はじめに
「診察は数分で終わります。薬をもらっているだけのような気がします」
再診についてこう感じておられる方は、少なくないと思います。当院の再診も、目安としては5分前後です。
この記事では、その数分のあいだに何が起きているのかを、専門書の整理にそって説明してみます。短い診療でもある程度の精神療法は成立する、という考え方が実際にあり、そのための手順が書かれています。
なお、「話を聴いてもらうこと自体が、なぜ楽になるのか」という問いには、心理療法(カウンセリング)とは何かで答えています。この記事が扱うのは、短い再診という時間が、どう設計されているかのほうです。
診察は、六つの段階を回っています
専門書は、精神科の診療に含まれる流れを次のように整理しています。それぞれの段階に、医師が発する典型的な言葉が対応しています。
- 関係を作る――患者さんの「助けて」を受け取る段階
- 状態を確かめる――「どうされましたか?」
- 見立てを伝え、方針を考える――「どうしましょうか?」
- 実際にやってみる――「〜しましょうか?」
- 経過を追う――「いかがですか?」
- 再発への備えと、区切り――「さようなら」
この六つは、順番に積み上げていくものとされています。関係ができた上に状態の把握があり、その上に方針があり、さらにその上で実際の手立てが試される、という順序です。
そして重要なのが、次の設計です。どこかで違和感が出たら、一つ前の段階に戻る。
- 状態がうまく把握できないなら、関係作りをやり直す
- 目標が定まらないなら、状態の把握をやり直す
診察が堂々めぐりをしているように思えるときがあるかもしれませんが、それは前の段階に戻っているのであって、進んでいないわけではありません。
なぜ毎回、あいさつから始まるのか
「こんにちは」「その後いかがですか」――毎回同じところから始まることに、意味があるとされています。
専門書は、あいさつをコミュニケーションのリセットボタンと表現しています。ここが面白いところなのですが、あいさつをしないと関係が始まらないのではなく、リセットされずに前回の続きから始まってしまう、という説明です。
前回の診察が思うように進まなかったとき、その滞りをそのまま引き継いだ状態で次が始まる。だから、意識的にあいさつを交わして、いったん関係を作り直す。専門書はこれを、毎回サイトにログインし直すようなもの、とたとえています。
もうひとつ。あいさつそのものが、状態を測る作業にもなっているとされています。返ってくる声の調子、表情、間の取り方。診察が始まる前に、すでに何かが伝わっているということです。
言葉と表情が食い違っているとき、人はたいてい表情のほうを信じる――専門書はそうも書いています。ですから、無理に取りつくろっていただかなくて構いません。「大丈夫です。ただ、〇〇だけ気になります」と一言足していただくだけで十分です。
「でも」と言ってよい理由
この本のなかで、患者さんにとっていちばん実用的だと思うのがこの部分です。
専門書は、患者さんの言葉を二種類のサインに分けています。
- 心が開いているサイン――「そうなんです」「そうです」、うなずき
- 心が開いていないサイン――「でも」「しかし」「じゃなくて」、うなずかない、表情が曇る
そして、「そうなんです……でも……」という形は、実際には後者だと判定されます。
なぜこれが重要かというと、専門書はこう書いているからです。そのサインを無視して押し続けると、5分で済むはずの会話が何倍にも延びて、どちらが勝つかの言い合いになってしまうこともある。
ここから言えるのは、次のことです。納得していないのに「はい」と答えるのは、時間の節約になりません。むしろ逆です。「でも、それはちょっと」と言っていただくほうが、短い診察を短く終わらせます。
医師の側にも、そのサインが出たら押すのをやめて関係作りに戻れ、と書かれています。ですから、遠慮していただく必要はありません。
先に支持、あとから作業
もうひとつ、順番についての助言があります。
専門書は、患者さんが強い不快感を抱えているときには、まず支持的に関わってから、実際の作業に移るほうがよいとしています。そしてこう付け加えています――診察が15分しかない場合でも、この順番は変わらない、と。
つまり、時間が短いから支持の部分を飛ばして本題に入る、という節約は勧められていません。つらさをまず受け取ってから、次に進む。順番を守るほうが、結果として障害が少ないとされています。
つらさを受け取る時間が長くなり、その回は本題に入りきらないこともあります。それ自体は順序として意味があります。
ただし、聞くだけで終わってよいわけではありません。この本も、支持だけで終わると問題解決に至らないことがある、と釘を刺しています。進んでいない感じが続くときは、そう言っていただいて構いません。
運転席に座るのは、誰か
方針を決めて実行に移る段階について、専門書は運転にたとえた説明をしています。
- 医師が運転席に座ると、治療は運転手任せになりやすい
- 患者さんだけで運転すると、運転技術は上がるが乗り心地は期待できない
- 望ましいのは協働――行き先を相談して決め、患者さんが運転し、医師が助手席でナビゲートや助言をする
そして、なぜそうするのかという理由も書かれています。人は、押しつけられたゴールに向かって走るのを嫌がる。けれども自分で選び、自分の言葉にしたゴールであれば、骨が折れてもそこへ向かいたくなる、と。
薬を渡すのとは事情が違う、という説明も印象的です。錠剤は水で流し込めるが、新しい考えや行動は流し込めない。原則として、本人が自力で飲み込むしかない――そう書かれています。
ですから、診察で「どうしたいですか」と尋ねられて答えに詰まるとき、それは試されているのではありません。あなたの言葉で決まったことのほうが続く、という前提でそう聞かれています。
「その後どうですか」は、体温を測る作業です
毎回、経過を尋ねられます。これも手順のひとつです。
専門書は、状態を目に見える形で確かめながら進めるやり方を、ダイエットのときの体重計、体調が悪いときの体温計にたとえています。心の体温を測りながら手立てを講じるという進め方です。
ここで役に立つのは、「良い」「悪い」よりも具体的な情報です。前回から何が変わったか、変わっていないか。眠れた日は何日あったか。行けた日と行けなかった日。こうした材料があると、次の判断が変わります。
伝え方の準備については、診察の5分で何を話すかで詳しくお伝えしています。
それでも「今日は短すぎた」「言いたいことが残った」と感じる回はあります。そのときは、次の診察の最初にそう伝えていただいて構いません。時間が足りないと感じること自体が、伝えてよい情報です。
薬の効き目が分かりにくいときの伝え方は薬が効いているかわからないときに、薬を変えた後の不調については薬を始めた・増やした・減らした後の不調にまとめました。
終わりのある関係として設計されています
最後の段階についても、はっきり書かれていることがあります。
ここで言われているのは、この本が扱う「数か月で区切る短期の精神療法」という取り組みについてです。その取り組みには終わりが想定されている、という考え方が示されています。
一方で、病気の種類によっては、再発予防のために通院を長く続けることが標準とされるものもあります。通院が続いていること自体が「良くなっていない」ことを意味するわけではありません(精神科の通院はいつまで続くのか)。
だからこそ、区切りが近づいたときには、再発への備えを扱うことが勧められています。同じことが起きたときに自分で手を打てるようになっていれば、また同じ問題で受診することは少なくなる、という考え方です。
当院での実際
当院の初診は、問診を含めて30分程度お時間を取っています。再診の目安は5分前後、通院は基本的に2週間に一度です。この間隔は、前回からの変化を確かめながら進めるための区切りとして機能します。
この記事でお伝えしてきたとおり、5分という時間は「薬を出すだけ」のために置かれているわけではありません。その5分のなかに、関係を作り直し、状態を確かめ、方針を決める、という手順が畳み込まれています。
当院には心理士がおらず、カウンセリングや認知行動療法などの専門プログラムは行っていません。この記事でお伝えしているのは、診察という枠のなかで行えることの話です。専門的な心理療法をご希望の場合は、ご自身で実施している医療機関をお探しいただくことになりますが、紹介状(診療情報提供書)は必要に応じて作成します。
体調が急に悪くなったとき、意識がはっきりしないなど差し迫った状況では、次の診察を待たず、迷わず救急(119)を利用してください。通院中の方は、まず主治医にご相談ください。
まとめ
- 診察には、関係作り・状態の把握・方針・実行・経過・区切りという六つの段階があり、違和感が出たら一つ前に戻る設計になっています
- 毎回のあいさつは、前回の滞りを引き継がないためのリセットであり、同時に状態を測る作業でもあります
- 「でも」と言うことは、診察を長引かせません。むしろ、納得しないまま「はい」と答えるほうが長引きます
- つらさを先に受け取ってから作業に移る、という順番は、短い診療でも同じだとされています
- 運転席に座るのは患者さんで、医師は助手席です。自分の言葉で決めた目標のほうが続く、という前提でそうなっています
参考にした書籍
この記事は、次の書籍の記述を要約・再構成して作成しました(原文の転載ではありません)。
- 堀越勝・野村俊明『精神療法の基本――支持から認知行動療法まで』
よくある質問
短い診察では、薬をもらうだけで意味がないのではないですか。
専門書は、普通の診療のなかにすでに精神療法的な要素が含まれていると述べています。関係を作り、状態を確かめ、方針を決め、実行し、経過を追う――この流れ自体が組み立てとして扱われています。短くても意味のある介入は行えるという立場です。
医師の言うことに納得できないとき、「でも」と言ってよいのですか。
言ってください。専門書は「でも」を、心が開いていないことを示すサインとして重視しています。それを無視して押し続けると、5分で済んだはずの会話が何十分もの言い合いになってしまうこともある、と書かれています。そこで一度立ち止まるほうが、結果的に早く進みます。
毎回「その後どうですか」と聞かれるのは、形式的なやりとりですか。
経過を追うための手順として位置づけられています。専門書はこれを、体調が悪いときに体温を測るのと同じ、心の状態を測る作業だとたとえています。前回からの変化を答えていただくことが、次の判断の材料になります。
医師に任せきりにするのと、自分で決めるのと、どちらがよいのですか。
専門書は、患者が運転席に座り、医師が助手席でナビゲートする形が望ましいとしています。医師が運転すると任せきりになりやすく、患者だけで走ると乗り心地が悪くなる。行き先を相談して決めるやり方が勧められています。
話したいことがたくさんあります。どうすればよいですか。
優先順位をつけてお持ちいただくと進みやすくなります。準備の仕方は別の記事でお伝えしています。なお、体調が急に悪くなったときや差し迫った状況では、次の診察を待たず、迷わず救急(119)を利用してください。