はじめに
うつ病や適応障害で休職・療養に入った方から、よくこんな言葉を聞きます。「休んでいても落ち着かない」「怠けている気がして罪悪感がある」「早く何かしなければと焦ってしまう」――。
実は、この悩みは昔から精神科の診察室でくり返し語られてきたものです。精神科医・中井久夫(1934-2022)は、1982年に刊行された『精神科治療の覚書』という書籍のなかで、こう述べています。患者さんは、働くのが下手な人というより、休むのが下手な人と考えた方がだいたい正しい、と。
この記事は、中井久夫の回復論を紹介した第1弾の記事の続編です。今回は『精神科治療の覚書』をもとに、「療養中の過ごし方」を考えるヒントを紹介します。休職中の具体的なスケジュールや手続きは休職中の過ごし方の実務記事にまとめていますので、あわせてお読みください。
「働けるけど休めない人」の話
中井久夫は同書のなかで、療養中の患者さんやご家族にかける言葉として、印象的な言い回しを紹介しています。よく休める人がやがて働けるようになるのは自然なことだが、休まずに働き続けられる人がいるとしたらそれは人間離れしている――という趣旨の、少しユーモラスな伝え方です。
表現は軽やかですが、意味するところは真剣です。よく休めることと、よく働けることは、切り離せない一続きのものだ、ということです。中井は、よく働ける人は必ずうまく休息している人でもある、とも述べています。
そのうえで、心の不調で療養している方の実状は「働くのが下手」なのではなく「休むのが下手」――あるいは、休むと対人的な安心感があまりに下がってしまうので休めない――ことにある、と指摘しました。
「頑張れないこと」が問題なのではなく、「うまく休めないこと」が回復の妨げになっている。この視点の転換は、40年以上たった今も、療養中の方への大切なメッセージだと私たちは考えています。
療養は「治療という大仕事」
休職して家で過ごしていると、ご本人もご家族も「何もしていない」時間に見えてしまいがちです。中井は、家族から「怠けているように見える」と言われたとき、医師はきっぱりと、いまは治療という大仕事をしているのだと答えるべきだ、と述べています。
回復期の消耗状態についても、外からは目に見えないけれども大きな仕事をしたあとなのだ、と伝える言葉かけを紹介しています。心の不調からの回復は、外から見えないだけで、心身に大きなエネルギーを使う仕事だ、という考え方です。
療養中の方にお伝えしたいのは、この時期の休息は「サボり」でも「空白期間」でもなく、いまの時点で最優先の大事業だ、ということです。これは中井の言葉そのままの考え方です。
「最初の一週間は準備期間」――休養期間の考え方
同書には、休職の診断書についての具体的な記述もあります。中井は、診断書の期間は「三週間が最低」だと考えていました。その理由の説明が、療養中の方にとても参考になります。
- 休養に入っても、体は翌日からすっぱりとはゆるまない。最初の一週間は、休息のための準備期間のようなもの。
- 診断書の期限が近づくと、気持ちの休まらない人が少なくない。
- だから、本当の休息の中身は「まん中の一週間ぐらい」になりがち。
つまり、3週間の休みをとっても、実際に深く休めるのはその一部だけかもしれない、ということです。「もう1週間休んだのに、ちっとも良くなっていない」と焦る必要はありません。休み始めの時期は、まだ「休むための準備」をしている段階なのです。
「何もせずにいるのはどうも……」とためらう患者さんに対して、中井が「いまは治療という大仕事をしてもらう時期だ」と伝えていたことは、先ほど紹介したとおりです。
回復には順序がある――休息を「とばさない」
第1弾の記事でも紹介したように、中井は回復の道すじを重視した精神科医でした。『精神科治療の覚書』では、治療の順序を鎮静 → 休息 → 賦活(元気を出す方向)→ 模索的な社会行動の再開 → 試行的な社会加入という流れで整理しています(各段階はきっぱり分かれるのではなく、重なり合いながら進むとされています)。
そのうえで中井は、精神科の治療では「休息」がしばしば、とばされていると警告しました。急性期を脱した直後の消耗した状態を「もう良くなったのだから」と活動へ急がせることは、あやまちだとまで書いています。激しい症状がおさまった後に消耗状態が続くのは自然なことで、あわてて活動を始めさせるのではなく、まず十分な休息が必要だ、というのが中井の立場です。
また、回復過程には「生命保護的な順当性」がある、とも述べています。覚醒時よりも睡眠が、昼間の思考よりも夢が先に健康を取り戻し始める――つまり、生理的なリズムの方が、心理的なものより先に整い始める、という観察です。逆にこの順序を無視して先を急ぐと、回復はどこかで足踏みしたり、逆戻りしたりしがちだと指摘しています。
「まだ頭が働かない」「本が読めない」と焦っている方へ。それは順序の問題かもしれません。まず眠りが整い、体が回復し、そのあとに頭や気力が戻ってくる。この順番は、飛ばして先回りすることができないのです。
48時間で「収支」を合わせる
療養が進んで少し動けるようになると、今度は「調子の波」に悩む方が増えます。動ける日につい動きすぎて、翌日寝込んでしまう、というパターンです。
中井はここでも実用的な心得を残しています。「一日の苦労は一日にして足れり」という言葉を現実には守れないとき、48時間で"収支"の合うように、やりすぎた翌日は控えめにする、という考え方です。中井はこれを、うつ病などから回復した人が再発しないための心得の一つとして挙げ、健康な人にも望ましいことだと書いています。
具体的な言葉かけの例も紹介されています。今日はやりすぎたと感じた日は早めに帰って早く眠るとよい、前の晩に眠れなかった日はその日の仕事を上手に手加減して早めに休むとよい、といった助言です。
毎日を完璧に整えるのは、健康なときでも難しいものです。一日単位で一喜一憂するのではなく、二日単位で帳尻を合わせる。この「ゆるさ」が、長い療養を続けるうえでの現実的な知恵になります。
あわせて中井は、心の不調の前には、必ずといってよいほど不眠などの睡眠障害が先行することを重視していました。回復した後も、睡眠の乱れに早めに気づくことが再発予防の手がかりになる、という視点です。
「気ばたらき」を休む――気をつかう人ほど休むのが難しい
もう一つ、中井の考察で興味深いのが、日本の「気ばたらき文化」についての指摘です。
日本の社会では、労働量そのものより「気ばたらき」――周囲へのたえざる気配り――が「はたらき」として重んじられる、と中井は述べます。そして、この気ばたらきは、対人関係におけるたえざる緊張と目ざとさを強いるものであり、病気から回復途上の人にそれができないのは、回復を妨げるから自然にそうなっているのだ、生命の保護作用とさえ考えてよい、と書いています。
回復期に「気がきかなくなった」「周りに配慮できない」と自分を責める方は少なくありません。しかし中井の見方に立てば、それは欠点ではなく、心身が回復を優先している証拠です。
うつ病の方については、こんな記述もあります。対人関係での気配りを重視するうつ病の方は、少し好転の兆しが見えると無理に病室の内外を掃除したりすることがある。そういうとき中井は、せっかく病気をしたのだから、以前より無理の少ない、余裕のある生き方をしてもよいのではないか、とつぶやくように伝えてみることを勧めています。
治療の目標についても、中井は、治るとは病気になる前の状態に戻ることではない、と考えていました。発病前の生き方のどこかに無理があったのだとすれば、前よりもどこかゆとりのある生き方に出られることが回復の目安になる、という考え方です。
当院での実際
当院でも、休職・療養中の方の診療にあたって、次のような形をとっています。
- 休職の診断書は1か月ごとに作成しています。長期間分をまとめて出すのではなく、回復の段階に合わせて期間を区切り、そのつど状態を確認しながら更新していきます。
- 診察の結果、休職が必要と判断した場合は、初診当日に診断書を発行することもあります。
- 通院の頻度は、基本を2週間に一度としています。療養中の過ごし方や活動量の調整は、診察のなかで経過を見ながら一緒に考えていきます。
- 予約はWEB(デジスマ)でお取りいただけます。初診前にはWEB問診があり、初診の所要時間は問診を含めて30分程度が目安です。
「休んでいるのにうまく休めない」「動きすぎと寝込みをくり返してしまう」といったことも、診察でよく話題になります。ひとりで抱え込まず、そのまま診察室でお話しください。
まとめ
『精神科治療の覚書』から、療養中の過ごし方のヒントを紹介しました。
- 心の不調で療養する人は「働くのが下手」というより「休むのが下手」。よく休める人がよく働ける人。
- 療養は「治療という大仕事」。ブラブラして見える時間こそ、いま最優先の仕事の時間。
- 休養の最初の一週間は準備期間。すぐに休まらなくても焦らなくてよい。
- 回復には順序がある。休息をとばして活動へ急ぐと、足踏みや逆戻りにつながる。
- やりすぎた翌日は控えめに。48時間で収支を合わせればよい。
- 気配りができなくなるのは、心身が回復を優先している自然な反応。
- 目標は「発病前に戻ること」ではなく、「前よりゆとりのある生き方」に出ること。
つらさが強いとき、体調が急に悪化したときは、ためらわず主治医に相談してください。夜間や休日で緊急の場合は、救急(119)への連絡も選択肢です。
この記事は連載「診察室の裏側」の第3回です。第1回は精神科医はなぜ子ども時代のことを聞くのか、第2回は精神科医が診察で使うたとえ話とその意味です。
参考にした書籍(要約・再構成。原文の転載ではありません):
- 精神科治療の覚書(中井久夫、日本評論社)
よくある質問
休職して家にいると、怠けているようで罪悪感があります。
中井久夫は、休養中の患者さんは「治療という大仕事」をしているのだと表現しました。療養は何もしていない時間ではなく、回復のために必要な仕事の時間です。周囲から「ブラブラしているように見える」と言われても、いま最優先でやるべきことをやっている、と考えてよいと私たちは考えています。
診断書の休養期間が思ったより長いのはなぜですか。
中井久夫は、休養に入っても体は翌日からすぐにはゆるまず、最初の一週間は休息のための「準備期間」のようなものだと説明しています。また期限が近づくと気持ちが落ち着かなくなる方も少なくないため、実質的に休めるのは中ほどの期間になりがちです。短すぎる休養期間では、本当の休息に入る前に終わってしまうことがあります。
少し元気が出てきたら、体を鍛えたり勉強を始めたりした方がよいですか。
回復には、鎮静・休息が先で、活動はその後という順序があります。休息の段階が十分に進む前に頑張り始めると、かえって足踏みや逆戻りにつながることがあります。何をいつ始めるかは回復の段階によって変わりますので、主治医と相談しながら進めることをおすすめします。
気をつかう性格なので、休んでいても落ち着きません。
中井久夫は、日本では「気ばたらき」(周囲へのたえざる気配り)が重んじられるため、休むこと自体が難しくなりやすいと指摘しました。回復途中に気配りができなくなるのは、心身が回復を優先している自然な反応と考えられます。ご自分を責める必要はありません。
調子の波があって、つい動きすぎてしまいます。
中井久夫は「一日の苦労は一日にして足れり」を守れないときでも、48時間で収支を合わせる――やりすぎた翌日は控えめにする――ことを再発予防の心得として挙げています。完璧に毎日を整えようとするより、二日単位で帳尻を合わせる方が現実的です。詳しい過ごし方は主治医にご相談ください。