福岡県春日市須玖北4丁目34 2階
休診日: 水曜・木曜・日曜・祝日

はじめに

「そのことは、考えないようにしています」

「頭では分かっているのに、認めたくない気持ちがあります」

「腹が立った相手ではなく、関係のない家族に当たってしまいました」

診察室では、こうした話をよく聞きます。そして多くの方が、そのあとに「自分でも、こんな反応をするのはおかしいと思うのですが」と付け加えます。

こうした心の動きには、精神医学のなかで防衛機制(ぼうえいきせい)という呼び名がついています。名前が仰々しいので身構えてしまいますが、要するに「心が自分を守るときの、働き方のパターン」のことです。

この記事でお伝えしたいのは、ひとつだけです。防衛機制は、病気の証拠ではありません。 誰もが持っていて、多くの場面で生活を支えています。

「使うと病気になるもの」から「誰もが使っているもの」へ

この考え方の歴史には、はっきりした転換点があります。

最初にこの仕組みを見つけたのはフロイトで、当初は「こういう無理なやり方をするから、この症状が出るのだ」と、病気を作り出すものとして捉えていました。ところがその後の研究のなかで、うまく使えたときには、健康な方が日々の暮らしのなかで自分の調子を整えるのに用いている手立てと、同じものだと分かってきます。

現在の理解では、うまく使えたときには誰にとっても必要なもので、困った状態になるのは、極端に使ったとき、あるいはひとつのやり方だけを頑なに使い続けたときです。病気と健康は、ばっさり二つに分かれるものではなく、程度の差でつながっている――専門書はそう説明しています。

つまり、「自分にはこういう反応がある」と気づいたとして、それはそのまま「自分は病んでいる」という意味にはならないということです。

ひとつ、範囲についてお断りしておきます。この「程度の差でつながっている」という説明が当てはまるのは、健康な方から神経症レベルまでで使われる、いわゆる高い水準の防衛機制です。 より重い状態で使われる別のタイプ(原始的防衛と呼ばれます)については、専門書は「程度の差ではなく質の差」だとしており、同じ説明は当てはまりません。この記事で扱うのは前者だけです。

よくあるパターンをいくつか

代表的なものを、日常での姿と、行きすぎたときの姿を並べて挙げてみます。読みながら「自分はこれかもしれない」と思う項目が複数あって当然です。

考えないことにする(抑圧)

自分にとって受け入れにくい気持ちを、意識に上らせないようにするやり方です。ただし専門書は、抑圧は単体ではあまり融通のきかないやり方だとしています。健全なのは、いったん押しとどめたうえで、別のやり方(言葉にする、打ち込めるものに向ける、など)に切りかえて表に出していける場合だ、という説明です。

抑圧だけで対処し続けると、自分の好き嫌いや希望が自分でも分からなくなり、「何でもいいです」しか出てこなくなります。押し込めたものが行き場を失って、体の症状として出てくることもあります。

なお、「本当は意見があるけれど、あえて言わないでおく」という意識的な我慢は、これとは別のものとして扱われます。自覚があるかどうかが分かれ目です。

そもそも気づかない(否認)

不快なものが目の前にあっても、本当に気づかずに通り過ぎるやり方です。「見ないふりをする」のとは違い、本人には気づいていない自覚すらありません。だからこそ、人から指摘されないと分からないという性質があります。

大人になるほど、この方法は使いにくくなります。突きつけられれば向き合わざるを得ませんし、そのとき他の手を持っていないと立ち往生してしまうからです。

気持ちを切り離して、考えだけを扱う(隔離)

出来事を、それにともなう感情から切り離して扱うやり方です。これは社会生活にほぼ必須のものです。仕事中に私的な感情を持ち込まない、損得を挟まずに筋道を通す、といったことはすべてこの働きに支えられています。行きすぎると、感情を出してよい場面でも出せず、理屈だけで話をつけようとする人になります。

知識に置き換える(知性化)

扱いにくい感情を、調べる・考える・言葉にするという方向に振り向けるやり方です。それ自体は悪いことではなく、知識が増える、筋道を立てて考えられるようになる、といった形で役に立ちます。ただ、行きすぎると、周囲がそれぞれの気持ちを分かち合っている場面に評論を持ち込んでしまう、といったことが起こります。考えているあいだ、肝心の気持ちのほうには触れずに済んでしまう、という面もあります。

逆のことを強めてしまう(反動形成)

本当の気持ちと逆の方向を、自分から強めてしまうやり方です。人への苛立ちを抱えている方が、過剰にへりくだって親切にふるまう。人に頼りたい気持ちがある方が、「自分のことは自分でやります」と極端に独立的にふるまう。どちらもこの形です。

ほどよく働いているとき、これは「礼儀正しい」「几帳面」「自立している」といった、周囲から評価される性質そのものになります。専門書は、こうした性質を身につけている方をいちいち「反動形成だ」とは呼ばない、と書いています。目立つのは、わざとらしさが出て付き合いにくくなったときだけです。

別のところへ向けてしまう(置き換え)

本来の相手に向けられない気持ちを、別の相手や別の形に向けるやり方です。職場で腹が立って、家で家族に当たってしまう。理由の説明がつかないほど食べてしまう、買ってしまう。こうしたとき、「何かが置き換えられているのかもしれない」と考える手がかりになります。

自分の気持ちを、相手のものだと感じる(投影)

自分の中にあると認めにくい気持ちを、相手の側にあるものとして感じるやり方です。「自分は嫌っていないのに、あの人が自分を嫌っているようだ」という形をとります。軽いものは日常的に起きていて、話してみたら誤解だったと分かればすぐ訂正できる程度のものです。

ただし専門書は、投影については他の機制と違い、適応的なやり方とは言えないとしています。一時的に気を楽にしているだけだ、という位置づけです。

前の段階に戻る(退行)

負担が大きいときに、より幼い時期のふるまいに戻るやり方です。よく挙げられる例は、下の子が生まれたときの「赤ちゃん返り」です(当院は18歳以上の方の診療を行っており、この記事は成人の方に向けて書いています)。思春期に、それまで進んできた発達を受け入れられず、一段前の感じ方に戻ることがある、とも説明されています。

なお、休憩したりぼんやりしたりして一時的に力を抜くことも「退行」と呼ばれますが、専門書はこれを別の種類の退行として立て分けています。こちらは誰もがしている健康な働きで、そうできるからこそまた元気を取り戻せる、と説明されています。この点は休んでいいと言われても休めないときで詳しく扱っています。

「防衛だったもの」が、その人の自然な行動になっていく

面白いのは、もともと自分を守るために無理にやっていたことが、身についていくうちに、守るためではなく、ただの自然なふるまいに変わっていくという点です。専門書はこれを二次的自律性と呼んでいます。

たとえば挨拶や礼儀は、はじめは「そうするものだ」と教えられて身につけたものですが、続けているうちに、誰かへの苛立ちを抑えるためでもなんでもなく、独りでに出てくるようになります。整理整頓が習慣になっている方も、いま何かを抑え込んでいるわけではありません。

だから、「これは防衛機制だ」と気づいたからといって、それを取り去るべきだという話にはなりません。うまく回っているものは、そのままでよいのです。

名前を当てるための話ではありません

ここまで名前を並べてきましたが、専門書がもっとも強く注意しているのは、分類することが目的ではないという点です。

実際の人のふるまいは、いくつもの働きが組み合わさっていて、ひとつの名前に収まらないことのほうが多い。ある本には、名前がつけられなくても構わない、大切なのはその人がどう動いているかを描けることだ、という趣旨のことがはっきり書かれています。

これは、ご自身に当てはめて考えるときにも同じです。「自分の反応はどれに当たるのか」と当てはめ探しを始めると、たいてい苦しくなります。役に立つのは、名前ではなく、次のような眺め方ができるようになることです。

  • 自分は、追い詰められるとどう反応しがちか
  • そのやり方は、これまでどんな場面で自分を助けてきたか
  • いま、そのやり方だけでは足りなくなっていないか

困るのはどういうときか

では、どういうときに問題になるのでしょうか。専門書の記述をまとめると、おおよそ次のようになります。

  • ひとつのやり方しか使えないとき。同じ手しか持っていないと、それが通じない場面で行き詰まります
  • 程度が極端になっているとき。几帳面が確認のやめられなさに、清潔好きが不潔への恐怖に変わることがあります
  • 世界がどんどん狭くなっていくとき。嫌なことに出会わないよう環境を絞り込んでいくと、安心はできますが、いられる場所が減っていきます
  • 押し込めたものが、別の形で出てくるとき。体の不調や、突然の不安として現れることがあります

こうした状態は、それ自体が「治療の対象」というより、受診して整理する価値のあるサインです。心の動きが原因だと決めつける前に、体の病気が隠れていないかを確認することも大切です(うつ・不安の陰に体の病気が隠れていることについてもご覧ください)。

診察でどう役に立つか

診察で「私は嫌なことがあると、考えないようにしてやり過ごす癖があります」と話していただけると、その後のやり取りがかなり進みやすくなります。

医師の側も、お話をうかがいながら「この方は、こういうときにこう動きやすいのかもしれない」という見立てを立てています。心理療法の専門書には、治療者が仮説を持つときの心構えとして、仮説は持っていたほうがよいが、あまり信じてもいけないと書かれています。ご本人からの言葉があると、その仮説の精度が上がります。

診察で何をどう話すかについては、診察の5分で何を話すかもあわせてご覧ください。また、子ども時代のことを医師が尋ねる理由については、精神科医はなぜ子ども時代のことを聞くのかで説明しています。

ひとつだけ、お願いしたいこと

この考え方を、人に当てはめて指摘する道具にはしないでください

「あなたのそれは否認だ」「投影しているだけだ」といった言い方は、言われた側にはただの否定として届きます。名前を貼って指摘するやり方では、たいてい事態は動きません。

誤解がありそうだと感じたときは、名前をつけずに「私はこう受け取った」と自分の側の言葉で伝えるほうが、話が通じやすくなります。専門書も、軽い投影であれば「そんなことは思っていないよ」と伝えられたときに修正されやすい、と書いています。

ご家族の受診をためらう気持ちへの関わり方は、本人が受診を嫌がるとき、家族はどう動くかで別に整理しています。

当院での実際

当院には心理士がおらず、カウンセリングや、精神分析をはじめとする専門的な心理療法プログラムは行っていません。この記事でお伝えしているのは、診察のなかで一緒に確かめていける範囲の考え方です。本格的な心理療法をご希望の場合は、ご自身で実施している医療機関をお探しいただくことになりますが、紹介状(診療情報提供書)は必要に応じて作成します。

当院の診療対象は18歳以上の方です。ご家族のみのご相談はお受けしていませんが、ご本人が受診に同意されている場合は、診察に同席していただくことができます。

体調が急に悪くなったとき、意識がはっきりしないなど差し迫った状況では、迷わず救急(119)を利用してください。通院中の方は、まず主治医にご相談ください。

まとめ

  • 防衛機制は、心が自分を守るときの働き方のパターンです。病気の証拠ではなく、誰もが持っています
  • 当初は「使うと病気になるもの」と考えられていましたが、現在は「うまく使えば誰にとっても必要なもの」と理解されています
  • 困るのは、ひとつのやり方に固まったとき、程度が極端になったとき、世界が狭くなっていくとき、押し込めたものが体の症状として出てきたときです
  • 名前を当てることが目的ではありません。役に立つのは、自分の反応の癖を責めずに眺められるようになることです
  • 人に当てはめて指摘する道具にはしないでください。名前を貼って指摘するやり方では、たいてい事態は動きません

参考にした書籍

この記事は、次の書籍の記述を要約・再構成して作成しました(原文の転載ではありません)。

  • 『精神分析的人格理論の基礎――心理療法を始める前に』

よくある質問

防衛機制があるというのは、心が弱いということですか。

違います。防衛機制はもともと病気の仕組みとして見つかったものですが、その後の研究で、健康な方が日々の暮らしのなかで自分の調子を整えるのに用いている手立てと同じものだと分かってきました。誰もが自分なりの使いやすいパターンを持っています。問題になるのは、ひとつのやり方に固まってしまったときや、程度が極端になったときです。

自分がどの防衛機制を使っているか、知る必要がありますか。

名前を当てることが目的ではありません。専門書でも「分類するためにあるのではない」と繰り返し書かれています。役に立つのは、自分がどんなときにどう反応しがちかを、責めずに眺められるようになることのほうです。名前が分からなくても構いません。

家族が現実を認めようとしません。防衛機制でしょうか。

そう見えることはありますが、ご家族の心の動きに名前を貼って指摘することは、たいていうまくいきません。指摘がただの否定として届いてしまうためです。誤解がありそうなときは、名前をつけずに「私はこう受け取った」と自分の側の言葉で伝えるほうが通じやすくなります。受診をためらう方への関わり方は別の記事で詳しくお伝えしています。ご本人の受診に同意がある場合は、診察に同席していただくことができます。

考えないようにしてやり過ごすのは、よくないことですか。

一概にはいえません。一時的に距離を取ることで生活が回るなら、それは働いている対処です。困るのは、その方法しか使えず、必要な受診や相談まで先送りになってしまう場合や、押し込めたものが体の症状として出てくる場合です。

この記事を読んで、自分を分析しすぎて苦しくなりました。

その場合は、いったん読むのをやめて構いません。自分の心の動きを眺める作業は、余力があるときのほうが進みます。つらさが続くときは診察でお話しください。差し迫った状況では、迷わず救急(119)を利用してください。

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執筆・監修

精神保健指定医 野口晋宏

春日メンタルクリニック院長。精神科・心療内科の診療経験をもとに、受診前の不安や制度の疑問を整理しやすい情報提供を心がけています。

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