はじめに
「受診したほうがいいのは分かっています。でも、予約の画面を開いたところで、いつも手が止まってしまって」
「生活を変えたほうがいいと言われました。分かってはいるんですが、まだ」
こうした言葉のあとに、多くの方が「結局、自分にやる気がないんです」と続けます。
この記事でお伝えしたいのは、その見方とは別の枠組みです。
はじめに一点だけ。この枠組みは、診察のなかで医師と一緒に使うためのものです。決心が固まってから受診する必要はありません。迷っている段階のまま受診していただいて構いません。
また、体重が急に落ちている、まったく眠れない日が続いている、眠らなくても平気なほど活動が止まらない、以前と違う考えや声に強く支配される、死にたい気持ちが出ている――こうしたときは段階の話ではありません。準備が整うのを待たずにご相談ください。
人が何かを変えるとき、そこには段階があります。そして、「必要だと分かっているが、まだ踏み切れない」という時期は、その段階のなかにきちんと位置を持っています。やる気の欠如ではなく、手前の段階にいる、という見方ができるということです。
なお、この考え方は主に、禁煙や飲酒、食習慣といった行動の変化を対象とした研究から組み立てられました。ただし研究者たちは、変化の骨組みそのものは、問題の種類や治療のやり方によらずおおむね同じだった、と報告しています。
段階はいくつあるのか
専門書では、おおよそ次のように整理されています。
1. 熟慮前(じゅくりょぜん)
変える必要があるとは思っていない段階です。周囲から言われて渋々来た、という形で始まることもあります。
2. 熟慮
「変えたほうがいいのは分かる。でも――」という段階です。この段階にいる人は「はい、でも」という言い方をよくする、と専門書は書いています。
必要性は分かっている。目標がどんなものかも、たぶん分かっている。何をすればよいかさえ分かっていることもある。それでも、それだけの時間と労力を払う価値があるのか、自分でも決めきれない。ミラーという研究者は、この状態を「変わること」と「このままでいること」のあいだを行ったり来たりするシーソーにたとえています。
多くの方が「やる気が出ない」と表現するのは、たいていこの段階です。
3. 準備
変えること自体はもう決まっていて、どうやるかを見定めている段階です。この段階の特徴として専門書が挙げているのは、試しにやってみることです。少し先延ばしにしてみる、いつものやり方を変えてみる。そうやって「変えるとどんな感じになるか」を確かめる時期だとされています。
4. 行動
実際に変える段階です。
5. 維持
変えたものを保つ段階です。ここでも変化は続いていますが、重点は「得たものを崩さないために何をするか」に移ります。
6. 終結
元に戻る誘惑がなくなり、かつて同じことをしていた状況に置かれても、もうそうはならないという確信がある――そこまでを指す段階です。ただし専門書は、これは現実的な到達点というより理想に近いもので、多くの人は維持段階にとどまっていると考えたほうがよい、と率直に書いています。
一つ進むだけで、見込みは変わる
ここがこの枠組みのいちばん実用的なところです。
禁煙プログラムを調べた研究では、参加して1か月後もまだ熟慮前段階にとどまっていた人のうち、最終的に問題に取り組んだのは3%でした。一方、1か月のあいだに次の熟慮段階まで進んだ人では、6か月以内に取り組んだ割合が7%でした。
いずれもプログラムに参加している人についての数字です。参加せずに段階だけが進んだ場合の話ではありません。
数字そのものは小さい――専門書自身がそう認めています。輝かしい成果には見えないでしょう、と。ただ、段階が一つ進んだだけで、その後半年のあいだに実際に動く見込みがおよそ倍になった、という点は注目に値します。
これは、こう言い換えられます。いきなり「実行」までたどり着こうとしなくてよい。 一つ手前まで進むことに、それ自体の意味があります。
自分を追い込むのは、たいてい効きません
熟慮段階にいる人に対して、周囲がよくやることがあります。無理に変えさせようとする。理屈で説得する。罪悪感を持たせる。責める。
専門書は、これらについて「常識に訴えるものだが、たいてい効果はない」と書き、避けるのが望ましいとしています。
研究が直接調べたのは、周囲からの働きかけです。ただ、同じことが自分自身に向いている方によくお会いします。「こんなこともできないのか」と自分を責めて動けるようになるなら、とっくに動けているはずです。
専門書が引いている、この段階の人のモットーが端的です。「疑わしいときは、変化するな」。この状態の人に行動を迫っても、たいてい前には進まず、むしろその場にとどまる理由をしっかり述べるようになる、と説明されています。
では何が役に立つのか。専門書が挙げているのは、変えることで得るものと失うものの両方を、じっくり眺めることです。片側だけを数え上げるのではなく、両方です。
この「両方を眺める」という関わり方は、ご家族が本人に向けて使う場面でも同じです。本人が依存を認めないとき、家族にできることで詳しくお伝えしています。
失うもののほうを認めてよい、という点が大事だと思います。仕事を減らせば収入が減る。薬を始めれば副作用の心配が出る。休職すれば職場での立場が変わる。こうした「失うもの」を無視して決めた変化は、たいてい続きません。
準備段階の「試しにやってみる」を軽んじない
もうひとつ、実際に役立つ視点があります。
準備段階の小さな試行――少しだけやってみる、一部だけ変えてみる――を、専門書は励ますべきものとして扱っています。従来の依存症治療では、こうした中途半端に見える動きが軽く見られがちだった、という批判とセットで書かれています。
診察の場面に置き換えると、次のようなことです。
- 予約は取ったが、当日行けなかった
- 生活を変えようと思って、一日だけやってみた
- 記録をつけようとして、二日で止まった
これらは「できなかった」ではなく、準備段階の中身そのものです。診察でそのまま話していただいて構いません。
なお、処方された薬をまだ飲めていない場合は、これとは別扱いです。 必ず次の診察でお伝えください。黙っていると、効いていないのか飲めていないのかを医師が区別できず、判断を誤らせます。薬が怖くて飲めないという場合については、副作用の説明書を読むと怖くて薬が飲めないときをご覧ください。
維持段階では、しくじりを先に計画しておく
変えたあとの段階についても、実務的な助言があります。
専門書は、問題が起きる可能性をあらかじめ予測しておくことを勧めています。どういう場面で戻りやすいかを事前に洗い出し、そのときにどうするかを決めておく、という考え方です。
さらに、戻ってしまったときの計画も先に立てておくよう勧めています。「戻らないようにする計画」だけでなく、「戻り始めたときに、そこで踏みとどまるための計画」です。これがあると、一度のつまずきがそのまま全部の崩れにつながりにくくなります。
回復に波があること自体については、うつ病の回復には波があるでもお伝えしています。
この枠組みを使ってはいけない場面
最後に、はっきりお伝えしておきたいことが二つあります。
ひとつめ。薬を減らす・やめる判断には使わないでください。
薬の増減や中止は、ご本人の準備状態ではなく、病状と薬の性質によって進め方が決まります。急にやめること自体が不調の原因になる薬もあります(抗うつ薬をやめるときの中断症候群、睡眠薬をやめたいとき)。減らしたい気持ちがあるときは、その気持ちごと診察でお話しください。自己判断で止めないでいただくことが、いちばん大切です。
ふたつめ。準備が整うのを待ってはいけない状態があります。
体重が急に落ちている、まったく眠れない日が続いている、眠らなくても平気なほど活動が止まらない、以前と違う考えや声に強く支配される、死にたい気持ちが出ている。こうした場合は、段階の話ではありません。早めにご相談ください。
当院での実際
当院には心理士がおらず、カウンセリングや専門的な心理療法プログラムは行っていません。ただし、この記事でお伝えした「変化の段階」という枠組みは、診察のなかで一緒に確かめていける範囲の考え方です。専門的な心理療法をご希望の場合は、ご自身で実施している医療機関をお探しいただくことになりますが、紹介状(診療情報提供書)は必要に応じて作成します。
この枠組みがもともと育ってきた飲酒の領域では、「決心が固まってから相談する」のではなく揺れている段階から相談してよい、という考え方が広まっています(アルコール依存症の治療は断酒だけじゃない)。なお、当院ではアルコール依存症単体のご相談はお受けしておりません。専門の医療機関はご自身でお探しいただくことになりますが、紹介状(診療情報提供書)は必要に応じて作成します。
体調が急に悪くなったとき、意識がはっきりしないなど差し迫った状況では、迷わず救急(119)を利用してください。通院中の方は、まず主治医にご相談ください。
まとめ
- 「必要だと分かっているが踏み切れない」時期は、段階のなかに位置を持っています。やる気の問題として片づけなくて構いません
- 治療やプログラムに参加している人で、最初の1か月に段階が一つ進むと、その後半年のあいだに実際に動く見込みがおよそ倍になったと報告されています。実行までたどり着かなくてよいということです
- 無理強い・説得・罪悪感・自責は、たいてい効きません。役に立つのは、得るものと失うものの両方を眺めることです
- 「一日だけやってみた」「予約は取ったが行けなかった」は、失敗ではなく準備段階の中身です。診察でそのまま話してください
- 薬の減量・中止の判断にこの枠組みを使わないでください。また、体の状態が切迫しているときは、準備が整うのを待たずにご相談ください
参考にした書籍
この記事は、次の書籍の記述を要約・再構成して作成しました(原文の転載ではありません)。
- 『心理療法・その基礎なるもの』
よくある質問
変わったほうがいいと分かっているのに動けません。意志が弱いのでしょうか。
意志の強弱とは別の枠組みで考えられています。人が何かを変えるときには段階があり、「必要性は分かるが、それだけの労力を払う価値があるか決めきれない」という時期が必ず挟まります。この時期にいることは、失敗でも怠慢でもありません。
その段階でも、何かできることはありますか。
あります。研究では、治療やプログラムに参加している人で、最初の1か月に段階が一つ進むと、その後半年のあいだに実際に行動する見込みがおよそ倍になったと報告されています。いきなり実行に移すのではなく、一つ手前まで進むことに意味があるという考え方です。
自分を追い込んだほうが動けるのではないですか。
この分野の研究では、無理強い、理詰めの説得、罪悪感を持たせること、責めることは、常識に訴えるものではあるが、たいてい効果がないと指摘されています。研究が調べたのは周囲からの働きかけですが、同じことが自分自身に向いている方も少なくありません。
この考え方を、薬を減らす・やめる判断に使ってもよいですか。
使わないでください。薬の増減や中止は、ご本人の準備状態だけでなく、病状や薬の性質によって進め方が決まります。急にやめること自体が不調の原因になる薬もあります。減らしたい気持ちがあるときは、その気持ちごと診察でお話しください。
段階を待っていてはいけないのは、どういうときですか。
体重が急に落ちている、まったく眠れない日が続いている、眠らなくても平気なほど活動が止まらない、以前と違う考えや声に強く支配される、死にたい気持ちが出ているといった場合は、準備が整うのを待たずにご相談ください。差し迫った状況では、迷わず救急(119)を利用してください。