はじめに
「生理前になると気分がひどく落ち込んで、家族にあたってしまう。市販のサプリも鎮痛薬も試したのに、もうどうしていいかわからない」——PMDD(月経前不快気分障害)に悩む方から、こうした声をよく聞きます。
PMDDは、生理の前の時期(黄体期)に強いイライラや抑うつ、不安などの精神症状があらわれ、生理が始まると軽くなる状態を指します。「気持ちの問題」「我慢が足りない」と言われてつらい思いをしてきた方も少なくありませんが、これは性格や努力の問題ではなく、ホルモンの変化に関わる体の反応として理解されつつある状態です。同じように悩んでいる方は決して少なくなく、あなただけが抱えている問題ではありません。
そして大切なのは、PMDDには薬による治療の選択肢が複数あるということです。代表的なものに「SSRI(抗うつ薬の一種)」と「低用量ピル(OC/LEP)」があり、さらに漢方薬が候補になる場合もあります。
この記事では、それぞれの薬がどんな人に向きやすいのか、保険のうえで気をつけたい点、そして「婦人科と精神科のどちらに相談すればよいのか」という疑問を、できるだけわかりやすく整理します。どの治療が合うかの最終的な診断と判断は医師が行いますので、この記事は、相談の前に全体像をつかむための地図として読んでいただければと思います。
PMDDの薬には大きく2つの方向がある
PMDDの薬物療法は、おおまかに2つの方向に分けて考えると見通しがよくなります。
ひとつは、脳内の「セロトニン」という神経の働きに関わる物質に着目したアプローチです。PMDDではセロトニンの働きが症状に深く関わっていると考えられており、その調整を助けるのがSSRI(選択的セロトニン再取り込み阻害薬)です。SSRIはもともと抑うつや不安に使われる薬で、PMDDの精神症状にも用いられます。PMDDに対するSSRIは複数の質の高い研究で効果が確かめられており、国内の専門家がまとめた治療の指針でも第一に挙げられている治療法です。
もうひとつは、症状の引き金となるホルモンの変動そのものをやわらげるアプローチです。ここで用いられるのが低用量ピル(OC/LEP)で、排卵に伴うホルモンの大きな揺れを抑えることで、月経前の不調をやわらげることをねらいます。
どちらが優れているという話ではありません。「精神症状が強いのか」「身体症状が中心なのか」「年齢や妊娠の希望はどうか」——こうした一人ひとりの事情によって、向きやすい薬が変わってきます。だからこそ、自己判断ではなく医師と相談しながら選んでいくことが大切になります。
SSRIの使い方はうつ病とは少し違う
「抗うつ薬」と聞くと、毎日欠かさず飲み続け、効果が出るまで数週間待つ——そんなイメージを持つ方が多いと思います。実は、PMDDに対するSSRIの使い方は、うつ病のときとはいくつかの点で異なります。専門書でも、この違いはPMDD治療の大きな特徴として挙げられています。
症状が出る時期だけ飲む「間欠療法」という方法がある
PMDDの症状は、排卵後から月経前まで(黄体期)に集中し、月経が始まると軽くなります。この性質を生かして、症状が出る時期だけSSRIを服用し、月経が始まったらいったん休むという飲み方があり、「間欠療法」と呼ばれます。うつ病など他の病気ではまず行わない、PMDDならではの方法です。
国内の専門家がまとめた治療の指針では、PMDDに対しては原則としてこの間欠療法を行うとされています。月経が不規則で服用開始のタイミングをつかみにくい方や、間欠療法では効果が不十分な方では、周期を通して続けて飲む「継続療法」に切り替えることもあります。両者の効果はおおむね同等とする研究が多いため、「毎日ずっと薬を飲み続けるのは抵抗がある」という方も、無理のない形を医師と一緒に選べます。
なお、「症状を感じてから飲み始める」というさらに短い飲み方は、間欠療法に比べて効果が不確かとされており、とくに症状が重い方にはすすめられていません。飲み始めるタイミングも含めて、自己流ではなく医師と相談しながら決めることが大切です。
効果の現れが早い
うつ病でSSRIを使う場合、効果を感じるまでに数週間かかるのが一般的です。ところがPMDDでは、飲み始めた最初の周期から効果が期待できるとされています。効果の判定を何ヵ月も待つ必要がないため、「今回の周期はどうだったか」を医師と確認しながら、飲み方や薬の種類を調整していけます。比較的少ない量で手応えが得られる方もいると報告されています。
若い方では慎重に検討する
一方で、注意点もあります。若年の方では、抗うつ薬の使用にあたって危険性と有益性を慎重に天秤にかける必要があるとされています。この年代の方では、後述する漢方薬なども含めて、選択肢を広めに検討していくことになります。
低用量ピル(OC/LEP)はどんな人に向くか
低用量ピル(OC/LEP)は、「経口避妊薬」または「低用量エストロゲン・プロゲスチン配合薬」とも呼ばれる、女性ホルモンを配合したお薬です。排卵に伴うホルモンの変動をなだらかにすることで、月経前の心身の不調をやわらげることが期待されます。
PMDDの治療では、精神症状が比較的軽めの方や、むくみ・乳房の張り・腹痛といった身体症状が中心の方で、ピルが検討されやすい傾向があります。生理の周期そのものを整えたい、生理痛もあわせてつらい、という場合に相性がよいことがあります。
保険適用についての注意点
ここで知っておいていただきたいのが、保険のうえでの注意点です。低用量ピルにはいくつかの種類があり、月経困難症など特定の目的では保険が使えるものもあります。しかし、PMS・PMDDそのものに対しては保険が適用されません。そのため、使う目的や薬の種類によって自費になる場合があります。
費用の見通しは、治療を続けるうえで大切なポイントです。どの薬がどんな扱いになるのかは、処方を受ける医療機関でかならず確認してください。
なお、ピルは血栓症などのリスクにも配慮が必要なお薬です。喫煙の有無、年齢、持病などによって使えるかどうかが変わります。また、ピルは排卵を抑えるお薬なので、妊娠を望んでいる時期には使えません。向き不向きの判断は医師が診察のうえで行いますので、「自分に使えるか」という点も含めて相談していただくのがよいでしょう。
治療の前に大切な「症状の記録」
薬の話とあわせて知っておいていただきたいのが、症状を記録することの大切さです。専門書では、PMDDの診断と治療効果の判定のために、月経日と症状を「思い出して」ではなく「その日その日に」記録していく方法(前方視的な記録)がすすめられています。おおよそ2周期程度、症状の種類・強さと月経日をカレンダーや日記、アプリなどに記録すると、次のことが見えてきます。
- 症状が本当に月経前に集中し、月経開始とともに軽くなっているか
- どの症状(イライラ・落ち込み・不安・身体症状)が中心か
- 治療を始めてから、周期ごとにどのくらい変化しているか
記憶だけに頼ると、「いつもつらい気がする」「生理前だけだった気もする」と、あいまいになりがちです。記録があると、診断の確からしさが増し、SSRIの間欠療法を始めるタイミングの目安にもなり、薬が効いているかの判定もしやすくなります。とはいえ、記録がそろってからでないと受診できないわけではありません。つらい状態が続いているなら、記録は受診後に始めても十分間に合います。
効果がないときはどう見直す?
治療を始めても手応えがない場合、いくつかの見直しのポイントがあります。
まず、SSRIであれば、飲み方や薬の変更です。間欠療法で効果が不十分なら継続的な服用に切り替える、ひとつのSSRIで効果がなければ別のSSRIに変更する、といった調整が段階的に行われます。PMDDでは効果の現れが早いぶん、周期ごとに効果を確かめながら次の一手を考えやすいのが利点です。
もうひとつ大切なのが、「本当にPMDDなのか」を見直すことです。うつ病や不安症、双極症など、多くの精神疾患は月経前に症状が強まることが知られており、これは「月経前増悪(PME)」と呼ばれます。PMEの場合、月経前だけを狙った治療では不十分で、もとにある病気の治療を整えることが必要になります。両者は症状が重なり合い区別が難しいこともあるため、治療がうまくいかないときこそ、症状の記録を続けながら診断を見直す価値があります。詳しくは月経前増悪(PME)とPMDDの違いの記事で解説しています。
妊娠を希望しているときの薬の考え方
「薬で楽になりたいけれど、妊娠のことを考えると不安」という声は少なくありません。前述のとおり、ピルは排卵を抑えるため妊娠を望む時期には使えず、SSRIも妊娠の可能性をふまえた選び方が必要になります。漢方薬が選択肢として検討されやすいのは、こうした場面です。
一般論として、妊娠希望や授乳中の薬物療法では、胎児への影響を考慮したうえで、治療の有益性が上回ると判断される場合に、必要最小限の薬を慎重に使うことを検討します。当院でも同じ考え方で、妊娠の予定やタイミングをうかがいながら一緒に方針を決めていきますので、妊娠の希望は遠慮なくお伝えください。
SSRIが使いにくいとき、漢方薬という選択肢
SSRIはPMDDの精神症状に対してよく用いられますが、すべての人にそのまま勧められるわけではありません。
たとえば思春期から20代前半の若い方では、SSRIの使用に慎重さが求められる場面があります。また、これから妊娠を希望している方(挙児希望)では、薬の選び方により配慮が必要になります。ホルモン療法であるピルも、妊娠を望む時期には使いにくいことがあります。
こうした「SSRIもピルも使いにくい」という状況で、選択肢として挙がるのが漢方薬です。漢方は、その人の体質や症状の出方(東洋医学でいう「証」)に合わせて選ぶのが特徴で、PMDDのような月経前の不調にも昔から用いられてきました。
代表的なものとして、次のような漢方薬があります。
- 加味逍遥散(かみしょうようさん):イライラ、のぼせ、気分の浮き沈みが目立つ方に用いられることがあります。
- 当帰芍薬散(とうきしゃくやくさん):冷えやむくみ、疲れやすさが気になる方に向くとされます。
- 桂枝茯苓丸(けいしぶくりょうがん):のぼせと冷えが混在するような体質で用いられることがあります。
- 桃核承気湯(とうかくじょうきとう)・抑肝散(よくかんさん):いらだちや興奮しやすさが強いときなどに検討される場合があります。
これらは「誰にでも同じように効く」というものではなく、体質や症状に合わせて選ぶことが前提です。「漢方なら安全だから自由に使ってよい」というわけでもありませんので、どれが合うかは医師に相談して選ぶようにしてください。
婦人科と精神科、どちらに相談すればいい?
PMDDで迷いやすいのが、「婦人科と精神科、どちらに行けばいいのか」という点です。実際、両方の診療科が関わる状態のため、患者さんが受診先で迷ったり、科の間で紹介し合ったりすることもあります。役割の違いを知っておくと、相談の見通しが立てやすくなります。
婦人科(産婦人科)は、女性ホルモンや月経周期そのものを扱う専門です。低用量ピルなどホルモンに働きかける治療や、月経困難症など体の面の評価は婦人科の得意分野です。生理痛や周期の乱れもあわせてつらい、という場合は婦人科が相談しやすいでしょう。
精神科・心療内科は、抑うつ・不安・イライラといった精神症状や、その背景にある心の状態を扱います。精神症状が強い場合や、ほかの精神的な不調との見分けが必要な場合に力を発揮します。たとえば「もともとあった気分の不調が月経前に強くなっているのか、それともPMDDなのか」を見分ける、といった判断は精神科が担いやすい部分です。
実際の診療では、この2つの科が連携することが大切だと考えられています。精神科で診ているうちに「症状が月経周期と連動している」とわかれば婦人科と協力し、逆に婦人科で精神症状が強いとわかれば精神科に相談する——そうしてお互いの強みを生かす形が理想です。「どちらかが正解」ではありませんので、まずは相談しやすいほうの扉を叩いてください。もう一方の科での評価が必要と判断した場合、受診先はご自身でお探しいただくことになりますが、紹介状(診療情報提供書)は必要に応じて作成します。
自己判断で市販薬に頼る前に
PMDDの不調がつらいと、市販のサプリメントや鎮痛薬、気分を落ち着かせるとうたう製品に頼りたくなることもあると思います。一時的に助けになる場面もありますが、市販品だけで対応しようとすることには注意したい点が2つあります。
ひとつは、そもそもPMDDなのかどうかの見極めが必要だということです。月経前の不調に見える症状の中には、もともとあるうつ病や不安症が生理前に強くあらわれているケースなど、見分けが必要なものが含まれます。ここを取り違えると、せっかくのケアが的外れになってしまうことがあります。
もうひとつは、これまで見てきたように、合う薬は人によって違うということです。同じPMDDでも、ある人にはピルが、別の人にはSSRIや漢方が向く、ということが起こります。市販品を漫然と続けるよりも、一度医師に相談して全体像を整理したほうが、結果的に近道になることが少なくありません。
なお、薬による治療と並行して、生活面の工夫が症状をやわらげる助けになることもあります。たとえば、砂糖の多い飲み物やお菓子を控える、カフェインやアルコールを控えめにする、空腹の時間が長く続かないよう少量ずつこまめに食べて血糖値の急な変動を防ぐ、といった食事の工夫です。すべてを一度に変えようとせず、「まずは一つだけ試してみる」ところから始めるのがおすすめです。診断は医師が行いますので、「これは相談していいことなのかな」と迷う段階でも、気軽に受診していただいて大丈夫です。
受診の目安
以下に当てはまる場合は、一度ご相談ください。
- 生理前になると気分の落ち込みやイライラが強く、仕事や家事、人間関係に支障が出ている
- 生理が始まると症状がやわらぐパターンを毎月くり返している
- 市販のサプリや鎮痛薬を試したが、つらさが十分にやわらがない
- ピルやSSRIなど、どの治療が自分に合うのか自分では判断がつかない
- 妊娠を希望していて、薬の選び方に不安がある
- 気分の落ち込みが強く、つらくて消えてしまいたいと感じることがある(この場合は早めの相談をおすすめします)
まとめ
PMDDの薬物療法には、精神症状に働きかけるSSRIと、ホルモンの変動をやわらげる低用量ピル(OC/LEP)という大きく2つの方向があり、状況によっては漢方薬も選択肢になります。SSRIには、症状が出る時期だけ服用する間欠療法という飲み方があり、うつ病のときと違って効果の現れが早いのも特徴です。どれが合うかは、症状の種類や程度、年齢、妊娠の希望などによって一人ひとり異なります。低用量ピルにはPMS・PMDDでは保険が使えないなどの注意点もあり、確認しながら進めることが大切です。
治療を選ぶうえでも、効果を確かめるうえでも、月経日と症状の記録が助けになります。そして、治療の手応えがないときには、月経前増悪(PME)など別の可能性も含めて診断を見直すことが、遠回りに見えて近道になります。
婦人科と精神科はそれぞれ得意分野が異なり、連携することでより適切なサポートにつながります。自己判断で抱え込まず、まず相談していただくことが、自分に合う治療への近道です。つらさは工夫できる余地のある状態です。一緒に整理していきましょう。
当院では、PMDDの診断と治療を行っています。詳しくはPMS/PMDDの症状と治療をご覧ください。
参考にした書籍(要約・再構成。原文の転載ではありません):
- 精神科治療学 第39巻3号 特集「実地臨床における月経前不快気分障害(PMDD)」
- 今日の精神科治療ハンドブック(精神科治療学 増刊号, 2021)
- 精神科薬物療法マニュアル
よくある質問
PMDDに低用量ピルは効きますか?
低用量ピル(OC/LEP)はPMDDの選択肢の一つとして用いられることがあります。とくに身体症状が中心の方や精神症状が軽めの方で検討されますが、向き不向きは体質や持病によって変わります。合う治療かどうかは医師の診察で判断します。
PMDDの薬はSSRIとピルのどちらを選べばよいですか?
決まった正解はなく、症状の種類や程度、年齢、妊娠の希望などをふまえて選びます。精神症状が強い場合はSSRIが、身体症状が中心の場合はピルが選ばれやすい傾向がありますが、最終的な判断は診察を受けた医師が行います。
漢方薬はPMDDに使えますか?
SSRIが使いにくい若い方や妊娠を希望する方などでは、漢方薬が選択肢になることがあります。加味逍遥散や当帰芍薬散などが体質に合わせて用いられます。自己判断ではなく、医師に相談して選ぶことをおすすめします。
低用量ピルはずっと保険で使えますか?
PMS・PMDDそのものに対しては保険が適用されません。月経困難症など目的によっては保険が使える薬もありますが、薬の種類や使う目的によって自費になることがあります。費用については処方を受ける医療機関で確認してください。
婦人科と精神科のどちらを先に受診すべきですか?
どちらが正解ということはありません。身体症状や生理痛が中心なら婦人科、精神症状が強いなら精神科・心療内科が相談しやすいでしょう。診察の結果、もう一方の科での評価が必要と判断した場合は、受診先をご自身でお探しいただくことになりますが、紹介状(診療情報提供書)は必要に応じて作成します。
PMDDのSSRIは毎日飲み続ける必要がありますか?
必ずしも毎日ではありません。PMDDでは、症状が出る月経前の時期だけ服用し、月経が始まったらいったん休む「間欠療法」という飲み方が原則とされています。月経が不規則な方や間欠療法で効果が不十分な方では、続けて飲む方法をとることもあります。飲み方は医師と相談して決めます。
PMDDの薬はどのくらいで効果が出ますか?
PMDDに対するSSRIは、うつ病に使う場合と違って効果の現れが早く、飲み始めた最初の周期から手応えを感じられることが多いとされています。効果が不十分な場合は、次の周期以降に飲み方や薬の種類を見直していきます。