「これくらいで休むなんて、甘えているだけだ」「うまくいかなかったのは、全部自分のせいだ」「みんな同じようにやっているのに、自分だけができない」――。
診察のなかで、こうした言葉を聞くことは珍しくありません。そして多くの場合、その方は誰よりもまじめに、長いあいだ頑張ってきた方です。
自分に厳しいことは、それ自体が悪いわけではありません。責任感の強さや、丁寧に仕事をする姿勢と結びついていることも多いからです。けれども、体力や気力が落ちている時期にその厳しさがそのまま働き続けると、回復の足を引っぱってしまうことがあります。
この記事では、自分を責める癖がどのように症状を長引かせるのか、「前向きに考える」でも「自分を甘やかす」でもない第三のやり方とはどういうものか、そして今日から試せる小さな練習をお伝えします。最後に、自分を責める気持ちが強すぎるときの受診の目安にも触れます。
「甘えているだけ」と自分を責めてしまうとき
まず知っておいていただきたいことがあります。気分が落ち込んでいるとき、人は自分を実際より悪く見積もる方向に考えが傾きます。
これは意志の弱さの問題ではなく、いまの状態が影響している可能性があります。落ち込みが強い時期には、ものごとの原因を「自分のせい」に、「何をやってもだめ」に、「これからもずっと」に結びつけて受け取りやすくなることが、古くから繰り返し指摘されてきました。うつ病の症状のひとつに、無価値感や過剰な自責感が挙げられているのも、この見え方と重なります(うつ病の症状はどう現れる?でも触れています)。
つまり、「自分はだめだ」という感覚は、あなたが冷静に下した評価というより、いまの状態を通して見えている景色である可能性があります。景色が曇っているときに、その曇りを根拠にして自分を裁いてしまう。これが最初のつまずきです。
もうひとつ、自分を責める癖は、外から見て「うまくいっている人」にも起こります。仕事の評価が高い方、家庭を長く支えてきた方、周囲から頼りにされている方が、内心では「本当の自分はたいしたことがない」「いつか見抜かれる」と感じ続けていることがあります。他人からの評価と、自分への評価は別々に動くのです。
自分を責める癖が回復を遅らせるしくみ
自分を責めることが問題になるのは、それが循環をつくるからです。
- 何かがうまくいかない、あるいは思ったほど動けない
- 「自分が悪い」「甘えている」と責める
- 気分がさらに沈み、エネルギーが落ちる
- できることが減り、人と会うのも億劫になる
- 減ったことを見て、また「やっぱり自分はだめだ」と責める
一周するたびに、確信が強まっていきます。しかも困ったことに、この循環のなかでは「責めるだけの証拠」が本当に増えていきます。動けなくなれば、実際にできないことは増えるからです。だから本人には、責めていることがとても正しく感じられます。
さらに、自分を責める癖は行動の選択肢も狭めます。失敗しそうなことを避ける、人に頼らない、断れずに抱え込む、完璧にできないなら手をつけない――こうした行動は、短期的には安心をもたらしますが、長い目で見ると「やってみたら意外とできた」という経験が起こらなくなります。証拠が更新されないまま、思い込みだけが残るのです。
活動が減ることと気分が沈むことがどう噛み合うかについては、うつのときこそ「小さな行動」から(行動活性化)でも詳しく扱っています。自分を責める癖は、この悪循環の「燃料」になりやすい、と考えるとイメージしやすいかもしれません。
また、こうした自己評価の低さが年単位で続いていると、本人も周囲も「そういう性格だ」と受け取ってしまい、治療の対象だと気づかれないことがあります。長く続く軽い落ち込みについては、気分変調症(持続性抑うつ障害)の記事もあわせてご覧ください。
「前向きに考える」でも「甘やかす」でもない第三のやり方
ここで多くの方が突き当たるのが、「じゃあ、どうすればいいのか」という壁です。だいたい2つの方向が思い浮かびます。
ひとつは、前向きに考えること。「大丈夫、きっとうまくいく」と言い聞かせる方向です。ところがこれは、つらい時期にはあまり長持ちしません。自分でも信じていないことを唱えると、かえって「そう思えない自分」が浮き彫りになり、責める材料が増えてしまうことがあります。否定的な考えを力ずくで打ち消そうとすると逆効果になりうる、というのは心理療法の教科書でも繰り返し注意されている点です。
もうひとつは、自分を甘やかすこと。「もういい、考えるのをやめよう」と切り離す方向です。これも一時的には楽になりますが、しばらくすると「結局また逃げた」という自己批判が戻ってきやすくなります。
第三のやり方は、そのどちらでもありません。ひとことで言えば、自分に対して、公平な目を持つということです。
- 良いことだけを見るのではありません。 うまくいかなかった事実は、事実として認めます。
- 悪いことだけを見るのでもありません。 同時に、やれたこと、耐えたこと、工夫したことも同じ精度で数えます。
- 人格全体への判決にしません。 「この場面でうまくいかなかった」と「自分はだめな人間だ」は、別のことです。
心理療法の分野では、困りごとを抱えていることと、その人自身に欠陥があることを切り離して考える捉え方が、古くから大切にされてきました。問題と自分自身を分けておくことは、自尊心を守るためだけでなく、もう一度やってみる余地を残すためにも役に立ちます。原因を自分の人格に求めきってしまうと、変えられるものが何も残らないからです。
もうひとつ知っておくとよいのは、自分に厳しい構えには良い面もあるということです。手を抜かない、確認を怠らない、責任を引き受ける――そうした強みと表裏一体である場合が少なくありません。だからこそ、白黒つけて全部捨てようとするより、行きすぎている部分だけを少し緩めるほうが、無理がなく現実的です。
今日から試せる3つの練習
ここからは、ご自分で試せる小さな練習を3つ紹介します。どれも「必ずやらなければいけないもの」ではありません。調子のよい日に、ひとつだけ試してみる、くらいの気持ちで十分です。
練習1 その言葉を、親しい友人にかけられるか
自分を責める言葉が頭に浮かんだら、そのまま紙かスマートフォンに書き出してみてください。「またできなかった」「自分は迷惑をかけているだけだ」といった、頭に浮かんだそのままの言い方で構いません。
書けたら、次の問いを立てます。
「同じ状況にいる親しい友人に、自分はこの言葉をかけるだろうか。」
この問いを自分に向けてみると、多くの方は「友人にはそこまで言わない」と気づきます。では友人には何と言うでしょうか。そこで出てきた言葉を、今度は自分に向けて書いてみてください。
この練習の目的は、優しい言葉で気分をよくすることではありません。自分にだけ、極端に厳しい物差しを当てていないかを確かめることです。友人に向ける言葉のほうが、たいていは事実に近く、公平です。厳しい物差しは正確な物差しとは限らない、と気づけるだけで十分な収穫です。
練習2 事実と評価を分けて書き出す
紙を縦に2つに分けて、左に「起きたこと(事実)」、右に「自分がそこに付けた意味(評価)」を書きます。
たとえば、こうなります。
- 事実は「会議で発言できなかった」。評価は「自分は無能だ」「みんなに呆れられた」。
- 事実は「今日は洗濯ができなかった」。評価は「何ひとつまともにできない人間だ」。
書き分けてみると、右側には確かめようのないものが多く紛れ込んでいることに気づきます。相手が呆れたかどうかは、こちらから見えていません。「何ひとつ」と言えるほど、本当に何もできなかったのかも、書き出すと怪しくなります。
そのうえで、右側の内容を支える事実と、それに反する事実の両方を探してみてください。目的は「否定的な考えを消すこと」ではなく、両方を見たうえで、自分が納得できる言い方に整えることです。信じられない前向きな言葉に置き換える必要はありません。
この作業をもう少し体系立てて行う方法として、認知行動療法で使われる「コラム法」があります。手順はコラム法(7つのコラム)を自分でやってみるにまとめていますので、興味があればご覧ください。
練習3 「できなかったこと」ではなく「やったこと」を数える
一日の終わりに、その日やったことを3つだけ書き出します。大きなことである必要はありません。カーテンを開けた、皿を洗った、薬を飲んだ、返信を1通した――そのくらいで構いません。
落ち込んでいる時期には、楽しさの感じ方そのものが鈍くなります。「やったけれど、何も感じなかった」ということは普通に起こります。だからこそ、感じ方ではなく記録として残すことに意味があります。感覚が戻ってきたときに、後から見返せる材料になるからです。
書き出すことの大きさは、元気だったころの基準で決めなくて構いません。動けない時期に朝食を用意できたのなら、それはその時期の自分にとって十分に大きな一歩です。
慣れてきたら、書き出した行動の横に「これは自分が選んでやったことか」を一言添えてみてください。うまくいったことを偶然や他人のおかげにしてしまう癖は、自己評価が低いときによく見られます。自分が何を選び、何を続けたのかを言葉にしておくと、次に同じ場面が来たときに再現しやすくなります。
記録した行動を治療として組み立て直していく方法は、うつのときこそ「小さな行動」から(行動活性化)にまとめています。
うまくいかない日があっていい
3つとも、続かない日があって当たり前です。むしろここが肝心なところで、「練習ができなかった」ことを新しい自己批判の材料にしてしまうと、元も子もありません。
長く続いてきた考え方の癖は、数日で入れ替わるものではありません。良くなったり戻ったりを繰り返しながら進むのがふつうです。回復が一直線ではないことについては、うつ病の回復は一直線ではないでも触れています。
できなかった日には、「今日はできなかった。理由は疲れていたからだろう」と、事実と理由だけを書いて終わりにしてください。判決を下す必要はありません。
当院での実際
当院の診療対象は18歳以上の方です。
はじめに正直にお伝えしておきますと、当院には心理士がおらず、カウンセリングや認知行動療法などの専門的な心理療法プログラムは行っていません。 この記事で紹介した練習も、ご自分で試せる範囲のものとしてお伝えしています。本格的な心理療法をご希望の場合は、ご自身で実施している医療機関をお探しいただくことになりますが、紹介状(診療情報提供書)は必要に応じて作成します。
予約はデジスマによるWEB予約で受け付けており、初診の前にWEB問診にお答えいただきます。初診の所要時間の目安は、問診を含めて30分程度です。初診では、服用中の市販薬やサプリメントについても確認しています。
通院頻度の基本は2週間に一度です。自分を責める気持ちの強さは、その日の体調や出来事によって上下します。診察のときは、強まった場面や、そのとき何をしていたかを、そのままお話しください。
なお、ご家族のみでのご相談はお受けしていません。ご本人が受診に同意されたうえでの同席は可能です。ご本人が受診できない状況の場合は、お住まいの自治体の公的相談先、または受診を予定している医療機関へお問い合わせください。
受診を考える目安
自分に厳しいこと自体は、病気ではありません。けれども、次のような状態が続いているときは、治療の対象になりうると考えてください。
- 自分を責める考えが、一日の大半を占めている
- 「自分がいないほうがいい」「周りに迷惑をかけているだけだ」という考えが頭から離れない
- 眠れない、食欲がない、疲れが取れないといった体の変化を伴っている
- 責める気持ちが強すぎて、仕事や家事に手をつけられない
- 人に会うのを避けるようになり、それをまた責めている
- 楽しめていたことが楽しめなくなって、2週間以上たっている
これらは、うつ病をはじめとする治療可能な状態のサインであることがあります。「気の持ちよう」で片づけず、一度評価を受ける価値があります。
なお、心理療法という治療がどういうものかを知りたい方には、心理療法(カウンセリング)とは何かの記事も用意しています。
つらさが急に強まり、死にたい気持ちが差し迫っている場合は、通院中の方は主治医に相談し、身の安全に関わる緊急時は救急(119)を利用してください。
まとめ
自分を責める癖は、まじめさや責任感と地続きのところにあります。だからこそ手放しにくく、つらい時期ほど強く働いてしまいます。
けれども、責める → 動けない → さらに責める、という循環に入っているとき、その厳しさはもう役に立っていません。必要なのは、前向きに言い聞かせることでも、自分を甘やかすことでもなく、自分に対しても他人と同じ物差しを使うことです。
友人にかける言葉と比べてみる、事実と評価を分けて書く、やったことを数える。どれも小さな練習ですが、共通しているのは「自分を裁くのをいったん止めて、事実を見に行く」という点です。
そして、うまくできない日があってかまいません。自分を責める気持ちが強すぎて生活に支障が出ているときは、それ自体が相談してよいテーマです。「こんなことで受診してよいのか」と迷う方は少なくありません。迷いも含めて、診察でお話しいただいて構いません。
参考にした書籍
要約・再構成であり、原文の転載ではありません。
- 10分でできる認知行動療法入門
- 認知行動療法トレーニングブック
- 心理療法・その基礎なるもの
- 精神療法の基本
よくある質問
自分を責めてしまうのは、性格の問題ではないのですか。
性格の癖として長年続いている場合もありますが、気分が落ち込んでいる時期には、自分を悪く見積もる方向に考えが傾きやすいことが繰り返し指摘されています。「うまくいかなかったのは自分のせいで、これからもずっとそうだ」と受け取りやすくなるのは、状態そのものの影響である場合があります。性格か症状かをご自身で判定する必要はありません。長く続いてつらいのであれば、それだけで相談する理由になります。
自分に優しくすると、怠けてしまうのではないでしょうか。
自分を責めれば行動が増える、という関係にはなりにくいものです。厳しく追い立てるほど動けなくなり、動けないことでまた責めてしまう、という流れになりやすいことが指摘されています。この記事でお伝えしている「自分に公平な目を向ける」やり方は、やるべきことを免除することではなく、事実を正確に見たうえで次の一歩を選びやすくする、という現実的な方法です。甘やかしとは別のものと考えてください。
こうした練習は、当院で受けられますか。
当院には心理士がおらず、カウンセリングや認知行動療法などの専門的な心理療法プログラムは行っていません。この記事で紹介しているのは、ご自分で試せる範囲の考え方です。本格的な心理療法をご希望の場合は、ご自身で実施している医療機関をお探しいただくことになりますが、紹介状(診療情報提供書)は必要に応じて作成します。試してみて難しかったことや気になっている点は、診察のときにお聞かせください。