はじめに——いちばん近い人にほど、伝わらないことがある
生理の前になると、どうしても人が変わったようになってしまう。それなのに、いちばん近くにいる家族には「ただ機嫌が悪い日」としか思われていない気がする。思いきって打ち明けたのに、ひとことで片づけられて、それきり話せなくなった。そうした行き詰まりを抱えている方がいます。
月経前症候群(PMS)とPMDD(月経前不快気分障害)によるつらさは、いちばん近くにいる人にこそ伝わりにくいことがあります。職場や友人には「体調の悪い日がある」で流せても、毎日顔を合わせる家族やパートナーとのあいだでは、そうはいきません。落ち込みやいらだちは、いちばん近い相手に向かってしまいます。そしてあとになって、そんな自分を責める。このくり返しのなかで、「この人にも分かってもらえないなら、もう誰にも言えない」と感じてしまう方がいます。
この記事では、月経前のつらさを家族やパートナーに伝えるときに何がつまずきになるのか、どんな形なら伝わりやすいのか、そして「伝えない」という選び方も含めて整理します。職場での伝え方や働き方の調整についてはPMS/PMDDで仕事がつらい 生理前の不調と仕事を両立させる工夫で扱っていますので、そちらをご覧ください。
なぜ、身近な人ほど伝わりにくいのか
うまく伝わらない背景には、いくつかの事情が重なっています。
まず、症状の中心が目に見えないことです。熱や傷であれば相手の目にも映りますが、気分の落ち込み、突然こみあげる涙、抑えのきかないいらだちは、外からは表情や態度としてしか見えません。しかも表情や態度は、「そういう気分なのだろう」「こちらへの不満だろう」と、気持ちの問題として受け取られやすいものです。
次に、毎月くり返されることです。同じ時期に同じことが起きるため、相手のほうも慣れてしまい、「またこの時期か」と受け流すようになっていきます。本人にとっては毎回が新しいつらさなのに、相手にとっては見慣れた風景になっていきます。この落差が、孤立感を強めることがあります。
そして、自分でも言葉にしにくいことです。心の症状を、自分の中から取り出して人に説明するのは、それだけで難しい作業です。PMDDの当事者として発信している方も、精神的な症状を人に向けて説明するのは簡単なことではない、と書いています。うまく言えないまま「大丈夫」と答えてしまい、あとで「やっぱり分かってもらえなかった」と落ち込む。こうしたすれ違いも珍しくありません。
もうひとつ、見落とされがちな事情があります。そもそも知られていない、ということです。女子大学生115名に月経に伴う症状の認知度をたずねた調査では、PMDDという病名を知らないと答えた方が約70%、PMSについても約60%にのぼったと報告されています。また、月経に関する教育について女子大学生324名にたずねた別の調査では、約半数が、月経前の時期の症状と月経中の症状をあわせた月経に伴う症状について、教わったことがないと答えていました。いずれも大学生を対象とした調査であり、そのまま社会全体の数字とはいえませんが、月経の不調について学ぶ機会が十分に用意されてこなかったことはうかがえます。
つまり、相手が分かってくれないのは、冷たいからとは限りません。知る機会がなかっただけ、ということが多いのです。この見方に立てるかどうかで、伝える側の負担はかなり変わります。
言葉にしにくいものは、「見える形」にする
言葉での説明が難しいなら、目に見える形に置き換えるという方法があります。日々の気分や体調を、紙の手帳でも、スマートフォンのメモでも構わないので、簡単に書き留めておくやり方です。
この「見える形にする」ことには、いくつかの意味があるとされています。
まず、つらさの原因を自分の性格に求めなくて済むようになることです。PMDDの当事者として、同じ症状をもつ方のカウンセリングを行っている方は、「気合いが足りないのだろう」「同じ立場の人はもっとうまくやっている」といった形で自分を責める言葉を、相談のなかでたびたび聞くと書いています。けれども記録として並べてみると、つらさが月経の周期に合わせて現れては引いていくことが目に見えます。気持ちの持ちようの問題ではなく、時期によって起きている変化なのだと、受け取り直すきっかけになります。
そのうえで、ご自身の不調がどう動くのかをつかみやすくなります。いつごろ始まり、どんな形で出て、いつ引いていくのか。頭のなかだけで覚えていると輪郭がぼやけますが、書き出すと形が見えてきます。
動き方が見えてくれば、そこから対処を組み立てることもできます。どの時期に何が起きるかが分かれば、その時期に合わせて手を打てるようになります。
なお、記録の具体的な付け方については、PMS/PMDDで仕事がつらい 生理前の不調と仕事を両立させる工夫と月経前増悪(PME)とPMS/PMDDの違いで詳しく扱っています。この記事では、その記録を「誰かと共有する」側についてお話しします。
記録を共有すると、すれ違いが減るという指摘
数か月にわたって記録を続けると、自分の周期と気分の波の関係が見通せるようになることがある、といいます。そのうえで、その記録をパートナーにも見えるようにしておけば、余計な衝突を避けられる、とも言われています。
これは、言葉で説明し直さなくてよくなる、ということでもあります。「今週はつらい時期に入る」と一言だけ伝える、あるいは共有しているカレンダーに印をつけておく。あらかじめ分かっていれば、たがいに身構えずに済むことがあります。その日は大事な話し合いを避ける、家事を少し引き受けてもらう、といった調整もしやすくなります。
共有の仕方は、全部を見せるやり方でなくて構いません。日々書いていることの中身は自分だけのものとして、「つらくなりやすい時期」だけを伝える形でも十分です。ご自身が安心できる範囲を先に決めてから共有してください。
パートナーの理解は、関係に何をもたらすか
パートナーを含めた形での心理療法についての研究も報告されています。カップルで取り組む認知行動療法を検討した研究では、パートナー側の理解が進んだことが、二人の関係のありようによい影響を与えたと報告されています。また、男性側の対処の仕方が、症状の重さや、女性自身が月経前のつらさを何によるものと考えるかに関わっていた、とする報告もみられます。
ここは慎重に受け取っていただきたいところです。これらは「パートナーが理解すれば治る」ということを示したものではありません。関係のありようや、つらさの受け止め方に変化がみられたという報告であって、治療が要らなくなるという話ではありません。実際、PMDDの心理療法をめぐる研究は規模の小さいものが中心で、効果を実証したといえる研究は、とくに国内ではまだ足りていないとされています。
なお、当院には心理士が在籍しておらず、カップルで取り組む認知行動療法のような専門的な心理療法プログラムは提供していません。診察のなかでの助言や心理教育が中心になります。心理療法について分かっていること・分かっていないことは、PMS/PMDDに薬以外でできることで整理していますので、あわせてご覧ください。
こうした研究の限界をふまえると、「伝えれば楽になるはず」と期待をふくらませすぎない形で受け取っていただくのがよいと思います。伝えることは、治療の代わりになるものではありません。
求められているのは、「理解」より「寄り添い」
もうひとつ、PMDDの当事者であり、当事者カウンセラーとして活動している方が述べていることがあります。周囲に求めているのは、正確に理解してもらうこと以上に、そばに寄り添ってもらうことだ、という点です。
そもそもPMDDは、知られていないうえに、PMSに比べて頻度も高くありません。そのため、身のまわりに同じ症状の人を見つけにくく、「こんなふうになるのは自分だけではないか」と感じて孤立感を深めてしまう方が少なくないといいます。
そういうときに力になるのは、詳しい説明でも、正しい知識でもないことがあります。ねぎらいの言葉をかけてもらえること。無理をしなくていい、と言ってもらえること。そうした短い一言のほうが、気持ちの負担を軽くしてくれることがあるそうです。
これは、伝える側にとっても大事な視点です。相手に医学的な理解を求めようとすると、説明の負担がすべて自分にかかってきます。そうではなく、「分かってくれなくていいから、つらい時期があることだけ覚えておいてほしい」という形で伝えるほうが、お互いに続けやすいことがあります。
伝えるときの言い方——事実と時期を、性格の話から切り離す
以下は「こう言わなければならない」というものではなく、こういう言い方もある、という例です。合わないと感じたら、使わなくて構いません。
まず、性格や人柄の話にしないことです。「私は感情的な人間だから」と前置きすると、話全体が性格の問題として受け取られてしまいます。そうではなく、「生理の前の一週間ほど、気分が大きく下がる時期がある」というように、時期と事実だけを置くほうが伝わりやすくなります。
次に、相手を責める形にしないことです。「分かってくれない」から始めると、相手は防御に回ります。「今の時期は自分がしんどいので、こうしてもらえると助かる」という、お願いの形にするほうが届きやすいことが多いです。相手を悪者にしないでおくことは、伝えたあとの関係を守ることでもあります。
そして、その場ですぐ理解してもらおうとしないことです。相手にとってははじめて聞く話です。一度で伝えきろうとせず、何回かに分けて、少しずつ触れていくくらいでちょうどよいこともあります。自分の口で説明するのが難しければ、生理前だけ別人みたいになる…それはPMDDかもしれませんのような記事を読んでもらうという方法もあります。
伝えないという選択も、あってよい
ここまで伝え方について書いてきましたが、大前提としてお伝えしたいことがあります。伝えなければならない、ということはありません。
相手によっては、打ち明けたことで話がこじれたり、かえって傷つく言葉が返ってきたりすることがあります。休むほどのことなのかと言われた、みんな通ってきた道だと片づけられた——そうした経験のあとで、誰にも言えなくなってしまう方は少なくありません。それは伝え方が下手だったからではありませんし、あなたの我慢が足りないわけでもありません。
伝えない。今は伝えない。この人には伝えない。そのつらい時期だけ距離を取る。どれも、ご自身を守るための正当な選択です。伝える相手を選ぶこと自体が、ひとつの対処です。
そして、身近な人に言えない場合でも、診察の場では話していただいて構いません。うまく言葉にできないままお越しいただいて大丈夫です。書き留めたものをそのままお持ちいただき、それを見ながらお話しいただくこともできます。
受診の目安
次のようなときは、一度ご相談ください。
- 月経前の時期に、家族やパートナーとの衝突がくり返し起きている
- そのときの自分の言動を、あとになって責め続けてしまう
- つらさを打ち明けられないまま、一人で抱え込んでいる状態が続いている
- 仕事や家事、日常の生活に支障が出る日が毎月のようにある
- 気分の落ち込みが強く、日常生活や安全に不安を感じる
PMDDかどうかの診断は医師が行います。気分の波には、月経周期以外の要因が関わっていることもあります。自己判断で決めつけず、気になるときはご相談ください。
診察に家族やパートナーに同席してもらうことについては、当院ではご家族のみのご相談はお受けしておりませんが、ご本人が受診され、同席に同意されている場合には、診察への同席は可能です。ご予約はデジスマのWEB予約からお取りいただけます。初診の方には受診前にWEB問診にお答えいただいており、初診の所要時間は30分程度が目安です。通院の頻度は基本を2週間に一度としています。なお、当院の診療対象は18歳以上の方です。
体調が急に悪くなったとき、自分を傷つけてしまいそうなほど追い詰まっているときは、様子を見ずに、通院中の方は主治医に、急を要する場合は救急(119)に連絡してください。
まとめ
- 月経前のつらさは、目に見えないこと、毎月くり返されて慣れられてしまうこと、自分でも言葉にしにくいことから、身近な人ほど伝わりにくくなります
- 相手が分かってくれないのは冷たいからとは限りません。女子大学生115名にたずねた調査では、PMDDという病名を知らないと答えた方が約7割にのぼりました。知る機会がなかった、ということが多いのです
- 言葉にしにくいものは、紙でもスマートフォンのメモでも、自分だけが見る形で書き留めておくと、つらさを自分の性格のせいにしなくて済み、不調の動き方をつかんで対処を考える助けにもなります
- 記録をパートナーにも見えるようにしておくと、余計な衝突を避けやすくなるという指摘があります。全部を見せる必要はありません
- パートナー側の理解が進むことで関係によい変化がみられた、という研究の報告はありますが、理解されれば治るという意味ではありません
- 求められているのは、正しい理解よりも寄り添いのほうだ、という当事者の声があります。ねぎらいの一言のほうが力になることがあります
- 伝えない、距離を取る、時期を選ぶ。どれも正当な選択です。身近な人に言えないときも、診察では話していただいて構いません
当院では、PMDDの診断と治療を行っています。詳しくはPMS/PMDDの症状と治療をご覧ください。
参考にした書籍
この記事は、次の書籍の記述を要約・再構成して作成しました(原文の転載ではありません)。
- 『精神科治療学 第39巻3号(2024年3月)特集 実地臨床における月経前不快気分障害(PMDD)』
よくある質問
家族に話しても「みんな同じ」で終わってしまいます。伝え方が悪いのでしょうか。
伝え方だけの問題ではないことが多いです。月経に伴う症状について、そもそも教わる機会がないまま大人になる方が少なくありません。女子大学生115名に聞いた調査でも、PMDDという病名を知らないと答えた方が約7割にのぼったと報告されています。相手が冷たいというより、知識がないところから始まっているのだと考えると、少し気持ちが違ってくるかもしれません。
症状を書き留めたものを、パートナーに見せたほうがよいですか。
見せるかどうかは自由です。ただ、記録を共有しておくと余計な衝突を避けやすくなるという指摘はあります。全部を見せる必要はなく、つらくなりやすい時期だけを伝える形でも構いません。まずは自分だけが見る記録として始めていただいて差し支えありません。
パートナーが理解してくれれば、症状はよくなりますか。
そう言い切れる段階ではありません。カップルで取り組む認知行動療法の研究では、パートナー側の理解が進んだことが、関係のありようによい影響を与えたという報告があります。ただしこれは関係についての報告であり、理解されれば病気が治るという意味ではありません。治療の必要性は別に検討します。
伝えないままにしておくのは、逃げでしょうか。
逃げではありません。伝えることが安全で役に立つ相手もいれば、そうではない相手もいます。伝えない、距離を取る、時期を選ぶ。どれも選択のひとつです。ご自身が消耗しない形を優先してください。
診察に家族やパートナーに来てもらうことはできますか。
当院ではご家族のみのご相談はお受けしておりませんが、ご本人が受診し、同席に同意されている場合には、診察に同席していただくことは可能です。ご本人が受診できない状況のときは、公的な相談先や、受診を予定している医療機関へお問い合わせいただく形をご案内しています。