はじめに
「今日は飲まないと決めたのに、気づいたら缶を開けていた」「健康診断で肝臓の数値を指摘されたのに、やめられない」「家族との約束を、もう何度も破ってしまった」――。
こうした経験を重ねると、多くの方が「自分は意志が弱いダメな人間だ」と自分を責めます。ご家族も「本人がその気になればやめられるはずなのに」と、もどかしさや怒りを感じることが少なくありません。
しかし、精神医学の立場からはっきり言えることがあります。アルコール依存症は意志や性格の問題ではなく、脳に生じる病気です。そして、病気である以上、治療という形の助けがあります。
この記事は、新しい連載「アルコールとの付き合い方」の第1回として、アルコール依存症とはどんな病気なのか、どこからが「依存症」なのか、治療の入口には何があるのかをお伝えします。
「やめられない」が起こる仕組み
お酒を繰り返し飲み続けると、脳はアルコールと快感・安心とを強く結びつけて学習していきます。この学習は本人の自覚がないまま進み、やがて意志の力を上回るほど強固になります。
依存が進むと、飲酒は次のような自動的な流れで起こるようになると説明されています。
- 引き金――仕事帰りのコンビニ、いつもの晩酌の時間、イライラや孤独感など
- 考え――「一杯だけなら」「今日くらいいいだろう」
- 欲求――抑えがたい「飲みたい」という気持ち
- 飲酒
この流れは、条件反射のようにほとんど自動的に進みます。つまり「やめられない」のは、本人の決意が足りないからではなく、脳がそういう反応をするように変化してしまっているからなのです。
逆に言えば、治療とはこの仕組みを本人が理解し、引き金を避けたり、流れを途中で断ち切る技術を身につけたりしていく作業です。根性ではなく、知識と工夫で対処する――依存症治療の現場には「強くなるより賢くなる」という考え方があります。
病気としてのアルコール依存症――知っておきたい特徴
依存症の治療・研究の領域では、アルコール依存症を「病気」として捉えるうえで、次のような特徴が挙げられています。
- 原因は「飲んだこと」にある――意志や性格が原因ではありません。誰でも、飲み続ければ依存症になりうるという意味で、特別な人だけの病気ではありません。
- 慢性の病気である――高血圧や糖尿病と同じように、「完治」よりも「付き合い方を身につける」ことが目標になります。飲まない生活を続けていれば、安定した回復が可能です。
- 進行する病気である――放置すると徐々に悪化します。また、しばらくやめていた後に再び飲み始めると、短期間で元の状態に戻りやすいことが知られています。
- 周囲を巻き込む病気である――ご家族が本人の尻ぬぐいに追われて疲弊するなど、本人だけでなく周囲の生活にも影響が広がりやすい病気です。だからこそ、ご家族への支援も治療の大切な一部です。
「性格が変わってしまった」と感じられる場合も、その多くはアルコールの影響によるもので、飲まない生活が続くと回復しうるとされています。
どこからが「依存症」?――量ではなく「コントロール」
「毎日飲んでいたら依存症ですか」とよく聞かれますが、診断の中心は飲む量や頻度そのものではありません。ポイントは、飲酒を自分でコントロールできているかです。
次のようなサインがあるとき、依存が進んでいる可能性があります。
- 飲む量・時間・場面を自分で決められない(「1杯だけ」ができない)
- お酒が切れてくると、手のふるえ・汗・イライラ・不眠などが出る
- 同じ酔い心地を得るのに、以前より多くの量が必要になった
- 飲酒が原因で健康・仕事・家族関係に問題が起きているのに、飲み続けてしまう
- 飲酒を中心に一日の予定が回っている
なお、お酒の健康リスクは依存症でなくても量に応じて高まります。「そもそも適量とはどのくらいか」については、純アルコール量で考える健康的な飲み方の記事で詳しく解説しています。また、眠るためにお酒を使っている方は、寝酒がかえって不眠を悪化させる仕組みの記事もあわせてご覧ください。
これらのサインに当てはまるものがあっても、それだけで診断が決まるわけではありません。診断は医師が行いますので、自己判断で「自分はまだ大丈夫」「もう手遅れ」と決めつけないことが大切です。
治療の入口――責められることはありません
「受診したら、叱られて、無理やり断酒させられるのではないか」という不安から、受診をためらう方は少なくありません。しかし、現在の依存症治療の標準は、その正反対です。
依存症の治療は、本人を対決的に説得するのではなく、本人の気持ちに寄り添いながら、変わりたい気持ちを一緒に育てていく関わりを基礎にしています。「やめたい、でもやめたくない」という揺れる気持ちがあるのは自然なことで、その揺れごと受け止めるところから治療は始まります。
治療の柱には、次のようなものがあります。
心理社会的治療
依存症の仕組みを学ぶ心理教育、引き金への対処法を身につける認知行動療法的なプログラム、そして同じ経験を持つ仲間とつながる自助グループなどです。自助グループについては、連載第2回の記事で詳しく紹介します。
薬物療法
断酒の継続を助ける薬(アカンプロサートなど)や、飲酒量を減らすことを助ける薬(ナルメフェンなど)が使われることがあります。ただし、薬だけで依存症が治るわけではなく、心理社会的治療と組み合わせて用いることが前提とされています。どの薬を使うか、そもそも薬を使うかどうかを含めて、診察のうえで医師が個別に判断します。
治療目標は「断酒」だけではない
断酒が最も確実な目標であることは変わりませんが、近年は、重症度や本人の準備の度合いに応じて、まず飲酒量を減らす「減酒」から始めるという選択肢も広がっています。詳しくは減酒という治療選択肢の記事と、連載第3回のハームリダクションの記事をご覧ください。
大切なのは、「完璧に断酒できる自信がないから受診できない」と考える必要はない、ということです。目標は治療のなかで一緒に決めていくものです。
当院での実際
当院の診療対象は18歳以上の方です。当院ではアルコール依存症そのものの専門治療は行っておらず、依存症を主なお困りごととするご相談はお受けしていません。実施している医療機関はご自身でお探しいただくことになりますが、紹介状(診療情報提供書)は必要に応じて作成します。この記事で紹介したような専門的な治療プログラムや自助グループとの連携は、専門外来のほうが手厚く受けられるためです。
ご家族のみの相談はお受けしていません。ご本人が受診に同意されたうえでの同席は可能です。ご本人が受診できない場合は、お住まいの地域の公的相談先、または受診を予定している医療機関へお問い合わせください。
なお、幻覚がみられる、けいれんを起こした、意識がもうろうとしているなど緊急性の高い状態のときは、迷わず救急(119)を利用してください。すでに通院中の方は主治医にご相談ください。
まとめ――責めるのをやめるところから、回復は始まる
アルコール依存症は、意志や性格の弱さではなく、飲酒を繰り返すうちに脳の仕組みが変化して起こる病気です。「やめられない」のは、脳が自動的にそう反応するようになっているためであり、根性論では解決しません。
一方で、病気だからこそ、心理教育・認知行動療法・自助グループ・薬物療法といった治療の道具立てがあります。治療の入口で責められることはなく、目標も断酒一択ではなく、本人の状態と希望に合わせて決めていくのが現在の標準です。
自分を責める時間を、少しだけ「相談してみる」に振り向けてみませんか。この連載では、次回以降、自助グループという回復の場、そしてハームリダクションという支援の考え方を順に紹介していきます。
参考にした書籍(要約・再構成。原文の転載ではありません):
- 薬物・アルコール依存症からの回復支援ワークブック(松本俊彦ほか)
- 今日の精神科治療ハンドブック 2021年版(精神科治療学 編集委員会)
よくある質問
アルコール依存症は、意志が弱い人がなる病気なのですか。
いいえ。依存症の原因は、アルコールを繰り返し使ったこと自体にあり、意志や性格の弱さが原因ではないと考えられています。飲み続けるうちに脳の仕組みが変化し、「飲みたい」という欲求が意志ではコントロールしにくくなる病気です。だからこそ、根性論ではなく治療という形の助けが役に立ちます。
毎日飲んでいたら依存症なのでしょうか。
飲む量や頻度だけでは決まりません。飲酒をコントロールできない感覚があるか、飲酒のために生活や健康、人間関係に支障が出ても飲み続けてしまうか、といった点が重要です。診断は医師が行いますので、気になる場合は一度ご相談ください。
治療を受けたら、必ず一生断酒しなければいけませんか。
断酒が最も確実な目標とされていますが、近年は状態や本人の希望に応じて、まず飲酒量を減らすこと(減酒)から始める選択肢も広がっています。どの目標が適しているかは重症度などによって異なるため、医師と相談しながら決めていきます。
家族の飲酒について、本人抜きで相談できますか。
当院ではご家族のみの相談はお受けしていません。ご本人が受診に同意されたうえでの同席は可能です。ご本人がどうしても受診できない場合は、お住まいの地域の公的相談先や、受診を予定している医療機関に問い合わせる方法があります。
受診したら、いきなり入院や断酒を求められますか。
いいえ。依存症の治療は、本人を責めたり無理に説得したりするのではなく、まず困っていることを一緒に整理するところから始まります。治療目標も一方的に決めるのではなく、本人の状態と希望を踏まえて相談しながら決めていくのが現在の標準的な考え方です。