この記事は、睡眠薬・抗不安薬を減らしていく場面を扱います。前半(第1章)は患者さんやご家族に読んでいただける言葉で書いていますが、後半は医療者向けに、用量・エビデンス・保険適応外の使い方にまで踏み込みます。お薬そのものの説明をお探しの方は、デエビゴ、ベルソムラ、ルネスタ、マイスリー、ロゼレム、レンドルミン、サイレース、デパス、ワイパックス、ソラナックス、セディール、メイラックス、リーゼの各ページをご覧ください。
減らし方は、薬の種類、飲んできた期間、いま治療している状態によって大きく変わります。ここに書かれていることが、そのままご自身に当てはまるとはかぎりません。服用中の方は、この記事を読んで自己判断でお薬を減らしたり中止したりせず、必ず主治医にご相談ください。 自己判断での中断は、これから説明する反跳性不眠や離脱症状をいちばん起こしやすい進め方です。減らすこと自体を患者さん向けにまとめたページとしては、睡眠薬をやめたい――急にやめないと抗不安薬と依存があります。薬の選び分けそのものは、連載の睡眠薬の選び分けと抗不安薬の実際で扱いました。
「やめられなくなるのでは」という不安に、事実として何が言えるか
「やめられない」には二つの意味がある
薬をやめられない状態として多くの方が思い浮かべるのは、だんだん量が増えていって、薬のことばかり考えるようになる姿でしょう。ところが睡眠薬・抗不安薬で実際に問題になりやすいのは、そちらではありません。
成書がこの薬の依存の特徴として挙げているのは、「もっと飲みたい」という強い欲求は乏しいのに、減らそうとすると眠れなさや不安が出てきて、それが理由で減らせなくなるという形です。量を勝手に増やしているわけでも、生活が乱れているわけでもない。決められたとおりにきちんと飲んできた方にこそ起こりうる、と書かれています。ですから、減らせないことをご自身の意志の弱さとして受け取る必要はありません。
もうひとつ、知っておくと納得しやすい性質があります。飲んですぐ効いた実感がある薬、そして切れ味のはっきりした薬ほど、繰り返し飲みたくなり、結果として長く続きやすい。「よく効く薬」と「手放しにくい薬」は、しばしば同じ薬なのだ、と複数の成書が指摘しています。効いている実感があること自体は悪いことではありませんが、それが手放しにくさの正体でもある、という理解は、減らす作業に取りかかるときに役に立ちます。
減らしたあとの不調が、そのまま病気の再発とは限らない
減らしたあとに調子が崩れたとき、多くの方は「やっぱりこの薬がないとだめなのだ」と受け取ります。ここが、いちばん大きな分かれ道です。
減薬のあとに出やすいものとして成書が挙げているのは、眠れなさ、不安、気分の晴れなさ、いらいら、手のふるえ、汗、頭痛、吐き気、感覚の異常などです。お気づきかもしれませんが、この並びは、そもそもこの薬が抑えていた症状とほとんど同じです。だからこそ、それが病気がぶり返したのか、薬を減らしたことへの一時的な反応なのかは、見た目では区別がつきにくいと、はっきり書かれています。
とくに睡眠薬では、よく眠れていた状態から急にやめたときに、飲み始める前よりかえって強い不眠が数日ほど出ることがあります。これを反跳性不眠と呼びます。薬が抜けたことへの一時的な反応であり、多くは数日以内におさまってくるとされています。ただしこれは計画を立てて減らしている場合の話で、急に自分の判断でやめたときには、強く出たり長引いたりすることがあります。いずれにしても「やはり自分には薬が必要だ」という結論に直結しやすい現象です。作用時間の短い薬ほど起こりやすい、とも書かれています。
手がかりになるのは、時間の流れです。減らした直後に出てきた変化と、しばらく間をおいてから新しく強まってきた変化とでは、意味が違うことがある。具体的な目安は成書によって幅があるので後半で扱いますが、「いつ出たのか」を覚えておいていただくだけで、診察での見立てがかなり変わります。減らした日と、変化に気づいた日を、簡単でよいので書き留めておいてください。
なお、こうした症状の並びを読むと、全部が自分に起こるように感じられるかもしれません。実際には、ほとんど症状が出ないまま減らせる方もいます。一方で、後半で触れるとおり、けいれんやせん妄まで報告されている薬もあります。どちらになるかを前もって見分ける方法はありません。だからこそ、運任せにせず、計画を立てて減らしていきます。
「つらくなるはずだ」という予想そのものが働く
減量のときの不調について、あまり語られていない知見があります。実際には量を減らさなかった比較用のグループでも、「減らした」と思っている参加者の一部に離脱症状に似た訴えが出た、という試験の報告です。つまり、減量にともなう不調には、「これから何か起こるはずだ」という予想そのものがつくり出している部分が混じっていることになります。
大事なのは、ここから「どうせ気のせいだ」という結論を引き出さないことです。原因が心理的なものであっても、つらいことに変わりはありません。「気のせいですね」で片づけられた経験があると、以後は誰にも言えなくなり、かえって症状が長引き広がっていく、と書いている本もあります。減らす作業で保っておきたいのは、細かい不調をその都度言える関係のほうです。
減らすことが、いつでも正しいわけではない
この記事は減らし方の記事ですが、減らさないという判断もあることを先にお伝えしておきます。
たとえば転倒の心配です。睡眠薬・抗不安薬が転びやすさにつながることはよく知られていますが、転倒の原因は薬だけではありません。長年飲んでこられた方については、何が何でもやめることにこだわらず、飲みながら他の転びやすさを減らしていく選択も必要だ、と述べている成書があります。同じ本は、眠れないこと自体も転倒の危険を高めるという報告にも触れています。
治療の目標の置き方についても、書き方が一つではありません。年齢とともに眠りは浅く短くなっていくので、ご本人が望むところまでは届かないことが多い。だから目標は「日中の眠気で困らない程度」に置いて、ある程度の服薬は続ける、という書き方をしている本があります。一方で、この薬は問題を先送りにしているのだと患者さんと共有したうえで、出口を前提に使うべきだという立場の本もあります。同じ薬について、この十年ほどで書かれ方が動いてきた領域です。
どちらか一方が正解なのではありません。今のご自身にとってどちらの考え方が合うのかを、主治医と決めていくところだと思っていただければ十分です。
ここで気をつけたいのは、薬をやめること自体をゴールに置いてしまうと、かえって苦しくなりやすいという点です。この薬さえ中止できれば何もかも変わるはずだ、という期待が大きいほど、減らす途中の小さなつまずきが重く感じられ、思うように進まないときの落胆も大きくなる、と減薬について書かれた本が指摘しています。目標を「ゼロにすること」ではなく、「日中の生活が困らないこと」「したいことができること」に置き直すと、減らす作業には取りかかりやすくなります。減らせた量ではなく、暮らしがどう変わったかで進み具合を見る、という考え方です。
うまくいかなかったのは、失敗ではない
減らそうとして戻した、という経験を「失敗した」と受け取る方がとても多いのですが、成書に書かれている手順はそうなっていません。
減らして調子が崩れたら、いったん前の量に戻す。そして、そこからもっと細かい段階に作り直して、またゆっくり降りていく。これが標準的な進め方として書かれています。つまり戻すことは、あらかじめ手順に組み込まれているわけです。うまくいかなかったのは、その方に合う刻み幅がまだ大きすぎたという情報が得られた、ということにすぎません。
診察で「減らそうと思ったのに、だめでした」と話される方は多いのですが、成書が医療者に勧めているのは、うまくいかなかった結果ではなく、取り組んでみようと考えたこと自体を受け止めて返す応じ方です。減らす作業でいちばん失いたくないのは、取り組もうという気持ちのほうだからです。うまくいかなかったことも、そのまま診察でお話しください。
減らすことは、薬の引き算だけの作業ではない
減薬というと、薬の量を削っていく作業だと思われがちですが、成書に描かれている姿はもう少し広いものです。薬が担っていた部分を、別のやり方で置き換えていく作業として組み立てられています。
たとえば、眠る時刻や起きる時刻、床にいる時間の長さ。眠れないからと早く床につく時間を延ばしていくと、かえって眠りが分断されて浅くなる、と繰り返し説明されています。年齢が上がるほど眠れる時間は短くなっていくので、若い頃と同じ長さを目指すこと自体が眠れなさを作っていることがあります(高齢者の早朝覚醒)。日中の過ごし方も同じで、昼間に横になる時間が長いと、夜の眠りはその分だけ削られていきます。薬を動かす前に、この生活の側を組み替えたことで、薬を増やさずに眠りが深くなった例が書籍に紹介されています。こうした組み替えを体系的に行う方法が、不眠症の認知行動療法(CBT-I)です(CBT-I(不眠症の認知行動療法))。減薬とCBT-Iは、どちらも「はじめの数週間はかえってつらくなることがある」と先に知らされているかどうかで結果が変わる、という点でよく似ています。
もうひとつ、動機づけとして意外に強いのが、日中のだるさの正体です。朝の目覚めがすっきりしないとき、多くの方は「眠りが足りていないせいだ」と考えます。ところが実際には眠れているのに、薬の効果が午前中まで残っていてだるい、という場合があると指摘されています。この取り違えが続くと「もっと眠れば元気になるはず」と考えて薬を増やしたくなり、日中の調子はさらに落ちていきます。もし朝や日中のだるさが気になっているなら、それは主治医に相談してみる理由になるかもしれません。眠気を自覚していなくても集中力や反応の速さは落ちていることがあるため、車の運転についても主治医とご確認ください(精神科の薬と車の運転、薬で日中眠い・だるい)。
なお、寝つきをよくするためにお酒を使うのは、減薬の場面で最も避けたい置き換えです。眠りを浅くし、続けるほど効かなくなって、不眠そのものを悪くしていく仕組みが説明されています(精神科の薬とお酒)。
減らせない背景に、別の原因が隠れていることがある
どうしても減らせないとき、それは減らし方の問題でも、頑張りが足りないからでもなく、別に手当てすべきことが残っているサインのことがあります。
成書がまず挙げるのは、そもそもの病気の治療が十分に届いているかどうかです。うつや不安の側がまだ治りきっていなければ、そこに乗っている薬だけを抜こうとしても難しくなります。
もうひとつは、眠りそのものに別の原因が隠れている場合です。いびきや呼吸の止まりを指摘されたことがある、夜になると脚が落ち着かなくて布団を蹴りたくなる、といった訴えの背後には、睡眠薬では解決しない別の状態があります。後者は、ご自身では「眠れないから脚がむずむずするのだろう」と受け取ってしまい、話が「眠れない」だけに集約されてしまうことがあるため、医療者の側から尋ねる必要があると書かれています。心当たりがあれば、こちらから伝えていただけると助かります。
さらに、いま飲んでいる別の薬や、毎日のコーヒー・たばこ・お酒が眠りを妨げていることもあります。そして少し皮肉な話ですが、すぐ効いてすぐ切れるタイプの睡眠薬そのものが、眠れなさの原因になっていることがある、とも書かれています。この循環に入っている場合、減らすことがそのまま治療になります。
減らす時期と、減らす日の選び方
最後に、実際にやってみると効いてくる小さな工夫をいくつか挙げます。
まず、時期を選ぶこと。復職の直前や、環境が大きく変わる時期、繁忙期のように負荷が上がるタイミングは避けます。減らす作業そのものより、その時期に重なった負荷のほうが結果を決めてしまうからです。
次に、曜日を選ぶこと。薬を動かすなら翌日に予定のない日がいちばん無難だ、と複数の成書が書いています。眠りすぎて遅刻した、行ったけれどぼんやりして何もできなかった、という経験は、薬そのものへの抵抗感を強くしてしまいます。これは新しい薬を試すときにも、減らすときにも同じように当てはまります。
そして、量より先に「飲む時刻」が診察の話題になりうること。眠れないときにだけ飲むよう言われて、夜中になってから飲む形になっていたために、いつまでも生活が後ろにずれたままだった、という例が挙げられています。種類や量を動かす前に、飲む時刻の調整で整うことがある、という指摘です。ただし時刻の変更も自己判断では行わず、必ず主治医にご相談ください。 睡眠薬のなかには、添付文書で「就寝直前に飲むこと」「飲んだあとに起きて活動する可能性があるときは飲まないこと」と決められているものがあり、自己判断で早い時刻に飲むと、意識のはっきりしない状態や転倒につながります。
もうひとつ、良い兆候の見分け方も知っておいてください。よくなってくると、飲み忘れる日が自然に増えていくことがあります。ある成書の著者は、飲み忘れが自然に出てくるのは良くなってきているしるしですよ、という形で本人に返している、と書いています。ただしこれは、1日抜けても差し支えのない薬であれば、という条件つきです。自然にそうなった場合の話であって、意図的に飲まない日をつくることを勧める趣旨ではありません。 薬によっては1日抜けるだけで体調が揺れるものがあり、飲み忘れを試すことは減薬の方法にはなりません。ご自身の薬が該当するかどうかは主治医に確認してください。「眠れないときだけ」「不安が強いときだけ」という頓服の形で処方されている方は、使う回数の目安をあらかじめ決めておくところから始まります(頓服薬の上手な使い方)。
なお、減らしている途中で強い不調が出たときは我慢せず、早めに主治医へご連絡ください。意識がはっきりしない、けいれんが起きたといった緊急性の高い状態のときは、迷わず救急(119)を利用してください。
減量の速さをどう設計するか
ここから先は医療者向けの内容です。 用量・エビデンス・保険適応外の使い方に踏み込みます。患者さん・ご家族の方は、ここまでの内容と主治医の説明を優先してください。以下に挙げる用量・期間はいずれも書籍上の記載であり、服薬指示ではありません。また、本記事は一貫して成人を想定した記述です。
なお、以下では睡眠薬と抗不安薬を1本の記事でまとめて扱います。両者は薬効分類としては分かれていても、ベンゾジアゼピン受容体作動薬という点では地続きで、同じ薬剤が日中に使われれば抗不安薬、就寝前に使われれば睡眠薬として扱われる――この前提は連載の抗不安薬の実際に整理しました。減量の設計も、そのかなりの部分を共有します。薬剤名は原則として一般名で記します。当サイトの解説ページは商品名で作っているため、添付文書の記載を引く箇所では商品名でリンクを張り、必要に応じて一般名を併記します。
成書が示す目安と、その根拠の弱さ
ベンゾジアゼピン系を長期服用したあとの中止について、最も広く引かれている目安は「1〜2週ごとに服用量の25%ずつ減らす」というものです。減量によって症状が再燃したら前の用量に戻し、そこからさらにゆっくりしたペースで減らし直す。年余にわたって服用してきた例では、漸減中止そのものに1年ほどかかるつもりでいることが患者にも治療者にも有用だ、と書かれています。前提として、良好な治療関係と適切な情報提供が置かれている点も見落とせません。
この25%という数字は、1回の減量幅であって、毎週25%ずつ最後まで落とす意味ではありません。同じ書籍の図では2〜4週かけて1/4ずつ、という幅を持たせた書き方にもなっています。数値だけを単独で切り出すと、実際の記述より速い設計になってしまいます。
別の系統として、モーズレイ処方ガイドラインを引く形で、ジアゼパム換算量の帯ごとに減量幅を変える方法を紹介する記述もあります。換算50mg/日までは1〜2週ごとに10mg/日ずつ、30mg/日までは5mg/日ずつ、20mg/日までは2mg/日ずつ、中止までは1mg/日ずつ。残りが少なくなるほど1回の減量幅を小さくする設計で、著者はこれを「最後のほうほど慎重に」と要約しています。
ここで注意すべきは、この2つが別の本の別の考え方であって、混ぜて1つの表にできるものではないことです。「1〜2週ごとに25%」は服用量に対する比率、「帯ごとに10→5→2→1mg」はジアゼパム換算の絶対量。しかも等価換算表そのものが、成書によって値の異なることが知られています。今回参照した2冊の換算値は一致していましたが、2冊が揃っていたというだけのことで、そこから一般化はできません。
そして、これらの数値の性格を正直に押さえておく必要があります。いずれも臨床試験で最適化された減量速度ではなく、経験にもとづく目安です。同じ薬の減量について、成書のあいだで速度も刻み方も一致していないという事実そのものが、根拠の強さを示しています。数字を患者に示すときには、これが目安であって、その方に合う速度は実際に減らしてみないと分からない、という但し書きまで含めて共有するのが誠実です。
想定するペースそのものが書籍によって幅がある点も、患者への説明では効いてきます。「1〜2週ごとに25%」という刻みの速さだけを取り出すと、年余の服用例では漸減中止そのものに1年ほどかかるつもりでいる、という同じ書籍の時間感覚が抜け落ちます。速いほうの目安だけを示すと、そこに届かないこと自体が失敗として体験されるので、刻みの幅と、全体にかかる期間の見通しは、必ずセットで共有するほうが安全です(患者さん向けには年単位の見通しとして睡眠薬をやめたい――急にやめないにまとめています)。
1回分を抜くのではなく、1日の中で分散して削る
分3で服用している症例では、どこか1回分をまるごと0にするのではなく、朝・昼・夕を少しずつ削る方法が示されています。書籍の例では、エチゾラム1mgを1日3回(計3mg/日、ジアゼパム換算10mg)の症例に対して、まず昼を0.25mg減らし、問題がなければ2週ほど経ってから朝または夕を0.25mg、次にもう一方を0.25mg、という順で回していきます。粉が使えるなら朝昼夕それぞれを0.1mgずつ削る選択肢も挙げられています。狙いは、1日の中での血中濃度の乱高下を避けることです。
この例を実際の処方に当てはめる際には、規格を確認しておく必要があります。デパス(エチゾラム)には0.25mg錠・0.5mg錠・1mg錠と細粒1%があるため、上記の刻みは製剤上は可能です。ただし添付文書上の用法は、神経症・うつ病で1日3mgを3回に分割、心身症・頸椎症・腰痛症・筋収縮性頭痛で1日1.5mgを3回に分割、睡眠障害で1日1〜3mgを就寝前に1回、高齢者は1日1.5mgまでとされています。加えてエチゾラムは第三種向精神薬で、投薬は1回30日分が限度です。減量スケジュールを組むときには、この投薬期間の上限が受診間隔の設計にそのまま効いてきます。
終盤は「量」から「頻度」へ
量を刻める限界まで来たあとの出口を、頻度でつくるという発想があります。前掲の書籍の漸減図では、2〜4週かけて1/4程度ずつ量を減らしたあと、時間をかけて2日に1回、3日に1回、数日に1回と服用頻度を落としていく段取りが示されています。長時間型の睡眠薬について、減量に加えて「服薬しない日を設ける」ことを試み、その日は床につく時刻を1時間ほど後ろにずらすよう指示する、という方法を書いている成書もあります。後者は睡眠制限法の発想の応用で、頻度を落とす日に眠れないという体験を作らないための手当てになっています。
ただし、ここは薬効群で書き分けが必要です。1日の投与回数まで用法に定められている抗不安薬――デパスの「1日3mgを3回に分けて」、メイラックスの「2mgを1日1〜2回に分割」など――では、隔日投与は承認された用法・用量の範囲外にあたります。 一方、睡眠薬の用法は「1回○mgを就寝(直)前に」という形で、週あたりの服用日数までは規定していません。ただし添付文書は急激な減量・中止による離脱症状として反跳性不眠を挙げており(マイスリー11.1.1、ルネスタ11.1.2)、間欠的な服用が漸減の助けになるか妨げになるかは、後述のとおり成書のあいだでも割れています。加えて隔日投与は、半減期の短い薬剤では血中濃度が乱高下しやすくなります。書籍側は薬剤を限定していないので、この方法を採るなら薬剤の半減期を踏まえて判断することになります。メイラックス(ロフラゼプ酸エチル)のように活性代謝物の半減期が約122時間ある薬剤と、超短時間作用型とでは、同じ「1日おき」の意味がまったく違います。
もうひとつ、混同を避けておきたい区別があります。ここで扱っているのは、服用しない日を処方する側があらかじめ決め、入床時刻の手当てまで含めて配置する漸減の中間段階です。「眠れないときだけ飲んでください」という形で、服用するかどうかの判断を毎晩患者側に委ねる断続的な指示とは別物として扱う必要があります。後者については、反跳性不眠を誘発するので望ましくないと明言する成書があり、これは後述します。
長時間型への置換――利点と限界
理論上の利点
作用時間の長い薬剤は、服用中止後の血中濃度の下降がゆるやかなため、短い薬剤より退薬症候を自覚しにくいとされます。したがって、超短時間作用型で退薬症候の自覚が強い場合には、半減期のより長い薬剤にいったん置き換えたうえで漸減するのが理論上適切だ、という書き方が採られています。「理論上」という留保がついている点は、そのまま伝えるべきところです。置き換えれば必ず楽になる、とは書かれていません。
同じ論理の延長として、短〜中時間型ではまず半量にするなどを試み、持ち越しが問題にならなければ長時間型に置換して漸減する、それでも中断が難しければラメルテオンやスボレキサントに置き換えてみるべきだ、という段取りも示されています。ここで承認内容を確認しておくと、ロゼレム(ラメルテオン)の効能・効果は「不眠症における入眠困難の改善」で、用法は1回8mgを就寝前です。入眠困難以外の不眠像に用いる場合は効能・効果の範囲外にあたります。ベルソムラ(スボレキサント)とデエビゴ(レンボレキサント)の効能・効果は「不眠症」で、こちらは範囲が広く取られています。ただし、この2系統がいずれも患者にとって効果を実感しにくい薬であることは複数の成書が一致して指摘するところで、その内訳は連載の睡眠薬の選び分けに整理しました。置換後の脱落を防ぐには、効き方が今までとどう違うかを先に予告しておく手当てを添えてください。
なお、短時間作用型の性質として押さえておきたいのは、継続内服中であっても血中濃度の変動にともなって日中に不安症状が出ることがある、と書かれている点です。「薬が切れると不安になる」という訴えは、減薬時に限った現象ではありません。ここを知らないと、日中の不安に対してさらに頓用を足すという逆向きの対応になります。
換算表が写し取らないもの
等価換算表を使ってジアゼパムやロフラゼプ酸エチルに置き換え、そこからゆっくり退いていく方法は複数の成書に載っています。半減期が長いため極端な離脱症状は出にくい、というのが理屈です。
ところが、この方法を紹介した著者自身が、一度に全部を置き換えるのは外来では怖い(自分はしたことがない)と明言しています。理由のひとつは、患者側の抵抗です。1日3回だったものが一気に1日1〜2回になることに、強い抵抗を示す人が少なくない。長年続けてきた服薬パターンを手放すこと自体が、不安の対象になります。換算表は用量の等価しか教えてくれず、服薬パターンという行動の側面は写し取らないのです。
そこで示されている現実的な使い道は2つです。ひとつは、少し減らしただけで離脱症状が出てしまう患者に対して、減らそうとする量の分だけをロフラゼプ酸エチルやジアゼパムに置き換える方法。もうひとつは、短時間型の減量の最終盤でやめづらくなったところに使う方法。全面置換ではなく、部分的・限定的な道具として位置づけられています。
ここで病名を確認しておく必要があります。 ロフラゼプ酸エチルもジアゼパムも不眠症の効能・効果を持たないため、不眠症を主たる病名として処方されている症例をこれらに置換すれば、適応外使用にあたります。神経症・心身症としての不安・緊張にともなう睡眠障害を診ているのか、不眠症を診ているのかで、同じ置換の意味が変わります。
メイラックスを使う場合、効能・効果は「神経症における不安・緊張・抑うつ・睡眠障害」および「心身症(胃・十二指腸潰瘍、慢性胃炎、過敏性腸症候群、自律神経失調症)における不安・緊張・抑うつ・睡眠障害」で、用法・用量は2mgを1日1〜2回に分割です。禁忌は、成分またはベンゾジアゼピン系薬剤に対する過敏症の既往、急性閉塞隅角緑内障、重症筋無力症の3項目で、このうち後2者はベンゾジアゼピン系抗不安薬に共通します。長時間型だからといって離脱症状と無縁ではなく、添付文書にも急激な減量・中止による離脱症状(痙攣発作、せん妄、振戦、不眠、不安、幻覚、妄想等)の記載があります。
ベンゾジアゼピン系以外への置き換え
睡眠薬系ベンゾジアゼピンの置換にトラゾドンを用いる方法が、著者自身の手順つきで示されています。ベンゾの最小単位量1錠分とトラゾドン25mg錠を交換し、眠れなければ翌日はベンゾを減らしたままトラゾドンを1錠増やす(計50mg/日)。ベンゾを減らす間隔はやはり1〜2週。半減期の長い薬剤ではこの手が使いにくく、その場合はトラゾドンではなくミルタザピン7.5〜15mg/日を用いる、とされています。
この2剤はいずれも抗うつ薬であり、不眠症の承認適応はありません。 デジレル(トラゾドン)の効能・効果は「うつ病・うつ状態」、用法・用量は1日75〜100mgを初期用量として1日200mgまで。リフレックス(ミルタザピン)の効能・効果も「うつ病・うつ状態」で、用法・用量は初期用量1日15mg、維持量15〜30mg、最大45mgを1日1回就寝前です。上に挙げた25mgや7.5mgという数字は、いずれも承認された用法・用量の範囲外にある著者の臨床例であり、適応外使用にあたることを本人に説明したうえで選ぶ性質の手技です。この2剤が抗うつ薬としてどこで選ばれるかは、連載のSNRI・NaSSA・その他の抗うつ薬はどこで選ばれるかで扱いました。
文献上はガバペンチンやプレガバリン、トピラマートも依存症治療に用いられるものの、薬物依存の既往がある人ではそれ自体が依存の対象になりうるとして、同じ書籍は慎重な書き方をしています。この3剤はいずれも日本では依存症治療の承認適応を持たず、この目的で用いれば適応外使用にあたります。 漢方薬を併用しながらベンゾジアゼピン系をじわじわ減らせた経験、離脱にともなう不安焦燥に漢方を当てる方法も紹介されていますが、個々の処方の効能・効果は電子添文で確認したうえで用いる範囲になります。
離脱症状をどう見立てるか
何が出るか
ベンゾジアゼピン系の離脱症状として頻度が高いものは、不眠、不安、気分不快、焦燥感、ふるえ、発汗、頭痛、嘔気、知覚異常などと挙げられています。渇望感は乏しく、これらの症状のために中止が困難になることがこの薬の依存の特徴だ、と整理されています。中止時だけでなく、減量の段階でも生じます。
頻度の高いものだけを並べると、重篤な側が抜け落ちます。急激な減量・中止による離脱症状として痙攣発作やせん妄が起こりうることは、ベンゾジアゼピン系抗不安薬・睡眠薬の添付文書に重大な副作用として明記されています(デパス、ワイパックス、ソラナックス、メイラックス、サイレース、リーゼ。頻度は「頻度不明」または5%未満と記載されています)。いずれも「投与を中止する場合には、徐々に減量するなど慎重に行うこと」という指示が続いており、漸減という手続きの根拠はまずここにあります。なお、中止そのものが引き金になったせん妄に要るのは抗精神病薬の追加ではない、という区別は連載の睡眠薬の選び分けで扱いました。
本稿では、離脱症状・リバウンド症状・退薬症候・中断症状という語を、引用元の書籍が使っているまま用いています。指しているのは同じ現象群です。
より広い書き方をしている成書もあります。抗精神病薬・抗うつ薬・ベンゾジアゼピン系のいずれでもリバウンド症状は多岐にわたり、どんな症状でも出てくる「何でもあり」である。原疾患の再燃かと思われるものから、頭の中で鈴が鳴るような感じ、インフルエンザにかかったような寒気や関節痛まで多彩だ、と。減量・中止のあとに症状が悪化したように見えたときは、まずリバウンド症状を疑って手を打ってみる――というのが結論です。
時間軸で切る
見分け方として最も使われているのが時間軸です。減量・中止から1〜2週間以内に症状が出るなら離脱/リバウンド症状と考えたほうがよく、1か月以上経ってから新たに症状が強まるようであれば、むしろ原疾患の悪化を考えるほうが妥当だ、という目安が示されています。この目安について、著者は「経験的に」と明示しています。ガイドラインの基準ではありません。
別の成書は、約2週間以内に何らかの症状が出現したら再燃ではなく離脱/中断症状と考えておき、軽度である場合を除いてすぐに量を元に戻して仕切り直すのが賢明だ、としています。切り方はほぼ同じで、対処の指示がより具体的です。
半減期を軸にした、より細かい記述もあります。薬をやめてから離脱症状が現れるまでの時間は、半減期の短い薬剤では12〜24時間以内で、ピークは24〜72時間後とされ、半減期の長い薬剤ではそれぞれ後ろにずれる。離脱リスクの判断には、①薬剤名(半減期)②内服量③内服期間④使用頻度の4点を確認する、という手順が示されています。同じ書籍には、6か月以上内服していれば離脱リスクを考慮するというある大学病院のフローチャートも紹介されていますが、高力価・短半減期の薬剤(トリアゾラム、ブロチゾラム、エチゾラムなど)は特に離脱症状をきたしやすく安易な中止は勧められない、という注記がついています。
どのくらい続くか
リバウンド症状の多くは数日〜数週で改善に向かい、減量分を速やかに元に戻すと落ち着いてくるとされます。ただし同じ著者は、抗精神病薬なら6か月ほど続きうるとみており、ベンゾジアゼピン系でも同じように長引くことがあって、患者本人の申告としては2〜3年に及んだ例もあるらしい、と書いています。この2〜3年という数字は伝聞かつ著者の推論なので、一人歩きさせない扱いが求められます。
そこから導かれる態度は明確です。リバウンド症状は「そもそも出さない」ように石橋を叩く用心深さが必要で、出たらすぐ対処する。この本の立場では、減量の技術の中心は速度の最適化ではなく、症状を出さない用心深さのほうにあります。
反跳性不眠と反跳性不安
毎晩の服用でよく眠れている人が急に睡眠薬をやめると、飲み始める前より強い不眠が出ることがあります。これが反跳性不眠で、軽い離脱作用にあたります。作用時間が短い薬剤ほど起こりやすいとされ、多くは数日のうちにおさまってくる、というのが成書の記述です。
ここには軸の異なる評価が併存している点に注意が必要です。ω1受容体への選択性が高い薬剤(ゾルピデム、ゾピクロン、クアゼパム)については、催眠・鎮静作用に比べて筋弛緩作用が弱く、反跳性不眠も退薬症候も起こしにくいとされる、と書いている成書があります。ただしこれは受容体選択性の軸から述べられた評価で、半減期の軸から述べられた上記の目安とは別のものです。同じ薬剤が「選択性が高いから起こりにくい」とも「半減期が短いから起こりやすい」とも書かれうるわけです。選択性という軸の扱いと、Z薬の評価が刊行年で動いてきた経緯は、連載の睡眠薬の選び分けに整理しました。減量設計の実務では、添付文書が離脱症状として反跳性不眠を明記している事実のほうを基準線に置くのが安全です。
もうひとつ、成書のあいだで意見が割れる論点があります。反跳性不眠を防ぐには少なめの量を毎日服用するほうが大切で、その晩に飲むかどうかを本人に任せる出し方はかえって逆効果だ、と明言している本があるのです。一方で、頓用と定時内服のどちらを原則とするかについては成書の立場が揃っていません。この対立を減量の局面でどう扱うかは、後述します。
抗不安薬側では、急激な中断が反跳性不安や退薬症候を起こして不安定にするため、特に短期作用型を連用している例では慎重な減量計画が必要だ、とされています。離脱や反跳性不安を避けるという観点から、はじめから作用時間の長い薬剤を選ぶという薬剤選択の考え方も同じ本に示されています。
数字は書籍によって幅がある
常用量依存の形成速度と離脱症状の頻度について、成書に挙がる数字は一致していません。毎日飲み続ければ1か月程度でも常用量依存に至ることがあり、8か月では半数近くにも上るとする記述がある一方、6か月を超える服用では患者の3分の1に離脱症状が現れるといわれる、とする記述もあります。引用元の文献が異なるので、単純に並べて比較できるものではありません。
さらに重要なのは、後者の数字を挙げた著者が、同じ節で自身の経験では多くの場合に離脱症状は強く出ない印象があるとも書いていることです。何年も服用していた患者が、もう大丈夫だと思って飲むのをやめていた、と後から打ち明けて驚かされることもある、症状の改善とともに飲み忘れが増えて自然な漸減ができているのかもしれない、と続きます。
この2つが同じ本の同じ節にあること自体に意味があります。片方だけを引くと記事も説明も温度が大きく変わってしまう。減薬の見通しを伝えるときには、「必ずつらくなる」でも「たいしたことはない」でもなく、個人差が非常に大きいという形で共有するのが、書かれている内容に最も忠実です。
予期不安とノセボを、軽く扱わずにどう説明するか
ゾルピデムやゾピクロンを減らしていく臨床試験で、本当に減量する群と、減らさないままのプラセボ群を置いたところ、プラセボ群でも「離脱症状」が20%ほどに出た、という報告があります。プラセボ対照試験を対象にノセボ効果を調べたレビューでは、プラセボ群のおよそ半数に何らかのノセボ効果が生じ、副作用を理由に試験から脱落した人が5%いた、と報告されています。
この知見の扱いには、原著が最も警戒している誤読があります。「どうせノセボだから軽く考えてよい」という読み方です。著者は明確にそれを否定し、自分はノセボ効果だと軽く扱っているのではないと強調したうえで、薬剤の開始・増量・減量・中止は治療者にとってはありふれた出来事でも、患者の側ではこの先どうなるのか分からないという不安と切り離せない出来事なのだから、真剣に向き合う必要がある、と書いています。
別の成書は、離脱症状のこじれには、この苦しさを誰にも分かってもらえないという孤立感と、医者のせいでこうなったという怒りが絡んでおり、突っぱねればかえって症状が強まり広がっていくと述べています。同じ本は、この薬さえやめられれば暮らしが一変するはずだ、と思い詰めてしまう患者がいることにも触れ、そうではないのだと焦らず時間をかけて伝えていく必要がある、と書いています。この両面を同時に抱えるのが減薬支援の難しさで、片方だけを扱うと必ずどちらかを損ないます。
説明の設計として現実的なのは、①予測される症状とその時期をあらかじめ伝えておく、②出た症状は薬理学的な離脱か心理的な反応かを問わずまず受け取る、③時間軸と対処を先に決めておく、という順序です。減量前に「何がいつごろ出るか」を共有しておくこと自体が、出た症状を「予定内の出来事」に変え、不安の増幅を抑える働きをします。
うまくいかないときの立て直し
まず原疾患の治療を疑う
減量がうまく進まないときには、減らし方ではなく、原疾患の治療がうまく行われているかを先に検討することが大切だと書かれています。減らせないことを依存の重さや意志の問題に帰属させる前に、下地になっている病態がまだ十分治まっていない可能性を疑う、という順序です。
同じ書籍は別の箇所で、ベンゾジアゼピン系が無効な場合には背景に精神障害やレストレスレッグズ症候群などの基礎疾患が存在することも多いとし、不眠をきたしうる疾患のアセスメントに自信がなければ専門医への紹介を考慮してほしい、と述べています。減らせない状態は、診断の再検討を促すサインとして読むことができます。
戻して、段階を増やす
立て直しの具体的な手順は、抗うつ薬の減量に関する記述として書かれていますが、著者はこの方法がうつ病でも不安症でも強迫症でも同じだと明記しています。20から15に落とした段階で中断症状が出たなら、ただちに20へ戻し、20→17.5→15…というようにステップを刻み直していく。減量の後半は5mgからいきなり0にせず5→2.5→0と小刻みにし、場合によっては間に2.5mgの隔日投与を2週間ほど挟んでもよい。減量後半になるほど慎重にすべきだというのが、薬剤を問わない一般化として置かれています。同じ5mgを引くにしても、20mgから15mgにするのと5mgから0にするのとでは身体への影響が違うから、というのが理由です。
なお、この刻みは国内の製剤規格にない用量を含みます。 エスシタロプラムの販売規格は10mg錠・20mg錠のみで、17.5mgや2.5mgは錠剤の分割を要する添付文書外の用量設定であり、隔日投与も承認された用法ではありません。処方する側が段階を設計するための例であって、服薬中の方が自分で刻みを作る手順ではありません。
この数値自体は抗うつ薬の例なので、睡眠薬・抗不安薬にそのまま移植するものではありません。移植できるのは構造のほうです。戻す、刻みを細かくし直す、必要なら隔日投与を中間段階として挟む、後半ほど慎重にする。抗うつ薬側の減量設計については連載のSSRIの選び分けでも扱っています(患者さん向けの解説は抗うつ薬をやめるとき――中断症候群にあります)。
併存する原因が残っていないか
減量が進まない背景に、睡眠側の別の問題が残っていることがあります。睡眠時無呼吸症候群では筋弛緩作用の強いベンゾジアゼピン系が無呼吸を助長し、むずむず脚症候群は患者の側から自発的に訴えられないことがあるため、減量が止まった時点でもう一度尋ね直す価値があります。処方前に除いたつもりのものが、減量の局面でもう一度アセスメントの対象になるわけです。この2つの見分け方と背景疾患は、連載の睡眠薬の選び分けで詳しく扱いました。
薬剤側の要因も見直します。不眠をきたす薬剤として、降圧薬、ステロイド、テオフィリン、甲状腺薬、オピオイド、向精神薬のリバウンド症状、カフェイン・タバコ・アルコールなどが挙げられています。そしてこのリストには、超短時間型ベンゾジアゼピン系による反跳性不眠も入っています。睡眠薬そのものが不眠の原因になっているという循環は、減薬の最大の動機になりうる論点です。
眠る時刻そのものがずれている場合、ベンゾジアゼピン系睡眠薬は概日リズム睡眠-覚醒障害に効かず、その処方は望ましくないと明言する記述もあります。ラメルテオンを位相前進の目的で用いる方法(用量を下げ、服用時刻を大きく前倒しする)が複数の書籍に載っていますが、これは承認された用法・用量の外であり、しかも服用時刻の目安は書籍間で「眠る7時間ほど前」「就寝3〜4時間前」「夕食後」と揃っていません。この論点は連載の睡眠薬の選び分けで扱いました。
言葉のかけ方
依存の治療では、予測される離脱症状とその期間をあらかじめ伝えておくことに加え、患者のやる気を消さないことが一番大事だと述べられています。「減らそうと思ったんですけど、ダメでした」という言葉に対して、だめだった事実より、減らそうと思えたことのほうを先に置いて返す。あるいは、これは実験であって失敗というものはなく、どういう結果になるかというデータが取れれば次の調整に使える、という枠づけを共有する。
この種の言い換えは技巧のように見えますが、実際に効いてくるのは、減薬が長期戦だからです。1年単位で行きつ戻りつする作業で、途中の一段が「失敗」として記録されていくと、患者側の意欲は先に尽きます。
資材を使う
情報提供のために患者向けの冊子を活用することは有用で、冊子を併せて使うと減薬と中止が進みやすくなることは複数の研究によって裏づけられている、と書かれています。冊子のカギとなる要素として挙げられているのは、①長期使用に関する懸念の説明、②長期使用で生じうる副作用の説明、③薬剤減量についての本人の意向確認、④ゆっくり減量・中止することが離脱症状を減らし成功につながること、⑤担当医と今後も話し合えることの確認、の5つです。
減量は指示ではなく共同作業として設計されている、という点が要点です。ワークブックや資材は渡して終わりにせず、診察でその内容を一緒に確認すること、医療者側も事前に目を通しておくことが勧められています。
CBT-Iを、減量の土台としてどう使うか
CBT-Iの中身――刺激制御法と睡眠制限法を組み合わせた睡眠スケジュール法、睡眠衛生教育の項目、薬物療法との併用を支持する根拠――は、連載の睡眠薬の選び分けで扱いました。患者さん向けの解説はCBT-I(不眠症の認知行動療法)にあります。ここでは、減量の設計に直接効いてくる3点だけを取り出します。
「効き始めにつらくなる」構造が、薬の減量と同型である
睡眠スケジュール法には相応の副作用があります。床にいられる時間を削ることで一時的な睡眠不足が生じるため、疲労感、強い眠気、無気力、頭痛、怒りっぽさが高い割合で起こることが、具体的な数値まで添えて報告されています(数値は連載の睡眠薬の選び分けに挙げました)。対処として書かれているのは、これを必ず事前に説明しておくこと、そして患者が副作用を報告したら「これが出るのは取り組みが正しい証拠です。ここまでとてもよくできています」と励ますことです。別の成書も、とくに睡眠制限法では疲労感や眠気がほぼ必ず出るとしたうえで、そこを事前に強く伝えておかないと失敗しやすくなる、と述べています。
この構造は、薬の減量への説明とそのまま同型です。 何が・いつごろ出るかを先に共有し、出たときには「予定内の出来事」として受け取る。減薬でもCBT-Iでも、成否を分けるのは開始後の技術ではなく開始前の予告のほうだ、という点で成書は揃っています。逆に言えば、両方を同時に始めるなら、つらくなる時期が重なることまで計算に入れておく必要があります。どちらの不調なのか本人にも判別できなくなり、減薬の失敗として記録されかねません。
総臥床時間の是正が、そのまま減薬になる
生活側の修正が薬の量に直結する経路もあります。年齢に見合わない総臥床時間の長さが中途覚醒・早朝覚醒の訴えを作っているとき、そこに睡眠薬を足しても効きようがなく、生活指導だけで多剤の睡眠薬が減っていった症例まで紹介されています(年齢ごとの時間の目安と症例の詳細は連載の睡眠薬の選び分けに、患者さん向けの解説は高齢者の早朝覚醒にあります)。減量の交渉を始める前に、そもそも薬が効きようのない構造になっていないかを確かめる。ここが先に来ます。
寝酒も同じ位置にあります。アセトアルデヒドが覚醒を促す物質であるため睡眠の質を低下させ、中途覚醒を招き、耐性が生じてより難治の不眠をもたらしうる、と機序まで書かれています。減薬中にアルコールへの置き換えが起これば、減薬そのものが破綻します(患者さん向けには精神科の薬とお酒があります)。
日中のだるさが「薬が残っているせい」であるとき
減量の動機づけとして最も強い素材が、持ち越し効果についての記述です。慢性の不眠症では睡眠の長さを過小評価していることが多く、睡眠薬で客観的に不眠が改善しても主観的には効果が感じられないことが多い。さらに、睡眠薬の効果が午前中まで残って眠気や倦怠感がある場合、実際にはよく眠れているのに、眠りが足りないから眠くてだるいのだ、と本人が取り違えることも多い、と指摘されています。
この誤解が続くと、患者は「もっと眠れば元気になるはず」と考えて増量を求め、日中の症状はさらに悪化します。「日中のだるさ」は減薬の障害ではなく、減薬の理由になりうるという読み替えが、ここから引き出せます。持ち越しが自覚のないまま起きていることと、運転についての指導が必要になる点は睡眠薬の選び分けに譲ります(精神科の薬と車の運転、薬で日中眠い・だるい)。
長期服用者と高齢者――減らす意義と、無理に減らさない判断
高齢者で効きすぎが起きる仕組み
「同じ処方量なのに急に効きすぎるようになった」という臨床像には、薬物動態からの説明がつきます。蛋白結合率の高さと、多剤併用によって遊離型が増える経路、CYP3A4を介した相互作用の3つで、この導出をたどったのは連載の抗不安薬の実際のほうです。低栄養状態や肝腎疾患が重なる場面でも、同じことが起こります。
代謝・排泄に時間がかかることで持ち越し効果が出やすく、数日かけてじわじわ蓄積してもうろう状態になることがあり、血中濃度が同じでも若年者より主作用・副作用が強く出やすいことも報告されています。減量を検討する薬理学的な根拠は、この非対称性にあります。
減らすことで得られるもの
高齢者では超長期型・長期型ベンゾジアゼピン系の使用が転倒骨折のリスクとして知られており、どうしても使う場合は中期作用型が好ましいとする記述があります。高力価の短期作用型では、せん妄や健忘など認知機能の低下による混乱が生じることがある、とも書かれています。減量の利益として書籍から言えるのは、こうした有害事象が使用に結びついているという点までです。減らしたあとに認知機能や精神症状が改善したことを示唆する報告(2012年)に触れている成書もありますが、示唆の水準にとどまり、漸減そのものの利益として言い切れる強さではありません。
ただし、作用時間の選び方そのものが成書間で一致していない点は押さえておく必要があります。上記が「長いものを避け、中期作用型へ」という方向を示すのに対し、別の成書は、筋弛緩作用が非常に弱いとされるゾルピデムであっても転倒の独立した危険因子であることが報告されているとして、「短ければ安全」という推論を明確に否定しています。小脳に多いα1サブユニットへの作用から説明できる、という理屈まで添えられています。作用時間を短くする置換は、転倒対策としては決め手になりません。
もうひとつ、書き分けが必要になる論点があります。認知症の発症リスクの話と、長期服用で頭がぼんやりする/減らすとはっきりするという機能面の話は、混ぜてはいけません。 発症リスクの評価は刊行年で明確に動いており、その内訳は連載の抗不安薬の実際に整理しました。減量を考える場面で使えるのは、現時点で「認知症になる」とも「ならない」とも書けないという立ち位置と、目の前の患者のぼんやりした状態が薬剤性かどうかは別に検討できる、という2点です。前者を減量の理由に持ち出すと、根拠より強い説明になります。
「何が何でもやめる」にしない
転びやすさをつくっているのは薬だけではありません。長期に服用してきた患者に対しては「何が何でもやめる」ことにこだわらず、飲み続けながら薬以外の転倒リスクのほうを削っていく道もある、と述べている成書があり、著者はこれが他のベンゾジアゼピン系にも言えると明記しています。同じ本は、睡眠不足それ自体が転倒のリスクだとする報告にも触れています。
減らす時期についても、同じ考え方が働きます。入院予定のある高齢患者の睡眠薬を外来でどう扱うかは、せん妄対策と離脱リスクが正面から衝突する場面ですが、入院という締め切りは減量を速める理由にはなりません。この場面の判断そのものは連載の睡眠薬の選び分けで扱っています。
ゴール設定についても、成書の立場は一つではありません。2013年刊の記述は、年齢が上がるにつれて眠りは質も長さも落ちていくため、高齢の患者では本人の望む水準までは届かないことが多いとして、「日中の眠気で困らない程度」を目標に置き、治療が奏効した後もある程度の量の服薬は続ける、と書きます。2022年刊の書籍は「問題を先送りにする薬剤」であることを患者と共有し、出口を前提に使う立場を取ります。同じ薬について、およそ10年で立場が動いているわけです。
減量を主題にする記事として、この差の扱い方には注意が要ります。新しいほうが正しいと処理して減薬一辺倒の記述だけを持ち込むと、現に長期服用している患者を追い詰めるだけの介入になります。逆に古いほうだけを採れば、漫然投与の追認になります。どちらを採るかを患者ごとに決めること自体が、減量設計の最初の一手だと考えるほうが実態に合います。
妊娠・授乳期――「中止する」側にもリスクがある
妊娠が分かってからの自己中断
妊娠と薬情報センターに寄せられる相談は向精神薬に関するものが多く、そのなかには、妊娠が分かった時点で自分の判断によりすべての薬を一度にやめてしまい、離脱症状や原疾患の悪化を招いた例があるとされています。児へのリスクを恐れるあまり治療をやめてしまい、母体の側の症状が悪くなる例は少なくない。そして母体が悪化すれば、妊娠を続けること自体が難しくなりうる、と書かれています。
薬剤を使用中の女性が妊娠を希望する場合は、妊娠中の使用に関する情報が多い薬剤を使い、症状が安定していることを確認したうえで計画的な妊娠を試みることが推奨されます。多剤併用の安全性データは単剤より乏しく、個々の薬が低リスクだからといって組み合わせも低リスクだとは言えません。そのため、妊娠可能年齢の段階から処方を整理しておくことが勧められています。減薬の記事としてここが重要なのは、減薬のタイミングとして最悪なのが「妊娠が判明した直後の自己判断」だからです。妊娠が分かったときは、自分で中止するのではなく、まず主治医と産科へ相談する、というのが書籍の結論です。
妊娠中のリスクの見積もり
数値を扱う前に、ベースラインを置いておく必要があります。薬を使っていない場合でも、先天異常はもともと2〜3%に起こり、自然流産は約15%あります。この土台を先に置かないと、オッズ比の数字が独り歩きします。書かれている説明の作法は2つで、「大丈夫」とも「危険」とも断定しないこと、そしてもともとある発生率と、薬によって上乗せされる分とを分けて示すことです。
ベンゾジアゼピン系については、1997年以前のシステマティックレビューでコホート研究と症例対照研究の結果が分かれていましたが、その後のイスラエル・コロンビア・スウェーデンの報告やメタアナリシスのアップデートではリスクの明らかな上昇は示されておらず、妊娠中に使ったとしても、先天異常の起こる割合が大きく押し上げられることはないと考えられる、と結論されています。ただし研究対象薬がジアゼパム・オキサゼパム・アルプラゾラム・ロラゼパムに偏っており、薬剤ごとの評価は十分になされていません。アルプラゾラムについては先天異常全体と心奇形のリスク上昇を報告した研究がありますが、他の疫学研究ではリスク増加が見られていない、という不一致も併記されています。片方だけを抜き出さないことが、この項目の扱い方です。
この結論を患者に伝えるときには、国内の添付文書の書きぶりが今もこれと同じではないことを踏まえておく必要があります。たとえばデパスの添付文書は、動物実験での催奇形作用の報告と、妊娠中に他のベンゾジアゼピン系(ジアゼパム)の投与を受けた患者から障害児が出生した例が対照群より有意に多いとする疫学調査報告に触れたうえで、妊婦には治療上の有益性が危険性を上回る場合にのみ投与する、という形を取っています。書きぶりは薬剤ごとに違い、ワイパックスは新生児の口唇裂等の報告、ソラナックスは他のベンゾジアゼピン系での奇形児出産の報告と動物大量投与実験の所見を挙げるなど、根拠として引かれるものが揃っていません。共通しているのは、有益性投与という結論のほうです。疫学の集積と添付文書の記載が同じ速度では動かないためで、「疫学研究では上乗せは大きくないとされるが、添付文書は現在もこの記載である」と両方を示すのが、患者・家族への説明としては誠実です。
いわゆる非ベンゾジアゼピン系(Z薬。参照した書籍はこれをベンゾジアゼピン受容体作動薬と呼んでいます)については、この群をまとめて調べた研究として、妊娠初期曝露1,642例で先天異常40例、対照群と比べてリスク増加は見られなかったとするものが紹介されています。ただし薬剤ごとの情報量は揃っていません。ゾルピデムとゾピクロンにはそれぞれ個別の疫学研究があり、いずれもリスク増加は示されていない一方、エスゾピクロン単独の疫学研究はなく、ゾピクロンの光学異性体であることを根拠に、ゾピクロンのデータを参考にできると考えられる、という扱いになっています。なおZ薬もベンゾジアゼピン系と同じベンゾジアゼピン受容体に作用する薬剤であり、この呼称の違いは薬理学的な区別ではなく、原典の節立て上の呼び方である点は押さえておく必要があります。
「新しい薬だから安心」は成り立たない
ここに、直感を裏切る非対称があります。ラメルテオンはヒトでの妊娠時使用に関する疫学研究が行われていません。生殖発生毒性試験ではラットで高用量投与により胎児の横隔膜ヘルニア、肩甲骨変形などが報告されており、ヒトでは同様の影響は報告されていないものの、妊娠中の使用に関してはヒトでの情報がないため代替薬がない場合以外は推奨されない、と明記されています。ロゼレムの添付文書上も、妊婦には治療上の有益性が危険性を上回ると判断される場合にのみ投与する、という記載です。
つまり、依存性が低いことと妊娠中の情報が多いことは、別のものさしです。「くせになりにくい新しい薬だから妊娠中も安心だろう」という推論は成り立ちません。使われてきた年数の長い薬のほうが情報量で勝る、という逆転がここでは起こります。
分娩に近い時期
出産に近い時期の抗不安薬・睡眠薬の使用により、新生児不適応症候群が報告されています。報告があるのはアルプラゾラム、ブロマゼパム、ジアゼパム、クロルジアゼポキシドなどで、症状としては過敏、過緊張、吸啜低下が多いとされます。まだ報告の出ていない薬剤でも同じ症状が起こりうるとして、十分な注意が必要だと書かれています。
ここでの結論は「だから中止すべき」ではありません。分娩の近くまで向精神薬を続ける場合には、何をどれだけ、いつ最後に飲んだのかを分娩を扱う施設に伝えておき、生まれたあとの児を観察できる体制を先に整えておくことが重要だ、というのが書籍の結論です。減薬の設計としては、分娩前に無理に抜こうとするより、情報共有の設計に手をかけるほうに寄っています。
授乳期
ベンゾジアゼピン系は種類が多い一方、母乳へどれだけ移行するかまで報告のある薬剤は限られます。これまでに示された情報では移行量は少なく、乳児への影響を示す報告は多くない。重大なものや不可逆的な影響は報告されておらず、使用していても授乳可能である場合が多いと考えられる、と書かれています。授乳期の使用にあたっては、短時間作用性のものを選択し、短期間・断続的・低用量・生後1週以降という条件が安全性への配慮として挙げられ、児の嗜眠や哺乳・呼吸の様子を注意深く観察する、とされています。
ただし、この記述と国内の添付文書は一致していません。 ベンゾジアゼピン系および非ベンゾジアゼピン系の多くは、授乳婦の項が「授乳を避けさせること」となっています(母乳中への移行と、児の嗜眠・体重増加不良などの報告が根拠として挙げられています)。デパス、メイラックス、ワイパックス、ソラナックス、リーゼ、サイレース、レンドルミン、ルネスタ、マイスリーはいずれもこの記載です。一方、ロゼレム、ベルソムラ、デエビゴ、セディールは「治療上の有益性及び母乳栄養の有益性を考慮し、授乳の継続又は中止を検討すること」です。上に挙げたのは「疫学の集積からはこう評価されている」という書籍の記述であって、国内添付文書がそのまま授乳を許容しているという意味ではありません。 実際に授乳を続けるかどうかは、この食い違いを含めて主治医と決める領域です。
母体側の減薬が児側に現れる方向の報告もあります。アルプラゾラムを9か月続けたまま授乳していた母親が、3週間かけて薬を止めたところ、乳児の側にいらだち、泣き続けること、睡眠の乱れといった症状が現れ、治療をしないまま2週間で消えた――そういう報告が紹介されています。1例報告のレベルですが、減薬の影響が母子の両方に及びうるという視点は、授乳期の減量設計に入れておく価値があります。
そして、薬の安全性の議論に入る前に問うべきことがある、という指摘があります。授乳期の睡眠薬使用については、まず何のために使うのかをはっきりさせることが重要で、睡眠薬を飲んだうえで夜中に授乳するのであれば、何のために飲んでいるのか分からなくなってしまう、と書かれています。授乳方法を工夫し、無理のない授乳を行うことが望ましい。母乳育児の利点は認めたうえで、薬を飲んでいるというだけで母乳を一律にやめさせる考え方も、母乳育児を押しつけることも、どちらも退けられています。
処方する側の予防――出し始めに出口を決める
減薬の技術を磨くより効くのは、減らす必要のある状況を作らないことです。この点について、複数の成書が別の言葉で同じことを述べています。
目的と止めどきを最初に決める
4冊それぞれの言い方を並べると、次のようになります。処方の目的と止めどきを決めたうえで単剤・少量から始めること。薬をやめるところ、つまり治療の終わりを見据えて、生活の立て直しを治療の初日から並行させること。使うのであれば中止するところまで責任を持つこと。そして、長く睡眠薬を続けてきた患者を診たときに、漫然と継続せず常に漸減・中止の可能性を検討すること。着地点は共通していて、開始時に終わりの形を決めておく、という一点に収束します。
「問題を先送りにする薬剤」であることを患者と共有しておく、という表現も使われています。先送りしている間に何をするかが決まっていないと、後ろに問題が詰まっていく。 出口の設計とは、期日を決めることではなく、先送りしている時間に何を育てるかを決めることだと読めます。
橋渡しとしての設計
出口の時期を数値で示せる、数少ない根拠があります。うつ病の急性期に抗うつ薬とベンゾジアゼピン系を併用すると治療開始からしばらくは治療反応率を高めるがその後は増強効果がはっきりしなくなる、という報告。そしてパニック症について、SSRIの漸増にかける週数とベンゾジアゼピン系の減量にかける週数をあらかじめ示すガイドラインの設計。いずれもいつ・どれくらいの期間で抜くかが、はじめから治療計画に組み込まれている形です。具体的な週数と、成書が示す3通りの外し方の内訳は、連載の抗不安薬の実際に整理しました。
減量を主題にするこちら側で押さえておきたいのは、この形で始まった処方は減らしやすいという一点です。開始時に出口が共有されていれば、減量の提案は方針転換ではなく予定の実行になります。逆に出口を決めずに始まった処方では、減量の提案そのものが「見放された」「もう診てもらえない」という文脈で受け取られやすい。減量の難易度は、減量を始める前の時点でかなりの部分が決まっている、ということになります。
減量の局面で、頓用と定時のどちらに寄せるか
出し始めの設計として頻繁に語られるのが頓用ですが、頓用と定時内服のどちらを原則とするかは成書のあいだで揃わず、「週何回まで」の数字も一致していません。成書4冊の内訳と、同じ本の中でさえ文脈によって基準が変わることは、連載の抗不安薬の実際に整理しました。
ところが減量の局面に限ると、この不一致の見え方が変わります。前述のとおり、睡眠薬については、飲むかどうかの判断を毎晩患者側に委ねる断続的な指示が反跳性不眠を誘発してかえって逆効果であり、少なめの量を毎日服用するほうが望ましい、と明言する成書があります。一方、依存対策の観点からは、ごく低頻度を超える頓用は依存形成を促すので、決まった時刻に飲むほうがかえって安全とすら言える、と書く成書があります。この2つは、まったく違う理由から同じ結論に到達しています。 減量設計で使えるのはこの一致のほうで、「頓用に切り替えれば減ったことになる」という発想には根拠がありません。頓用への切り替えは減量ではなく、服薬パターンの変更です。
共通しているのは、頓用の回数を「決めずに渡す」ことだけは避けられている点です。患者の側は頓用を、好きなときに好きなだけ飲んでよい薬だと受け取りやすく、それが高用量の使用につながる、という指摘があります。なお患者さん向けの頓服薬の上手な使い方は、間隔をあけた頓用と連日長期の服用ではリスクの質が異なる、という前提で書いています。ここで扱っている「定時か頓用か」の論点とは置いている前提が違うので、患者に両方を渡すときは一言添えてください。
薬が「安全行動」にならないようにする
不安症の曝露療法との関係――ベンゾジアゼピン系が曝露の効果を減じうるという検討、薬に支えられて成功した曝露が中止で崩れやすいこと、処方者側の言い方が「これがなければ駄目だ」という受け取り方を作りうること――は、連載の抗不安薬の実際に整理しました。減量の側から見て効いてくるのは、薬を退かせながら曝露のほうを少しずつ強めていく、という順序が最初から組まれていたかどうかです。減らす場面での予期不安の大きさは、渡すときの言葉によってかなりの部分が決まっていることになります。
種類を増やさない
睡眠薬・抗うつ薬・抗不安薬それぞれの中での単剤治療が基本であり、単剤でも望ましくない副作用はあるし、複数を重ねたときの副作用は検証されていない、と産業医の立場から書かれた本があります。同じ本は、睡眠薬として分類されている薬のなかには抗不安薬として使われてきたベンゾジアゼピン系が含まれており、睡眠薬と抗不安薬を併せて出すことは本来重複にあたるのに、しばしば行われている、とも指摘しています。
薬剤間の差より個人差のほうが大きく、複数のベンゾジアゼピン系を組み合わせる意義はほとんどない、という薬理学側からの記述もあります。ベンゾジアゼピン系はGABAが受容体に結合したときの作用を増強する薬であり、一定量以上では効果が頭打ちになる一方、副作用は用量依存的に増える。増やしても効かず、副作用だけが積み上がるという構造から、多剤併用に薬理学的な意味がないことが導かれます。減らす作業に入る前に、そもそも足さない設計にしておくほうが早い、という話になります。
言いにくいことを言える関係をつくる
最後に、減薬支援の安全装置について触れておきます。処方薬依存の治療の難しさとして、①断薬しようとするとけいれんをはじめとする重い離脱症状が出ることがある、②断薬によってもともとの精神疾患の症状が悪くなることがある、③減らそうとする医師より望みどおりに処方してくれる医師を探して別の医療機関へ移り、治療が途切れる、の3点が整理されています。③は非難のトーンで書かれているのではなく、減らそうとする側の関わり方が治療の継続を左右するという指摘として置かれています。
処方どおりに飲むことが難しい場合には、薬の管理を本人だけに任せず、周囲の人が預かって飲み忘れと飲みすぎの両方を防ぐ、という方法も具体的に挙げられています。過量服薬のリスクが想定される場面では、処方間隔を短くして長期処方を避けること、処方元を担当医1か所にすること、頓服の上限回数をあらかじめ決めておくこと、大量服薬時にはすぐ連絡するという取り決めといった枠組みを、治療の開始時点で言葉にして共有しておく方法も書かれています。
そして、過量服薬について書かれた一般向けの書籍は、「致死量未満だから」「何錠以下は安全」という線引きはできない、と明記しています。量の問題ではなく、結果をコントロールできないことがこの行為の危険の中身だからです。アルコールや他の薬物と一緒に使用すると危険はさらに高まり、薬物によって引き起こされた酩酊状態が衝動性を高めてさらに危険な行為につながることもある、というのが同書の指摘です。ベンゾジアゼピン系そのものについては、別の成書が、一定量以上では効果が頭打ちになるという薬理から過量服薬時の安全性は比較的高いと述べています。ただし脱抑制によってブレーキが外れうることは複数の書籍が指摘しており、「単独では安全」という部分だけを切り出して読むべきではありません。
減らせなかった、余計に飲んでしまった、という言いにくいことを言える関係が、結局はいちばんの安全装置になる、というのが一般向けの書籍が繰り返し述べているところです。命に関わる緊急の場合は救急(119)を、それ以外の困りごとは主治医へ、という導線を最初に共有しておくこともあわせて必要になります。
参考にした書籍
この記事は、次の書籍の記述を要約・再構成して作成しました(原文の転載ではありません)。用量・適応・エビデンスは各書の執筆時点の記載に基づいています。添付文書に関する記述は2026年7月時点で確認した内容です。実際の処方にあたっては、最新の添付文書と各学会のガイドラインをご確認ください。
- ジェネラリストのための 向精神薬の使い方(宮内倫也/日本医事新報社)
- こうすればうまくいく! 精神科臨床はじめの一歩(宮内倫也/中外医学社)
- 精神科臨床Q&A for ビギナーズ(宮内倫也/医学書院)
- 対話で学ぶ精神症状の診かた(宮内倫也・樫尾明彦/南山堂)
- 本当にわかる 精神科の薬 はじめの一歩(稲田健 編/羊土社)
- 研修医・コメディカルのための 精神疾患の薬物療法講義(功刀浩 編/金剛出版)
- 精神診療プラチナマニュアル(松崎朝樹/メディカル・サイエンス・インターナショナル)
- 向精神薬と妊娠・授乳(伊藤真也ほか 編/南山堂)
- ストレスチェック面接医のための メンタル産業医入門(櫻澤博文/日本医事新報社)
- せん妄診療実践マニュアル(井上真一郎/羊土社)
- 精神科臨床ニューアプローチ5 パーソナリティ障害・摂食障害(上島国利 監修・市橋秀夫 編/メジカルビュー社)
- 自分を傷つけてしまう人のためのレスキューガイド(松本俊彦 監修/法研)
よくある質問
睡眠薬や抗不安薬は、飲み始めたらやめられなくなるのですか。
「やめられない」には二つの意味があります。もっと飲みたくなって量が増えていく形と、量は変わらないのに減らそうとすると調子が崩れてやめにくい形です。この種の薬で問題になりやすいのは後者のほうで、決められた量をきちんと守ってきた方にも起こります。意志の弱さの話ではなく、体の反応です。そして、時間をかけて段階を踏めば減らしていける方が多いことも、あわせて知っておいていただきたいところです。
減らしている途中で眠れなくなりました。これは失敗でしょうか。
失敗ではありません。専門書には、減らして調子が崩れたらいったん前の量に戻し、そこからもっと細かい段階に作り直す、という手順が書かれています。戻すことは後退ではなく、その方に合う刻み幅が分かったということです。つらさを我慢して押し通すより、早めに主治医へ伝えて立て直すほうが、結果的に早く進みます。
今すぐ減らしたほうがよいのでしょうか。飲み続けるのが不安です。
減らすことが常に正しいとはかぎりません。長く飲んでこられた方については、無理にやめることにこだわらず、飲みながら他の心配ごとを減らしていくという選択も必要だと書いている専門書があります。目標を「ゼロにすること」ではなく「日中の生活に困らないこと」に置く考え方も示されています。不安を抱えたまま自己判断で中断するのがいちばん避けたい進み方ですので、その不安自体を診察でお話しください。