福岡県春日市須玖北4丁目34 2階
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はじめに

「お酒の量が増えているのは自分でもわかっている。でも、病院に行ったら『一滴も飲むな』と言われそうで怖い」——そんな思いから、受診を先延ばしにしている方は少なくありません。

実際、わが国でこれまでにアルコール依存症の診断基準に該当したことのある方は約107万人と推計されていますが、アルコール依存症として治療を受けている患者さんは約5万人にとどまるとされています。その背景のひとつとして、「断酒」を治療目標とすることへの抵抗感が挙げられています。

けれど、いまの治療は「断酒か、治療しないか」の二択ではありません。2018年に公開された国内の診断治療ガイドラインでは、すぐにお酒をやめられない場合には飲酒量を減らすことから始め、飲酒による害をできるだけ減らしていくという「ハームリダクション」の考え方にもとづいた、飲酒量低減(減酒)という治療選択肢が位置づけられました。この記事では、その内容をやさしくご紹介します。なお、診断や治療方針の判断は医師が行います。ここでの説明は、相談の前に知っておくと役立つ目安とお考えください。

アルコール依存症とは——「意志の弱さ」ではなく病気です

アルコール依存症は、慢性的に多量の飲酒を続ける方であれば、誰でも発症する可能性のある病気です。性格や意志の強さの問題ではありません。依存症の当事者向けに広く使われているワークブックでも、依存症の原因は「使ったこと(飲み続けたこと)」そのものにあり、意志や性格の弱さではないと繰り返し強調されています。

診断には、WHO(世界保健機関)の診断基準(ICD-10)が主に用いられます。たとえば次のような項目のうち、過去1年間に3項目以上が同時に1カ月以上続いたか、繰り返し現れた場合に診断されます。

  • 渇望:飲みたいという強い欲求。お酒が手元にないと不安になる、隠れてでも飲んでしまう
  • コントロールの困難:飲み始めたら止まらない、休肝日と決めても飲んでしまう、決めた量を超えてしまう
  • 離脱症状:お酒を減らすと手のふるえ・寝汗・不眠・イライラなどが出る、迎え酒をする
  • 耐性の増大:たくさん飲まないと酔えなくなり、量が増えていく
  • 飲酒中心の生活:趣味などの活動よりお酒を優先し、飲むことや酔いからさめることに多くの時間を使う
  • 問題があっても飲み続ける:健康診断や医師から指摘されているのにやめられない

また、アルコールは200以上の病気やけがの原因になるとされ、肝障害・うつ・不安・高血圧・糖尿病・認知症などの背景に飲酒問題が隠れていることも少なくありません。アルコール依存症そのものの基礎知識は、別の記事で詳しく解説しています

「ハームリダクション」——減酒の背景にある考え方

減酒という治療選択肢の背景には、「ハームリダクション(害の低減)」という国際的な支援の考え方があります。

ハームリダクションは、「使うか、やめるか」ではなく「害が増えるか、減るか」に注目します。飲酒がもたらす害には、体の病気だけでなく、人間関係のこじれや仕事への支障、経済的な負担も含まれます。今すぐお酒をやめられなくても、こうした害を一つでも減らすことをまず目指す——それがこの発想の核心です。

なぜそんな回り道のようなことをするのか。それは、「やめること」を支援の入口条件にすると、いちばん困っている人ほど支援から遠ざかってしまうからです。「やめると約束できなければ相談できない」となれば、正直に話せなくなり、相談そのものを避けるようになります。孤立が深まるほど、お酒に頼るしかない状況は続いてしまいます。

『ハームリダクションとは何か』という書籍では、依存症とは「安心して人に依存できない病」であるという表現が紹介されています。つらさをしのぐ手段がお酒しかない状態から、人や医療など頼れる先を少しずつ増やしていくこと——それ自体が回復の一部だという考え方です。減酒治療は、この「まず治療につながり、つながり続けることを最優先する」発想を、アルコール診療の形にしたものといえます。

ハームリダクションという考え方そのものについては、こちらの記事で賛否両論も含めて紹介しています

「やめたい、でもやめたくない」は自然なこと

受診をためらう理由のひとつに、「本気でやめる決心がついていないのに相談してよいのか」という迷いがあります。

しかし、依存症の診療では、「やめたい」と「やめたくない(やめられる気がしない)」のあいだで揺れる気持ち——両価性と呼ばれます——は、ごく自然なものと考えられています。お酒は長いあいだ、つらさをしのぐ手段として本人を支えてきた側面があるからです。決心が固まってから来る場所ではなく、揺れている段階から相談してよい場所、というのが現在の依存症診療の基本姿勢です。

治療の場では、この揺れを責めるのではなく、「飲酒の問題を良くしたい」という気持ちの側を少しずつ育てていく関わり(動機づけ面接法)が広まっています。

「減酒」という治療目標——どんな人に向くのか

アルコール依存症の治療目標として、最も安定していて完全なのは、いまも継続した断酒です。この点は変わっていません。そのうえで、ガイドラインは次のような整理をしています。

断酒を目標にすべき方

  • 入院による治療が必要な方
  • 飲酒に伴う問題が重篤で、社会生活や家庭生活が困難になっている方
  • 臓器障害が重く、飲酒により生命の危険があるような方
  • 幻覚・けいれん・ふるえなど、緊急の治療を要する離脱症状のある方

なお、長く多量に飲んできた方が自己判断で急にお酒を断つと、強い離脱症状が出て危険なことがあります。断酒が必要な状態かどうかの見きわめも含め、必ず医師の管理のもとで進めることが大切です。

減酒(飲酒量低減)を目標にできる方

軽症の依存症で、明確な合併症がない方の場合、ご本人が断酒を望むなどの事情がなければ、飲酒量低減が治療目標になります。

さらに大切なのは、本来は断酒が望ましい方であっても、どうしても断酒に同意できない場合には、治療から離れてしまうことを避けるために、一時的に減酒を目標として選べるとされている点です。依存症の治療では「治療を続けること」自体がとても重要で、患者さんの希望に沿った目標設定がそれを支えます。減酒がうまくいかない場合には、断酒への切り替えを検討します。

減酒の目安

理想的には、1日平均の純アルコール量で男性40g以下、女性20g以下(ビール中瓶1本=約20g)が目安とされます。これはあくまで治療目標としての目安であり、「ここまでなら安全に飲んでよい量」を示すものではありません。ただし、そこまで届かなくても、治療開始時より飲酒量が減り、健康障害や社会・家族の問題が軽くなっていれば、治療効果があったと判断できるとされています。「完璧にできなければ失敗」ではないのです。

治療の中身——主役は「お酒との付き合い方の見直し」、薬は補助役

断酒でも減酒でも、治療の主体は心理社会的治療です。依存症という病気を学び、治療の意義を理解し、ご自身のペースでお酒に対する考え方や飲み方を見直していく——その過程を医療者がサポートします。具体的には、飲酒に対する考え方や捉え方を検討していく認知行動療法や、「飲酒問題を良くしたい」という気持ちを強めていく動機づけ面接法などが広まりつつあります。減酒を目標とする場合には、毎日の飲酒量を記録するモニタリングの併用が重要とされています。

薬物治療は補助的な役割です。断酒を目標とする場合はアカンプロサートが第一選択薬とされ、飲酒量低減を目標とする場合にはナルメフェンという薬が考慮されます。どの薬を使うか、使うかどうかを含めて、医師が診察のうえで判断します。

また、断酒会やAA(アルコホーリクス・アノニマス)といった自助グループへの参加や、ご家族がアルコール依存症を正しく理解し適切な対処を身につけていくことも、回復の大きな助けになるとされています。

治療の中で取り組む工夫——飲酒日記と「引き金」の整理

減酒治療で実際に行う取り組みは、専門的で難しいものというより、地道な「見える化」の積み重ねです。依存症治療の現場で使われているワークブックの内容から、代表的なものを紹介します。

飲酒日記(記録)。いつ・どこで・どのくらい飲んだかを毎日記録します。書くことで自分の飲酒パターンが客観的に見え、減った日が積み重なっていく実感が続ける力になります。減酒治療では、この記録が診察のたびの「共通の資料」になります。

引き金の整理。飲みたい気持ちは、何もないところから湧くのではなく、特定のきっかけ(引き金)から自動的に立ち上がることが多いとされます。引き金には、仕事帰りのコンビニ・飲み仲間・冷蔵庫の中の酒類といった外側の引き金と、イライラ・不安・退屈・孤独感といった内側の引き金があります。自分の引き金を書き出して知っておくと、「帰り道を変える」「家に酒類を置かない」など、意志の力に頼らない対策が立てられます。

危ない状態のサインを知る。空腹(Hungry)・怒り(Angry)・孤独(Lonely)・疲労(Tired)の4つは、頭文字をとって「H.A.L.T.」と呼ばれ、飲みたい気持ちが強まりやすい状態の合言葉とされています。「今日はイライラして疲れている。危ない日だ」と気づけること自体が対処の第一歩です。

ひとつ注意点があります。これらは自分でも始められる工夫ですが、自己流の減酒だけで依存症の治療に代えることはできません。記録がうまくつけられない、決めた量を守れない日が続く——それ自体が、専門的な治療が必要なサインです。うまくいかないことを「意志が弱いから」と抱え込まず、医療につなげてください。

セルフチェック——AUDIT-Cという簡単な目安

自分の飲酒が心配な方のために、AUDIT-Cという3問の簡単なスクリーニングテストがあります。

  1. 飲む頻度:飲まない(0点)〜週4回以上(4点)
  2. 1回に飲む量:1〜2ドリンク(0点)〜10ドリンク以上(4点)※1ドリンク=純アルコール10g。日本酒1合やウイスキーダブル1杯は2ドリンク
  3. 1度に6ドリンク(純アルコール60g)以上飲む頻度:ない(0点)〜ほぼ毎日(4点)

合計点が男性で5点以上、女性で4点以上の場合、アルコール依存症の可能性が疑われ、より詳しい評価が勧められます。あくまで拾い上げのための目安であり、診断は医師が診断基準にもとづいて行います。

減酒の受け皿——減酒外来・専門医療機関

近年、「減酒外来」という名称を掲げる医療機関や、飲酒量低減を治療目標のひとつとして扱うアルコール専門外来が、全国で少しずつ増えています。「依存症とまではいえない気がするが、飲みすぎが気になる」という段階から相談できることを掲げている施設もあります。

どの医療機関が合うかは、飲酒の状態、体の合併症、生活の状況によって変わります。次の「当院での実際」でご説明するとおり、当院は依存症の専門治療は行っていません。実施している医療機関はご自身でお探しいただくことになりますが、紹介状(診療情報提供書)は必要に応じて作成します。

受診の目安

次のようなことに心当たりがあれば、一度医療機関に相談してみることをおすすめします。飲酒の問題そのものが中心の場合は、アルコール依存症の専門外来(専門医療機関)が適しています。

  • 飲む量を自分では減らせない、決めた量を超えてしまうことが続いている
  • お酒を減らすと手のふるえ・寝汗・不眠などが出る、迎え酒をしてしまう
  • 健康診断や家族から飲酒を指摘されているのに、やめられない
  • 飲酒のことで仕事や家庭に支障が出はじめている
  • 上のセルフチェックで、男性5点以上・女性4点以上だった

幻覚やけいれんなど激しい症状があるとき、体調が急激に悪いときは、救急(119)や主治医に速やかに連絡してください。

当院での実際

当院は精神科・心療内科のクリニックで、診療対象は18歳以上です。当院ではアルコール依存症そのものの専門治療(減酒治療を含む)は行っておらず、依存症を主なお困りごととするご相談はお受けしていません。実施している医療機関はご自身でお探しいただくことになりますが、紹介状(診療情報提供書)は必要に応じて作成します。この記事で紹介した減酒治療やハームリダクション型の支援も、専門外来や地域の相談機関が担っています。

一方で、飲酒の背景には、うつ・不安・不眠などの不調が隠れていることが少なくありません。こうした心の不調の診療は当院の範囲ですので、「お酒の問題なのか、気分の問題なのか、自分でもよくわからない」という段階のご相談の入口としてご利用いただけます。診察のうえで、依存症の専門治療が必要と考えられる場合には、ご自身で専門外来をお探しいただくことになりますが、紹介状(診療情報提供書)は必要に応じて作成します。

なお、ご家族のみの相談はお受けしていません。ご本人が受診に同意されたうえでの同席は可能です。

急な変化——幻覚、けいれん、呼びかけへの反応が鈍い、意識がもうろうとするなど——があるときは、ためらわず救急(119番)へ。通院中の方は、日頃の心配ごとを主治医にご相談ください。

まとめ

アルコール依存症の治療目標として最も安定しているのは断酒ですが、いまは「すぐにやめられないなら、まず減らすことから」という減酒(飲酒量低減)の選択肢が国内のガイドラインに位置づけられています。その背景には、「やめること」を入口の条件にせず、まず治療につながり続けることを大切にするハームリダクションという考え方があります。

「やめたい」と「やめられる気がしない」のあいだで揺れるのは自然なことです。大切なのは、完璧な目標を掲げることよりも、治療につながり、続けること。「断酒しか道がないなら行きたくない」と感じていた方も、まずは現状を整理するところから一緒に始められます。どの目標が合うか、どの医療機関が合うかは、お体の状態や生活の状況を見ながら、医師と相談して決めていきましょう。


参考にした資料・書籍(要約・再構成であり、原文の転載ではありません):

  • 新アルコール・薬物使用障害の診断治療ガイドラインに基づいたアルコール依存症の診断治療の手引き 第1版(日本アルコール・アディクション医学会/日本アルコール関連問題学会、2018年)
  • ハームリダクションとは何か(松本俊彦・古藤吾郎・上岡陽江 編著、中外医学社)
  • 薬物・アルコール依存症からの回復支援ワークブック(松本俊彦・小林桜児・今村扶美、金剛出版)

執筆・監修:精神保健指定医 野口晋宏

よくある質問

お酒を完全にやめる自信がありません。それでも受診してよいのでしょうか?

はい。近年は、すぐにやめられない場合でも飲酒量を減らすことから始める「飲酒量低減(減酒)」という治療目標が国内のガイドラインにも位置づけられています。断酒を強制されるのが怖くて相談をためらう必要はありません。どの目標が合うかは、状態を見ながら医師と一緒に決めていきます。なお、当院ではアルコール依存症の専門治療(減酒治療を含む)は行っておらず、治療目標の設定は専門外来(専門医療機関)で行われます。

減酒はどのくらい減らせば効果があったといえますか?

目安として、男性で1日平均純アルコール40g以下、女性で20g以下が理想とされます。これは治療目標としての目安であって、「ここまでなら安全に飲んでよい量」を示すものではありません。そこまで達しなくても、治療開始時より飲酒量が減り、健康面や生活面の問題が軽くなっていれば効果があったと判断できるとされています。評価は一人ひとりの状態をもとに医師が行います。

減酒に使えるお薬はありますか?

飲酒量低減を目標とする場合には、ナルメフェンという薬が考慮されます。ただし、治療の主体はあくまで心理社会的治療(お酒との付き合い方を見直す取り組み)で、薬は補助的な役割です。使用するかどうかは診察のうえで医師が判断します。

誰でも減酒でよいのですか?断酒が必要なのはどんな場合ですか?

入院治療が必要な方、飲酒に伴う問題が重く社会・家庭生活が困難な方、臓器障害が重篤な方、幻覚やけいれんなどの離脱症状がある方などは、断酒を目標にすべきとされています。減酒がうまくいかない場合も断酒への切り替えが検討されます。この判断は、アルコール依存症の専門外来(専門医療機関)で行われます。当院では依存症そのものの専門治療は行っておらず、必要な場合はご自身で専門外来をお探しいただくことになりますが、紹介状(診療情報提供書)は必要に応じて作成します。

自分で急にお酒をやめても大丈夫ですか?

長期間・多量に飲んできた方が自己判断で急にお酒を断つと、手のふるえ・発汗・不眠のほか、けいれんや幻覚などの強い離脱症状が出ることがあります。飲酒量が多い方の断酒・大幅な減酒は、必ず医師の管理のもとで進めてください。すでに幻覚やけいれんが起きている場合は、救急(119番)に連絡してください。

減酒の治療は春日メンタルクリニックで受けられますか?

当院ではアルコール依存症そのものの専門治療(減酒治療を含む)は行っておらず、依存症を主なお困りごととするご相談はお受けしていません。実施している医療機関はご自身でお探しいただくことになりますが、紹介状(診療情報提供書)は必要に応じて作成します。一方、飲酒の背景にあるうつ・不安・不眠などの不調の診療は当院で行っています。どこに相談すべきか迷う場合の入口としてもご利用いただけます。

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執筆・監修

精神保健指定医 野口晋宏

春日メンタルクリニック院長。精神科・心療内科の診療経験をもとに、受診前の不安や制度の疑問を整理しやすい情報提供を心がけています。

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