はじめに
別れが頭に浮かぶ。浮かんだ自分に驚く。もう何度も浮かんでいて、そのたびに引っ込めている。——夫婦・パートナー関係シリーズの14回目は、その「別れ」の回です。
この記事は、別れたほうがよいかを判定しません。下敷きにした水島広子『対人関係療法で改善する 夫婦・パートナー関係』も、離婚の是非そのものを論じていません。第3回で後に譲った、決める前に踏んでおきたい道すじを扱います。
暴力や強い支配がある関係では、この記事の道すじより身の安全の確保が先です。通院中の方は主治医に、そうでない方は医療機関にご相談ください。この点はシリーズの最終回で扱います。
別れは、選びようの一つであり、一つの間柄の終わりでもある
パートナーは、血のつながりと違って、途中で出会った相手です。ですからこの間柄には、離れるという道が初めから含まれています。日本では離婚は法のうえに認められた道であり、それが最もよい答えになる場合もあります。
同時に、どれほど離れることに理があっても、別れとは一つの間柄がそこで閉じることであり、失うものがあります。早く終わりにしたいと願い続けてきた場合でも、それは変わりません。この記事はこの二つの顔を同時に見て、別れなど考えるべきでないという狭い見方にも、好きでもない相手だったのだから終わって当然だというひと言にも寄りません。
死別と違って、別れた相手はそのあとも生きています。行き来しない形になるとしても、それは間柄の変わり方でもあります。そして、二人の不和を扱う治療の場には、「別れる」という形で現れる改善もあります(この話は第3回に書きました)。
勢いのまま切ってしまうと、あとで自分の判断を疑いやすくなる
別れは、形のうえではいつでもできます。けれども勢いのまま切ってしまうと、あとで行き詰まったときに、あの判断は誤りだったのではないかという悔いが戻ってくることがあります。悔いは自分の決める力への疑いに広がり、足元の揺れは、自分と子どもの暮らしの手ざわりまで削っていきかねません。
押さえどころは一点、いまの時点でこれが最もよい道だったのだと、自分で確信できるだけの過程を踏んでおくことです。これは手続きの話であって、離婚の是非の話ではありません。
その過程とは、このシリーズが見てきたこと——期待を分けて見る、言葉にして頼む形に変える、話し合いの場を整える——に取り組んだうえで、いまのところこれ以上は動かないと、頭だけでなく気持ちの面でも折り合いをつけておくことです。「やってみて、動かなかった」と「やらないまま、動かないと思っている」は、別のことです。
別れる決意が要るようになる場面は三つ——期待の隔たりが大きすぎてすり合わせがきかない、間柄がもう元へは戻せないところまで傷んでいる、どちらか一方がすでに離れると決めている、です。それぞれがどういう段目なのかは家族や夫婦との『すれ違い』がつらいにあります。三つめは、先に決めた側を責める話ではありません。先に決められた側にとっては、それは選んだことではなく、起きたことです。その置き直しは、転職・離婚・進学…生活の変わり目がつらいときが扱う範囲です。
元へは戻せないほど傷んでいる形の代表は、不貞と暴力です。裏切りのあとのことは相手の過去が引っかかるときで扱いました。暴力は最終回に置いており、安全が脅かされている場面に、この節の道すじは当てはまりません。
離れること自体に、人の手を借りてよい
まわりの目には別れるほかないように映る場合でも、実際に閉じるのは難しいものです。離れようとしたとき、心の側から強い引き戻しがかかるためです。お金や子育てを含め、この先の暮らしをどう立てるのかという不安。近しい人たちや世の中から何を言われ、どう見られるだろうかという心細さ。この先もう連れ合いを得られないのではないか、という心細さ。そう思えてしまうと、離れようという力が抜けてしまうこともあります。
そう感じるのは、決意が足りないからではありません。去ろうとするときに古い暮らしの良い面ばかりが思い出される仕組みは、生活の変わり目がつらいときが別れを例にして説明しています。
離れること自体に人の手を借りる必要が出てくる場合は、思っているより少なくありません。離れるというところで手が要る場合もあれば、動いたあとに元へ戻ろうとする揺り戻しを止めるために手が要る場合もあります。相手は身近な人でもよいですし、専門家に入ってもらったほうがよいこともあります。関係を閉じることがどうしても難しいと感じられるときには、相談してみてください。
お子さんがいるとき ── 何が子どもに届くのか
お子さんがいる場合、別れは二人のあいだだけの話ではなくなります。別れが子どもにどう及ぶかを心配するのは適切な気遣いですが、自分がいるから親は別れられないのだ、と子どもが受け取ってしまう場にも別の問題があります(前回で扱いました)。要るのは、別れの何がどう届くのかを知っておくことです。
変わり目そのものは、越えられるとされている
同居していた親の片方がいなくなる。それぞれの親との間柄が変わる。住まいや名字、周りからの見られ方も変わる。——これらは子どもにとっても明らかな変わり目ですが、心に深い傷を残す性質のものではなく、半年から一年でだいたい慣れていくとされています。
それより重要な条件 ── 不和を持ち越さない
条件はひとつ、二人の不和を別れたあとに持ち越さないことです。別れで不和のほうが終わるなら、一年を過ぎたころからは子どもの育ちに目立った支障は見られない、という研究の報告もあります。
問題は、不和が持ち越される場合です。お互いを悪く言い続ける。取り決めた面会をさせない。「別れたあの人にそっくりだ」と、いなくなった親を持ち出して子どもを責める。——子どもにとって、親という存在は、相手がどういう親であろうと重く働いています。喜んでもらいたい願いはどこかに残っていますし、好きになれない親でも他人から貶されるのは嫌なものです。その二人が互いを悪く言えば、子どもは収めようとするほどどちらかに味方する形になり、離れて暮らす親を慕う気持ちに後ろめたさがついてきます。この仕組みが、自尊心の下がり方やさまざまな心の問題につながっていきます。問題はひとり親という家庭の形そのものではなく、二人の関係と、子どもがそれぞれの親との間に持っている関係のほうなのです。
ですから構えははっきりしています。別れを正しかったことにするために相手を悪く言うのではなく、連れ合いとしては続けないが、あなたの親としては立てておく。二人の間のことと、親としての値打ちを切り分けるのです。なお、暴力や強い支配のあった関係では話が別で、別れた直後がいちばん危ないことがあります。会わせ方を一人で決めず、まず身の安全を確保して、主治医または医療機関にご相談ください。暴力があった場合の子どもへの説明は最終回にあります。
役の肩代わりをさせない
別れたあと、いなくなった親の役を子どもが肩代わりしようとすることがあります。この傾きは、自分と同じ性別の親がいなくなった場合に強くなると言われています。実際に子どもの手が要る部分は頼むしかありません。それでも、その子はまだ子どもです。親に守られて構えずにいられる時間は育つうえで欠かせませんし、親の人生と自分の人生は別だという感覚も要ります。ときどきは、親のことは気にせず自分のこれからを考えていいのだと、言葉にして渡してあげてください。
気持ちを出しやすい場をつくる
別れは子どもにとっても変わり目で、悲しみだけでなく、怒りや不安、自分のせいではないかという後ろめたさも起きてきます。いちばん効くのは、安心して出せて受け止めてもらえる場ですが、この時期は親にも余裕がなく、子どもは遠慮しがちです。何でも話してほしいと呼びかけるだけでなく、そばで同じ時間を過ごす関わりも役に立ちます。一緒に何かをしているうちに、胸の内をわずかに口にしてくれることもあります。
本当の事情を、どこまで話すか
そっとしておいてやりたい気遣いから、何があったのかをほとんど伝えない、ということがあります。けれども、親の別れについて何も聞かされておらず、知りたいけれども親に気兼ねして口に出せない、という思春期の子が案外多いと著者は書いています。変わり目を越えていくには、何が起きたのかを自分の言葉で受け止め直しておく必要があり、知らないままではそこを進んでいけません。
小さいお子さんには、分かる年ごろになるまで手を加えた話を渡すやり方も要るかもしれません。けれども思春期の子どもは分かる力もあり、嘘を嫌います。知りたいかどうかを本人に確かめて、知りたいと言われたら話す。そのとき、相手を貶すことはせず、確かなことだけを渡す範囲にとどめる——不和を持ち越さないという大もとの原則は、ここでも変わりません。
別れたあと、ご自身のほうはどうか
目を向けておく先は、お子さんのことだけではありません。親の心の状態は、そのまま子どもに及んでいきます。そして別れるとき、親の側も大きな変わり目の途中にいます。いつも落ち着いて構えていられるわけがなく、気持ちが波立って、子どもとの間柄が危うくなるときもあるはずです。
そういうとき役に立つのは、不安に押し流される、前のほうがよかったと思う、うまく振る舞えない——といったことを「問題」として数えず、この時期にはよくあることとして、お互いに承知しておくことです。
そのうえで、二つ。子どもにつらく当たってしまったあとは、その自分を責めて内へ引きこもるより、正面から詫びるほうが、子どもとの結びつきは保たれやすいものです。子どもが困った振る舞いを見せるときは、叱って抑えようとする前に、あなたのほうも大変な時期なのだと声をかけてあげてください。声をかけてもらえたほうが、子どもは受け止められたと感じます。
お互いが自分の側で心の支えを得られるよう、周りの力を借りてください。別れた親に周りから責める声が向くことがありますが、その声は親の負担を重くし、めぐりめぐって子どもの育つ場を悪くします。この記事も、ご自身を責めるためのものではありません。
当院での考え方
当院では、対人関係療法を含む専門的な心理療法プログラムは提供しておらず、心理士がいないため、カウンセリングも行っていません。この記事に出てくる、二人そろって受ける治療——カップル療法・夫婦カウンセリング——も行っていません。ご希望の場合は実施している医療機関をご自身でお探しいただくことになりますが、紹介状(診療情報提供書)は必要に応じて作成します。
そのうえで診察では、身近な人との関係を整理する、期待のずれを言葉にする、伝え方を一緒に考える、といった助言を行っています。どうするかを決めかねている段階でも、そのままお話しいただいて構いません。相手に言えない事情があるなら、無理に言葉にせず、その事情のほうをご相談ください。
法律の手続き、親権、財産の分け方のご相談はお受けできません。それぞれの専門の窓口をご自身でお探しいただくことになります。
相手の方を診察にお連れいただく必要はありません。当院ではご家族のみの相談はお受けしていませんが、パートナーの方ご本人が受診され、同席に同意されている場合には、その診察に同席していただくことは可能です。なお、当院の診療対象は18歳以上の方で、お子さんの診療は行っておりません。
初診の前にはWEB問診にご記入いただきます。初診は問診を含めて30分程度、再診はおおむね5分前後、通院は2週間に一度が基本です。
受診の目安
次のようなとき、ご自身のこととして、一度ご相談ください。
- 別れるかどうかを考え続けて一日の大半を使っている、決めようとするたびに揺れ戻って消耗している
- 別れたあと、気分の落ち込みや眠れなさが続いている
- 子どもにつらく当たってしまったあとに、強く自分を責めるというくり返しが続いている
- 周りから責められる言葉が頭を離れず、外に出るのがつらくなっている
- 眠れない、食べられない、仕事や家事が回らないという状態が2週間以上続いている
- 自分を傷つけたいという考えが浮かぶことがある
当てはまるからといって、すぐに病気だということではありません。診断は医師が診察のうえで行います。何にどこまで消耗しているのか、そのほうをお話しください。
気持ちが差し迫っているとき、体調が急に変わったときは、様子を見ずに、通院中の方は主治医に、急を要する場合は救急(119番)にご連絡ください。
まとめ
この記事の芯は一本です。どちらに決めるとしても、いまの時点でこれが最もよい道だったと自分で確信できるだけの道すじを、踏んでおくこと。 取り組んでみて、それでも動かなかったと分かってから決めたことは、揺り戻されにくいのです。
次回は最終回。パートナーからの暴力や強い支配があるとき——ここまでの工夫が当てはまらない場面と、相談できる公的な窓口を扱います。
そのほか近いところにあるもの ── 生活の変わり目がつらいとき・家族や夫婦との『すれ違い』がつらい・お子さんのこと(前回)・相手の過去が引っかかるとき
参考にした書籍
この記事は、次の書籍の記述を要約・再構成して作成しました(原文の転載ではありません)。
- 水島広子『対人関係療法で改善する 夫婦・パートナー関係』創元社
よくある質問
別れたほうがよいのか、続けたほうがよいのか。どちらなのかを教えてほしいです。
この記事は、どちらとも申し上げません。もとにした本も、離婚の是非そのものを論じていません。原著が置いているのは、いまの時点でこれが最もよい道だったと自分で確信できるだけの過程を踏んでおくのが望ましい、という手続きの話です。理由は、勢いのまま切ってしまうと、あとで行き詰まったときに、あの判断は誤りだったのではないか、という悔いが戻ってきて、自分の決める力そのものを疑うようになりやすいからです。当院でも、どうするかを決めかねている段階のまま、そのままお話しいただいて構いません。決心がついてから受診する必要はありません。
別れると決めているのに、どうしても動けません。意志が弱いのでしょうか。
そうは書かれていません。もとにした本は、まわりの目には別れるほかないように映る場合でも、その間柄を実際に閉じるのは容易ではない、と書いています。そのうえで、離れるというところで人の手が要る場合もあり、いったん動いたあとに元へ戻ろうとする揺り戻しを止めるために人の手が要る場合もある、としています。その相手は身近な人でもよく、場合によっては専門家に入ってもらったほうがよい、というのが原著の勧めです。関係を閉じることがどうしても難しいと感じられるときには、相談してみるほうがよい、とも書かれています。なお、暴力や強い支配のある関係で動けないことについては、シリーズの最終回で扱います。
子どもがいるので別れられません。子どもには悪い影響が残るのでしょうか。
もとにした本は、別れそのものに伴う暮らしの変わり目については、乗り越えられるものだと知られている、という書き方をしています。半年から一年でだいたい慣れていくとされている、とも。ただし原著は、そこに条件をひとつ付けています。二人の不和が、別れたあとに持ち越されないこと、です。そして原著は、この条件のほうが重要だとしています。原著が研究データから引いている結論は、問題はひとり親という家庭の形そのものではなく、二人の関係と、子どもがそれぞれの親との間に持っている関係のほうだ、ということです。原著はひとり親という形そのものを問題として扱っていません。そして、だから別れたほうがよい、という話でもありません。
子どもに、別れの本当の事情を話したほうがよいのでしょうか。
もとにした本は、思春期の年齢であれば、知りたいかどうかを本人に確かめて、知りたいと言われたら話したほうがよい、と書いています。理由は、変わり目を越えていくには、何が起きたのかを自分の言葉で受け止め直しておく必要があるからです。小さいお子さんには、分かる年ごろになるまで、事実そのままではない、手を加えた話を渡すやり方も要るかもしれない、と書かれています。ただし条件があって、相手を貶すことはせず、確かなことだけを渡す範囲にとどめる、という形です。なお当院の診療対象は18歳以上の方です。お子さんの診療や、保護者のみのご相談はお受けしていません。この記事は医療情報の紹介としてお読みください。
別れたあと、子どもにつらく当たってしまうことがあります。
もとにした本は、別れるときには親の側も大きな変わり目の途中にいて、いつも落ち着いて構えていられるわけがない、と書いています。そのうえで、不安に押し流される、前のほうがよかったと感じる、うまく振る舞えない——こうしたことを「問題」として数えるのではなく、この時期にはよくあることとしてお互いに承知しておくとよい、としています。つらく当たってしまったあとは、その自分を責めて内へ引きこもるより、正面から詫びるほうが子どもとの結びつきは保たれやすい、というのが原著の勧め方です。ご自身が消耗しているときは、ご自身の受診としてご相談いただけます。
暴力がある関係でも、同じように考えてよいのでしょうか。
当てはめないでください。この記事が扱っているのは、どちらの側も相手を傷つけようとしていない場面で、別れが視野に入ってくる形です。逆らえば怒鳴られる、出ていくと言えば脅される、暮らしのお金を握られていて動けない、という形になっている関係は、それとは別のものです。安全が脅かされている関係では、どう決めるかを考えることよりも先に、身の安全を確保することが優先されます。無理に話し合おうとせず、通院中の方は主治医に、そうでない方は医療機関にご相談ください。暴力や強い支配のある関係については、シリーズの最終回で扱います。