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はじめに

「休んでいるのに、気分がよくならない」「動く気力が出たら、また外に出ようと思っているのに、その日がなかなか来ない」――うつ状態のとき、多くの方がこう感じています。

じつは、うつ病の治療の考え方のなかには、これとは逆の順番をとる方法があります。「気分がよくなるのを待ってから動く」のではなく、「先にごく小さな行動を試して、気分が後からついてくるのを助ける」という方法です。認知行動療法(考え方や行動のパターンに働きかける精神療法)のなかで行動活性化と呼ばれ、うつ病への効果が知られている技法のひとつです。

この記事では、行動活性化がなぜ効くと考えられているのか、そして自宅で試すときの具体的なステップを、認知行動療法の専門書の内容をもとにご紹介します。なお、行動活性化は治療技法のひとつであり、これだけでうつ病の治療が完結するものではありません。診断や治療方針の判断は医師が行いますので、セルフケアの入り口としてお読みください。

うつ状態で起きている「活動と気分の悪循環」

うつ状態のとき、心と体には次のような循環が起きやすいことが知られています。

  1. 気分が沈み、疲れやすくなる
  2. 外出や趣味、人付き合いなどの活動が減る
  3. 活動が減ると、楽しみや達成感を感じる機会そのものが減る
  4. 楽しみや達成感が減ると、気分がさらに沈む
  5. さらに動けなくなる――(1に戻る)

ここで大切なのは、活動が減るのは怠けているからではないということです。うつ病では、疲労感や集中力の低下といった症状そのものが活動を難しくします。休むこと自体は自然な反応ですし、症状が重い時期にはまず休養が必要です。

ただ、回復の途中で「休んでいるのに気分が上向かない」段階に入ると、活動の減少そのものが気分の落ち込みを長引かせる要因になることがあります。行動活性化は、この悪循環のどこか一か所に、小さな行動という「くさび」を打ち込む方法です。

なぜ「気分より先に行動」なのか

「元気になったら動こう」という順番は、とても自然な発想です。しかしうつ状態では、待っていても「動きたい気分」がなかなかやって来ません。気分を直接コントロールすることは難しいのです。

一方、行動は――たとえ気乗りしなくても――自分で選ぶ余地が残されています。認知行動療法の入門書でも、「考え方を変えるより、行動を変えるほうが取り組みやすいことが多い」という趣旨のことが繰り返し述べられています。

そして、小さな行動を実際にやってみると、次のような変化が起こりえます。

  • 「何もできなかった一日」ではなく「これはできた」という事実が残る
  • ほんのわずかでも達成感や気分の変化を感じる機会が生まれる
  • 「やっぱり自分は何もできない」という思い込みに、反対の証拠が一つ加わる

一回の行動で気分が劇的に変わるわけではありません。しかし、有意義な活動や楽しめる活動を少しずつ増やしていくことが、うつを持続させている悪循環を断つ重要な方法のひとつと考えられています。

自宅でやってみる 行動活性化の4ステップ

ここからは、専門書で紹介されている手順を、自宅で試しやすい形に整理してご紹介します。

ステップ1 いまの活動を記録してみる

まず、1日(余裕があれば1週間)の活動を、時間帯ごとに簡単にメモしてみます。「午前中は布団の中」「昼にテレビを見た」「夕方に洗濯物を取り込んだ」といった程度で十分です。

このとき、それぞれの活動に「達成感」と「楽しさ」を0〜10などの数字で付けてみると、自分の状態が見えやすくなります。うつ状態では楽しさの点数が全体的に低く出やすいものですが、それでもよく見ると「入浴したときは少しましだった」「短い散歩のあとは点数が高め」など、小さな差が見つかることがあります。この差が、次のステップのヒントになります。

ステップ2 「小さな行動」を1つか2つだけ選ぶ

記録を眺めながら、増やしてみたい行動を1つか2つだけ選びます。選ぶときのコツは次のとおりです。

  • いまの体調で確実にできる大きさまで小さくする(「毎日ジョギング」ではなく「5〜10分だけ外を歩く」)
  • 達成感につながるもの(皿洗い、郵便物の整理など、ごく日常的な作業でよい)
  • 楽しさや心地よさにつながるもの(好きな音楽を1曲聴く、温かい飲み物をいれる)
  • 人とのつながりにつながるもの(家族と一言交わす、短いメッセージを返す)

専門書でも、ごく短時間の散歩のような小さな活動でも有益とされています。「こんな小さなことで意味があるのか」と思うくらいの大きさが、むしろちょうどよいのです。

ステップ3 日時を決めて、実行する

選んだ行動は、「気が向いたら」ではなく「明日の午前10時に」のように、いつやるかを先に決めておきます。気分に任せると、うつ状態では「やらない」ほうに流れやすいからです。

大きな用事を前にして動けないときは、課題を細かく分ける方法も役立ちます。たとえば「部屋を片づける」なら、「机の上の書類を一山だけまとめる」まで小さくします。圧倒されそうな課題を、達成できるステップに分解することは、行動活性化と並んで専門書で紹介されている基本的な工夫です。

ステップ4 結果を振り返る

実行したら、やる前の予想と、実際にどうだったかを見比べてみます。

  • やる前:「どうせ何も感じないだろう」
  • 実際:「楽しくはなかったが、終わったあと少しだけすっきりした」

このように、予想と結果のずれに気づくことが大切です。うまくいかなかった場合も失敗ではなく、「この時間帯は難しかった」「もう少し小さい行動のほうがよさそうだ」という次に生かせる情報になります。行動を試すことは、成功を証明するテストではなく、予測と結果を比べて学ぶための実験のようなものだとされています。

つまずきやすいポイントと対処のヒント

「頑張りすぎ」に注意する

調子が少しよい日に一気に動いて、翌日から数日寝込む――こうした「やりすぎと反動」の波は、回復を遅らせることがあります。行動活性化は根性論ではありません。よい日もあえて予定の範囲にとどめ、一定のペースを守るほうが、結果的に活動量は安定して増えていきます。

楽しさを感じられなくても続ける意味はある

うつ状態では、楽しさを感じる力そのものが一時的に低下しています。最初のうちは「やってもむなしいだけ」と感じるかもしれません。それは行動活性化が効いていないのではなく、症状の一部です。点数でいえば0が2になる程度の変化を、少しずつ積み重ねていくイメージで構いません。

自分を責める考えが出てきたら

「これしきのことができないなんて」という考えが浮かんだら、それはうつ状態に特徴的なマイナス思考かもしれません。考え方のかたよりを見直す練習としては、コラム法(7つのコラム)の記事で手順を紹介しています。行動活性化とコラム法は、認知行動療法のなかで車の両輪のように使われる技法です。

一人でやるのが難しいと感じたら

行動活性化は本来、治療者と一緒に計画を立て、結果を振り返りながら進めていくものです。一人で試してうまくいかないときは、やり方が悪いのではなく、伴走者が必要な段階だということかもしれません。診察のときに「こんなことを試している」と話していただければ、一緒に計画を調整できます。

行動活性化だけに頼ってはいけないとき

大切な注意点があります。行動活性化をセルフケアとして一人で試す方法は、症状が重い時期には向きません。次のような状態では、まず医療機関での評価が優先されます。

  • 食事や睡眠が大きく崩れている
  • 起き上がることも難しい日が続いている
  • 「消えてしまいたい」「死にたい」という考えが浮かぶ

こうした状態のときは、セルフケアで頑張ろうとするより先に、医療機関での評価と治療が必要です。うつ病の治療では、症状の重さを希死念慮の有無も含めて評価したうえで、休養・薬物療法・精神療法を組み合わせて方針を決めていきます。すでに通院中の方は、状態の変化を主治医に伝えてください。身の安全にかかわる切迫した状況では、救急(119)に連絡してください。

うつ病そのものについては、うつ病の症状の基本を解説した記事や、軽いうつのときに薬の前にできることをまとめた記事もあわせてお読みください。

当院での実際

当院では、通院頻度の基本を2週間に一度としています。行動活性化のようなセルフケアを試す場合も、2週間ごとの診察で経過を確認しながら、無理のないペースで進めていただけます。

外来では「薬を飲まないとだめですか」というご質問をよくいただきます。治療は薬だけではなく、休養のとり方や、この記事で紹介したような行動面の工夫も含めて、お一人おひとりの状態に合わせて一緒に考えていきます。診断や治療方針の判断は診察のうえで医師が行いますので、気になることがあればご相談ください。

なお、当院の診療対象は18歳以上の方です。

まとめ

うつ状態では、「活動が減る→楽しみや達成感が減る→気分がさらに沈む→もっと動けなくなる」という悪循環が起きやすくなります。行動活性化は、気分が戻るのを待つのではなく、確実にできる小さな行動を先に試すことで、この悪循環に変化を起こす治療法です。

やり方は、①いまの活動を記録する、②小さな行動を1つか2つ選ぶ、③日時を決めて実行する、④予想と結果を振り返る、の4ステップです。うまくいかない日があっても、それは次に生かせる情報になります。

ただし、症状が重い時期には休養と医療機関での治療が優先です。一人で抱え込まず、試してみたこと・うまくいかなかったことも含めて、診察でお話しください。


参考にした書籍(要約・再構成。原文の転載ではありません):

  • 10分でできる認知行動療法入門
  • 認知行動療法トレーニングブック

よくある質問

気分が沈んでいて、何もやる気が起きません。それでも行動したほうがよいのでしょうか。

行動活性化は「やる気が出るのを待ってから動く」のではなく、「先にごく小さな行動を試すことで、気分が後からついてくる」ことをねらう方法です。ただし、うつの症状が重い時期には休養が最優先になることもあります。無理に頑張る方法ではないので、いま自分がどの段階にいるかは主治医と相談しながら進めるのが安全です。

行動活性化は、運動や外出をしなければいけないのですか。

いいえ。皿洗いを一つする、カーテンを開ける、5分だけ外の空気を吸うといった、ごく小さな日常の行動で構いません。大きなことに挑戦するより、確実にできる小さな一歩を積み重ねることが大切だとされています。

行動活性化だけでうつ病は治りますか。

行動活性化は認知行動療法で使われる技法のひとつで、それだけで治療が完結するものではありません。休養や薬物療法が必要な場合もありますし、症状の重さの評価も欠かせません。診断や治療方針の判断は医師が行いますので、セルフケアとして試しつつ、つらさが続くときは受診をご検討ください。

やってみたのに気分がよくなりません。失敗でしょうか。

失敗ではありません。行動を試して「予想と実際がどう違ったか」を振り返ること自体に意味があるとされています。また、うつ状態では楽しさを感じる力そのものが一時的に落ちているため、最初は達成感や楽しさが薄く感じられるのが自然です。続けても苦しさが強いときは、診察でやり方を一緒に確認できます。

コラム法(考え方を見直す方法)とは、どちらを先にやればよいですか。

決まった順番はありませんが、「考え方を変えるより、行動を変えるほうが取り組みやすい」とされることが多く、気力が落ちている時期には行動活性化のほうが始めやすい場合があります。両方を組み合わせることもできますので、自分に合いそうなほうから試してみてください。

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執筆・監修

精神保健指定医 野口晋宏

春日メンタルクリニック院長。精神科・心療内科の診療経験をもとに、受診前の不安や制度の疑問を整理しやすい情報提供を心がけています。

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