福岡県春日市須玖北4丁目34 2階
休診日: 水曜・木曜・日曜・祝日

はじめに

「しばらく休みましょう」と言われた。診断書も出た。それなのに、休めない――。

家にいても仕事のことが頭から離れない。メールを開いてしまう。掃除や手続きで一日を埋めてしまう。夕方になって「今日も何もしていない」と落ち込む。こういう話は、診察室でとてもよく聞きます。

休養そのものの意味や過ごし方については、うつ病の休養の取り方休職中の過ごし方中井久夫に学ぶ療養中の過ごし方でお伝えしてきました。この記事で扱うのは、その一歩手前です。なぜ、休んでよいと分かっているのに休めないのか。その心の働きを見ていきます。

「休めない」の中身は、ひとつではありません

休めないと言っても、詰まっている場所は人によって違います。診察で聞いていると、三つあたりに分かれることが多いです。

1. 休むことへの罪悪感

「自分だけ抜けて、同僚に負担をかけている」「働いていない自分には価値がない」。この声が強いと、体を横にしても心が休まりません。しかも厄介なことに、まじめに働いてきた人ほどこの声が大きくなります。長年かけて身につけた「きちんとやる」という構えが、休養の場面では裏目に出ることがあります。

2. 予定のない時間そのものへの不安

何もない時間が来ると、落ち着かない。手持ち無沙汰が不安に変わり、その不安を消すために予定を入れてしまう。「休むと余計に疲れる」と話される方では、これが関わっていることがあります。休みが休みとして機能せず、空白を埋める作業に変わってしまっている状態です。

3. 「ゆるんだら、戻れなくなる」という恐れ

いちばん語られにくいのがこれです。今は気を張ってなんとか立っている。だから一度力を抜いてしまったら、二度と立ち上がれないのではないか――。この恐れがあると、休養は「解放」ではなく「危険」になります。休めないというより、休まないことで自分を支えている——そう考えると腑に落ちる、という方がいます。

三つのどれが強いかで、打つ手は変わります。ですから診察では「休めていますか」ではなく、「休もうとすると、何が邪魔をしますか」と聞くほうが役に立ちます。

ゆるむことは、心の健康な働きです

三つめの恐れについて、少し専門的な話をさせてください。

心には、現実に合わせて筋道を立てて考える働きと、そこから離れてゆるむ働きの両方があります。眠る。ぼんやりする。空想する。遊ぶ。夢中で何かをつくる。これらはどれも、いったん現実から距離をとった状態です。精神分析の流れをくむ考え方では、これを、心が一時的に前の段階へ戻る動き――「退行」と呼びます――として説明します。

大事なのは、この動き自体は病的なものではないということです。むしろ、必要なときにゆるんで、必要なときに戻ってこられる――その行き来ができることが心の健康さだ、と説明されています。一日中ずっと気を張っていられる人が健康なのではありません。

そう考えると、「ゆるんだら戻れなくなる」という恐れへの答えも見えてきます。問われているのは、ゆるむかどうかではなく、戻れる道筋が用意されているかどうかです。

戻ってこられるようにするために――枠を残す

心理療法には、決まった場所で、決まった時間に、決まった約束のもとで話すという形式があります。この形式は事務的な段取りに見えて、実は「安心してゆるみ、終わったら日常に戻る」ことを支えるためのものだと説明されています。枠があるからこそ、その中で力を抜ける。

同じ考え方は、療養中の生活にも当てはまります。休養に入ると、生活の枠は一気になくなります。出勤時刻も、締め切りも、人と会う予定も消える。自由になったはずなのに落ち着かないのは、ゆるむための足場まで一緒になくなってしまうからです。

ですから、休むときこそ最低限の枠だけ残すことをおすすめしています。

  • 通院の予定を守る
  • 起きる時刻をだいたい一定にする(就寝時刻より、起きる時刻のほうが大切です)
  • 一日一回は外の光を浴びる

ただし順番があります。休み始めのしばらくは、眠れるだけ眠ってよい時期です。この時期に「朝型に戻さなければ」と生活リズムを立て直そうとすると、それ自体が仕事になって休養を削ってしまいます(うつ病の休養の取り方休職中の過ごし方で詳しく扱っています)。眠り続ける時期を抜けたころから、上の2つめ・3つめを意識すれば十分です。それまでは、通院の予定だけが残っていれば足ります。

枠がゼロになると、休みが底なしに感じられて不安が増します。かといって多すぎれば仕事に変わる。ゆるむために少しだけ形を残す、というくらいの匙加減です。

進んでいるかどうかは、記録にしか残りません

休養の途中は、進んでいる実感がいちばん得にくい時期です。昨日と今日の差は小さく、「何も変わっていない」という感覚のほうが強く出ます。

そこで役に立つのが、採点ではなく記録です。眠れた時間、外に出た回数、食べられた量。うまくできたかどうかを評価するのではなく、起きたことをそのまま書き留めておく。診察でも役に立ちますし、「何も進んでいない」という感覚が事実とずれていることに、自分で気づけるようになります。

なお、消耗が深い時期には、その記録すら負担になります。書けないときは書かなくてかまいません。書けないこと自体が「まだ休みが足りていない」というサインで、休み方が悪いという意味ではありません。

それでも休めないときは

ここまで読んで「分かってはいるけれど、やっぱり休めない」と感じた方へ。

休めないこと自体を、症状の一部として持ってきてください。眠れない、食欲がないと同じように、「休もうとすると落ち着かない」も治療の対象になります。実際、休養が進まない背景に、不安の強さや不眠、うつの重さそのものが関わっていることは少なくありません。そこに手当てをすると、休めるようになることがあります。

そして、休養は一度で完成する作業ではありません。休めた日と休めなかった日が交互に来ます。休めなかった日があっても、それは失敗ではなく、休養という慣れない仕事の途中経過です。

当院での実際

当院では、休職が必要と判断した場合、診断書は1か月ごとにお出ししています。まとめて長期の診断書を出さないのは、経過を見ながら区切りごとに一緒に確認するためです。通院は基本的に2週間に一度で、この予定そのものが、療養中に残る数少ない「枠」として働きます。

なお、当院には心理士がおらず、カウンセリングや認知行動療法などの専門プログラムは行っていません。この記事でお伝えしているのは、診察のなかで一緒に確かめていける範囲の考え方です。専門的な心理療法をご希望の場合は、ご自身で実施している医療機関をお探しいただくことになりますが、紹介状(診療情報提供書)は必要に応じて作成します。

体調が急に悪くなったとき、意識がはっきりしないなど差し迫った状況では、迷わず救急(119)を利用してください。通院中の方は、まず主治医にご相談ください。

まとめ

  • 「休めない」の中身は、罪悪感・空白への不安・ゆるむことへの恐れに分かれます。どれが強いかで対処が変わります
  • 一時的にゆるむことは、心が本来もっている働きです。問題はゆるむこと自体ではなく、戻れる道筋があるかどうかです
  • 通院の予定という最低限の枠を残すと、かえって安心して力を抜けます。起きる時刻や光を浴びることは、眠り続ける時期を抜けてから意識すれば十分です
  • 眠れた時間や外出の回数を「採点」ではなく「記録」として残すと、回復の実感を取り戻しやすくなります
  • 休めないこと自体を診察に持ってきてください。休養が進まない背景に、治療できる不調が隠れていることがあります

参考にした書籍

この記事は、次の書籍の記述を要約・再構成して作成しました(原文の転載ではありません)。

  • 『精神分析的人格理論の基礎――心理療法を始める前に』
  • 『メンタル産業医入門』
  • 『心理療法・その基礎なるもの』

よくある質問

休んでいいと言われたのに、休めません。意志が弱いのでしょうか。

意志の問題ではありません。休むことには、罪悪感をやり過ごす、予定のない時間に耐える、力を抜いた自分を許すといった複数の作業が含まれていて、消耗しているときほどその作業自体が難しくなります。「休めない」は症状の一部として扱える現象です。診察でそのまま話していただいて構いません。

一度ゆるんでしまうと、もう働けなくなりそうで怖いです。

その心配はよく聞きます。ただ、一時的に現実から距離をとって力を抜くこと自体は、心が本来もっている働きの一つだと考えられています。眠る、ぼんやりする、空想する、遊ぶ――どれもその形です。大切なのは、ゆるみっぱなしになるかどうかではなく、必要なときに戻ってこられる柔軟さのほうです。

何もしない時間が苦痛で、つい予定を入れてしまいます。

空白の時間そのものが不安をかき立てることがあります。その場合、無理に「何もしない」を目指すより、消耗の少ない活動(散歩、単純な家事、手を動かす作業)で時間を埋めるほうが現実的なことがあります。何をどれくらいにするかは、回復の段階によって変わるので、診察で一緒に決めていきましょう。

休んでいる間、生活のリズムはどこまで守ればよいですか。

全部を守ろうとすると、それ自体が仕事になってしまいます。起きる時刻をだいたい一定にする、通院の予定を守る、といった最低限の枠だけ残すのが現実的です。枠がいくつか残っているほうが、かえって安心して力を抜けると説明されています。

休むほどではない気がして、受診をためらっています。

「休むほどではない」と感じている段階で相談していただくほうが、選べる手は多くなります。休職の要否を含めて、まずは今の状態を一緒に確認するところから始められます。強い体調の変化や、切迫した状態のときは、迷わず救急(119)を利用してください。

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執筆・監修

精神保健指定医 野口晋宏

春日メンタルクリニック院長。精神科・心療内科の診療経験をもとに、受診前の不安や制度の疑問を整理しやすい情報提供を心がけています。

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