はじめに
「ここ数年、ずっと気分が晴れない」「特別つらい出来事があったわけでもないのに、いつもどこか沈んでいる」「周りからは『そういう性格だよね』と言われてきた」――。
はっきりした落ち込みではないけれど、うっすらとした憂うつが何年も続いている。そんな状態に心当たりはないでしょうか。
こうした状態の背景には、「気分変調症(きぶんへんちょうしょう)」と呼ばれる病気が関わっていることがあります。最近の診断分類では「持続性抑うつ障害」という名前でも呼ばれます。うつ病ほど症状が深くない分、見過ごされやすく、「性格の問題」と誤解されやすいのが特徴です。
この記事では、気分変調症とはどんな状態か、うつ病や「性格」とどう違うのか、そして受診を考える目安についてお伝えします。
気分変調症(持続性抑うつ障害)とは
気分変調症は、ひとことで言えば、比較的軽い抑うつ状態が2年以上にわたって続く病気です。
抑うつ気分に加えて、食欲の変化、眠りの問題、気力の低下、自信のなさ(自己評価の低下)、集中しにくさ、将来への希望が持てない感覚などが、長いあいだ続きます。一つひとつの症状は、うつ病の激しい時期ほど重くはありません。けれども、それが「ほとんどいつも」「何年も」続くのです。
名前について少し補足します。この状態は、国際的な診断分類のなかで1980年に「気分変調症」というカテゴリとして整理されました。その後の研究で、2年以上続く慢性的なうつ病と重なり合う部分が大きいことがわかり、現在の米国の診断分類(DSM-5)では両者をあわせて「持続性抑うつ障害(気分変調症)」と呼ぶ形に変わっています。日本の臨床では「気分変調症」という呼び名も広く使われていますので、この記事では両方の名前を使います。
頻度は決してまれではなく、米国の調査では、気分変調症にあたる状態の12か月有病率はおよそ0.5%、慢性化したうつ病を含めるとさらに多いと報告されています。
うつ病との違い――「深さ」ではなく「長さ」
うつ病(大うつ病)については、別の記事(うつ病の症状はどう現れる?)で詳しく紹介していますが、簡単に言えば、抑うつ気分や興味・喜びの喪失を中心とした症状が一定数そろい、2週間以上続く状態です。比較的はっきりした「落ち込みの時期(エピソード)」があるのが特徴です。
これに対して気分変調症は、症状の数や深さはうつ病の基準に届かないことが多いものの、期間がけた違いに長いのが特徴です。目安となる「2年以上」という期間は、うつ病の「2週間」と比べると、その違いがよくわかります。
- うつ病: 深い落ち込みが、区切りのある「時期」として現れる
- 気分変調症: 浅めの落ち込みが、区切りなく何年も続く
もう一つ知っておきたいのは、この2つは重なり合うことがある、という点です。長く続く軽い抑うつ状態の上に、あるとき深い落ち込みの時期が重なってくることがあります。診断分類のうえでも、持続性抑うつ障害の経過中にうつ病の基準を満たす時期があってもよいと整理されており、両者は「まったく別の病気」というより、地続きの関係にあると考えられています。
なお、はっきりしたストレスのきっかけがあって気分が落ち込む「適応障害」との区別が話題になることもあります。適応障害とうつ病の違いについては、適応障害とうつ病の違いの記事も参考にしてください。気分変調症は、特定のきっかけでは説明しきれない抑うつが年単位で続く、という点でこれらと区別されます。
「性格だと思っていた」――誤解されやすい理由
気分変調症の方から、とてもよく聞かれる言葉があります。「自分はずっとこうだったので、性格だと思っていました」というものです。
これには理由があります。気分変調症は若いころから始まることが少なくなく、症状が生活の背景に溶け込むように長く続くため、ご本人にとっては「落ち込んでいる状態」こそが普段の状態になってしまうのです。周囲からも「まじめだけど暗い人」「ネガティブな性格」と見られ、誰もそれを病気だと思わないまま、何年も経過してしまうことがあります。
歴史的にも、この状態はかつて「抑うつ神経症」や「抑うつパーソナリティ」と呼ばれ、性格の偏りに近いものとして扱われていた時代がありました。それが研究の積み重ねによって、気分の病気の一つとして診断分類に位置づけられるようになった、という経緯があります。実際には、気分変調症の方にパーソナリティの傾向が併存することも少なくないと報告されており、「性格」と「病気」の線引きは専門家にとっても簡単ではありません。
だからこそ、お伝えしたいことがあります。性格か病気かを、ご自身で判定する必要はありません。「ずっと気分が晴れない状態が続いている」という事実そのものが、相談する十分な理由になります。
「軽いうつ」と侮れない理由
「うつ病より軽いなら、放っておいてもいいのでは」と思われるかもしれません。しかし、それは正しくありません。
一つひとつの症状は軽くても、それが年単位で続くと、生活への影響は積み重なっていきます。仕事や学業で本来の力を発揮できない、人付き合いを楽しめない、何をするにもエネルギーがいる――そうした状態が「ずっと」続くことのつらさは、短期間の深い落ち込みとはまた別の重さがあります。
実際、米国の診断分類(DSM-5)がうつ病の慢性型とあわせて「持続性抑うつ障害」という枠組みを作った背景には、この状態が「うつ病より軽いもの」と扱われがちなことへの懸念があり、生活に大きな支障をきたしうる状態だと明確に位置づけられています。
また、長い経過の途中でうつ病の深い落ち込みが重なってくることもあるため、「軽いから大丈夫」と様子を見続けるうちに、状態が重くなってから受診に至るケースもあります。長引いているという時点で、一度評価を受ける価値があります。
治療の考え方
気分変調症の治療は、うつ病の治療と共通する部分が多く、大きく分けて薬物療法と精神療法(カウンセリングを含む心理的な治療)、そして生活面の調整があります。
- 薬物療法: 抗うつ薬が用いられることがあります。どの薬を使うか、使うかどうか自体も含めて、症状や経過に応じて医師が個別に判断します。
- 精神療法・診察での対話: 長年の経過のなかで身についた、自分を責めやすい考え方のくせや、無理を重ねる生活パターンを一緒に見直していくことが助けになります。
- 生活面の調整: 睡眠のリズムや負荷のかけ方など、長く続けられる生活の形を整えていきます。
大切なのは、焦らないことです。何年も続いてきた状態が数週間で一変するとは限りません。一方で、「ずっとこうだったから、これからもこうだ」と決まっているわけでもありません。治療によって少しずつ気分の底が上がり、「こんなに楽な状態があったのか」と感じられるようになる方もいます。
当院での実際
当院の診療対象は18歳以上の方です。
予約はデジスマによるWEB予約で受け付けており、初診の前にWEB問診にお答えいただきます。初診の所要時間の目安は問診を含めて30分程度です。長く続く気分の不調の場合、いつごろから・どんなふうに続いてきたかという経過が診断の大切な手がかりになりますので、思い出せる範囲で結構ですからお聞かせください。初診では、服用中の市販薬やサプリメントも確認しています。
通院頻度の基本は2週間に一度です。長い経過のある状態だからこそ、定期的にお会いしながら、焦らず経過を見ていきます。
なお、ご家族のみでのご相談はお受けしていません。ご本人が受診に同意されたうえでの同席は可能です。ご本人が受診できない状況の場合は、お住まいの自治体の公的相談先、または受診を予定している医療機関へお問い合わせください。
受診の目安
次のようなことに心当たりがあれば、一度ご相談ください。
- 気分が晴れない状態が、2年以上(あるいは「思い出せないくらい前から」)続いている
- 特別なきっかけがないのに、いつもどこか沈んでいる
- 「自分は暗い性格だ」と思ってきたが、本当はつらい
- 気力が出ない、自信が持てない、将来に希望が感じられない状態が続いている
- 最近、いつもの沈み方よりも明らかに深く落ち込んでいる
当てはまるものがあっても、それだけで診断が決まるわけではありません。診断は、経過全体をうかがったうえで医師が行います。
つらさが急に強まり、死にたい気持ちが差し迫っている場合は、通院中の方は主治医に相談し、身の安全に関わる緊急時は救急(119)を利用してください。
まとめ
気分変調症(持続性抑うつ障害)は、うつ病ほど深くない抑うつ状態が2年以上続く病気です。うつ病との違いは「深さ」よりも「長さ」にあり、経過の途中で深い落ち込みが重なることもあります。
長く続くために「性格」と誤解されやすいのですが、これは治療の対象となる病気です。そして、症状が軽めでも、年単位で続くことによる生活への影響は決して小さくありません。
「ずっとこうだったから」とあきらめる必要はありません。何年も続いてきた気分の重さこそ、一度ご相談いただきたいテーマです。
参考にした書籍(要約・再構成。原文の転載ではありません):
- 講座 精神疾患の臨床1 気分症群(中山書店)
- DSM-5 精神疾患の診断・統計マニュアル(米国精神医学会)
よくある質問
気分変調症とうつ病は、何が違うのですか。
うつ病(大うつ病)は、比較的はっきりした落ち込みの時期が一定期間続く病気です。一方、気分変調症(持続性抑うつ障害)は、うつ病ほど深くはない抑うつ状態が2年以上と長く続くことが特徴とされています。深さよりも「長さ」が診断の軸になります。ただし、実際の区別は経過全体を見て医師が判断します。
ずっとこうだったので、性格だと思っていました。病気なのでしょうか。
気分変調症は長く続くため、ご本人も周囲も「もともとの性格」「暗い人」と受け取ってしまいやすいことが知られています。しかし、かつて抑うつ神経症などと呼ばれた状態が研究の積み重ねを経て、現在は治療の対象となる病気として位置づけられています。性格か病気かをご自身で判断する必要はなく、まずは相談していただければと思います。
軽いうつなら、治療しなくてもよいのではありませんか。
症状の一つひとつは軽くみえても、それが何年も続くことで、仕事・学業・人間関係など生活全体への影響は大きくなりえます。診断分類のうえでも「軽い病気」と扱われることへの懸念が示されており、生活に大きな支障をきたしうる状態と考えられています。長引くつらさこそ、治療を検討する意味があります。
気分変調症の途中で、うつ病になることもあるのですか。
あります。長く続く軽い抑うつ状態の途中で、より深い落ち込みの時期(抑うつエピソード)が重なることが知られており、その場合は両方をあわせた診断や治療の見直しが行われます。「いつもより明らかにつらい」と感じたら、早めに医師へ伝えてください。
何年も続いた状態でも、治療で良くなりますか。
長く続いた状態がすぐに消えるとは限りませんが、薬物療法や精神療法などの治療によって、症状が和らぎ生活が楽になることは十分に期待できます。長い経過があるほど「こういうものだ」とあきらめてしまいがちですが、治療の選択肢はあります。方針は診察のうえで個別に検討します。