はじめに
「周りには誰もいないのに、話し声が聞こえる」「自分の悪口を言う声が耳に入ってくる」——そんな体験があると、ご本人はとても不安になりますし、打ち明けられたご家族も「どう受け止めればいいのだろう」と戸惑うものです。
まずお伝えしたいのは、こうした体験は決してめずらしいものではなく、精神医学のなかで古くからよく知られてきた症状だということです。そして、声が聞こえること自体が、そのまま特定の病名を意味するわけでもありません。
この記事は、連載「症状を知る」の第1回として、「幻聴」という症状を取り上げます。どんな聞こえ方があるのか、ご本人にはどう体験されているのか、統合失調症以外でも幻聴が起こりうること、そして周囲ができることを、順番に見ていきます。
幻聴とはどんな症状か
幻聴とは、実際には音や声がないのに、聞こえるように体験される症状です。医学的には「幻覚」のひとつにあたります。
似た言葉に「錯覚」があります。錯覚は、実際にある音を聞き間違えることです。たとえば風の音を人の声と聞き間違えるのは錯覚で、これは疲れているときなど誰にでも起こります。一方の幻覚は、対象がないところに知覚が生じる体験で、この2つは区別して考えられています。
幻覚には、声や音が聞こえる幻聴のほかに、見えるはずのないものが見える幻視、においや味、体の感覚に関するものなど、いくつかの種類があります。そのなかで、統合失調症などの精神疾患でよくみられるのは幻聴です。逆に、幻視が目立つ場合は、体の病気や薬の影響、意識の変動などが背景にあることも多く、医師はそうした点も手がかりにしています。
どんなふうに聞こえるのか
ひとくちに幻聴といっても、聞こえ方はさまざまです。よく知られているパターンをいくつか挙げます。
悪口や批評が聞こえる
「だめなやつだ」「また失敗した」など、自分を非難したり、自分の行動をいちいち批評したりする声が聞こえることがあります。四六時中こうした声にさらされると、外出がこわくなったり、人と会うのを避けたくなったりします。
話しかけてくる・命令してくる
声が自分に直接話しかけてきたり、「〜しろ」と指示や命令をしてきたりすることもあります。命令する声に逆らえない感覚が強いときは、危険な行動につながることがあるため、早めの対応が必要です。
声どうしが会話している
複数の声が、自分のことを話題にして会話しているように聞こえることもあります。「自分の噂をされている」という感覚と結びつきやすい聞こえ方です。
はっきりした声とは限らない
「音楽が鳴っている」「ざわざわした物音がする」といった、言葉になっていない聞こえ方もあります。また、はっきり耳から聞こえるというより「頭の中に直接響いてくる」と表現される体験もあります。ご本人自身が、それを「幻聴」だとは思っていないことも少なくありません。
本人にとっては「本当に聞こえている」
ここがいちばん大切なところです。幻聴は、ご本人にとっては実際の音声と変わらないリアルさで体験されています。「気のせいでしょう」「そんな声はないよ」と言われても、現に聞こえているのですから、納得できないのは当然です。
むしろ、否定されるたびに「誰もわかってくれない」という孤立感が深まり、体験をますます口に出せなくなってしまいます。周囲に隠したまま、ひとりで声と向き合い続けるのは、とても消耗することです。
幻聴に悩む方の多くは、「変に思われたくない」「病気だと決めつけられたくない」という気持ちから、診察の場でもなかなか打ち明けられません。ですから、もしご本人が体験を話してくれたなら、それ自体が大きな信頼の表れだと受け止めていただきたいのです。
幻聴は統合失調症だけの症状ではありません
「声が聞こえる=統合失調症」と思われがちですが、これは正確ではありません。幻聴に似た体験は、次のようにさまざまな場面で起こりえます。
- 強い睡眠不足・疲労・ストレス:心身が極度に追い込まれたとき、健康な方でも声や音が聞こえたように感じることがあります。
- 眠りに入る直前・目覚めた直後:寝入りばなや目覚めぎわに、名前を呼ばれた気がする、音が聞こえた気がするという体験は、病的とは限らないよく知られた現象です。
- アルコールの影響:飲酒に関連して幻聴が生じることがあります。
- 体の病気や薬の影響:身体疾患や服用中の薬が原因で、幻覚が生じる場合があります。急に始まった場合や、幻視・意識のもうろうを伴う場合は、体の側の評価が優先されます。
- 強いつらさに伴う一時的な体験:解離と呼ばれる状態や、気分の落ち込みが非常に強いときにも、声が聞こえる体験が生じることがあります。
つまり、声が聞こえたからといって、直ちに重い病気だと決まるわけではありません。逆に、「一時的なものだろう」と放置してよいとも限りません。大切なのは、症状ひとつで自己診断せず、体験の内容・始まった時期・続き方・生活への影響を、医師と一緒に確認することです。診断は医師が行います。
統合失調症について詳しくは、統合失調症とはどんな病気か——症状・経過・治療の基礎知識をあわせてご覧ください。
周囲ができること——否定も肯定もしない
ご家族や身近な方が「声が聞こえる」と打ち明けられたとき、どう応じればよいでしょうか。基本の姿勢は「否定も肯定もしない」ことです。
体験の真偽を議論しない
「そんな声はない」と説得しようとすると、ご本人は追い詰められ、心を閉ざしてしまいます。かといって「本当だね、誰かが言っているね」と話を合わせる必要もありません。
おすすめしたいのは、体験そのものではなく、つらさに焦点を当てる言い方です。
- 「私には聞こえないけれど、あなたにはそう聞こえているんだね」
- 「そんな声がずっと聞こえていたら、つらいよね」
- 「眠れているかな。困っていることはある?」
聞こえているかどうかで対立するのではなく、「あなたがつらいこと」は疑わずに受け止める。この姿勢は、専門家の間でも治療関係の土台として重視されている考え方です。
生活の困りごとに目を向ける
声のせいで眠れない、外出できない、食事がとれない——こうした生活面の困りごとは、体験の真偽と関係なく一緒に取り組めるテーマです。「声を消す」ことをめぐって争うより、「眠れるようになる」「安心して過ごせる時間を増やす」ことを共通の目標にするほうが、受診への相談もしやすくなります。
危険が迫っているときはためらわない
命令する声に従って自分や他人を傷つけそうなとき、水分や食事がとれないほど衰弱しているときは、様子を見ずに、すみやかにかかりつけの主治医に連絡するか、救急(119)を利用してください。
ご家族の関わり方全般については、統合失調症の家族ができること——治療を支えるQ&Aで詳しく解説しています。また、幻聴とあわせて現れやすい「妄想」への接し方は、連載第2回の妄想とは?——家族が否定も肯定もしない接し方をご覧ください。急に体が固まって動かなくなる・呼びかけに反応がなくなるという状態については、連載第3回のカタトニア(緊張病)を家族が知るで解説しています。
診察では何を聞かれるのか
「幻聴のことを話したら、すぐ重い診断をつけられるのではないか」と心配される方がいますが、そうではありません。診察で医師が確認したいのは、「聞こえるか・聞こえないか」の一点ではなく、体験の全体像です。たとえば次のようなことです。
- いつごろから、どんな場面で聞こえるか
- どんな内容か(悪口、命令、会話など)
- 耳から聞こえる感じか、頭の中に響く感じか
- 眠れているか、眠りに入るときや目覚めのときに多くないか
- 飲酒や服用中の薬、体の病気との関係
- 生活にどのくらい影響が出ているか
これらを総合して、はじめて背景にある状態を検討できます。うまく言葉にできなくてもかまいませんし、話したくないことを無理に話す必要もありません。「変なことを言うと思われそうで」とためらう方はとても多いのですが、こうした体験の相談は精神科の診察ではごく日常的なことです。安心してお話しください。
当院での実際
当院では、予約はWEB(デジスマ)でお取りいただき、初診の前にWEB問診にお答えいただいています。声が聞こえる体験について文章で書きにくい場合は、「気になる体験がある」程度の記載でも差し支えありません。詳しくは診察のなかでうかがいます。
初診の所要時間は問診を含めて30分程度が目安です。体の病気や薬の影響を考えるうえで大切な情報になるため、服用中の市販薬やサプリメントも確認しています。通院を続ける場合の頻度は、2週間に一度が基本です。
ご家族のみの相談はお受けしていません。ご本人が受診に同意されたうえでの同席は可能です。ご本人が受診できない場合は、お住まいの地域の公的相談先、または受診を予定している医療機関へお問い合わせください。なお、当院の診療対象は18歳以上です。
まとめ
幻聴は、実際には声や音がないのに聞こえるように体験される症状で、ご本人にとっては現実と変わらないリアルさがあります。聞こえ方は悪口・命令・会話などさまざまで、統合失調症だけでなく、睡眠不足や強いストレス、寝入りばな、アルコール、体の病気や薬の影響でも似た体験は起こりえます。
周囲の方は、体験の真偽を議論せず、「つらさ」と「生活の困りごと」に寄り添ってください。声の体験が続く、内容がはっきりしてくる、生活に影響が出ている——そんなときは、ご本人が受診される形でのご相談になります(ご本人が受診され、同席に同意されている場合には、ご家族が同席していただけます)。ご本人が受診できない場合は、お住まいの地域の公的相談先か、受診を予定している医療機関にお問い合わせください。危険が迫っているときは、ためらわず主治医への連絡または救急(119)を利用してください。
参考にした書籍(要約・再構成。原文の転載ではありません):
- 精神症候学[第2版](濱田秀伯)
- 統合失調症のみかた,治療のすすめかた(松崎朝樹)
- 対話で学ぶ精神症状の診かた(宮内倫也・樫尾明彦)
よくある質問
声が聞こえたら、統合失調症なのでしょうか。
いいえ。幻聴は統合失調症だけの症状ではありません。強い睡眠不足やストレス、眠りに入る直前・目覚めた直後、アルコールの影響、身体の病気や薬の影響などでも似た体験は起こりえます。診断は症状ひとつで決まるものではなく、経過や生活への影響もあわせて医師が総合的に判断します。
本人は「声は本当に聞こえている」と言います。嘘をついているのでしょうか。
嘘ではありません。幻聴はご本人にとって、実際の音声と同じようにリアルに体験されるものです。「気のせいだ」と否定されると、ご本人は「わかってもらえない」と感じて口を閉ざしてしまいがちです。体験そのものを議論するのではなく、つらさや困りごとに耳を傾けることが助けになります。
家族としては、声の内容に合わせて話を合わせたほうがよいのでしょうか。
話を合わせて肯定する必要はありません。かといって正面から否定して説得する必要もありません。「あなたにはそう聞こえているのですね。それはつらいですね」と、体験の真偽ではなく本人のつらさを受け止める姿勢が勧められています。対応に迷うときは、診察の場でご相談ください。
疲れているときに一度だけ声が聞こえた気がしました。すぐ受診すべきですか。
強い睡眠不足や疲労、寝入りばな・目覚めぎわには、健康な方でも声や音が聞こえたように感じることがあります。一度きりで、その後の生活に支障がなければ、まず休息を整えて様子をみてもよい場合が多いと考えられます。繰り返す、内容がはっきりしてくる、不安や生活への影響が続く場合は、一度ご相談ください。
本人が受診を嫌がる場合、家族だけで相談できますか。
当院ではご家族のみの相談はお受けしていません。ご本人が受診に同意されたうえでの同席は可能です。ご本人が受診できない場合は、お住まいの地域の公的相談先や、受診を予定している医療機関に問い合わせてみてください。