はじめに
「もう何週間も休んでいるのに、ちっとも良くならない」「休むほど、かえって焦りばかりが募る」——うつ病などで療養している方から、こうした声をよく聞きます。休養が大切だと言われて休んでいるのに、出口が見えず、自分の休み方が間違っているのではないかと不安になる。その気持ちは、とても自然なものです。
この記事では、日本の精神科臨床に大きな足跡を残した精神科医・中井久夫の著書『精神科治療の覚書』にある回復論・養生論を手がかりに、「こころの回復には順序がある」という見方を、療養中の方とそのご家族に向けてかみ砕いてご紹介します。中井久夫がこの本で主に語っているのは統合失調症の療養ですが、そこに描かれた回復の見取り図には、うつ病をはじめ幅広い心の不調の療養に通じる知恵が含まれています。
先にお伝えしたいのは、回復は一直線ではないということです。良くなったり、また少し戻ったりを繰り返しながら、段階を追って進んでいく。その全体像を知っておくだけで、いま自分がどのあたりにいるのかが少し見えやすくなり、焦りがやわらぐことがあります。
回復には段階がある——消耗から眠りへ
中井久夫は、こころの病からの回復を、はっきりした段階を追って進むものとしてとらえています。まず訪れるのは、心身が消耗しきった急性期です。この時期は、エネルギーがほとんど底をついた状態で、本人にできることは多くありません。
このとき何より大切なのが、休むこと、そして眠ることだと中井は述べています。眠りたいだけ眠り、体を横たえていること自体が、回復のための大切な作業なのだという見方です。ここで注意したいのは、この段階では「良くなっている実感」がわきにくいという点です。ただ眠って一日が終わり、何も進んでいないように感じられる。けれども中井の見立てに従えば、その「ただ休めている」ことこそが、回復の土台を作っている時間なのです。
ですから、療養の初めのころに「休んでいるのに変わらない」と感じるのは、多くの場合、休み方が間違っているからではありません。むしろ、まだ十分に休みきる段階の途中にいる、と考えることができます。周囲の方も、この時期に「いつまで寝ているの」と急かすのではなく、安心して休める環境を守ることが、回復を後押しすると考えられます。
「退屈」は回復のサイン
十分に休む時期を過ぎると、少しずつ変化が現れます。その一つとして中井久夫が重視するのが、「退屈」を感じられるようになることです。
消耗の激しい時期には、退屈を感じる余裕すらありません。何もする気力もわかず、時間が長いとも短いとも思えない。そこから回復が進むと、「暇だな」「何かしたいな」という感覚が戻ってきます。中井は、この退屈こそ、こころのエネルギーが少しずつ蓄えられてきたしるしとして注目しています。つまり、退屈は困った停滞ではなく、前に進んでいる証と受け取れるのです。
療養中の方にとって、「退屈」はしばしば不安の種になります。「こんなに暇なのに社会に戻れていない」と、かえって自分を責めてしまう。けれども中井の見方を借りれば、退屈を感じられるようになったのは、回復の階段を一段のぼった合図とも言えます。ここで大切なのは、その感覚を急いで行動に移しすぎないことです。退屈を、まだ静かに味わっていてよい時期がある——そう考えておくと、心が少し楽になるかもしれません。
焦りが出る時期こそ、静かに
回復が進み、少し動けるようになってくると、多くの人に「焦り」が訪れます。「そろそろ働かなければ」「休みすぎているのではないか」「周りに置いていかれる」。エネルギーが戻ってきたからこそ、こうした思いが強まってくるのです。
中井久夫は、この時期に特に注意を促しています。少し動けるようになった段階で、一気に元の生活のペースへ戻そうとすると、たくわえかけたエネルギーを使い果たし、かえって消耗して逆戻りしやすい。焦りに突き動かされての「頑張り」は、回復を早めるどころか、波を大きくしてしまうことがあるのです。
大切なのは、動けること自体は良い変化だと認めつつ、そのペースを自分の意志だけで一気に上げないことです。中井の描く回復像では、社会復帰はいきなり本番に飛び込むものではなく、助走の期間を置いて、徐々に負荷を戻していくものです。ここで「もう大丈夫」と自己判断で薬や通院を中断したり、休職から急いで復帰を決めたりするのは避けたいところです。ペースを上げてよいかどうか、いつ次の一歩を踏み出すかは、体調の波を見ながら主治医と一緒に決めていくのが安全です。焦りが出てきたら、それは「危ない時期に入った合図」でもあると、あらかじめ知っておくとよいでしょう。
治療とは、自然に治る力を支えるもの
中井久夫の回復論の根っこには、一つの治療観があります。それは、治療とは医師が一方的に病気を「治してやる」ものではなく、その人のなかにもともと備わっている自然な回復力を、そっと支え、邪魔をしないようにするものだ、という考え方です。
草木が季節を追って芽吹くように、こころにも回復のリズムがあります。医師や薬の役割は、そのリズムが乱れず、力を発揮できるように環境を整えることにある——中井はそうした見方を示しています。この視点に立つと、休養も、退屈を味わう時間も、焦りを抑えて助走をとることも、すべて「回復力が働くのを邪魔しない」ための養生として意味を持ってきます。
ただし、これはあくまで療養の心構え、回復の見取り図としての知恵です。自然回復力を大切にするという考え方は、必要な薬物療法や医師の治療を否定するものではありません。うつ病をはじめとする心の病では、適切な治療を受けながら休むことで、回復力が働きやすくなります。「自然に治る力があるのだから治療はいらない」という受け取り方は誤りですので、注意していただければと思います。
受診・相談の目安
回復の見取り図を知っておくと、多くの焦りはやわらぎます。それでも、次のような場合は、休み方の工夫だけで抱え込まず、医療に相談してください。
- 何週間も、休んでも良くなる兆しがまったく感じられない、あるいは悪化していると感じる
- 眠れない日が続く、または一日中眠り続けて生活が成り立たない
- 気力が戻る前に、焦りや自責の念ばかりが強く、追い詰められる感覚がある
- 復職や生活の再開の時期を、自分ひとりでは判断できず不安が強い
これらは、休み方の問題ではなく、治療そのものの調整が必要なサインのことがあります。すでに通院している方は、まず主治医にご相談ください。
なお、もし実際に自分を傷つけてしまった、意識がはっきりしないなど、命に関わる切迫した状態のときは、ためらわず119番で救急要請をしてください。通院中の医療機関がある場合は、あわせて主治医にも状況をお伝えください。
まとめ
「休んでいるのに良くならない」という焦りの多くは、回復が一直線に進むものだという思い込みから生まれます。中井久夫が描いたのは、消耗しきって眠る時期、退屈が戻ってくる時期、そして焦りをこらえて社会復帰へ助走をとる時期という、順序のある回復の姿でした。
退屈は回復のしるし、焦りが出る時期こそ静かに、そして治療は自然に治る力を支えるもの——これらは、うつ病をはじめ幅広い心の不調の療養に通じる、古くて確かな知恵です。いま自分が回復のどの段階にいるのかを知ることは、この時期をやり過ごすための、ささやかな地図になります。
ただし、回復の歩みやペースは、病気や一人ひとりの状態によって違います。ご自身の療養方針については、この記事の見取り図を手がかりにしながら、必ず主治医と相談して進めていただければと思います。
参考にした書籍(要約・再構成。原文の転載ではありません):
- 中井久夫『精神科治療の覚書』
執筆・監修:精神保健指定医 野口晋宏
よくある質問
休んでいるのに少しも良くなっている気がしません。休み方が間違っているのでしょうか?
回復の初めのころは、良くなっている実感がわきにくいものです。中井久夫は、消耗しきった時期には、まず十分に眠り体を休めることそのものが回復の作業であると述べています。実感がなくても、休めていること自体が前に進んでいるサインのことがあります。ただし何週間も変化がない、悪化していると感じるときは、休み方の問題ではなく治療の見直しが必要な場合もありますので、主治医にご相談ください。
退屈を感じるようになったのですが、これは良くない兆候でしょうか?
中井久夫は、退屈を感じられるようになることを、回復が進んできた一つのしるしとして重視しています。何もする気力もわかないほど消耗していた時期を過ぎ、「暇だ」「何かしたい」と思えるのは、こころのエネルギーが戻りはじめた表れと考えられます。あわてて動き出すより、その感覚を大切にしながら、少しずつ生活を広げていくのがよいとされています。
気力が戻ってきた時期がいちばん危ないと聞きました。なぜですか?
回復の途中で少し動けるようになると、焦りが生まれやすくなります。中井久夫は、この時期にあせって一気に元の生活へ戻ろうとすると、かえって消耗して逆戻りしやすいことに注意を促しています。動けること自体は良い変化ですが、ペースを上げるかどうかは、体調の波を見ながら主治医と相談して決めるのが安全です。
中井久夫の回復論は、うつ病にもあてはまりますか?
中井久夫の養生論はもともと統合失調症の療養を中心に語られたものですが、回復には順序があること、焦りが出る時期に無理をしないことなど、うつ病をはじめ幅広い心の不調の療養に通じる知恵が含まれています。ただし個別の療養方針は病気や状態によって異なりますので、ご自身の場合については主治医にご確認ください。