はじめに
「大丈夫だと言って」「先に手を洗って」。求められるままに応じてきて、気づけば何年も経っている。
「さっきの、大丈夫だったよね?」「大丈夫だよ」。「本当に? ちゃんと見てくれた?」「見たよ、大丈夫」。一日の会話を振り返って、この往復しかなかった日が続く。家のなかのことは本人の不安を中心に決まり、最近は顔を合わせるのもしんどい。応じ続けてきた先で、家族関係そのものが持たなくなってきた——ここから先は、その段階の話です。暴力や、相手からの強い支配のある関係のなかにいるときは、この記事の考え方をそのまま当てはめないでください。その場合は安全が脅かされているときを先に読んでください。
家のルールが、いつのまにか本人中心に回っていく
巻き込み型の強迫症(強迫性障害)のある家庭では、「その椅子には座らないで」「玄関のドアは私が開けるから触らないで」という一つひとつは断るほどでもない譲歩が積み重なって、いつのまにか、触ってよい物、入ってよい部屋、帰宅してから居間に入るまでの手順までが、家庭内の決まりごとになっていることがあります。手順を「間違える」と本人の不安が跳ね上がるので、家族は間違えないように緊張する。自分の家にいるのに、よその家にいるように気を遣う——この感覚が出てきたら、家のルールの主導権が症状の側に移っています。どの譲歩も、その時点では合理的な判断で、家族のやさしさであって間違いではありません。ただ、その積み重ねの先に、誰も望んでいなかった家の形ができあがってしまう。それが巻き込みの怖さです。
会話が「大丈夫?」と「大丈夫だよ」だけになる
冒頭に書いた往復は、夫婦や親子の会話が「量」として減ったという話ではありません。質が入れ替わっているのです。初めのころは、確認を求められても、そのあとに普通の会話がありました。それが進むと、今日あったこと、おかしかったこと、腹が立ったこと、これからのこと——関係を育ててきた種類の会話が締め出されて、その席に確認と保証が座っている。保証を求められて返す「大丈夫だよ」は、言葉の形は会話でも、中身は儀式の一部です。だから何百回交わしても、関係の栄養になりません。それどころか、返すたびに保証の効きは短くなり、次の「大丈夫?」までの間隔が詰まっていきます。そして家族の側には、返事をするたびに「この人と話すことは、もうこれしかないのか」という感覚が静かに積もっていきます。
会話がこの形になっていると気づいたら、それは関係が壊れかけているサインというより、症状に会話を占領されているサインです。この区別はあとで「戻し方」を考えるときに効いてきます。占領されているだけなら、取り戻せるからです。
子どもやきょうだいが、先回りしてルールを守り始めることがある
お父さんが帰ってくる前に、子どもがおもちゃを片づけるようになる。お母さんの嫌がる部屋には入らない。「これ触っていい?」と、いちいち大人の顔を見て確かめる。まだ病気のことを何もわからない年齢の子が、家のルールを先回りして守るようになることがあります。子どもは理屈ではなく空気で学ぶので、「この家では、あの人の不安を波立たせないことが一番大事だ」という優先順位を、誰かに教えられたわけでもないのに、いつのまにか吸い込んでいる場合があります。
これに気づいたときのご家族の動揺は大きいものです。自分が消耗するのは我慢できても、子どもが気を遣って育つのは見過ごせない。ご自身の限界より先に、子どもへの影響のほうが別居や離婚を考え始めるきっかけになる——そういう順番で気持ちが動いても、不思議はありません。
ここで押さえておきたいのは、子どもが家のルールに合わせている状態は、家族の対応しだいで変わりうる、ということです。子どもは大人の振る舞いを映しやすいので、大人が症状との距離を取り直すことは、子どもの緊張をほどく入口になります。子どもへの影響は、家のなかの巻き込みを立て直す理由にもできます。
応じてきた側に溜まっていくもの
長く応じてきたご家族の内側には、いくつかのものが溜まっていきます。
一つは消耗です。要求に応じる時間と労力そのものに加えて、いつ要求が来るかわからない待機の緊張が、じわじわと体力を削ります。眠りが浅くなる、仕事に集中できない、趣味に手が伸びなくなる——本人ではなく家族の側に、こうした変化が出てきます。
一つは怒りです。「なぜ自分ばかりが」「いい加減にしてほしい」。消耗が続くうちに怒りが湧いてくるのは珍しいことではありませんが、相手は病気です。病人に腹を立てる自分を認めたくなくて、怒りを押し込める。押し込めた怒りが、ある日ささいなきっかけで噴き出すこともあります。声を荒らげる、要求を突っぱねる、物に当たる。
そして、怒ってしまった自分への罪悪感です。不安に震えている相手に怒鳴ってしまった。病気とわかっているのに突き放してしまった。この罪悪感がまた次の譲歩につながり、譲歩がまた消耗を生む——応じる側の内側にも、こうした循環ができあがっていくことがあります。
消耗、怒り、罪悪感。ここに「自分は家族としても失格かもしれない」という感覚が重なることがあります。けれど、それはあなたの人格の問題ではありません。病気の相手に怒りが湧くことも、その怒りに罪悪感を持つことも、そこまで支え続けてきたことの裏返しにほかなりません。
別居や離婚が頭をよぎるとき——答えを急がなくていい
ここまでの状態が続けば、別居や離婚が頭をよぎるのは自然なことです。よぎった自分を責める必要はありません。そのうえで、この段階で考える手がかりを挙げておきます。
一つめは、自分が何に疲れているのかを見分けてみることです。いま消耗のもとになっているのは、相手という人でしょうか、それとも症状でしょうか。「症状さえなければ、この人との関係はどうだったか」を思い浮かべたとき、戻りたい関係が浮かぶのか、症状の前から関係が痩せていたのか。答えを出すためではなく、疲れの出どころを確かめるための問いです。
二つめは、治療という変数がまだ残っていないか、です。強迫症には効果の確かめられた治療があります。本人が治療につながっていない、あるいは治療のなかで巻き込みのことが話題になっていないなら、関係の結論を出す前に、まだ動かせるものが残っています。
三つめは、決めなくてよい、ということです——別居か離婚かの二択を、今日迫られているわけではありません。
そして、最後に離れることを選んでも、とどまることを選んでも、ここまで支えてきた事実は変わりません。どちらの判断も、誰かに責められる筋合いのものではありません。
距離の取り方——見捨てることではない
関係の結論を出す前に試せるのが、症状との距離の取り方です。関係を切るのではなく、巻き込みに使われてきた時間と労力を、少しずつ自分の側に引き戻すという意味です。距離を取る理由は、もう一つあります。確認や保証に応じることは、その場の不安をしのがせる代わりに、症状そのものを強めます。応じるほど、次はもっと確かな保証がなければ落ち着かなくなる。距離は、家族が倒れないためだけでなく、この悪循環を止めるためにも取ります。
応じない時間帯を作る。 一日のうち、確認にも保証にも応じない時間を決めます。丸一日応じないのは難しくても、「この時間は自分の時間」と区切ることならできる場合があります。大事なのは、要求ごとに応じるか迷うのではなく、時間で区切ることです。迷う回数そのものが消耗のもとだからです。そしてこの区切りは、家族が黙って始めるものではありません。予告なしに返事だけが消えると、本人の側には、理由の分からない拒絶として残るだけだからです。いつから、どの時間帯に応じないのかを、始める前に本人へ予告しておきます。それでも、向こうは決めた時間にも求めてきます。そのときは、断る言葉ではなく時間で答えます。「9時からは答えないと決めたから、明日話そう」——あなたを拒んでいるのではなく、時計を指しているだけの返事です。
自分の生活を取り戻す。 削ってきたものを一つずつ戻します。友人と会う約束、続けていた趣味、睡眠の時間。本人の不安対応を最優先にする生活が続くうちは、消耗と怒りの循環も止まりにくいままです。家族が自分の生活を持っていることは、本人から何かを奪うことではありません。
物理的に離れる時間を持つ。 日中数時間外に出る、週末に実家に泊まる、寝る部屋を分ける。緊張したまま同じ屋根の下に居続けると、応じる範囲はさらに広がっていく可能性があります。離れる時間を定期的に挟むのは、それを断ち切る意味もあります。試しに期間を決めて離れてみて、初めて見えてくるものもあります。離れてほっとしたのか、案外さびしかったのか——その実感は、先のことを考えるうえで確かな材料になります。
これらは、本人を見捨てることではありません。倒れるまで応じ続けて共倒れになるか、距離を取りながら長く支え続けるか。距離は、支えることをやめるためではなく、支え続けるために取るものです。そして、叱って要求を断ち切ることとも違います。責めながら断てば、本人の不安はかえって膨らみ、治療も進めにくくなります。予告して、時間で区切って、静かに応じない——それだけのことです。
なお、求められている確認や手洗いを、どの順番でどう減らしていくかは、強迫症の『巻き込み』|家族が確認や手洗いを求められて困っているときにまとめています。
距離を取ったあと、関係をどう戻すか
距離を取ること自体は、実は入口にすぎません。この記事で一番お伝えしたいのは、その先——空いた距離のなかで、関係をどう作り直すかです。
まず知っておいてほしいのは、距離を取った直後の関係は、たいていぎくしゃくするということです。本人は「見放された」と感じているかもしれず、家族の側にも気まずさと罪悪感が残っています。この時期のよそよそしさを「距離を取ったのは失敗だった」と読まないでください。長く症状を中心に回ってきた関係が、回り方を変えるときの、通り道の景色です。
そのうえで、戻すのは「巻き込みに応じていたころの関係」ではありません。あれは症状が作った関係の形です。戻す先は、確認と保証に占領される前の——あるいは、これから初めて作る——症状の外にある時間です。
確認でも保証でもない会話を、少しずつ戻す。 といっても、身構えるような話ではありません。夕飯の席で「今日、駅前の店が閉まってた」「へえ」。それで終わっても、それが今日の1回です。「大丈夫?」「大丈夫だよ」の往復しかなかった一日に、確認でも保証でもないやり取りが一つあった——戻すというのは、この低さから始まります。中身は夕飯のことでもニュースのことでも、昔ふたりで行った場所のことでも構いません。ポイントは、短くていいから毎日あることです。「大丈夫?」に答えない時間を作ったぶん、その席に別の会話を座らせていく。会話の質が入れ替わって関係が痩せたのなら、入れ替え直すことで関係は戻り始めます。
怒りの向け先を、人から症状へ変える。 距離を取る前に溜まった怒りは、消えてなくなりはしません。ただ、向け先を変えることはできます。「あなたにうんざりした」ではなく「この症状に、ふたりとも振り回されてきた」。病気に怒るのは、誰も傷つけません。そしてこの向け直しには、関係を作り直す働きがあります。巻き込みの渦中では、要求する側と応じる側、責める側と責められる側という向かい合わせの配置になりがちですが、怒りの向け先が症状に定まると、ふたりの立ち位置は少しずつ横並びに変わっていきます。溜まった罪悪感を手放すうえでも、この向け直しが効きます。
別居している場合も、考え方は同じ。 物理的に離れているなら、連絡の頻度と会う場面を決めて、症状の外にある接点から積み直します。会うたびに確認と保証のやり取りに戻ってしまうなら、まだ接点の設計が症状に寄っています。短くても、症状の話をしない時間が成立するかどうかを目安にしてください。
波は必ず来る。 症状がぶり返せば、会話はまた確認に戻りかけます。積み上げたものが崩れたように見える日もあります。ここで見てほしいのは、戻りかけたことに以前より早く気づけているかどうかです。「あ、また占領されかけている」と家のなかの誰かが気づけること——それ自体が、以前とは違う関係に立っている証拠です。
受診の目安
ここまでを、ご本人のことではなくご自身のこととして読んできた方に、ご家族の側の受診の目安を挙げておきます。
- 本人ではなく自分の側に、眠りの浅さ、気分の落ち込み、集中の続かなさが出てきている
- 怒りの噴出と罪悪感の往復から、自分では抜け出せなくなっている
- 別居や離婚のことを、誰にも話せないまま一人で回し続けている
- 子どもへの影響が気になって、考えがまとまらなくなっている
ご本人のことをご家族だけでご相談いただくことはできませんが、ご自身の不調を診てもらうために受診されることは、それとは別のことです。上に挙げたものは、どれもその「ご自身の不調」にあたります。
当院での実際
ご家族ご自身が患者として受診されることはお受けしています。何があったのかをうまく話せる形にしてから来ていただく必要はなく、WEB問診も簡単な記載で構いません。また、ご本人が受診され、同席に同意されている場合、ご家族が診察に同席することは可能です。
別居や離婚について、結論を決めてから来ていただく必要はありません。決めかねている段階のまま、そのままお話しいただいて構いません。なお、離婚の調停や親権といった法的な手続きのご相談は当院の範囲外で、それぞれの専門の窓口をご自身でお探しいただくことになります。
ご本人の治療についていえば、当院では強迫症の薬物療法をSSRIを中心に行っています。曝露反応妨害法(ERP)は当院では行っておらず、実施している医療機関をお探しいただくことになりますが、紹介状(診療情報提供書)は必要に応じて作成します。
まとめ
壊れかけているように見えるものの正体は、関係そのものではなく、症状に占領されている会話と時間かもしれません。占領なら、取り戻せます。距離は見捨てるためではなく、支え続けるために、そして応じ続けて症状を強める流れを止めるために取るもので、戻す先は元の関係ではなく、「今日、駅前の店が閉まってた」「へえ」で終わる一言が毎日ある時間です。
別居や離婚が頭をよぎるのは、ここまで応じ続けてきたことの自然な帰結です。結論が出ていない段階のまま受診していただけます。
そのほか近いところにあるもの ── 強迫性障害(強迫症)/強迫性障害の薬物療法/曝露反応妨害法(ERP)はどう進むか/安全が脅かされているとき
参考にした書籍
この記事は、次の書籍の記述を下敷きにしています(原文の転載ではありません)。距離の取り方と戻し方の組み立てには、記事の側の整理が入っています。
- 堀越勝・野村俊明『精神療法の基本――支持から認知行動療法まで』(医学書院)
- 飯倉康郎『強迫性障害の治療ガイド』(二瓶社)
- 『児童・青年期の精神疾患治療ハンドブック(精神科治療学 第35巻増刊号)』星和書店
- 精神診療プラチナマニュアル(松崎朝樹/メディカル・サイエンス・インターナショナル)
- 精神科治療における処方ガイドブック(「精神科治療学」編集委員会 編/星和書店)
- こうすればうまくいく! 精神科臨床はじめの一歩(宮内倫也/中外医学社)
よくある質問
家族のほうが疲れ果ててしまいました。本人抜きで相談できますか。
ご本人のことをご家族だけでご相談いただくことはできませんが、支えてきたご自身の眠れなさや気分の落ち込みを診てもらうために受診されることは、それとは別のことです。ご家族自身が患者として受診されることはお受けしています。ご本人が受診され、同席に同意されている場合、ご家族が同席することも可能です。
距離を取るのは、本人を見捨てることになりませんか。
なりません。距離は関係を終わらせるためではなく、支える側が倒れずに支え続けるために取るものです。確認や保証に応じ続けることは、その場の不安をしのがせる代わりに症状そのものを強めるため、距離を取ることはご本人の治療にとっても意味があります。本人に予告したうえで応じない時間帯を作ることや、物理的に離れる時間を持つことは、要求に応じることをやめるだけで、そばにいることをやめるわけではありません。
別居や離婚を決めてから受診したほうがいいのでしょうか。
決めてから来ていただく必要はありません。別居も離婚も頭をよぎるけれど結論は出ていない——その段階のまま、そのままお話しいただいて構いません。なお、離婚の調停や親権などの法的な手続きについてのご相談は当院ではお受けできず、それぞれの専門の窓口をご自身でお探しいただくことになります。
本人との関係に、暴力や強い支配があります。これも巻き込みでしょうか。
暴力のほか、生活費を渡さない経済的な支配、正しさを盾に相手を追い詰める、長い沈黙や過去の蒸し返しで従わせる、病気を理由にした支配——こうした力の上下がある関係には、この記事の考え方をそのまま当てはめないでください。そうした関係のなかで出てきた症状についてのご相談は、当院で承っています。
距離を取ったあと、関係を戻すには何から始めればいいですか。
確認でも保証でもない短い会話を、1日に少しずつ取り戻すところからです。食事や天気の話のような、症状の外にある話題で構いません。元どおりに戻すのではなく、症状に占領されていない時間を新しく作り直していくイメージで、ゆっくり進めてください。