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連載「夫婦・パートナー関係」第1回(全5回)

はじめに

眠れない日が続く。気分が晴れない。仕事に集中できない。そうした不調のきっかけを探していくと、職場でも体調でもなく、いちばん近くにいる人との関係に行き当たることがあります。

夫婦やパートナーとの関係は、私たちが持っている人間関係のなかでも、こころの健康にとくに大きく影響します。関係そのものがうまくいかないことが不調につながることもあれば、転職や出産、病気といった生活の変わり目を越えられるかどうかが、この関係に支えられているかどうかで変わってくることもあります。

この記事は、夫婦・パートナー関係をテーマにした全15回のシリーズの1回目です。今回は、なぜこの関係がこころの健康と結びつくのか、という土台の部分だけを扱います。すれ違いがどんな形で起きるのか、どう伝えれば届きやすいのか、別れが視野に入ったときにどう考えるのか——といった具体的な話は、次回以降で一つずつ取り上げていきます。

ここで紹介するのは、対人関係療法という心理療法の考え方です。対人関係療法そのものの説明——どんな治療なのか、つらさをどう整理するのか——は対人関係療法(IPT)の4つの問題領域とは?自分のつらさを整理するにありますので、この記事では繰り返しません。生活の変わり目でつらくなることを扱う「役割の変化」という考え方についても、転職・離婚・進学…生活の変わり目がつらいとき 役割の変化と心理療法で詳しく説明しています。

なお、診断や治療方針を決めるのは医師です。この記事は、受診を考えている方に読んでいただくための情報として書いています。

この記事で言う「パートナー」

この記事は、法律上の夫婦だけを想定していません。もとにした本の著者も、婚姻の形がどうかということよりも、二人がパートナーと呼べる関係にあるかどうかのほうに目を向ける、と最初に断っています。籍を入れている・入れていないにかかわらず、また恋人と呼ぶほうが近い関係であっても、当てはまる部分は多いはずです。

同性のパートナーについても同じです。もとにした本は主に異性の組み合わせを想定して書かれていますが、著者自身が、同性のパートナー関係にある方にも役立つところは多いはずだ、という断りを本文に置いています。読者を狭くするつもりのない本です。

もうひとつ、先に書いておきたいことがあります。この本には「〜な夫と、〜な妻」という形の小見出しがいくつも出てきますが、著者は本文のなかで、それは男女の違いを決めつけるものではないと明確に否定しています。同じ特徴は男性にも女性にもかなり幅広く分布していること、そして「男はこうだから」「女はこうだから」という決めつけのほうが、かえって相手を分かろうとする姿勢そのものを手放させ、二人のずれを大きくすることがある、というのが著者の立場です。このシリーズでも、性別ではなく「気持ちを分かってほしい側/解決したい側」のような役割の形で書いていきます。

パートナーとの関係は、こころの健康に直接かかわる

まず、この関係が不調と結びついていることを示す手がかりから見ていきます。

生活上の出来事が、どれくらい適応の負担になるかを点数にして並べた古い一覧表があります。もとにした本にもこの表が引かれていますが、そこで上位に並ぶ三つは、いずれも配偶者に関する出来事です。配偶者の死、離婚、配偶者との別れ。この表はもともと海外で作られた古いもので、借金の額がドルで示されているなど、項目の中身にも当時の事情が入っています。ですから、点数そのものを今の日本にあてはめて読むものではありません。それでも、負担のもっとも重い出来事の上のほうを、配偶者を失う形の出来事が占めているという傾向は、この関係の重さを表しています。長年連れ添った相手を亡くすことがそれほどの負担になるということは、裏を返せば、それだけ大きな影響をその相手から受けていた、ということでもあります。

うつ病との関わりを調べた研究もあります。パイケルらが1969年に報告した研究では、うつ病になる前にみられた強いストレスとなる出来事のうち、もっとも多かったのが配偶者との不和でした。もとにした本の著者は、これを、不和そのものがうつ病の引き金になりうることを示す結果だと読んでいます。ただしこの研究が示しているのは、うつ病の前によく見られた出来事は何かということであって、不和があれば必ずうつ病になるという意味ではありません。また、不和が続いていると、うつ病がよくなるまでに時間がかかりやすいことを示した研究もあると、もとにした本は紹介しています。著者は、パートナーとの関係が落ち着いてくると症状も軽くなり、関係がこじれると症状も重くなる、という動きを診療のなかでくり返し見てきた、とも書いています。

もうひとつ、見落とされやすい役割があります。家の外で過ごす時間のほうが長い、という方は多いはずです。そしてその外側で、理不尽なことやうまくいかないことに出会います。それを持ち帰って受けとめてもらう場所になるのも、この関係です。著者は、悩みをどれだけ相談できるか、愚痴をどれだけこぼせるか、いまの自分をどれだけそのまま受け入れてもらえるか——それが、外での生活から受けるストレスの重さを最後に左右する、というほどの書き方をしています。

生活の変わり目を支えるのも、いちばん身近な人

関係そのものに問題がなくても、この関係がこころの健康に効いてくる場面があります。生活の変わり目です。

転職や出産、病気、事故といった出来事は、対人関係療法でいう「役割の変化」にあたります。この考え方そのものは転職・離婚・進学…生活の変わり目がつらいときで説明していますので、ここでは繰り返しません。この記事で見たいのは、その変わり目を越えられるかどうかに、いちばん身近な人との関係が効いてくる、という部分です。

たとえば、勤め先の都合で職を失ったとき。「あれだけ会社のためにやってきたのに」とねぎらってくれる相手がいるのか、それとも「これからどうするの」と不満を向けられるのか。同じ出来事でも、そのあとに残るものは変わってきます。

もう少し細かく言うと、効いているのは「励まされること」ではありません。落ち込みや怒りや情けなさといった、後ろ向きに見える気持ちも含めて、そのまま聞いてもらえるかどうかです。安心して話せる相手に聞いてもらえること自体に、立ち直りを進める働きがあると考えられています(気持ちを扱う順番については、上にあげた役割の変化の記事をご覧ください)。

ところが、ここで「もう終わったことなのだから、いつまでも引きずらずに前を向いたら」と返されると、立ち直りの過程は前に進みにくくなります。落ち込んでいる自分のほうが悪いのだ、という受けとめ方になってしまうためです。言った側に悪気がなくても、受け取る側にはそう働くことがあります。

支えになってくれる人は、友人にも、きょうだいにも、職場の同僚にもいます。それでもこの関係の位置づけが違うのは、外で受けたものを持ち帰る先が、たいていこの関係だからです。友人となら会う日を選べますが、この相手とは、調子の悪い日も、余裕のない日も、そのまま向き合うことになります。持ち帰った先で受けとめてもらえなければ、ひと息つけるはずの場所が、そのまま張りつめた場所になってしまう。負担が二重にかかりやすい位置にあるのが、この関係です。

変わり目そのものが、二人の関係を変えることがある

さらに、変わり目は「支えてもらえるかどうか」だけの問題ではありません。変化そのものが、それまで問題のなかった関係を揺らすことがあります。

よくあるのは、こういう形です。難しい部署に移った人が、覚えることに追われ、帰りが遅くなり、家にいるあいだも仕事のことを考えている。相手から見れば、話しかけても上の空で、家庭のことを何ひとつ引き受けてくれないように映ります。「聞いていなかったの」「前にも話したのに」といったやりとりが増え、やがて「あなたにとって家庭はどうでもいいのでしょう」という言葉が出る。言われたほうは、家族のために踏ん張っているのにどうして分かってくれないのか、と不満を募らせる。職場でも張りつめ、家でも休まらない状態が続いて、そのまま調子を崩してしまう——もともと不仲だったわけではないのに、変わり目をきっかけに関係がこじれ、それが全体の負担をさらに重くしていた、という筋です。

この流れのなかで抜けているのは、自分に何が起きているのかを相手に伝えていない、という一点です。

伝えていない理由はいくつかあります。まず、伝える必要に気づくゆとりも、伝えるための時間や気力も残っていない、ということ。これはよくあります。加えて、「仕事のことを家に持ち帰らない」という考えを持っている場合。「うまくやれていないのは自分の問題なのだから、言っても仕方がない」と考えている場合。あるいは、「話したところで、すぐに『それならこうすればいい』と返されて終わるから言いたくない」という場合もあります。

ここで、もとにした本の著者はこう指摘します。「持ち帰らない」と決めていても、実際には帰りが遅くなる、上の空になる、という形ですでに家庭に持ち込まれている。それならば、相手に分かる形で伝えたほうがよいのではないか、と。自分のことは自分で片づけるべきだ、という考え方についても同じです。変わり目を越えるうえで身近な人の支えが効くのだとすれば、話すこと自体が、うまく越えるための一手ということになります。

自分がいまどんな変わり目のただ中にいるのかを二人で分かち合えれば、それまで不和のなかった関係なら、こじれがほどけ、むしろ協力してもらえるようになることも起こりうる——著者は、自身の診療経験からそう述べています。伝えれば必ずそうなるという話ではありませんが、伝えないままでは、この道は初めから閉じたままになります。逆に、それを怠ると、ただでさえ高い変わり目のハードルがさらに上がってしまう、とも書いています。

「いちばん身近な人」と言われて、ぴんとこないとき

ここまで「いちばん身近な人」という言い方をしてきました。対人関係療法では、この、自分にとってもっとも近いところにいる人たちとの、いま進行している関係に注目していきます。

人間関係は、自分を中心にした同心円のように広がっています。いちばん内側にいるのが家族や恋人、親友。その外側に、それなりに親しい友人や親戚がいて、さらに外側に、役割でつながっている人たちがいる——という形です。このうち、内側にいる人たちが、こころの健康に及ぼす影響はとりわけ大きいとされています。人づきあいの数が多いほどよい、という話ではありません。

パートナーは、ふつうはこの内側に入ります。ただ、もとにした本の著者は、そう言われて納得できない読者がいることを、あらかじめ認めています。実際、「あの人が自分にとっていちばん身近だとは、とても思えない」という感じ方をする方はいます。現実の生活では頼りにならない。何の役にも立っていない。むしろ足を引っ張られている。憎み合っている。本当に頼れるのは実家の家族や昔からの友人のほうだ——そう感じておられるとしても、不自然なことではありません。

ここで著者が提案しているのは、次のような読み替えです。「頼りにならないのだから、あの人は自分にとって身近な人ではない」ではなく、「本来いちばん身近であるはずの人が、いま頼りになっていない」。同じ状況を後者の形で言い直すと、どこに手をつければよいのかが見えてきます。前者だと、そこで話が終わってしまいます。

もちろん、読み替えれば関係が良くなる、という話ではありません。これはあくまで出発点の置き方です。実際に何をしていくのか——期待のずれをどうやって見つけるのか、どう伝えるのか、それでも変わらないときにどう考えるのか——は、このシリーズで一つずつ扱っていきます。

ただし、暴力や、相手からの強い支配がある関係では、話し合いの工夫よりも先に、身の安全を確保することが優先されます。無理に伝えよう・交渉しようとせず、通院中の方は主治医に、そうでない方は医療機関にご相談ください。この点はシリーズの最終回でくわしく扱います。

当院での考え方

当院では、対人関係療法を含む専門的な心理療法プログラムを提供しておりません。また、当院には心理士がおらず、カウンセリングも行っていません。カップル療法・夫婦カウンセリング(お二人で来ていただいて行う治療)も行っていません。 プログラムとしての心理療法をご希望の場合は、実施している医療機関をご自身でお探しいただくことになりますが、紹介状(診療情報提供書)は必要に応じて作成します。

なお、対人関係療法はもともと、一人の患者さんを対象として行う治療です。パートナーとの不和が治療の焦点になるときに、二人そろって面接する形をとることもある、という位置づけであって、「必ず二人で受けるもの」ではありません。この記事で紹介した考え方も、お一人で読んで使っていただけます。

そのうえで、当院の通常の診察のなかでは、この記事で紹介したような考え方——身近な人との関係を整理する、期待のずれを言葉にする、伝え方を一緒に考える——を取り入れた助言を行っています。

診察への同席については、当院ではご家族のみのご相談はお受けしておりませんが、ご本人が受診され、同席に同意されている場合には、診察に同席していただくことは可能です。ご本人が受診できない状況のときは、公的な相談先や、受診を予定している医療機関へお問い合わせいただく形をご案内しています。

受診の目安

次のようなときは、一度ご相談ください。

  • パートナーとのやりとりのあとに、気分の落ち込みや体の不調が出る日が続いている
  • 転職・異動・出産・病気などの変わり目をきっかけに調子を崩し、家でも休まらない
  • 自分に何が起きているのかを伝えられないまま、家のなかで張りつめた状態が続いている
  • 眠れない、食べられない、仕事や家事が回らないという状態が2週間以上続いている
  • 関係のことを考えると気持ちが晴れず、先の見通しが立たない状態から抜け出せない
  • 自分を傷つけたいという考えが浮かぶことがある

当てはまるからといって、すぐに病気だということではありません。診断は医師が診察のうえで行います。なお、当院の診療対象は18歳以上の方です。

当院では初診の前にWEB問診にご記入いただきます。初診の時間は問診を含めて30分程度をみています。

気持ちが差し迫っているとき、体調が急に変わったときは、様子を見ずに、通院中の方は主治医に、急を要する場合は救急(119番)にご連絡ください。

まとめ

  • 夫婦やパートナーとの関係は、こころの健康にとくに大きく影響する人間関係です。生活上の出来事の負担を並べた古い一覧表でも、上位三つは配偶者に関する出来事が占めています
  • うつ病になる前の強いストレスとなる出来事として、もっとも多かったのが配偶者との不和だったという研究があります。不和があると回復が遅れることを示した研究もあります
  • 家の外で受けたものを持ち帰って受けとめてもらう場所になるのも、この関係です。どれだけ相談でき、どれだけ受け入れてもらえるかが、外での生活の負担の重さを左右する——原著はそこまでの書き方をしています
  • 転職や出産などの変わり目では、励ますことよりも、後ろ向きに見える気持ちも含めてそのまま聞いてもらえるかどうかが効いてきます。「前を向いたら」と返されると、落ち込む自分のほうが悪いのだ、という受けとめ方になってしまうことがあります
  • 変わり目そのものが、それまで問題のなかった関係を揺らすことがあります。 多くの場合、自分に何が起きているのかが相手に伝わっていません
  • 「持ち帰らない」と決めていても、帰りが遅い・上の空という形ですでに持ち込まれています。分かる形で伝えたほうが、変わり目を越えやすくなります
  • 「パートナーがいちばん身近な人」と言われて納得できないときは、「頼りにならないから身近ではない」ではなく「本来いちばん身近なはずの人が、いま頼りになっていない」と置き直すと、手をつける場所が見えてきます
  • この記事は法律上の夫婦だけを想定していません。事実婚、恋人と呼ぶほうが近い関係、同性のパートナーも含めて書いています
  • ただし、暴力や強い支配のある関係では、伝え方の工夫より先に身の安全の確保が優先されます。 無理に交渉しようとせず、主治医または医療機関にご相談ください

次回は、この関係がそもそもなぜ難しいのか——育ってきた背景の違い、思ったより短い共有時間、どこまでが自分の問題なのかが分かりにくいこと——を扱います。

参考にした書籍

この記事は、次の書籍の記述を要約・再構成して作成しました(原文の転載ではありません)。

  • 水島広子『対人関係療法で改善する 夫婦・パートナー関係』創元社

よくある質問

パートナーとの関係が悪いと、うつ病になるということですか?

そう決まっているわけではありません。こころの不調には、体質や生活の状況などさまざまな要因が関わります。ただ、うつ病になる前に強いストレスとなった出来事として配偶者との不和がもっとも多かったという研究や、不和があると回復が遅れるという報告はあります。関係だけを原因と考えるのではなく、いま手をつけられる部分のひとつとして見ていただくとよいと思います。

夫婦仲は悪くないのですが、調子を崩しています。関係はありますか?

関係している場合があります。転職や異動、出産、病気などの変わり目では、その変化を越えられるかどうかに、いちばん身近な人の支えが効きます。また、変わり目そのものがきっかけで、それまで問題のなかった関係がぎくしゃくすることもあります。もともと不仲だったかどうかとは別の話です。

結婚していない相手でも、この記事の内容は当てはまりますか?

当てはまる部分は多いと思います。もとにした本も、籍を入れているかどうかよりも、二人がパートナーと呼べる関係にあるかどうかに目を向ける立場をとっており、事実婚の夫婦だけでなく、恋人と呼ぶほうが近い関係も読者に含めています。同性のパートナー関係については、その本は主に異性の組み合わせを想定して書かれていますが、著者自身が、役立つところは多いはずだと断りを置いています。この記事も、同性のパートナーの方を読者から外さない形で書いています。

二人そろって相談に行くことはできますか?

当院ではカップル療法・夫婦カウンセリング(お二人で来ていただいて行う治療)は行っていません。また、ご家族のみのご相談もお受けしておりません。ご本人が受診され、同席に同意されている場合には、診察に同席していただくことは可能です。ご本人が受診できない状況のときは、公的な相談先や、受診を予定している医療機関へお問い合わせいただく形をご案内しています。

パートナーに自分の状態をどう伝えたらよいか分かりません。

伝えることそのものが難しい時期があります。まずは、何が起きているのかを一つずつ言葉にするところからで構いません。診察のなかでは、何をどこまで伝えるか、どんな言い方なら届きやすいかを一緒に考えています。伝え方の具体的な工夫は、このシリーズの後の回で取り上げます。

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執筆・監修

精神保健指定医 野口晋宏

春日メンタルクリニック院長。精神科・心療内科の診療経験をもとに、受診前の不安や制度の疑問を整理しやすい情報提供を心がけています。

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