「この薬、飲みはじめたらやめられなくなるんじゃないですか?」――抗不安薬を処方するとき、診察室でとてもよく聞かれる質問です。
デパス(エチゾラム)、ソラナックス(アルプラゾラム)、ワイパックス(ロラゼパム)といった名前の薬は、ベンゾジアゼピン系(およびその類似薬)と呼ばれるグループに属し、不安や緊張を比較的すみやかに和らげる薬として広く使われてきました。一方で、「依存性がある」「やめられなくなる」という情報もインターネット上に多く、処方されたものの怖くて飲めない、袋に入れたまま持ち歩いているだけ、という方も少なくありません。
この不安は、根拠のない心配ではありません。ベンゾジアゼピン系の薬に依存の問題があること自体は事実です。ただ、「どういう使い方をすると問題が起きやすく、どう使えば安全性を保てるのか」を知ると、漠然とした怖さはかなり整理できます。この記事では、常用量依存という概念、安全な使い方の考え方、やめるときの注意点、そして「怖がりすぎて必要な治療を逃す」ことの損についても、福岡県春日市の精神科・心療内科の視点からお伝えします。
ベンゾジアゼピン系抗不安薬とは――「効く薬」だからこそ注意も要る
ベンゾジアゼピン系の抗不安薬は、脳の興奮を鎮める仕組み(GABAという神経伝達物質の働き)を強めることで、不安・緊張・イライラを和らげるとされる薬です。効果が現れるのが比較的早く、「飲むと30分〜1時間ほどで楽になる」と実感しやすいのが特徴です。
この「早く効いて、効いたことが分かりやすい」という性質は、つらい場面を乗り切る助けになる一方で、注意点の裏返しでもあります。効果を実感しやすい薬は、「これがないと不安」という心理的な頼りにつながりやすく、また体のほうも、毎日薬がある状態に少しずつ慣れていきます(耐性と呼ばれます)。
つまり、ベンゾジアゼピン系の薬は「危険な薬」でも「安全な薬」でもなく、使い方によって性格が変わる薬と考えるのが実際に近いところです。短期間・必要な場面に限った使用と、長期間の毎日連用とでは、リスクの大きさがまったく違うとされています。
「常用量依存」とは――量を守っていても起こりうる、体の慣れ
依存と聞くと、量がどんどん増えていく、薬を求めて生活が破綻する、といった激しいイメージを持たれる方が多いと思います。しかし、ベンゾジアゼピン系の薬で臨床上むしろ問題になりやすいのは、常用量依存と呼ばれる状態です。
常用量依存とは、医師の決めた量をきちんと守って飲んでいるにもかかわらず、長期間続けるうちに体が「薬のある状態」に適応してしまい、急にやめると離脱症状が出やすくなる状態を指します。量は増えていないので、ご本人には依存という自覚がほとんどありません。「何年も同じ量を飲んでいるだけ」という方が、ふとした事情で薬を切らしたときに、強い不安、不眠、イライラ、そわそわ感などに襲われて初めて気づく、ということがあります。
ここで大切なのは、次の2点です。
- 常用量依存は、いわゆる「薬物依存症」とは異なる状態で、生活が破綻するようなものではないこと
- 急にやめず、時間をかけて少しずつ減らせば、多くの場合対処できるとされていること
つまり常用量依存は、「なってしまったら終わり」というものではなく、「知らずに長期連用を続けないこと」「やめるときの手順を間違えないこと」で十分に付き合える問題です。怖がって思考停止するのではなく、正しく警戒する、が合言葉になります。
安全に使うための考え方――頓服・短期間・出口を決めて
では、どう使えば安全性を保ちやすいのでしょうか。当院で処方の際にお伝えしている考え方は、おおむね次のようなものです。
頓服(とんぷく)として使う
毎日決まって飲むのではなく、「不安が強い場面」「発作が起きそうなとき」「大事な予定の前」など、必要なときだけ使う方法です。使用が毎日にならなければ、体が薬に慣れていく速度は抑えられると考えられています。頓服使用は、パニック発作への備えとしての「お守り」の役割も果たします。ポケットに薬があると思うだけで安心して外出できる、という方は少なくありません。
期間を区切った「橋渡し」として使う
不安症の治療では、SSRIなどの抗うつ薬が中心的な薬として使われることが多いのですが、これらは効果が安定するまでに数週間かかるとされています。その「効きはじめるまでの期間」を支える橋渡し役として、ベンゾジアゼピン系の薬を短期間併用し、抗うつ薬の効果が出そろったら減らしていく――という使い方は、代表的な安全運用のひとつです。最初から「いつ頃減らすか」という出口を想定しておくことがポイントです。
漫然とした長期連用を避ける
注意したいのは、「なんとなく処方が続き、なんとなく飲み続けて何年も経っていた」というパターンです。症状が落ち着いているのに同じ処方が自動的に続いているようなら、減量を検討するタイミングかもしれません。通院のなかで「この薬、まだ必要でしょうか」と主治医に尋ねることは、まったく失礼なことではありません。むしろ歓迎される質問です。
自己判断で増やさない・重ねない
効きが物足りないと感じたときに、自己判断で量や回数を増やすことは避けてください。効果が不十分ということ自体が、治療の見直し(薬の種類の変更や、背景の再評価)が必要なサインであることが多いためです。飲酒と一緒に使うことも、作用が強まり危険とされていますので避けてください。薬との付き合い方の全般については薬についてのページでも解説しています。
やめるとき・減らすときの注意――「急にやめない」が鉄則
ある程度の期間続けたベンゾジアゼピン系の薬を減らす・やめるときの鉄則は、急にやめないことです。
急な中断では、不安の悪化、不眠、イライラ、集中の定まらない感じ、手の震え、めまい、感覚の過敏さなどの離脱症状が出ることがあるとされています。やっかいなのは、これらの症状がもともとの不安症状の再燃とよく似ていることです。「やめたら悪化した。やっぱり自分には薬が必要なんだ」と感じて再開し、やめられない気持ちが強まる――この誤解の悪循環が、「やめられない」という印象の一因になっています。
減量の実際は、主治医と相談しながら、少しずつ、時間をかけて進めます。減らすペースはその方の使用期間や量、生活状況によって異なり、順調なら段階的に、途中でつらさが出れば一段階戻って落ち着くのを待つ、といった柔軟な進め方をします。仕事の繁忙期や大きなライフイベントの最中を避ける、といった時期の選び方も大切です。
また、減量を支えるもうひとつの柱が、依存性のない治療への置き換えです。不安症の中心的な治療薬とされるSSRIなどの抗うつ薬は、ベンゾジアゼピン系のような依存性はないとされており、これらで土台の不安を治療しながらベンゾジアゼピン系を減らしていく方法がよくとられます。あわせて、不安への対処法を身につける精神療法的な関わりや生活の調整も、薬に頼る度合いを下げる助けになります。
なお、「今日から一切飲まないぞ」と自己流で断薬するのは、最も避けていただきたいパターンです。減らしたい気持ちが固まったときこそ、受診してその気持ちを伝えてください。
「怖いから飲まない」の損――必要な治療を避けることのリスク
ここまで依存の注意点をお伝えしてきましたが、逆方向の注意も同じくらい大切です。それは、怖がりすぎて必要な治療を受けないことにも、はっきりとした損があるということです。
強い不安や発作を我慢し続けていると、「また起きたらどうしよう」という予期不安が膨らみ、電車、会議、外出――と避ける場面が少しずつ広がっていくことがあります。パニック障害や全般性不安障害では、症状そのものより、この回避の広がりが生活を狭めていく面が大きいとされています。行動範囲が狭まり、自信が削られ、うつ状態が重なってから受診されると、回復までの道のりはそのぶん長くなりがちです。
処方された頓服を「怖くて一度も使えていない」方にお伝えしたいのは、指示どおりの頓服使用で依存が問題になることは考えにくい、ということです。むしろ、お守りとして持ち、必要な場面で適切に使えることが、回避の悪循環を断つ助けになります。
薬への不安は、我慢して飲むためのものでも、黙って飲まないためのものでもなく、診察で話し合うためのものです。「依存が怖い」「できれば薬なしで」というお気持ちは、そのまま主治医に伝えてください。使うか使わないか、使うならどんな設計にするかを、一緒に決めていくのが本来の形です。
受診・相談の目安――こんなときはご相談ください
次のような状態に当てはまる場合は、一度相談を検討してください。
- 強い不安や緊張、発作的な症状が続いていて、生活や仕事に支障が出ている
- 抗不安薬を処方されたが、怖くて飲めないまま症状を我慢している
- 同じ抗不安薬を長期間(数か月〜数年)毎日飲み続けており、このままでよいのか不安がある
- 薬を切らしたときに、強い不安・不眠・イライラなどの不調を経験したことがある
- 抗不安薬を減らしたい・やめたいが、自分ではどう進めればよいか分からない
- 効きが弱くなった気がして、量や回数を増やしたくなっている
他院で処方を受けている方は、まず処方している主治医への相談が基本です。自己判断での中断・増量はせず、疑問や不安をそのまま主治医にぶつけてみてください。命に関わる緊急の場合は、ためらわず救急(119)を利用してください。
なお、ご家族が薬の使い方を心配されている場合の受診の進め方については、受診を検討している医療機関に問い合わせてご確認ください。
まとめ――正しく警戒しながら、上手に使う
ベンゾジアゼピン系の抗不安薬は、不安や緊張をすみやかに和らげる頼れる薬である一方、漫然とした長期連用では常用量依存という問題が起こりうることが知られています。だからこそ、頓服や期間を区切った橋渡しとして使う、出口をあらかじめ想定する、やめるときは急にやめず主治医と少しずつ減らす、SSRIなど依存性のない治療に軸足を移していく――といった設計が大切になります。そして、怖がって必要な治療を避けることにも損がある、というバランス感覚も同じくらい重要です。
当院は福岡県春日市の精神科・心療内科として、「この薬は飲み続けて大丈夫?」「そろそろ減らしたい」「依存が怖くて飲めない」といった薬にまつわるご相談をお受けしています。不安なことは不安なまま、診察室にお持ちください。一緒に整理し、納得できる使い方を考えていきましょう。WEB予約からご都合のよい日時をお選びください。
よくある質問
抗不安薬を飲みはじめたら、もうやめられなくなるのでしょうか?
そのようなことはありません。医師の指示どおりの量を、必要な場面や期間に限って使っているかぎり、多くの方は問題なく減量・中止に至っています。注意が必要なのは、毎日長期間飲み続ける使い方が漫然と続いた場合で、決められた量のままでも体が薬に慣れ、急にやめると不調が出る「常用量依存」という状態が知られています。だからこそ、頓服として使う、期間を区切って使うなど、使い方を主治医と相談しながら設計していくことが大切です。
常用量依存とは何ですか?普通の「依存症」とは違うのですか?
常用量依存とは、決められた量を守って飲んでいても、長期間続けるうちに体が薬のある状態に慣れ、急にやめるとイライラ・不眠・不安の悪化などの離脱症状が出やすくなる状態を指します。量がどんどん増えていく、薬を求めて生活が壊れるといった、いわゆる「依存症」のイメージとは異なるものです。急にやめず、主治医と相談しながら時間をかけて少しずつ減らしていけば、多くの場合対処できるとされています。
抗不安薬を自己判断でやめてもいいですか?
長く続けていた薬を自己判断で急に中断するのは避けてください。ベンゾジアゼピン系の薬をある程度の期間続けたあとに急にやめると、不安の悪化、不眠、イライラ、手の震え、めまいなどの離脱症状が出ることがあるとされています。離脱症状はもとの症状の再燃と区別がつきにくく、「やっぱり薬が必要なんだ」と誤解して再開してしまう悪循環も起こりがちです。減らしたい・やめたいと思ったときこそ、その気持ちを主治医に伝え、少しずつ減らす計画を一緒に立てることをおすすめします。
依存が怖いので、薬を使わずに治療したいのですが可能ですか?
ご希望はぜひ診察でお伝えください。不安症の治療は薬だけではなく、生活の調整や考え方の工夫など薬以外の方法もあります。また、薬を使う場合でも、不安症の治療の中心として用いられることが多いSSRIなどの抗うつ薬は、ベンゾジアゼピン系のような依存性はないとされています。一方で、つらい症状を我慢し続けることで生活の支障が長引くのも損な選択です。怖さも含めて率直にご相談いただき、納得できる治療方針を一緒に選んでいきましょう。