とくに、引っ越しなどで頼れる人や慣れた居場所から切り離されると、変化を乗り越えるのが難しくなりがちです。

この領域では、手放したものへの気持ちを十分に受けとめながら、新しい環境のなかでできることや、必要な技能、頼れるつながりを一緒に探していきます。順序が大切で、失ったものをきちんと惜しんでから、新しい役割の良い面に目を向けます。「早く慣れなければ」「前向きにならなければ」と気持ちを抑え込むよりも、戸惑いや寂しさをいったん言葉にすることが、次の一歩につながっていきます。

自分でも使える視点: 新しい環境でうまくいかないとき、「自分がだめだから」とひとまとめにせず、足りないのは情報なのか、技能なのか、支えてくれる人なのか、それとも単に時間なのか、と分けて考えてみてください。分けてみると、「初めての土地で事情を知らないだけ」「まだ3か月しか経っていないだけ」というように、性格の問題ではない部分が見えてくることがあります。古い役割の良かった面・大変だった面・そこで身につけた力を書き出して、新しい役割に持っていけるものを選ぶのも、一般的に役立つ整理のしかたです。

対人関係の欠如 ― 親しい関係を作り保つことの困難

「対人関係の欠如」は、親しい関係を作り、それを保つことに、長いあいだ困ってきた場合の領域です。社会的に孤立していて、親しい友人も、職場での気のおけるつながりもない、というようなときに考えられます。

大切なのは、これが「友人の数が少ない」ことを問題にする領域ではない、という点です。ひとりの時間を心地よく過ごせているなら、それは問題ではありません。ここで扱うのは、本人が望むつながりと現実とのあいだに開きがあり、孤独感が症状につながっている場合です。また、「人付き合いが苦手な性格」と一言でまとめてしまわず、関係が始まるとき・続いているとき・途切れるときにそれぞれ何が起きやすいのか、具体的なパターンを見ていきます。たとえば、知り合うことはできるのに一定以上近づくと距離を置いてしまう、頼みごとを断れず疲れて関係から離れてしまう、といった形です。

これは、上の3つの領域がいずれも当てはまらないときに用いられる、いわば最後に検討される領域です。というのも、対人関係療法は「今ある対人関係のやりとり」を手がかりに進める治療なので、手がかりとなる関係がほとんどない場合は、取り組みに時間がかかるからです。そのため、この領域では「問題をすべて解決する」ことよりも、まずは取り組みを始めることを目標にします。

なお、人づきあいがうまくいかない背景に、別の不調(長く続く気分の落ち込みや、人前での強い不安など)がかくれていることもあります。その場合は、「対人関係の欠如」ではなく、その不調そのものに合った進め方を選ぶほうが、楽に取り組めることが多くあります。どの見立てが合っているかは、医師が診察のなかで判断します。

自分でも使える視点: 「自分は人間関係がだめだ」という大きなまとめ方をいったん脇に置き、過去にうまくいった関係・途切れた関係を思い出して、「どこまでは進んで、どこでつまずいたか」を具体的に振り返ってみてください。つまずく場所がわかると、直すところが「性格全部」ではなく「特定の場面」に小さくなります。新しい接点は、いきなり親友を作ろうとするより、あいさつを交わす・短い雑談をするといった小さな段階から始めるほうが続きやすいものです。

1つか2つにしぼって進めます

ここまで4つの領域を紹介してきましたが、実際の治療では、このうち1つか2つにしぼって進めていきます。4つすべてに一度に取り組むことはありません。

なぜしぼるのか。あれもこれもと手を広げると焦点がぼやけ、限られた期間で前に進みにくくなるからです。しぼることは、扱わない問題を「大したことではない」と否定することではなく、期間のなかで優先順位をつけるということです。今の症状と最も関係が深そうな領域に集中することで、取り組みやすくなり、「ここが変わってきた」という手ごたえも得やすくなります。

どの領域を選ぶかは、これまでの経過やお困りごとをうかがいながら、医師や治療者と一緒に決めていきます。治療のはじめには、身近な人たちとの関係——誰がいて、どんな期待があり、最近何が変わったか——を地図のように整理しながら、症状と関係の深いところを一緒に探します。自分で正確に当てはめる必要はありません。この記事で「自分はこのあたりかな」と見当がついていれば、それを話し合いの出発点にできます。また、この4分類は診断名ではありません。「自分は悲哀だ」と自己診断するためのものではなく、あくまで治療の焦点を決めるための道具です。

IPTが向いているのはどんなとき・受けたい場合は

対人関係療法が検討されやすいのは、うつ状態などの不調の前後に、死別・身近な人とのすれ違い・生活の変わり目・孤立といった対人関係上の出来事がはっきりある場合です。「症状の波と人間関係の出来事が連動している気がする」という実感がある方には、なじみやすい考え方でしょう。一方で、状態によっては薬物療法を優先したほうがよい場合や、別のアプローチが合う場合もあります。何が合うかは診察のなかでの判断になります。

正式な対人関係療法(構造化されたプログラムとしてのIPT)は、専門の訓練を受けた治療者のもとで、期間と回数を決めて行われるもので、実施している医療機関は限られます。当院では、IPTを含む専門的な心理療法プログラムは提供しておらず、心理士によるカウンセリングも行っていません。プログラムとしての心理療法をご希望の場合は、ご自身で実施している医療機関をお探しいただくことになりますが、紹介状(診療情報提供書)は必要に応じて作成します。

そのうえで、当院の通常の診察のなかでは、この記事で紹介したような考え方——症状と対人関係の悪循環を整理する、期待のずれを言葉にする、変わり目で失ったものを認める——を取り入れた助言を行っています。「専門プログラムを受けるほどではないが、人間関係のつらさを整理したい」という段階のご相談も可能です。

受診の目安

以下に当てはまる場合は、一度ご相談ください。

  • 大切な人を亡くしてから、つらさが長く続いている、または気持ちが止まっている感じがする
  • 身近な人とのすれ違いが続き、気分の落ち込みや体の不調につながっている
  • 転職・離婚・進学・病気などの変わり目から、調子をくずしている
  • 親しい関係を作ったり保ったりすることに、長く困っている
  • これらのつらさのために、睡眠・食事・仕事・家事など日常生活に支障が出ている

当てはまるからといって、すぐに病気だということではありません。診断は医師が診察のうえで行います。気になる段階で相談していただいて構いません。なお、死にたい気持ちが強く迫っているなど緊急のときは、記事を読み進めるより先に、救急(119)または主治医にご連絡ください。

まとめ

対人関係療法は、症状と対人関係のつながりに注目し、「今、自分で対処できること」に一緒に取り組んでいく治療です。その入口となるのが、悲哀・役割をめぐる不一致・役割の変化・対人関係の欠如という4つの問題領域です。これらは、つらさの背景にある対人関係を整理するための見取り図であり、原因を責めるためのものではありません。

実際の治療では1つか2つにしぼって進み、どこに取り組むかは医師や治療者と一緒に決めていきます。この記事で紹介した「期待を3つに分ける」「変わり目で失ったものを書き出す」といった視点は、治療を受けていなくても日常で試せるものです。「自分はこのあたりかもしれない」と感じられたなら、それはもう整理の第一歩です。ひとりで抱え込まず、その見当を相談の場に持ってきていただければ、ここから一緒に進めていけます。


参考にした書籍(要約・再構成。原文の転載ではありません):

  • 水島広子『対人関係療法入門ガイド』創元社
  • 堀越勝・野村俊明『精神療法の基本』医学書院

よくある質問

4つの問題領域は自分で選ぶのですか?

最終的には医師や治療者と一緒に話し合って決めます。お話をうかがいながら、症状と最も関係が深そうな領域を一緒に見極めていきます。診断や方針の決定は医師が行いますので、まずは気になることをそのままお話しください。

4つすべてに取り組むのですか?

いいえ。対人関係療法では、ふつう1つか2つの領域にしぼって進めます。あれもこれもと広げず、今の症状と関係が深いところに集中することで、限られた期間でも取り組みやすくなります。

原因を細かく分析されるのが不安です。

対人関係療法は『なぜこうなったのか』という原因探しや過去の追及を目的とする治療ではありません。『今、何ができるか』に目を向けて、現在の対人関係への対処を一緒に考えていきます。

どの領域にも当てはまらない気がします。

無理にどれかに当てはめる必要はありません。当てはまりにくいと感じることも、大切な手がかりになります。診察のなかで一緒に整理していきますので、感じたままをお伝えください。

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執筆・監修

精神保健指定医 野口晋宏

春日メンタルクリニック院長。精神科・心療内科の診療経験をもとに、受診前の不安や制度の疑問を整理しやすい情報提供を心がけています。

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