はじめに
不機嫌な顔やため息で分かってもらおうとする。ひとこと不機嫌に返すだけで終わる。言わなくても察してほしいと思う。何も言わずに黙ってしまう。夫婦やパートナーのあいだでは、こうして会話そのものがかみ合わなくなっていくことがあります。
この記事は、夫婦・パートナー関係をテーマにした全15回のシリーズの6回目です(巻末に挙げた対人関係療法の書籍を下敷きにしています)。第4回・第5回では、二人のあいだに起きるすれ違いを型ごとに見てきました。今回扱うのは、そのずれを埋めようとするときのやりとりのほうが空回りしてしまう形です。違いにどう取り組むかは、この関係を考えるうえでの要所です。ただし、関係を続けることだけが前提ではありません。関係を解くことも、ひとつの改善の形になりえます。
先にひとつだけ。暴力や、相手からの強い支配がある関係には、この記事の話をどれも当てはめないでください。 言い方を変えることより先に、身の安全を確保することが優先されます。無理に話し合おうとせず、通院中の方は主治医に、そうでない方は医療機関にご相談ください。この点はシリーズの最終回でくわしく扱います。
会話は、一つずつたどって見ることができます
出発点になる見方から始めます。気持ちが大きく動いたやりとりは、始めから終わりまで細かくたどって見ることができます。 いちばん力を発揮するのは、二人でその会話を振り返ることです。
振り返りの手順そのものは、この記事では並べません。ひとりでも試せる形は対人関係療法(IPT)の4つの問題領域とは?に、治療の場でどう扱われるかは心理療法(対人関係療法)はどう進む?にあります。押さえておきたいのは、かみ合わなかった会話は、手のつけようがないものではないという一点です。ここから、空回りの型を順に見ていきます。
言葉が足りないまま伝えようとする
一つめは、言葉を使わずに伝えようとする形です。不機嫌そうな顔つき。ため息。舌打ち。食器を乱暴に扱う音。ドアの閉め方。その場を離れて部屋にこもること。こうした示し方は、相手に気づかれないことが多く、気づかれたとしても意図とは違うものとして受け取られやすいのです。 伝わるのは、もう話を続けたくない、というところまでで、その手前にある事情は伝わりません。ずれを埋めるために届けるべきものが、そこで止まってしまいます。前回見た、責められた側が黙って自分の部屋に入ってしまう場面がまさにこれで、こもる側のつらさを相手が知っていれば、別の近づき方を考えられたはずです。
二つめは、言葉は使うけれども曖昧で、分かるでしょうという構えのまま終わる形です。細かく言われた側が「うるさい」の一語だけを返す。これでは、何が不満なのか、何を変えてほしいのかが相手に届きません。皮肉も同じです。本当は手を貸してほしいのに、くつろいでいる相手に向かって、気楽な身分でいいね、と言う。言いたかった中身が受け取られないどころか、その物言いに相手が気を悪くして、余計な言い争いまで起こることがあります。
「察してもらえるはず」と、説明を省いてしまうこと
三つめは、言葉にしないまま、分かってもらえるはずだと思っている形です。
ひとつの向きは、こちらの表情を見れば言いたいことは分かるはずだ、という期待です。察してくれるかどうかで相手の愛情を測ろうとすることもあります。けれども、表情から気持ちを読むことが得意な人もいれば、苦手な人もいます。 読めているつもりの側が、相手の本心を確かめてみると外していた、ということも少なくありません。相手の考えは読めないものと考えたほうが妥当です。察してもらえるはずだと当てにして、そのたびに落胆する——それをくり返し自分に課すほうが、よほど骨が折れます。
もうひとつの向きは、わざわざ口に出すほどのことではない、という構えです。順を追って説明するのは言い訳めいている気がする。その結果、何を考えているのか分からないと言われ、誤解されることのほうが多くなります。実際には細かく気を配っているのに、無神経だと責められてしまう、ということも起こります。だから、こう思うからこうする、ということをそのつど口に出して伝える。それは言い訳ではなく、自分にしか見えていない事情をきちんと説明する、責任のある態度です。
愛情の伝え方も同じです。毎日の生活を続けていること自体が愛情の表れなのだから、それに加えて何かする必要はない、という考え方があります。けれども言葉がないと、相手は戸惑うことがあります。とくに、自分に自信を持てなくなっている時期には、自分は大事にされていないのではないか、という考えのほうに傾きやすいものです。だから、どういう言動が自分にとっての愛情の表し方なのかを、一度話しておくとよいのです。そうしておけば、愛情を受け取れる機会もそれだけ増えます。
確かめないまま、次の言葉が選ばれていく
四つめは、相手のことは把握できているという前提が強く、なぜそうしたのかを確かめないまま済ませてしまう形です。
こんな場面があります。発熱して横になっているときに、帰ってきた相手が顔も見せず、テレビを見ていた。自分の楽しみを優先しているのだ、配慮がない、と腹が立ちます。ところがあとで尋ねてみると、眠りを妨げては悪いと考えて音を立てずにいた、という返事でした。顔を見に来なかったこと自体が、その人なりの配慮だったわけです。確かめずに済ませたことが不和を生む、ということは案外多いのです。
しかも、確かめずに置いた理由づけは、そのまま次の一言の前提になります。 相手は分かっていないのだ、と決めた側は、その前提に立って次の言葉を選ぶ。選ばれた言葉は相手をいっそう黙らせ、黙ったことが最初の見立ての裏づけとして読まれる。こうして、誰も確かめていない理由づけの上に、二人のやりとりの型ができあがっていきます。
では、なぜ確かめないのか。把握できているという思い込み以上に大きいのは、不快だった出来事をわざわざ言葉にしてやりとりしたくない、という思いです。話せばいっそう気持ちが冷めて後味が悪くなる。相手の落ち度をとやかく言えば怒り出すのではと心配になる。そんなことにこだわる人だと見られたくない。それでも、確かめたほうがよいのです。些細に見えても、その不満は積み上がって関係そのものをすり減らしていくのだから、取るに足らない話ではありません。 相手を怒らせない形で確かめていく工夫はあり、このシリーズではこのあとの回で扱います。基本のところは役割期待のずれを扱った記事にあります。
黙るという手立て
五つめは、黙ることです。不満を表す手立てとして黙る方は少なくありません。黙ったのだから腹を立てていることは伝わるはずだ、という前提がそこにはあります。けれども一つめと同じことが起き、そのうえ、どの言動をどう変えてほしいのかは、それこそ届きません。伝わる中身が何もないという点で、黙ることは、言葉を使わない伝え方のなかでも、見方によっては最も厄介です。 やりとりそのものを打ち切り、ずれを埋める努力をやめてしまうことになるからです。
もっとも、黙ることのすべてが悪いわけではありません。相手の都合をふまえて、あえて口をつぐむこともあります。ここで見ているのは、ずれを埋めようとする場面での沈黙です。そして、黙る側には黙るだけの言い分があります。自分の考えを口にすることが許されない環境で育った。何かを口にするたびに虐待された。いまの関係のなかで言うたびに否定される、ということを重ねてきた結果、口を開く気力を失った。どれも理解できるものです。それでも、黙っていて事態が良くなることはない、という点は動きません。伝えられる範囲から手をつけてみる。それでもどうしても黙るしか思いつかない、口にする場面を思い描くだけで怖くなる、という場合には、専門家の力を借りてください。
黙ったままの状態が長く続いている場合もあります。口をきかない相手と同じ家で暮らすことは思いのほか負担になるので、自分の側の調子を守るためにも、何か動いてみる余地はないか考えてよいところです。
なお、何か言えば責められる、声を荒らげられるので言えない、という状況で黙っているのなら、それは伝え方の工夫の問題ではなく、安全の確保が先です。相手に向かって言えないことを、無理に言葉にする必要はありません。話せない事情のほうを、診察の場でご相談いただいて構いません。
怒りは、取りかかること自体を妨げる
最後は怒りです。曖昧で遠回しな言い方では正しく届かないことが多いのだから、率直に伝えたほうがよい。ここまでの話は、ひとまずそう受け取れます。ただ、その率直さは、別のものと取り違えられることがあります。率直さという名目で、怒りをそのまま投げつけてしまう形です。
忘れてはならないのは、怒りが持っている暴力的な働きです。相手が声を荒らげるたびに縮み上がってしまう方がいます。怒らせないようにと言いたいことを飲み込み、機嫌をうかがうようになる。そうして関係全体が対等でなくなっている二人も少なくありません。 片方が率直さの名のもとにしたことによって、もう片方が率直に言えなくなるのです。相手を思いどおりに動かすために怒りが使われている関係は、ここまで見てきた空回りとは別のもので、身の安全の確保が先になります。
そのうえで、怒りには次の性質があります。怒りが湧く場面には何らかのずれがあるので、そこを埋める作業には意味があります。けれども腹を立てるという振る舞いは、その作業をしくじらせるというより、取りかかる手前の段階に立つことすら妨げてしまいます。 怒っても解決しない、という話ではなく、取り組みを始めること自体ができなくなる、ということです。だからこそ、ふだんからずれのほうに手をつけておくことに意味があります。不満をためこめば、そのぶん怒りは強くなるからです。
ひとつ、臨床上の分かれ道があります。激しい怒りの背景に、心的外傷(トラウマ)があることがあります。 ほんの小さなきっかけで強い怒りが噴き出し、それがなかなか引かない——そういう形のときは、過去の傷から来ている怒りかもしれません。そうであれば、必要なのは怒りを抑える工夫ではなく、その傷そのものに手当てをする治療のほうです。 心当たりがある場合は、怒りを抑える方法を探すより先に、ご相談ください。トラウマに特化した専門治療そのものは当院では行っていません(次の「当院での考え方」をご覧ください)。
当院での考え方
当院では、対人関係療法を含む専門的な心理療法プログラムを提供しておりません。また、当院には心理士がおらず、カウンセリングも行っていません。カップル療法・夫婦カウンセリング(お二人で来ていただいて行う治療)も行っていません。 トラウマに特化した専門治療(EMDR、トラウマ焦点化認知行動療法など)も同様です。これらをご希望の場合は、実施している医療機関をご自身でお探しいただくことになりますが、紹介状(診療情報提供書)は必要に応じて作成します。
そのうえで、当院の通常の診察のなかでは、この記事で紹介したような考え方——身近な人との関係を整理する、期待のずれを言葉にする、伝え方を一緒に考える——を取り入れた助言を行っています。どうしたいかが決まっていない段階でも、そのままお話しいただいて構いません。
ご家族のみの相談はお受けしていませんが、ご本人が受診され、同席に同意されている場合には、診察に同席していただくことは可能です。ご本人が受診できない状況のときは、公的な相談先や、受診を予定している医療機関へお問い合わせいただく形をご案内しています。
受診の目安
次のようなときは、一度ご相談ください。
- 黙るしか思いつかない、あるいは口にする場面を思い描くだけで怖くなる
- ごく小さなきっかけで強い怒りが出て、それが長く引かない
- 口をきかない状態が続いていて、そのことで消耗している
- やりとりのあとに、気分の落ち込みや体の不調が出る日が続いている
- 眠れない、食べられない、仕事や家事が回らないという状態が2週間以上続いている
- 自分を傷つけたいという考えが浮かぶことがある
当てはまるからといって、すぐに病気だということではありません。診断は医師が診察のうえで行います。なお、当院の診療対象は18歳以上の方です。初診の前にはWEB問診にご記入いただき、初診の時間は問診を含めて30分程度をみています。
気持ちが差し迫っているとき、体調が急に変わったときは、様子を見ずに、通院中の方は主治医に、急を要する場合は救急(119番)にご連絡ください。
まとめ
かみ合わなかった会話は、手のつけようがないものではなく、始めから終わりまで一つずつたどって見られるものです。不機嫌な態度で示す、曖昧に言う、察してもらえるはずと待つ、確かめないまま決める、黙る——どの型でも、ずれを埋めるために届けるべきものが届かないまま、やりとりだけが積み重なっていきます。出口は共通しています。確かめること、そして、自分にしか見えていない事情を言葉にして説明することです。それは言い訳ではなく、責任のある態度です。
怒りも同じやりとりの延長にありますが、腹を立てるという振る舞いは、ずれを埋める作業をしくじらせるだけでなく、その作業に取りかかる手前の段階に立つこと自体を妨げます。 だからこそ、不満をためこまず、ふだんからずれのほうに手をつけておくことに意味があります。
次回は、不満を「こうしてほしい」という期待として言い直し、実現できる形に組み替えていく話を扱います。
暴力や強い支配のある関係には、この記事の話をどれも当てはめないでください。 何か言えば責められる、声を荒らげられるので言えない、という状況は伝え方の工夫の問題ではありません。言い方を変えることより先に、身の安全を確保することが優先されます。
そのほか近いところにあるもの —— 役割期待のずれと心理療法・発達障害・ASDの対人コミュニケーション・対人関係療法(IPT)の4つの問題領域
参考にした書籍
この記事は、次の書籍の記述を要約・再構成して作成しました(原文の転載ではありません)。
- 水島広子『対人関係療法で改善する 夫婦・パートナー関係』創元社
よくある質問
ため息や不機嫌な態度で分かってもらおうとしてしまいます。
そうした示し方は、気づかれないことが多く、気づかれた場合でも意図とは違うものとして受け取られやすいものです。不機嫌な顔つき、ため息、食器を乱暴に扱う音、部屋にこもることなどです。伝わるのは、もう話を続けたくない、というところまでで、その手前にある事情は伝わりません。ずれを埋めるために届けるべきものが、そこで止まってしまいます。
察してくれないのは、愛情がないからではないのでしょうか。
表情から気持ちを読むことが得意な人もいれば、苦手な人もいます。読めているつもりの側が外していることも少なくありません。ですから、察してもらえるかどうかで愛情を測ろうとすると、当てにしては落胆する、ということを自分にくり返させかねません。どういう言動が自分にとっての愛情の表し方なのかを一度話しておけば、愛情を受け取れる機会もそれだけ増えます。
黙ってしまうのは、悪いことなのでしょうか。
黙ることのすべてが悪いわけではありません。相手の都合をふまえて、あえて口をつぐむこともあります。この記事で取り上げているのは、ずれを埋めようとする場面での沈黙です。黙る側の言い分——自分の考えを口にすることが許されない環境で育った、何かを口にするたびに虐待された、いまの関係のなかで言うたびに否定されてきた——は理解できるものですが、黙っていて事態が良くなることはない、という点は動きません。伝えられる範囲から手をつけてみて、それでもどうしても黙るしか思いつかない場合には、専門家の力を借りてください。相手に向かって言えない事情があるときに、無理に言葉にする必要はありません。その事情のほうを診察でご相談いただいて構いません。
ちょっとしたことで強い怒りが出て、長く引きません。
激しい怒りの背景に、心的外傷(トラウマ)があることがあります。とくに、ごく小さなきっかけで激しく怒りが出て長く引かないという形は、過去の傷から来ている怒りかもしれません。そうであれば、必要なのは怒りを抑える工夫ではなく、その傷そのものに手当てをする治療のほうです。なお当院では、トラウマに特化した専門治療(EMDR、トラウマ焦点化認知行動療法など)は行っておりません。実施している医療機関をご自身でお探しいただくことになりますが、紹介状(診療情報提供書)は必要に応じて作成します。
暴力や強い支配のある関係でも、同じように考えてよいのでしょうか。
当てはめないでください。この記事が扱っているのは、どちらの側も相手を傷つけようとしていない場面で会話が空回りする形です。相手を思いどおりに動かすために怒りや沈黙が使われている関係は、それとは別のものです。何か言えば責められる、声を荒らげられるので言えない、という状況で黙っているのは、伝え方の工夫の問題ではありません。安全が脅かされている関係では、言い方を変えることよりも先に、身の安全を確保することが優先されます。無理に話し合おうとせず、通院中の方は主治医に、そうでない方は医療機関にご相談ください。この点はシリーズの最終回で扱います。