はじめに
つらい出来事があったとき、私たちの気分や行動は、その瞬間に頭に浮かんだ「考え」に大きく影響されます。うつ状態のときには、この考えがマイナスの方向にかたよりやすく、「自分はダメだ」「どうせうまくいかない」といった思考が気分をさらに沈ませる悪循環が生まれがちです。
この悪循環に気づき、考え方のバランスを取り戻す練習として、うつ病の認知行動療法(考え方や行動のパターンに働きかける精神療法)では「コラム法」という方法がよく使われます。7つの欄(コラム)に沿って自分の体験を書き出していくことから、「7つのコラム」とも呼ばれます。
この記事では、厚生労働省の研究事業で作成された資料をもとに、コラム法を自分で試すときの手順とコツをご紹介します。なお、コラム法は治療技法のひとつであり、これだけでうつ病の治療が完結するものではありません。診断や治療方針の判断は医師が行いますので、セルフケアの入り口としてお読みください。
コラム法とは 「自動思考」に気づく練習
つらい出来事があったとき、頭の中には瞬間的に考えやイメージが浮かびます。これは「自動思考」と呼ばれ、自分で選んで考えているというより、勝手に浮かんでくるものです。
たとえば「取引先から一日連絡がない」という出来事に対して、「嫌われたに違いない」という考えが浮かべば気分は沈みますし、「忙しいのだろう」と受け取れば、それほど落ち込みません。出来事そのものと同じくらい、そこでどんな考えが浮かんだかが、気分を左右しているのです。
うつ状態のときのマイナス思考には、大きく3つのパターンがあるとされています。
- 自分のことをマイナスに考えすぎる(過度に自分を責める、能力を低く見積もる)
- 周りの人やものごとをマイナスに考えすぎる(十分確かめずに「うまくいかない」と決めつける、他人の気持ちを深読みしすぎる)
- 今後のことを前向きに考えられない(「どうせだめだ」と初めからあきらめる)
コラム法は、こうした自動思考をいったん紙に書き出して眺め、事実と照らし合わせながら、より現実的でバランスのとれた考え方を探していく練習です。マイナス思考を無理にポジティブ思考へ置き換えるのではなく、「かたよりを戻す」ことが目的です。
まずは3つのコラムから 状況・気分・自動思考
7つのコラムは、いきなり全部を埋めるものではありません。まず最初の3つを書く練習から始めます。
1つ目:状況
最近つらい気持ちになった、具体的な出来事をひとつ書きます。「いつ、どこで、誰と、何があったか」を、情景がありありと浮かぶくらい具体的に書くのがコツです。「いつも仕事がうまくいかない」のような漠然としたものではなく、「先週木曜の夜、自分だけ残業していたとき」のように、ある特定の時間の一場面を切り取ります。
2つ目:気分
そのときの気分を、「悲しい」「不安」「イライラ」「罪悪感」のように一語で書き、強さを0〜100%で数字にします。数字にしておくと、あとで気分の変化に気づきやすくなります。
3つ目:自動思考
「そのとき、どんなことが頭に浮かんだか」を書きます。自分のこと、他の人のこと、今後のなりゆき、といった切り口で思い出すと書きやすくなります。「どうして自分ばかり?」のような疑問形は、「自分ばかりが仕事を押しつけられる」と言い切りの形に直して書きます。
書き出した考えのうち、そのときの気分をいちばんよく説明している考えを「ホットな思考」と呼び、印をつけておきます。たとえば「会社で自分を残してみんなが食事会に行った」という状況で、「自分は嫌われている」「仕事が遅いダメな人間だ」などの考えが浮かんだなら、気持ちを最も強く動かした考えがホットな思考です。ここが次のステップで検討する中心になります。
認知行動療法の教科書では、「気分が大きく動いた瞬間ほど、自動思考に気づきやすい」とされています。強い感情は、頭の中で何が起きていたかを教えてくれる手がかりです。「なぜか急に落ち込んだ」「胸がざわっとした」という瞬間があったら、それをコラム法の題材にしてみてください。
3つのコラムの記入例
イメージしやすいよう、記入例をひとつ挙げます。
- 状況:火曜の午前、上司に提出した資料について「ここ、数字が違うよ」とメールで指摘された。
- 気分:落ち込み80%、不安60%、恥ずかしさ70%
- 自動思考:「またミスをした。自分は仕事ができない」「上司はあきれているに違いない」「この調子では、いずれ居場所がなくなる」
このうち、気持ちをいちばん強く動かしたのが「自分は仕事ができない」だとしたら、それがホットな思考です。書いてみると、ひとつの指摘メールから「居場所がなくなる」という先の先まで考えが飛んでいたことにも気づけます。頭の中でぐるぐる回っているときには見えなかった流れが、紙の上では見えてくる。これがコラム法の第一の効果です。
4つ目から7つ目 バランス思考へ
3つのコラムに慣れてきたら、ホットな思考を材料に、残りのコラムへ進みます。
根拠と反証を書く
「根拠」の欄には、その考えを裏付ける客観的な事実だけを書きます。「きっと〜だろう」という想像は根拠にはなりません。次に「反証」の欄に、その考えに反する事実を探して書きます。
先ほどの資料ミスの例で続けてみます。ホットな思考は「自分は仕事ができない」でした。
- 根拠(その考えを支える事実):今回、資料の数字を間違えた。先月も一度、書類の提出が遅れた。
- 反証(その考えに合わない事実):指摘されたのは資料全体のうち一か所だった。前回の企画は上司にそのまま採用された。同僚から仕事の相談を受けることがある。体調を崩してから残業が続いており、誰でもミスが出やすい状況だった。
反証はすぐには思いつかないのが普通です。うつ状態のときは、失敗の記憶ばかりが引き出されやすく、うまくいったことは「当たり前」として数に入れない傾向があるからです。だからこそ、意識して探す練習に意味があります。「今回の考えを弁護する側と、反対尋問する側の両方をやってみる」くらいのつもりで、事実を集めてみてください。
バランス思考をつくる
根拠と反証を「しかし……」でつないでみると、より現実に沿った考え方(バランス思考)が見えてきます。先ほどの例なら、「数字のミスはあった。しかし一か所であり、採用された仕事もある。疲れがたまってミスが出やすい時期なので、確認の手順を増やしてみよう」のような形です。あわせて、「では次はどうするか」という行動のプラン(提出前に一度声に出して数字を読み上げる、など小さなことで十分です)を書いてもかまいません。
大切なのは、バランス思考が「自分でも信じられる考え」になっていることです。心にもないほめ言葉を書いても、気分は動きません。認知行動療法の入門書でも、「前向き思考」の名のもとに自分を言いくるめることはしないように、と繰り返し注意されています。
バランス思考を探すときには、次のような視点の切り替えも役立つとされています。
- 家族や友人が同じ考えで悩んでいたら、自分はどうアドバイスするだろう?
- 元気なときの自分なら、違う見方をしないだろうか?
- 以前似た経験をしたとき、どう乗り越えただろう?
- 自分ではどうしようもないことで、自分を責めていないだろうか?
「認知のかたより」を知っておくと見つけやすい
考え方のクセには、多くの人に共通する典型パターンがあり、「認知のかたより(認知の誤り)」と呼ばれます。うつ状態のときに特に強く出やすいとされています。代表的なものをやさしい言葉で挙げると、次のようになります。
- 白黒思考(全か無か思考):100点でなければ0点と同じ、と極端に割り切ってしまう。「一か所ミスした=仕事ができない」はこの典型です。
- 過剰な一般化:ひとつの出来事から「いつもこうだ」「何をやってもだめだ」と広げてしまう。
- 心のフィルター:うまくいったことは素通りし、失敗や指摘だけを拾い集めてしまう。
- 結論の飛躍:確かめていないのに「嫌われた」「あきれられた」と相手の心を読んだつもりになる。先の先まで悪い展開を予想してしまうのも仲間です。
- 拡大解釈と過小評価:失敗は大げさに、成功は「まぐれ」「誰でもできること」と小さく見積もる。
- 自分への関連づけ:自分のせいとは限らないことまで、自分の責任として背負い込む。
自分の自動思考を眺めて「これは白黒思考かな」「一般化しすぎているかも」と名前をつけてみると、考えと自分のあいだに少し距離ができます。専門書では、どの分類に当てはまるか正確に仕分けられなくてもよく、「何かのかたよりが入っていそうだ」と気づくこと自体が一歩前進だとされています。分類にこだわりすぎず、目印として使ってください。
心の変化を確かめる
最後の7つ目のコラムに、最初に書いた気分がどう変化したかを、また0〜100%で書きます。仮に気分の数字があまり下がらなくても、これからの対応策や行動プランを思いつくことができれば、それで十分成功とされています。すっきりしなかったからといって、失敗ではありません。
続かないときの工夫
コラム法は「1にも2にも練習」と言われるほど、繰り返しがものを言う技法です。とはいえ、まじめな人ほど「毎日きちんと7つ埋めなければ」と構えてしまい、かえって続かなくなります。続けるための工夫をいくつか挙げます。
- 完璧に書かなくていい。短くても、途中まででも、走り書きでも構いません。「きちんと書けた日だけが成功」という発想自体が、白黒思考のわなです。3日空いても、また1枚書けばそれで十分です。
- 時間を区切る。だらだら向き合うより、「10分だけ」と決めて書くほうが負担が少なく、反芻(同じ考えを何度もめぐらせること)にもなりにくいとされています。タイマーが鳴ったら途中でもやめてよい、というルールにしておくと始めやすくなります。
- 簡易版でもいい。紙に向かう余裕がない日は、「いま浮かんだ考えは何か」「事実か、想像か」「友人が同じことで悩んでいたら何と言うか」の3つを頭の中で自問するだけでも、同じ筋肉を使う練習になります。スマホのメモに一行残すだけでも構いません。
- 題材は小さめに選ぶ。人生最大の悩みからではなく、「今週あった、少しもやっとした出来事」くらいから始めるほうが練習になります。大きすぎる題材は、書くこと自体がつらくなりがちです。
- 考える前に、動くほうが楽な日もある。認知行動療法では、「考え方を変えるより、行動を変えるほうが容易なことがある」とされています。書く気力が出ない日は、5〜10分の散歩や皿洗いのような小さな行動をひとつやってみるほうが、気分の悪循環を断つ入り口になることもあります。コラム法だけが正解ではありません。
向き不向きと、注意したいとき
コラム法は誰にでも同じように合う方法ではありません。
比較的向いているのは、自分の考えを言葉にすることにあまり抵抗がなく、「書いて整理する」作業が苦にならない方です。軽い落ち込みや、回復期に考え方のクセを整えたい時期のセルフケアとして取り入れやすい方法です。
一方で、次のようなときは無理に行わないでください。
- うつの症状が強い時期。集中力や思考力が落ちているときは、書くこと自体が大きな負担になります。この時期に必要なのは休養や治療であって、練習ではありません。書けないのは怠けではなく症状です。
- 書くと反芻が強まるとき。出来事を書き出すことで、かえって同じ考えが頭を離れなくなり苦しくなる場合は、いったん中断してください。
- 自分を責める材料になってしまうとき。「うまく書けない自分はだめだ」と、コラム法そのものが新しい自己批判の種になるなら、その状態を診察で伝えてください。
なお、医療機関で行う認知行動療法は、面接を重ねながら治療者と一緒に考えを検証していく、構造化された治療です。自分で書くコラム法はその一部を練習するセルフケアであり、それに置き換わるものではありません。当院では、認知行動療法の専門プログラムや心理士によるカウンセリングは行っていませんが、診察のなかでコラム法のようなセルフケアの取り組みを伺い、考え方の整理に認知行動療法の考え方を取り入れた助言を行っています。構造化されたプログラムとしての認知行動療法を希望される場合は、ご自身で実施している医療機関をお探しいただくことになりますが、紹介状(診療情報提供書)は必要に応じて作成します。
受診の目安
次のようなときは、セルフケアだけで抱え込まず、受診をご検討ください。
- 気分の落ち込みや興味の低下が2週間以上続いている
- 眠れない、食欲がない、疲れが取れないなどの体の症状が続いている
- コラム法などを試しても、つらさが強くて日常生活に支障が出ている
- 自分を責める気持ちが強く、考えを書き出すとかえって苦しくなる
特に、消えてしまいたい・自分を傷つけたいといった気持ちがあるときは、期間を問わず、できるだけ早く主治医に相談してください。緊急のときは救急(119)にご連絡ください。
まとめ
コラム法(7つのコラム)は、つらい出来事があったときの「状況・気分・自動思考」を書き出し、根拠と反証を照らし合わせて、バランスのとれた考え方を探していく練習です。マイナス思考を消すのではなく、考え方のかたよりに気づいて戻すことが目的で、気分が変わらなくても行動プランを思いつければ十分とされています。
まずは3つのコラムから、短い出来事ひとつで試してみてください。完璧に書けなくても、3日坊主になっても構いません。うまくいかないときや、つらさが続くとき、書くことでかえって苦しくなるときは、一人で抱えず診察の場で一緒に考えていきましょう。診断や治療方針の判断は医師が行います。
参考にした資料(要約・再構成であり、原文の転載ではありません):
- うつ病の認知療法・認知行動療法(患者さんのための資料)厚生労働科学研究費補助金こころの健康科学研究事業
- うつ病の認知療法・認知行動療法 治療者用マニュアル 厚生労働科学研究費補助金こころの健康科学研究事業
- 認知行動療法の臨床家向け教科書・入門書(自動思考・認知の誤り・行動的手法に関する記述の要約・再構成)
執筆・監修:精神保健指定医 野口晋宏
よくある質問
コラム法は、必ず7つ全部の欄を埋めないといけませんか?
いいえ。最初は「状況・気分・自動思考」の3つのコラムだけ書く練習から始めるのが一般的です。慣れてきたら根拠・反証・バランス思考へと進めていきます。うまく書けない日があっても構いません。
書いても気分がすっきりしません。やり方が間違っているのでしょうか?
気分が大きく変わらなくても、これからの対応策や行動プランを思いつくことができれば十分に意味があるとされています。無理にポジティブな結論を書く必要はありません。続けても苦しさが強いときは、診察で一緒にやり方を確認できます。
コラム法だけでうつ病は治りますか?
コラム法は認知行動療法で使われる技法のひとつで、それだけで治療が完結するものではありません。休養や薬物療法が必要な場合もあり、診断や治療方針の判断は医師が行います。セルフケアとして試しつつ、つらさが続くときは受診をご検討ください。
調子が悪いときほど書けません。どうすればよいですか?
うつの症状が強い時期は、集中力が落ちて書くこと自体が負担になることがあります。その時期に無理をする必要はありません。少し余裕が出てきてから、短い出来事ひとつを題材に試してみるくらいで十分です。