福岡県春日市須玖北4丁目34 2階
休診日: 水曜・木曜・日曜・祝日

連載「症状を知る」第2回(全3回) 第1回から読む →

はじめに

「誰かに監視されている」「近所の人が嫌がらせをしてくる」「食べ物に何か入れられているかもしれない」――。

ご家族がこうした話を真剣な表情で語りはじめたとき、多くの方は戸惑い、「そんなことあるわけない」と打ち消したくなります。けれども、いくら説明しても本人の確信は揺らがず、むしろ「あなたも敵の側なのか」と関係がこじれてしまう。そんな経験をされたご家族は少なくありません。

この記事は、連載「症状を知る」の第2回として、「妄想」という症状の中身と、ご家族ができる接し方――否定も肯定もしない・議論しない・困りごとに寄り添う――を、具体的な言葉の例とともに解説します。第1回の幻聴とあわせてお読みいただくと、体験の全体像がつかみやすくなります。

妄想とは――「間違った考え」ではなく「訂正できない確信」

精神医学で妄想とは、おおまかに言えば、事実とは考えにくい内容を、本人が強く確信していて、周囲がどれだけ説明や証拠を示しても訂正されない状態を指します。

ここで大切なのは、妄想は単なる「勘違い」や「思い込みの激しさ」とは違う、という点です。勘違いなら、証拠を見せられれば「そうだったのか」と考えを改められます。妄想はそうではありません。理屈や証拠が通用しないこと自体が、この症状の性質なのです。

もうひとつ大切なのは、妄想の多くが「自分に関係づけられた」確信だという点です。「誰かが狙っている」のは他の誰でもなく自分であり、テレビのニュースも「自分へのメッセージ」に感じられる。世界のあらゆる出来事が自分に向かってくる――本人はそういう世界を生きています。だからこそ、妄想を抱えている人は、周囲が想像する以上に疲れ、脅かされ、消耗しています。

なお、宗教的な信仰や、その人の育った文化・環境からくる信念は妄想とは区別されます。また、妄想は統合失調症だけの症状ではなく、うつ病や躁状態、認知症、身体の病気や薬・物質の影響でも生じます。妄想があるかどうかだけで病名は決まらず、診断は医師が症状の組み合わせと経過をみて行います

被害妄想・関係妄想――よくみられる妄想の中身

妄想には内容によっていくつかの型があります。ご家族が出会うことが多いものを挙げます。

被害妄想

「嫌がらせをされている」「毒を盛られる」「命を狙われている」など、自分が害を加えられているという確信です。もっともよくみられる型で、本人は常に警戒を強いられるため、外出を避けたり、食事を拒んだり、窓を閉め切ったりといった行動につながることがあります。

関係妄想

周囲の何気ない出来事を、すべて自分に関係づけて受け取るものです。すれ違った人の咳払いは自分への合図、隣家の物音は嫌がらせ、テレビのコメントは自分への当てつけ――。周りから見れば偶然の出来事が、本人には「意味のあるサイン」として迫ってきます。

注察妄想

「見張られている」「監視カメラで撮られている」という、視線や監視の確信です。落ち着ける場所がどこにもなくなり、自宅にいても休まらなくなります。

そのほかの妄想

このほか、配偶者の不貞を確信する嫉妬妄想、「考えが周囲に筒抜けになる」「誰かに操られる」といった体験など、さまざまな形があります。また、はっきりした妄想が固まる前に、「何かが起きそうだ」「世界の様子がいつもと違う」という不気味な気配だけが続く時期(妄想気分と呼ばれます)が先行することもあります。「最近ずっと怯えている」「様子がおかしいが理由を言わない」という段階も、受診相談のサインになりえます。

なぜ説得しても訂正できないのか

ご家族がまず突き当たるのが、「どれだけ説明しても分かってくれない」という壁です。

妄想は、本人の中では「考え」ではなく「現実」です。私たちが「太陽は東から昇る」と説得されても意見を変えないのと同じくらい、本人にとって妄想の内容は自明のことなのです。ですから、証拠を並べて論破しようとする試みは、ほぼ成功しません。

それどころか、議論には副作用があります。熱心に否定してくる相手は、妄想の世界の中では「敵の側の人間」に位置づけられやすいのです。説得すればするほど、「家族も敵と通じている」と妄想が家族を巻き込む形に広がり、いちばん身近な支え手との関係が壊れてしまう――これが、議論を避けるべき最大の理由です。

専門書でも、妄想は説得して訂正させるものではなく、医療者と本人の見解が違うことを認めたまま、苦痛のほうに共感して関係を保つという姿勢(「不同意の同意」と呼ばれます)が重視されています。これはご家族の接し方にもそのまま応用できる考え方です。

家族ができること――「否定も肯定もしない」接し方の具体例

では、実際にどう応じればよいのでしょうか。基本は次の3つです。

1. 内容の真偽ではなく、気持ちに応じる

妄想の「内容」が正しいかどうかの土俵に乗らず、その体験に伴う「感情」を受け止めます。

  • ✕「そんなの気のせいだよ」「誰も見てないって」(否定)
  • ✕「本当だ、隣の人あやしいね」(肯定)
  • ○「そう感じているんだね。それは怖いよね」
  • ○「私にはそうは見えないけど、あなたがそれで眠れないほどつらいのは分かるよ」

ポイントは、事実の判断は保留したまま、つらさだけは本物として扱うことです。妄想の内容が事実でなくても、本人の恐怖や消耗は現実のものだからです。

2. 議論をしない・問い詰めない

「証拠はあるの?」「おかしいと思わないの?」と追及するのは、本人にとっては尋問と同じです。話が妄想の内容に深入りしそうになったら、無理に結論を出そうとせず、「その話はいったん置いて、ご飯にしようか」と生活の話題に戻すのもひとつの方法です。妄想を話題の中心にしない時間を、日常の中に確保することが大切です。

3. 「困りごと」に寄り添う

妄想そのものは動かせなくても、妄想のせいで生じている生活上の困りごとには一緒に取り組めます。

  • 「眠れていないみたいだけど、体がしんどくない?」
  • 「ずっと警戒して疲れたでしょう。少し休めるといいね」
  • 「食欲が落ちてるのが心配だよ」

「監視されているかどうか」では対立しても、「眠れなくてつらい」「疲れている」という点では、本人と家族は同じ側に立てます。この困りごとの共有こそが、受診への橋にもなります。「病気だから病院へ行こう」ではなく、「眠れないのがつづいてつらそうだから、楽になる方法を相談してみない?」という誘い方のほうが、本人に届きやすいのです。

なお、ご本人やご家族の安全が脅かされる差し迫った状況(自分や人を傷つけそうな場合、水分や食事がまったくとれない場合など)では、様子を見ずに救急(119)や主治医に連絡してください。

家族自身が消耗しないために

妄想のあるご本人を支える生活は、ご家族にとっても大きな負担です。四六時中そばで見守ろうとして、ご家族のほうが眠れなくなってしまうこともあります。

すべての訴えに完璧に応じる必要はありません。「否定も肯定もしない」は、いつでも百点満点でできなくてよい、続けられる範囲でやる、くらいに構えてください。接し方の詳しいQ&Aは統合失調症の家族ができることで、病気の全体像は統合失調症とはどんな病気かで解説しています。また、急に体が固まって動かなくなる・反応がなくなるという状態については、連載第3回のカタトニア(緊張病)をご覧ください。

当院での実際

当院では、妄想を含む症状のご相談も、まずはWEB予約(デジスマ)でご予約のうえ、初診前のWEB問診にお答えいただく形をとっています。初診の所要時間の目安は問診を含めて30分程度です。

ご家族のみの相談はお受けしていません。ご本人が受診に同意されたうえでの同席は可能ですので、ご家庭での様子を診察の場で伝えていただくことは、診断や治療の助けになります。ご本人がどうしても受診できない場合は、保健所・精神保健福祉センターなどの公的相談先、または受診を予定している医療機関への問い合わせをご案内しています。

なお、当院の診療対象は18歳以上です。通院を始めた場合の頻度は、2週間に一度が基本です。

まとめ

妄想は「訂正できない確信」であり、本人にとっては現実そのものです。だからこそ、説得や議論は効果がないばかりか、家族を「敵」の位置に追いやってしまいます。

ご家族にできるのは、内容の真偽を争わず(否定も肯定もしない)、議論せず、恐怖や不眠・疲労といった困りごとに寄り添うことです。「つらさを楽にするための相談」という形なら、受診への一歩もつながりやすくなります。ひとりで抱え込まず、医療を頼ってください。


参考にした書籍(要約・再構成。原文の転載ではありません):

  • 精神症候学(濱田秀伯)
  • 症例でわかる精神病理学(松本卓也)
  • 統合失調症のみかた,治療のすすめかた(松崎朝樹)

よくある質問

家族の妄想は、はっきり否定して現実を教えたほうがよいのでしょうか。

おすすめしません。妄想は本人にとって強い確信であり、理屈や証拠で説得しても訂正されにくい性質があります。否定や議論はかえって「この人もグルだ」と関係を悪くしてしまうことがあります。内容の真偽を争うのではなく、「そう感じて怖かったんだね」と、体験に伴うつらさのほうを受け止めることが勧められます。

否定してはいけないなら、話を合わせて肯定すればよいのですか。

肯定もしないほうがよいとされています。「本当に狙われているね」と同意してしまうと、妄想の世界を補強してしまいます。「私にはそうは見えないけれど、あなたがそう感じて眠れないほどつらいのは分かる」のように、事実の判断は保留し、気持ちだけを受け止める言い方が目安になります。

本人が「病気ではない」と言って受診を嫌がります。どうすればよいですか。

妄想は本人には現実そのものなので、「病気だから病院へ」という誘い方は通じにくいものです。眠れない、疲れがとれない、不安で消耗しているといった本人も自覚している困りごとを入り口に、「つらさを楽にするために相談してみない?」と誘うほうが受け入れられやすいとされています。ご本人がどうしても受診できない場合は、お住まいの地域の保健所・精神保健福祉センターなどの公的相談先に相談する方法があります。

妄想があれば統合失調症ということですか。

いいえ。妄想は統合失調症の代表的な症状のひとつですが、うつ病や躁状態、認知症、身体の病気や薬・物質の影響でも生じることがあります。妄想という症状だけで病名は決まらず、症状の組み合わせや経過、身体の状態をあわせて医師が診断します。

家族だけで先に相談に行くことはできますか。

当院ではご家族のみの相談はお受けしていません。ご本人が受診に同意されたうえでの同席は可能です。ご本人が受診できない状況の場合は、保健所・精神保健福祉センターなどの公的相談先、または受診を予定している医療機関に問い合わせる形をおすすめしています。

このテーマの記事を探す

症状や困りごとから探し直す

執筆・監修

精神保健指定医 野口晋宏

春日メンタルクリニック院長。精神科・心療内科の診療経験をもとに、受診前の不安や制度の疑問を整理しやすい情報提供を心がけています。

WEB予約