この記事は、不眠に対する睡眠薬が実際の診療のなかでどう選ばれているかに踏み込んだ内容です。前半(第1章)は患者さんやご家族に読んでいただける言葉で書いていますが、後半は医療者向けに、用量・エビデンス・保険適応外の使い方にまで踏み込みます。お薬そのものの説明をお探しの方は、デエビゴ、ベルソムラ、ルネスタ、マイスリー、ロゼレム、レンドルミン、サイレースの各ページをご覧ください。
実際にどのお薬を使うかは、その方の状態、体の病気、ほかに飲んでいるお薬によって変わります。ここに書かれていることが、そのままご自身に当てはまるとはかぎりません。服用中の方は、この記事を読んで自己判断でお薬を変えたり中止したりせず、必ず主治医にご相談ください。 長く飲んでいる睡眠薬を急にやめると、飲む前より眠れなくなることが知られています。
この記事で扱うのは、ラメルテオン(ロゼレム)、スボレキサント(ベルソムラ)、レンボレキサント(デエビゴ)、ゾルピデム(マイスリー)、エスゾピクロン(ルネスタ)、ブロチゾラム(レンドルミン)、フルニトラゼパム(サイレース)の7剤です。働き方で分けると、メラトニン受容体作動薬、オレキシン受容体拮抗薬、そしてベンゾジアゼピン受容体に作用する薬――いわゆるZ薬とベンゾジアゼピン系――という3つのグループになります。
「眠れない」に、すぐ薬が出るとはかぎらない
眠れない理由は、眠りの外にあることが多い
「眠れません」という訴えに対して、医師がその場で睡眠薬を出さずに、いくつも質問を重ねることがあります。素っ気なく感じられるかもしれませんが、これには理由があります。
不眠を扱った教科書は、薬を選ぶ前に確かめることをいくつも並べています。何時に布団に入り、何時に床から出ているか。昼寝をしているか、しているならいつ、どれくらいか。いびきや呼吸の止まりを家族から指摘されたことはないか。夜になると足がむずむずして落ち着かないことはないか。今ほかの科から飲んでいる薬はないか。コーヒーやお酒をどう飲んでいるか。
これらは前置きの世間話ではありません。どれか一つが当たっていれば、そこから先の道筋がまるごと変わります。たとえば呼吸が止まっているタイプの不眠には、眠りを深くするつもりの薬がかえって呼吸の乱れを強めることがあります。足の不快感で眠れないのであれば、必要なのは睡眠薬とは別の治療です。眠る時刻そのものがずれているのなら、眠らせる薬を足しても時計は戻りません。
寝酒については、少し補足しておきます。お酒は寝つきを良くするので、眠れないときの助けになるように思われがちです。ところが実際には眠りを浅くし、夜中に目が覚める原因になり、続けるほど同じ量では効かなくなっていきます。眠るためのお酒が、不眠そのものを悪くしていく。そのうえ睡眠薬とお酒は互いの効き目を強め合うため、一緒にとることは勧められません。この点は精神科の薬とお酒に詳しく書いています。
「眠れない」という言葉は同じでも、その中身は同じではない。だから薬より先に、そこを分ける作業が入ります。そして、原因の側に手を入れたほうが早い場合には、薬はそもそも出番になりません。
「眠れない」と「不眠症」の分かれ目は、夜ではなく昼にある
不眠症という診断がつくかどうかは、夜どれだけ眠れなかったかだけでは決まりません。複数の教科書が同じ線を引いていて、日中に困りごとが出ているかどうかを分かれ目にしています。夜に眠れないと感じていても、昼間に眠気も疲れもなく、仕事や生活に支障がないのであれば、それは治療の対象として扱うべきではない、と踏み込んで書いている本もあります。
これは「気にしすぎだ」という意味ではありません。むしろ逆で、眠れた時間の長さではなく、昼間の状態を目安にしましょうという提案です。眠った時間を数えはじめると、数えること自体が眠りを遠ざけます。
もうひとつ、年齢の話があります。必要な睡眠時間は年齢とともに短くなり、途中で目が覚める時間も自然に増えていきます。それでも「若い頃と同じだけ眠りたい」という思いから、必要以上に早く布団に入ってしまう。すると布団の中で眠れない時間が長くなり、「途中で目が覚める」「早く目が覚めてしまう」という訴えが生まれます。この形の不眠に薬を足しても、眠りは深くならず、翌日のだるさだけが増えていきます。高齢の方の眠りの変化については、高齢者の早朝覚醒で別に扱っています。
睡眠薬は一種類ではない
「睡眠薬」とひとまとめに呼ばれていますが、中身は働き方の違う複数のグループに分かれています。
ひとつは、脳の活動全体を静める方向に働くグループです。長く使われてきた薬の多くがここに入ります。眠りに入りやすくなる一方で、筋肉の力が抜けやすくなる、翌朝まで残る、飲んだあとの出来事を覚えていないことがある、といった性質もあわせ持っています。このグループには「ベンゾジアゼピン系」と「いわゆるZ薬(非ベンゾジアゼピン系)」という2つの呼び名の薬が含まれます。名前は分かれていますが、脳の中で働きかける場所は同じです。
もうひとつは、覚醒――つまり「目を覚ましておく」仕組みのほうを静めるグループです。眠らせにいくのではなく、起こしている側のスイッチを静かに降ろす、というイメージに近いものです。
そしてもうひとつが、体内時計に「今が夜だ」と知らせる方向に働くグループです。これは眠らせる薬というより、夜であることを脳に伝える薬に近いものです。
同じ「眠れるようにする」という目的でも、体のどこに、どういう向きで働いているかがまったく違います。したがって、ある薬が合わなかったからといって、次の薬も同じように合わないとはかぎりません。
「強い薬・弱い薬」という一本の物差しでは選べない
診察でよく出るのが「もっと強い薬にしてほしい」という言葉です。気持ちはよく分かるのですが、睡眠薬はそもそも強さの順に一列に並べられる薬ではありません。
同じグループの中でも、効果が早く出て早く切れるもの、じわりと効いて長く残るものがあります。早く切れる薬は「効いた」という手ごたえがはっきりしますが、その手ごたえのはっきりさは、そのまま手放しにくさにもつながります。長く効く薬は途中で目が覚めにくくなる一方で、翌日に残ります。良いところと困るところが、同じ性質の裏表になっているのです。
さらに言えば、飲む「量」より飲む「時刻」のほうが効き方を左右する場面があります。眠れないから早く布団に入り、眠くならないから薬を飲む、という順番になっていると、薬は眠くなる前の体に投げ込まれることになります。眠れないまま夜中に飲めば、翌朝まで薬が残り、昼にだるくなり、その日の夜がまたずれていく。この形になっている方は珍しくありません。薬を変える前に、飲む時刻を少し動かすだけで解決することがあります。ただし多くの睡眠薬は説明書のうえで「就寝の直前に」と時刻が指定されていますので、どう動かすかは自己判断ではなく主治医と相談して決めてください。
そしてもう一点、あまり知られていないことがあります。眠っている時間が延びることと、眠りが深くなることは、必ずしも同じではありません。 薬の種類によっては、眠っている時間は増えても深い眠りのほうはむしろ減ることがある、と教科書に書かれています。「眠れてはいるようだけれど、眠った気がしない」という訴えに薬を足していくと、かえって遠回りになる場合がある。ここも、量を増やす前に立ち止まる理由のひとつです。
効いた実感が出にくいタイプの薬がある
体内時計に働きかけるタイプの薬は、飲んですぐ「効いた」という感じが出にくいことが知られています。これは薬が働いていないという意味ではなく、この薬の効き方がそもそもそういうものだ、というだけのことです。
この点は、あらかじめ知っているかどうかで結果が変わります。体内時計に働きかけるタイプの薬は効果を感じるまでに日数がかかる、と複数の教科書が書いています。そして、実感がすぐには出にくい薬を渡すときには、そのことを先に伝えておくのが大切だ、とも説かれています(この助言はもともと別の種類の薬について書かれた一節ですが、効き方の実感が出にくい薬に共通して使える構えです)。その日のうちに変化が出るとはかぎらないこと、まずしばらく続けてみてほしいこと、続けているうちに眠りが少し健やかになっているはずで、そうなっていなければ次の診察で教えてほしいこと。これを先に言っておくのと、何も言わずに渡すのとでは、同じ薬でも患者さんの受け取り方がまるで変わります。何も言われずに飲んで効かなければ、「やっぱりだめだった」という記憶だけが残ってしまいます。
ですから、「飲んだのによく分からない」と感じたとき、それはただちに失敗を意味しません。むしろその感想は、次の一手を決めるための情報になります。遠慮なく主治医に伝えてください。
増やせば眠れる、という薬ばかりではない
「この量では効かないので、増やしてほしい」というご相談はよくあります。ただ、昔から使われてきたタイプの睡眠薬には、ある量から先は眠りが良くならず、翌日のだるさやふらつきだけが増えていくという性質があることが、薬の仕組みから説明できます。この種の薬は、脳の中でもともと働いている仕組みを後押しするかたちで効くため、後押しできる幅にはじめから上限があるのです。
同じ理屈から、種類を重ねることにもあまり意味がないと考えられています。似た働きの薬を2つ3つと足しても、効き目が足し算になるわけではなく、増えるのは翌日の眠さやふらつきのほうです。薬は少ない種類で組み立てるのが基本、と複数の教科書が書いています。
もうひとつ知っておいていただきたいのは、飲みはじめによく効いたことと、何年も同じように効き続けることは別だという点です。効かなくなったから増やす、を繰り返していくと、薬だけが積み上がっていきます。効かないと感じたときこそ、量を動かす前に、飲む時刻、寝床にいる時間、生活のリズム、そしてほかに原因が隠れていないかを見直すほうが、結果として近道になることがあります。
飲んだあと、翌日にかけて気をつけること
睡眠薬について、飲む前に知っておいていただきたいことが3つあります。
ひとつめは、飲んだらすぐ横になることです。 飲んでから寝るまでのあいだに用事を片づけよう、もう少しテレビを見よう、としているうちに薬が効きはじめると、その間の出来事を覚えていない、ということが起こりえます。かかってきた電話の内容を覚えていない、といった形です。年齢が上がるとこれが目立ちやすくなりますが、若い方に起きないわけではありません。あらかじめ知っておけば、避けやすい出来事です。夜中にお手洗いに立つときは、面倒でも部屋の明かりをつけて、壁を伝って歩いてください。
ふたつめは、お酒と一緒に飲まないことです。 効きすぎたり、記憶が飛びやすくなったりします。
みっつめは、翌日の運転です。 「くせになりにくい薬」「新しい薬」であっても、翌朝以降に眠気や注意力の低下が及ぶことがあるため、車の運転などを避けるよう注意することが、それぞれの薬の説明書に書かれています。ここは薬の種類による差がありません。そして厄介なのは、本人が眠気を感じていなくても、注意力や反応の速さは落ちていることがあるという点です。「眠くないから大丈夫」という感覚は、この場面では当てになりません。詳しくは精神科の薬と車の運転と薬で日中眠い・だるいをご覧ください。
なお、はじめて飲む夜は、翌日に予定のない日を選ぶと安心して試せます。効きすぎて翌日の仕事に行けなかった、行ったけれどぼんやりして使いものにならなかった、という経験は、その薬そのものへの抵抗感につながってしまうからです。
ご高齢の方が入院するとき、伝えておいてほしいこと
これは、ご家族に読んでいただきたい項目です。
年齢を重ねた方が、体の病気や手術で入院すると、夜になって急に落ち着かなくなったり、日にちや場所が分からなくなったり、そこにないものが見えているようなことを言ったりする状態が起こることがあります。「せん妄」と呼ばれる状態です。認知症とは別のもので、体の状態や薬がきっかけになって起こります。
ここで知っておいていただきたいことが3つあります。
第一に、以前そうなったことがあるかどうかが、いちばん大切な情報です。 一度起こった方は、次も起こりやすいと考えられています。ところがこれは、診療情報提供書やカルテに書かれていないことがほとんどです。以前の入院や手術のあとに、夜だけ様子がおかしくなったことはなかったか。ご本人は覚えていないことが多いので、ご家族の記憶が頼りになります。心当たりがあれば、入院前の外来でぜひ伝えてください。
第二に、眠れないまま放っておくことも、合わない薬で眠らせることも、どちらもこの状態につながります。 眠れないことそのものが起こりやすさを高める一方で、昔からよく使われてきたタイプの睡眠薬は、それ自体が引き金になりうることが分かっています。「眠れないなら睡眠薬を足せばよい」とはならない、というのがこの話の難しいところです。だからこそ、入院の予定が分かった時点で、今飲んでいる睡眠薬をどうするかを主治医と相談しておく意味があります。なお、長く飲んでいる薬を入院直前に慌ててやめるのは、かえって危険です。 急にやめること自体が、同じ状態を引き起こしうるからです。
第三に、眼鏡と補聴器を持っていってください。 見えない・聞こえない状態が続くこと自体が、混乱を強めます。ふだん使っているものが手元にあるだけで、起こりにくくなることが知られています。カレンダーや時計も、置くだけでなく一緒に確認するとより意味が出ます。
そして、日中は普通に見えていても、夕方から夜にかけて様子が変わることがあります。面会のときに「なんだかいつもと違う」と感じたら、それは大事な情報です。遠慮なく病棟のスタッフに伝えてください。
薬を使わない方法も、治療のひとつです
眠れないことへの治療は、薬だけではありません。眠りについての考え方や、寝床の使い方そのものを組み替えていく方法があり、不眠症に対する治療の柱のひとつとして位置づけられています。
中身はごく具体的で、寝床の使い方と起きる時刻を組み替えていく作業が中心になります。文字にすると当たり前のことばかりですが、不眠が続いている方の生活は、たいていその逆になっています。
先に知っておいていただきたいことがあります。この方法は、はじめのうちはかえってだるくなり、眠気が強くなり、やる気が出にくくなります。教科書には、その割合の高さまで具体的に書かれています。そして、それは失敗ではなく、正しく取り組めているしるしだとされています。ここを知らずに始めると、「やってみたけどだめだった」で終わってしまいます。
薬が十分に効いていない方に取り組んでいただいても効果を発揮しうる、という報告もあります。薬と対立するものではありません。詳しくは薬に頼らない不眠治療(CBT-I)をご覧ください。
薬は、眠る力を肩代わりするものではない
眠れない夜が続くと、多くの方が同じループに入ります。眠れないから早く布団に入る。早く入っても早くは眠れないので焦る。焦るとますます眠れない。そして「今日は眠れるだろうか」という不安が毎晩の習慣になり、脳が眠る体制に入れなくなる。
睡眠薬は、このループから抜け出すきっかけとして役に立ちます。実際、そこが薬のいちばん大きな役割だと書いている教科書があります。ただし同じ本が、すぐ次にこう続けています。人によっては「薬があるから眠れる」という受け止め方になり、それは「薬がないと眠れない」という状態に、そのままつながっていく、と。
だから薬はあくまで手助けであって、眠る力そのものを肩代わりするものではない――ここを最初に共有しておくことが勧められています。そして薬を始めるときに、どうやってやめるかまで一緒に考えておくのがいちばん安全だ、という点でも、複数の教科書の意見は一致しています。すでに長く飲んでいる方については、睡眠薬をやめたい――急にやめないと、減らし方そのものを扱った減らすとき、やめるときもあわせてご覧ください。
なお、体の具合が急に悪くなった、意識がはっきりしないといった緊急性の高い状態のときは、迷わず救急(119)を利用してください。通院中の方は、まず主治医にご相談ください。
処方前に何を除くか
ここから先は医療者向けの内容です。 用量・エビデンス・保険適応外の使い方に踏み込みます。患者さん・ご家族の方は、ここまでの内容と主治医の説明を優先してください。以下に挙げる用量はいずれも書籍または添付文書上の記載であって、服薬指示ではありません。また、本記事は一貫して成人を想定した記述です。
以下では薬剤名を一般名で記します。個々のお薬の解説ページはお薬についてから辿れます。
不眠症の薬物療法を扱った成書は、そろって「薬を選ぶ前の鑑別」に多くの紙幅を割いています。ある成書は確認事項を5つに整理しています。生活リズムはどうか、昼寝はあるか、実際の睡眠時間はどれくらいか、睡眠時無呼吸はないか、そして本当に睡眠薬が必要か。同書は、そもそも睡眠薬をなるべく使わずに済ませる構えを持つべきだと促します。
この姿勢は添付文書の側にも表れています。ゾルピデムの効能・効果に関連する注意には「本剤の投与は、不眠症の原疾患を確定してから行うこと」とあり、効能・効果そのものが「不眠症(統合失調症及び躁うつ病に伴う不眠症は除く)」と限定されています。原疾患を確定してから、という要求が添付文書に書き込まれている睡眠薬がある、という事実は押さえておく価値があります。
睡眠薬より先に、別の治療が要る病態
次の3つは、睡眠薬を足しても解決しないどころか、選び方によっては悪化させる方向に働きます。
概日リズムのずれ
睡眠相後退型の患者は「不眠」を訴えて睡眠薬を求めてくることが多く、医療者の側も、睡眠薬で適切な時刻に眠らせれば治療できそうに思いがちだと指摘されています。しかしある成書は、ベンゾジアゼピン系およびその類似薬は概日リズム睡眠・覚醒障害には無効であり、その処方は望ましくないと明言します。別の成書も、睡眠相後退が疑われる例で安易にベンゾジアゼピン系を増量することは望ましくないとし、メラトニン受容体作動薬の考慮を挙げています(ただし、この目的での使用は承認された効能・効果の外にあたります。後述する減量と服用時刻の前倒しは、さらに用法・用量の外にもあたります)。
「眠れない」という言葉が同じでも、時計のずれなのか眠りの質なのかで、打つ手が入れ替わります。ここを取り違えると、効かない薬の増量だけが積み上がります。
睡眠時無呼吸症候群
不眠の訴えを聞いたときには必ず疑う、と書いている成書があります。顎が小さい、肥満傾向という所見に加えて、家族に対していびきの有無や、睡眠中に呼吸が止まっている様子はないかを尋ねる意義が強く説かれています。自覚症状としては日中の眠気・集中困難・起床時頭痛・倦怠感・いらいら・胸焼けが挙がり、ルーチン検査では高血圧・多血・高血糖が引っかかりやすいとされます。肥満でなくても小顎傾向ならリスクになる点、若い患者では注意散漫といらいらから発達障害と誤って捉えられやすい点にも注意が向けられます。
見逃したときの代償が大きいのがこの疾患です。ベンゾジアゼピン系により軟口蓋や舌根が後方に沈下して無呼吸が悪化し、それによる中途覚醒・熟眠障害・日中の傾眠が増悪しうるとされます。疑われたら、専門機関での診断確定と加療開始が先決だと明記する本もあります。
むずむず脚症候群(レストレスレッグズ症候群)
アジア人での有病率は1〜4%とされ、決してまれではありません。患者さん向けの解説は脚がむずむずして眠れない――レストレスレッグズ症候群にあります。表現は「むずむず」に限らず、チクチクする、火照る、虫が這っている、痛痒いなど多様で、「休まらないような不快な知覚異常」と広く捉えると見逃しが減る、とされます。背景として末期腎不全、鉄欠乏、糖尿病、パーキンソン病、多発性硬化症、妊娠、リウマチ性疾患、下肢静脈瘤が挙げられ、血清フェリチンの測定と鉄剤の検討が書かれています。ただし補充を検討する閾値は成書によって数値も単位表記も異なり、そもそも「開始の目安」と「中止の目安」で意味が違う可能性があるため、ここでは数値を挙げません。
重要なのは、患者が自分からは訴えないことがあるという点です。本人の中で「むずむずするから眠れない」ではなく「眠れないからむずむずするのかな」と順序が入れ替わると、話は「眠れない」に集約されてしまいます。だから医療者の側から尋ねる必要がある。寝るときに足が落ち着かない感じになって蹴り出したくならないか、といった具体的な尋ね方まで、成書には例示されています。
鑑別としてアカシジアが重要です。カフェイン、抗うつ薬、抗精神病薬、制吐薬、トラマドール、抗ヒスタミン薬などによるアカシジアや、向精神薬のリバウンド症状はむずむず脚症候群と紛らわしく、アカシジアを招きやすい薬剤は、むずむず脚症候群を起こす側にも回りうるとされます。落とし穴が一つあります。ミルタザピンはアカシジアを来しにくい抗うつ薬とされる一方、むずむず脚症候群に対しては、もたらす/悪化させる方向に働くと指摘されます。「鎮静的だから大丈夫だろう」という直感が通らない例です。
薬剤性、嗜好品、そして精神疾患の一症状としての不眠
不眠を来す薬剤として、降圧薬(β遮断薬、α2刺激薬)、ステロイド、テオフィリン、甲状腺薬、オピオイド、超短時間型ベンゾジアゼピン系による反跳性不眠、向精神薬のリバウンド症状、メチルフェニデート、アトモキセチン、そしてカフェイン・タバコ・アルコールが挙げられています。寝酒については機序まで書かれていて、アセトアルデヒドは覚醒を促す物質であり、入眠は早まっても睡眠の質は下がり、中途覚醒を招き、耐性が生じ、より難治の不眠に至りうる、とされます。産業保健の側からは、睡眠薬を服用させるなら禁酒とすべきで、飲酒だけでも呼吸が苦しくなる人に意識を抑制する薬を重ねるのは危険だ、という指摘もあります。
精神疾患の側では、ほとんどの精神障害に不眠はつきものだ、と書かれています。統合失調症では眠りが足りないと幻聴が強まると訴える患者が多いこと、双極性障害で「寝るのがもったいない」と口にするようになったら躁転を疑うことが、例として挙げられています。睡眠薬を飲んでも不眠を訴える人では、気分障害・不安障害・統合失調症などによる二次的な不眠の可能性を検討せよ、とも書かれています。眠りを整えることは精神科医療の必須事項だ、というのが同書の結論です。
もうひとつ、客観的には十分な睡眠時間が確保されているのに連日の不眠を訴えるケースがあり、逆説性不眠あるいは睡眠状態誤認と呼ばれます。ポリソムノグラフィやアクティグラフのデータと睡眠日誌の自己報告が乖離するのが特徴で、不安障害群や気分障害との鑑別を考えておくこと、睡眠薬の依存形成に注意する必要があることが挙げられています。家族による客観的な情報も参考になります。
総臥床時間と、期待とのずれ
成人の正味の睡眠時間は7時間程度、60歳以上では6時間ほどに短縮するとされます。にもかかわらず8時間は眠りたいという思いが先に立ち、起きる予定の時刻より8時間以上前から床に入っている。それが中途覚醒や早朝覚醒の訴えを生んでいる場合がある。そこに中〜長時間作用型を投与しても効果は乏しく、増量に伴って副作用のほうが目立ってくる、と説明されています。この場合に必要なのは薬ではなく、「8時間眠りたい」という認知への働きかけです。
ある成書には、長年の不眠に複数の睡眠薬が重なっていた高齢患者について、就床時刻を遅らせ、起床時刻を早め、昼寝を避けるという生活指導だけで再入眠困難が著明に改善し、その後の減薬が進んだ経過が紹介されています。この種のケースではベンゾジアゼピン系の増量は一般に無効だ、というのが同書の結論です。
薬効群ごとの立ち位置
ある成書が出発点として置いているのは、次の整理です。ベンゾジアゼピン結合部位に作用せず、かつ添付文書上の効能・効果に「不眠症」がある薬剤は、ラメルテオン、スボレキサント、レンボレキサントの3つに限られる(同書の執筆時点である2022年の記述であり、承認薬の顔ぶれは現行の添付文書でご確認ください)。トラゾドン、ミルタザピン、クエチアピン、ヒドロキシジン、漢方薬はいずれも不眠に頻用されますが、この意味では適応の外か別枠になります。
なお、ラメルテオンの効能・効果は正確には「不眠症における入眠困難の改善」であり、この3剤の中でも適応の範囲がひとつだけ狭くなっています。中途覚醒や早朝覚醒を主訴とする患者にこの薬を選ぶ場面では、この点を意識しておく必要があります。
選択肢は思われているほど多くない。 ここが選び分けの議論の前提です。
メラトニン受容体作動薬
メラトニンは松果体で作られ、夜に血中濃度が上がることで「今が夜だ」と知らせる働きのほか、睡眠作用と深部体温低下作用を持ちます。ラメルテオンはMT1・MT2の両方に結合しますが、MT1への結合力のほうが強く、添付文書上の用量である8mgではMT1の作用が前に出て睡眠薬として働く、と説明されています。逆に量を減らすとMT2の作用が相対的に目立つ、という説明が後述の睡眠相後退への使い方につながります。
この薬の評価は率直です。入眠までの時間も総睡眠時間もわずかしか動かず、臨床的な意味があるかは微妙で、2022年発表の不眠症薬物治療のシステマティックレビュー&ネットワークメタ解析でも有効性は残念な結果だった、と書かれています。別の成書は、自覚される眠気は乏しいが客観的な指標のうえでは催眠作用が確認できる、という言い方をし、また別の成書は、直接的な催眠作用は強くない、と評します。患者が効果を実感しにくい薬であることは、複数の著者の成書が一致して認めています。 一方で、たまに劇的に効く患者がいるという臨床印象を併記している本もあります。
高齢者、特に認知症を抱えた患者の睡眠障害にこそ期待したくなるところですが、そこには良質なエビデンスが全く存在しない、とはっきり書かれています。この薬が力を発揮するのは睡眠相後退の改善とせん妄予防だ、というのがメラトニン受容体作動薬を詳しく扱う成書の位置づけです。
添付文書の側では、フルボキサミンとの併用禁忌、高度な肝機能障害の禁忌に加えて、投与開始2週間後を目処に有効性・安全性を評価し、有用性が認められない場合には投与中止を考慮し漫然と投与しないことが明記されています。効果判定の期限が添付文書に書き込まれている数少ない例で、そのまま出口設計に使えます。
ラメルテオンを睡眠相後退に用いるとき
ここから述べる用量と服用時刻は、いずれも承認された用法・用量の外にあります。 ラメルテオンの添付文書上の用法・用量は「1回8mgを就寝前に経口投与」であり、効能・効果は「不眠症における入眠困難の改善」です。以下は成書に記載のある考え方の紹介であって、服薬指示でも推奨でもありません。実施するのであれば、合理的な理由、十分な説明と同意、十分な観察、診療録への記載という適応外処方の要件を満たす必要があります。
考え方の骨格はこうです。通常量の8mgではMT1への作用が前に出て睡眠薬として働いてしまうため、投与量を減らしてMT2への作用を相対的に目立たせ、かつ服用のタイミングを早めることで、「もう夜ですよ」という信号を前倒しで脳に届ける。狙いは催眠ではなく位相の前進です。
具体的な設定は、成書のあいだで揃っていません。
- 眠る(平均入眠時刻の)7時間ほど前に2〜4mg――たとえば午前2時に寝てしまう人なら午後7時、とする記述。
- 就寝3〜4時間前に半錠(4mg)とし、概日リズムの前進効果は4mgでも十分期待できる、とする記述。
- 「指定された用法とは異なるが」と断ったうえで、夕食後に1/4〜1/8錠を挙げる記述。
時刻も用量も一致していないという事実そのものが、この方法の位置づけを表しています。 確立した用法ではなく、機序から導かれた運用を各著者が自分の言葉で書いている段階のものです。記事として時刻を一つに絞ることはしません。
なお、後述するせん妄予防の文脈でも、ラメルテオンは21時投与より19時投与のほうが予防効果が高くなる可能性が観察研究から示唆されており、時間薬理学的な視点が今後重要になるかもしれない、と述べられています。これも承認された用法(就寝前)とは異なる投与時刻の話であり、観察研究レベルの示唆にとどまります。
オレキシン受容体拮抗薬
オレキシンの分泌も日内変動し、日中に高く覚醒に働き、夜に低下して睡眠に働きます。オレキシン受容体拮抗薬はこの受容体を邪魔することで、「夜にオレキシン濃度が下がって睡眠に働く」状態を人工的に作り出す薬です。GABA系を押し下げて鎮静をかけるベンゾジアゼピン系とは、狙っている方向がそもそも違います。
高齢者に向くと考えられる根拠として、マウスの実験が紹介されています。加齢により再分極に関わる電位依存性K+チャネル(特にKCNQ2/3)が減少し、オレキシンニューロンが興奮しやすくなる。加齢でニューロン自体は減るものの、残ったニューロンの感受性が高まって容易に脱分極し、頻繁な発火が覚醒の発作のようなものを起こして睡眠の断片化をもたらす、という機序です。これは動物実験由来の説明であり、ヒトでの因果として断定できるものではありません。 一般成人と高齢者を分けて睡眠薬の効きやすさを比べたネットワークメタ解析でも、オレキシン受容体拮抗薬はどちらの層でも一定の効果が得られる、という結果になっています。
効果量については、スボレキサントはプラセボと比べて入眠時間を5〜10分早め、総睡眠時間を10〜20分ほど延長する、という数字が挙げられています。同じ本は続けて、これは臨床試験のデータであって実臨床ではそれよりも効いてくれる、薬効とは「プラセボ効果+その薬剤特有の薬効」なのだ、と説明しています。数字と実感のギャップに正面から触れている記述で、患者への説明にも使えます。
副作用として頻度が高いのは眠気、頭痛、疲労、悪夢です。添付文書上、スボレキサントでは傾眠・頭痛・浮動性めまい・疲労・悪夢が1〜5%未満、睡眠時麻痺・異常な夢・入眠時幻覚が1%未満、レンボレキサントでは傾眠10.7%・頭痛4.2%・倦怠感3.1%と、いずれも悪夢・異常な夢が挙がっています。「悪夢が増えた」という訴えは、この群を使ったときに拾いにくい副作用の代表です。 ある成書はより慎重で、まれではあるが怖いものとして希死念慮に触れ、うつ病の患者に軽い気持ちで出してよいのかと問いを投げています。同書は反跳性不眠も出現するとし、もともと薬剤を乱用傾向にある人はスボレキサントも乱用するようだ、として依存性についての断言を避けています。この点は添付文書の記載とも符合していて、スボレキサントの薬物乱用に対する影響として「本剤の薬物嗜好性はプラセボより高く、ゾルピデム15及び30mgと同程度であった」との記載があります。依存性が少ないとされる群であっても、何も起きないという前提では扱えません。
2剤の使い分けについては、直接比較試験は見あたらず、ネットワークメタ解析でも主観的睡眠潜時や主観的睡眠時間に大きな違いはないとされています。したがって分岐は運用面に移ります。
- 併用薬――スボレキサントはCYP3Aを強く阻害する薬剤(イトラコナゾール、ボリコナゾール、クラリスロマイシン、リトナビル等)が併用禁忌で、中等度阻害薬との併用時は1日1回10mgへの減量を考慮します。レンボレキサントには併用禁忌の記載がなく、CYP3Aを中程度または強力に阻害する薬剤との併用時は1日1回2.5mgとする、という形の注意になっています。ただし成書は、レンボレキサントも影響はスボレキサントに劣らず受けるようだ、と付言しています。
- 肝腎機能と高齢者――レンボレキサントは重度の肝機能障害が禁忌、中等度肝機能障害では1日1回5mgを超えない、重度腎機能障害では血漿中濃度が上昇するおそれ、と規定されています。スボレキサントの禁忌は過敏症と強力なCYP3A阻害薬のみですが、高齢者では1日1回15mgと用量そのものが規定されています。
- 剤形と受容体親和性――無包装状態での安定性がレンボレキサントは段違いに良く一包化が可能である、という運用上の利点が挙げられています。受容体親和性ではスボレキサントがOx1R寄り、レンボレキサントがOx2R寄りで、Ox2Rが睡眠と覚醒の切り替えに関与することから、睡眠薬としての狙いどころにはレンボレキサントのほうがわずかに近い、という評価が置かれています。
なお、レンボレキサントではナルコレプシー・カタプレキシーのある患者が禁忌ではなく慎重投与の扱いになっている点、規制区分が「習慣性医薬品」であって向精神薬指定ではない点も、実際の処方運用に効いてきます。
「非ベンゾジアゼピン系」という名前の問題
ここは、以降の議論すべてが前提にする論点です。
非ベンゾジアゼピン系(Z薬)は、ベンゾジアゼピン骨格を持たないためそう呼ばれているだけで、作用部位はGABA-A受容体のベンゾジアゼピン結合部位そのもの、つまりベンゾジアゼピン系と同じです。ある成書は、ベンゾではないのだから安心そうだ、という印象を与える誤解を招く名称だとして、本書では非ベンゾ系も含めて「ベンゾジアゼピン系」と呼ぶと宣言しています。別の成書も、作用機序・効果・副作用は共通なので一括すると明記します。せん妄の専門書は、両者の違いは化学構造式の骨格の有無だけで、同じ受容体に作用するため効果も副作用も極めて酷似しており、特にせん妄に関しては両者ともせん妄を惹起するリスクが高いと書いています。
この論点は、著者の異なる複数の成書が独立に同じことを述べているという点で、書籍知見としての強度が高い部類に入ります。 そして患者の実感と最もずれる論点でもあります。
補助線として、GABA-A受容体を構成するαサブユニットの違いがあります。ゾルピデム・ゾピクロンなど睡眠薬に分類されるものはα1への親和性がより高く、アルプラゾラム・ロフラゼプ酸エチルなど抗不安薬に分類されるものはα2への親和性がより高い、という大まかな整理が置かれています。エチゾラムやジアゼパムについては、特定のサブユニットに偏らず幅広く結合していると推定される、とも書かれています。ただしこの対応づけを「α1=依存」「α2=抗不安」のような一対一の断定にまで進めている記述には推定を含むものが多く、ここでは大まかな傾きとして扱うにとどめます。
そして選択性の高さは万能ではありません。 ある成書は、ω1選択薬は催眠・鎮静作用に比して筋弛緩が弱く、反跳性不眠や退薬症候も起こりにくいとされる一方で、抗不安作用が弱いため、不安の強い患者にはむしろ両方に作用する従来の薬剤のほうが有効な場合があると明記しています。「新しい/選択性が高い=常に優れている」という理解への補正として、選び分けの場面でそのまま使えます。
刊行年で評価が動いた論点
連載の狙いは、添付文書に載っていない実臨床の見方を扱うことにあります。その意味でいちばん見応えがあるのが、刊行年による評価の変化です。
Z薬の安全性
2013〜14年に出た成書には、ベンゾジアゼピン系も非ベンゾジアゼピン系も服用を続けて効きが悪くなること(耐性形成)はなく、離脱症状・依存性も弱く安全な薬剤だ、という記述があります。これに対して2016年以降の成書は、作用部位が同じであることを理由に一括して扱い、明確に否定的な立場を取っています。同じ薬について、10年で書かれ方が反転しています。 どちらかを「間違い」と切り捨てるより、評価が動いてきた経緯そのものを知っておくほうが実際の役に立ちます。
ゾルピデムの位置づけ
2013年の成書は、ω1選択性で短時間作用型であることを理由に、ゾルピデムを第一選択に置いています。2016年以降の成書は、これとは異なる像を描きます。
筋弛緩作用が弱いことを根拠に転倒リスクが低いとアピールされるが実際はそうとも言えない、とし、ゾルピデムは転倒の独立した因子であること、透析患者を対象とした試験ではトラゾドンより転倒しやすかったという報告を挙げます(ただしこれはトラゾドンが転倒に安全だという意味ではありません。トラゾドンとベンゾジアゼピン系で転倒リスクがほぼ同等だったとする報告もあることは、連載第3回のSNRI・NaSSA・その他の立ち位置で扱っています)。α1サブユニットは小脳での分布が多く、その働きを鈍らせることで転倒しやすくなっているのだろう、というのが著者の推論です。筋弛緩作用の弱さと転びにくさは別問題だ、ということになります。
もうひとつが睡眠関連摂食障害(SRED)で、眠っている間に食べてしまい朝起きて驚く、という現象です。ゾルピデムに限りませんが報告が多い。ある著者は用量依存性かもしれないという臨床印象を記していますが、これは個人の症例経験であって一般的な閾値ではありません。
この現象は添付文書の側にも表れています。ゾルピデムの添付文書には警告として「本剤の服用後に、もうろう状態、睡眠随伴症状(夢遊症状等)があらわれることがある。また、入眠までの、あるいは中途覚醒時の出来事を記憶していないことがあるので注意すること」が置かれ、睡眠随伴症状として異常行動を発現したことがある患者は禁忌になっています。警告欄を持つ睡眠薬であるという点は、他剤との対比で覚えておく価値があります。
エスゾピクロンの「常用量依存リスクがない」
常用量依存のリスクがないことが証明された、と書いた雑誌記事に対して、成書は早計と言わざるを得ないとします。6か月の投与試験で耐性や有意な離脱症状を認めなかったという報告はあるが、FDAではスケジュールIVであり、かつてゾルピデムも同様の試験で耐性・離脱症状を認めないと報告されて安全性の高さがアピールされたのに、今ではそれが完全に覆されている、という前例が挙げられています。長期使用の安全性を言い切れるだけの材料はまだそろっておらず、結論が定まるには時間がかかる、というのが同書の締めくくりです。
実際、エスゾピクロンの添付文書には重大な副作用として依存性が明記され、連用中の急激な減量ないし中止により不安・異常な夢・悪心・胃不調・反跳性不眠等の離脱症状があらわれることがある、と書かれています。
なお、エスゾピクロンの添付文書上の規制区分は「習慣性医薬品」「処方箋医薬品」で、向精神薬の記載がありません。これに対してゾルピデムとブロチゾラムは第三種、フルニトラゼパムは第二種の向精神薬に指定され、いずれも告示に基づき1回30日分を限度とする投薬期間の制限がかかります(規制区分と告示は改定されるため、現行の規定でご確認ください。なお成書のなかには、エスゾピクロンを含めてベンゾジアゼピン系とその類似物には30日制限があると総括している記述もあり、扱いが割れています)。長期処方の可否という運用面の違いが、薬理学的な安全性の順位と混同されやすいところなので、両者は分けて考える必要があります。
効果に天井があること
ベンゾジアゼピン系はGABAの作用を増強する薬であり、単独で受容体に結合しても特別な作用はない、と説明されます。ここから2つのことが同時に導かれます。一定以上投与しても効果は頭打ちになる――つまり多剤併用に薬理学的な意味がないこと。そして過量服薬時に比較的安全であること。増やしても眠れないという患者への説明として、機序から言い切れる数少ない論点になります。
ただし後者には、必ず付けておくべき留保があります。「単独では比較的安全」という部分だけを切り出して安全性の根拠にすることはできません。 脱抑制によってブレーキが外れ、他の行動を後押ししてしまう可能性が同時に指摘されているためで、この2つは必ずセットで扱う必要があります。薬理からの導出と脱抑制の議論は、連載第5回の抗不安薬の実際で詳しく扱っています。
診療報酬の側からも、睡眠薬は2剤まで、抗不安薬と睡眠薬あわせて3剤までという併用の枠が設けられ、それを超えると減算されることが挙げられています(制度は改定されるため、実際の運用は現行の規定でご確認ください)。この枠が睡眠薬と抗不安薬をまたいで設定されているのは、制度の都合というより薬理の反映です。両者は同じ受容体の同じ結合部位に作用する地続きの薬剤群で、エチゾラムのようにどちらの表にも載る薬剤があります。睡眠薬と抗不安薬の併用は、その意味で本来は重複にあたります。産業保健の立場からは、単剤でも望ましくない副作用があるところに多剤を重ねた場合の副作用は検証されていない、と指摘されています。
作用時間で選ぶという考え方と、その限界
定石としての対応表
入眠障害には超短時間型か短時間型、中途覚醒や早朝覚醒といった睡眠維持の障害には中時間型・長時間型を選ぶことが多い、という対応表が広く共有されています。ただし同じ薬でも代謝の速さには個人差が大きいため、作用時間はあくまで初回投与の目安にとどめ、代謝能の見当がつかない初回は超短時間型から始めるべきだ、という但し書きが添えられます。産業医の側からは、入眠障害と早朝覚醒を併せ持つ患者に超短時間型と長時間型を併用してはならず、作用時間の長いほうを服用タイミングの調整で使うべきだ、という具体的な指示が添えられます。
定石が崩れるところ
一方で、長時間型は入眠には効かない、という理解はよくある誤解だと明記している成書があります。同書は、長時間型は入眠困難・中途覚醒・早朝覚醒のいずれも減らせるとします。対応表と真正面から食い違うわけではありませんが、作用時間だけで薬効の当たりどころが決まるわけではない、という補正として読むのが妥当です。
半減期の長短は、そのままメリットとデメリットの対になります。半減期が短ければ持ち越しにくいが、キレが良いぶん連用しやすい。半減期が長ければ効果は続くが、必要以上に長く効く。筋弛緩作用が強ければ肩や首がほぐれるが転倒しやすい。催眠作用が強ければ眠りやすいが日中の注意力が落ちる。良いところだけを取り出すことはできません。
力価の軸も独立に効いてきます。血中濃度の立ち上がりが速い薬は服用後すぐ効果を実感できるため頓用として有用ですが、逆に効果の実感を得たいがために服用回数が増えやすい。消失半減期の短い薬は持ち越しを生じにくい反面、連用後の中断で反跳性不眠・退薬症候を自覚しやすくなります。
飲む時刻は、用量と並ぶ調整軸
この論点が、作用時間の議論をいちばん実際的にします。 睡眠薬を飲む時点として想定されているのは眠りに落ちる直前であって、「この時刻に眠りたい」という希望の時刻ではありません。短時間型を、実際に眠れる時刻よりかなり早く飲んでいるために効果が出ていないのではないか――まずそこを検討せよ、と書かれています。産業保健の側からは、睡眠薬を飲んでいるのに眠れないという訴えが出たときには、薬を使わずに寝つけていた時刻の1〜2時間前に飲むよう指示する、という運用が示されます。同書には、飲む時点を「眠れないときに」としか伝えられなかったために午前3時の服用となり、4時入眠・12時起床の生活から抜け出せなかった例が紹介されています。持ち越しがあるなら服用時刻を前倒しにする、という調整も書かれており、服用時刻は用量と並ぶ調整パラメータとして扱われています。
添付文書の側も、この論点に対応する記載を持っています。スボレキサント・エスゾピクロン・ゾルピデムはいずれも「就寝直前」の服用が指定され、そのうえで、服用して就寝した後に睡眠途中で一時的に起床して活動する可能性があるときは服用させないこと、という趣旨の規定が置かれています。レンボレキサントも就寝直前の服用が指定されていますが、この一時的起床についての規定は置かれていません。同じオレキシン受容体拮抗薬でも、用法上の注意は2剤で揃っていません。 さらにラメルテオン・スボレキサント・レンボレキサント・エスゾピクロンでは、食事と同時または食直後の服用を避けることが添付文書に明記されています。夕食後すぐに服用している患者は、それだけで効き方が変わっている可能性があります。
睡眠薬そのものが熟眠障害を作ることがある
熟眠障害の治療には深いノンレム睡眠である徐波睡眠を増やす薬がよいとされ、トラゾドン、ミアンセリン、ミルタザピンを少量使うケースが挙げられています。ただしこれらはいずれも抗うつ薬であり、不眠症の承認適応を持ちません。適応外使用にあたります。 ω1選択性の高いゾルピデム・ゾピクロンにも徐波睡眠増加作用が期待されるとされます。
そのうえで注意されているのが、ニトラゼパムをはじめとするベンゾジアゼピン系には徐波睡眠を減らす薬剤が多く、眠りが浅いという訴えの原因が睡眠薬の側にある場合があるという点です。別の成書も、ベンゾジアゼピン系は催眠効果を持っていても深い睡眠のほうは減らす、という点を意識するよう促しています。「眠れているのに眠った気がしない」という訴えへの薬剤追加が逆効果になりうる、という具体的な機序がここにあります。
持ち越しは、自覚がなくても起きている
持ち越し効果は「翌日に眠気が残ること」と定義されますが、より重要なのはその次の一文です。患者本人が眠気を自覚していなくても、集中力低下や反応速度の低下が起きていることがある。 朝の目覚めがすっきりしない場合、眠りが足りないのではなく睡眠薬が残っている可能性を考える。リスク因子は長時間作用型と代謝機能の低下した患者で、対策として短時間作用型から開始し、高齢者などでは通常用量の半量から始めるべきだとされます。
自覚と実測の乖離という同じ構図は、睡眠不足の側にも現れます。睡眠時間を制限した実験では、睡眠時間が短いほど単純作業のミスが増えるのに対し、眠気の自覚は6時間でも4時間でも頭打ちになる。つまり本人が気づかないうちに生活のパフォーマンスが落ちている。「日中の眠気がないから足りている」という直感は使えません。
運転については、添付文書上の要請が薬効群を問わず並びます。ここで挙げた7剤のいずれにも「本剤の影響が翌朝以後に及び、眠気、注意力・集中力・反射運動能力等の低下が起こることがあるので、自動車の運転など危険を伴う機械の操作に従事させないように注意すること」という趣旨の記載があり、依存性の少なさで選んだ薬であっても要請は同じです。 職業や生活環境によって運転が不可欠な状況があることは現実ですが、医療者としては注意を避けることも許可することもできず、指示をカルテに記載しておくべきだとされています。
せん妄と睡眠薬――不眠は促進因子、睡眠薬は直接因子
この節がこの記事の核です。 外来のクリニックで入院医療の話をする理由は、入院前に睡眠薬をどうしておくかが外来の判断だからです。
3因子モデルのどこに睡眠薬が置かれるか
せん妄の3因子は、準備因子(起こりやすい素因――高齢、認知症、脳器質性疾患の既往、せん妄の既往、アルコール多飲)、直接因子(引き金――身体疾患、薬剤、手術、アルコール離脱)、促進因子(誘発し悪化・遷延させるもの――不眠、疼痛、便秘、尿閉、不動化、身体拘束、視力/聴力低下、不安、入院という環境変化)に整理されます。たき火にたとえると準備因子が薪、直接因子がライター、促進因子が油だ、という説明が使われています。改善には直接因子の除去が最も重要で、せん妄対策は「引き算」だ、というのが同書の要約です。
ここで押さえるべき位置関係が一つあります。不眠は促進因子(油)の側、睡眠薬は直接因子(ライター)の側です。
せん妄ハイリスク患者の不眠を放置すると、それが促進因子となって着火しやすくなる。だから予防の観点からは不眠に積極的にアプローチすることが大切である。ただしその際にベンゾジアゼピン受容体作動薬を用いると、今度はそれ自体が直接因子となって薬剤性せん妄を発症する。眠れないままにするのも、合わない薬で眠らせるのも、どちらもせん妄につながる。 どちらか片側だけを見ていると、必ずもう片側で足をすくわれます。
ラメルテオンとスボレキサントの予防エビデンス
抗精神病薬による予防は錐体外路症状や過鎮静のリスクが懸念されており、より忍容性の高い薬剤が求められていた――というのが、この話の出発点です。そこに2014年以降、わが国発のエビデンスが複数報告されました。
ラメルテオン
急性疾患で入院したせん妄リスク患者を対象としたランダム化比較試験で、せん妄発症を有意に減らすことが示されました(2014年、JAMA Psychiatry)。対象は67例(実薬群33例、プラセボ群34例)で、このうち29例には軽度認知障害(MCI)または認知症があり、さらにそのうち13例が認知症でした。このMCI・認知症群に絞った二次解析でも同様に予防効果が示されたとされ、MCIまたは認知症があり急性期の身体的問題を抱えた高齢者の予防に有用と考えられる、という書き方がされています。67例という規模を踏まえれば、「認知症でも効く」と断定できる強さではありません。
スボレキサント
ICUや急性期病棟に入院中の高齢者を対象としたランダム化比較試験(2017年、J Clin Psychiatry)では、対象は実薬群36例・プラセボ群36例、両群にMCIまたは認知症の患者が9例ずつ含まれていました。有意な予防効果が示され、実薬群のせん妄発症は0例でした。印象的な数字ですが、n=36の片群での話です。
実地の観察研究
9か所の総合病院で、急性の身体疾患あるいは予定手術のために入院した高齢者のうち、せん妄のリスク因子をもち前夜に不眠を呈した526例を前向きに観察した研究では、ラメルテオンまたはスボレキサントを服用した群(401例)で服用7日以内のせん妄発症が63例(15.7%)、非服用群(125例)で30例(24.0%)となり、有意な予防効果が示されました。RCTほど劇的な差ではない、という点まで含めて読む必要があります。
否定的なエビデンスも同じ重さで置く
肯定的な報告だけを並べると、書籍が慎重に併記している限界をまるごと落としてしまいます。予防エビデンスの節は、ここまで読んで一組です。
最近の9研究によるメタ解析では、術後せん妄に対する予防効果は示されず、ラメルテオンによる4研究の解析でも有意差が認められませんでした。一方、内科・外科・ICUなどに入院した患者を対象とする14件のRCTを統合したメタ解析では有意な予防効果が認められ、外科患者で49%、ICU入室患者で34%せん妄が減ったとされています。ただしこの解析に含まれた内科患者対象のRCTは2報のみで、内科で有意差が出なかったのはそのためである可能性がある、と注記されています。
2019年のネットワークメタ解析(JAMA Psychiatry)では、予防で最も優れていたのはラメルテオンでした。オッズ比はスボレキサント0.06(95%CI 0.00–1.36)、ラメルテオン0.07(0.01–0.66)、オランザピン0.25(0.09–0.69)、デクスメデトミジン0.50(0.31–0.80)、ハロペリドール0.91(0.60–1.38)です。スボレキサントの信頼区間の上限は1を超えており、この順位をそのまま実力の順位として読むことはできません。 同書自身が、せん妄予防の研究は数が少なくほとんどの薬剤で論文が数えるほどしかないこと、その程度の本数から導かれた結果は参考の域を出ないことを明記しています。
2022年に発表されたメラトニン・ラメルテオンのせん妄予防に関するメタ解析では、予防効果は確認できませんでした。同書は異質性の高さや、メタ解析は組み入れ基準によって結果がかなり変わることを付記しています。
レンボレキサントについては、同書の執筆時点(2021年)ではせん妄への投与の報告がありませんでした。 スボレキサントと同様の薬理学的効果を有しており予防薬として期待できるであろう、という書き方はされていますが、作用機序からの推測を根拠に使うことはできません。その後の報告状況は各自でご確認ください。
なお、6つのRCTによるネットワークメタ解析ではメラトニン自体の予防効果も示され、0.5mg/日で最も有効だったとして低用量が推奨されました。ただし国内でメラトニンに認められている適応は小児期の神経発達症に伴う入眠困難であり、成人には使えません。 成人ではラメルテオンを用いることになる、というのがこの話の帰結です。
保険適用は3層に分けて理解する
適応外の扱いが混線しやすいところなので、分けて書きます。
- ラメルテオン・スボレキサントは「不眠症」の適応であって、せん妄予防への保険適用ではありません。 ラメルテオンに至っては適応が「不眠症における入眠困難の改善」に限られます。せん妄予防を目的とした薬物療法そのものが、健康保険制度上は認められていないとされます。
- せん妄に対して保険適用があるのはチアプリドのみであり(添付文書の効能・効果は脳梗塞後遺症に伴う症状に限られます)、クエチアピン・リスペリドン・ハロペリドール等は適応外使用です。
- せん妄ハイリスク患者の不眠に用いられるトラゾドン・ミアンセリンは、不眠症への保険適用を持ちません。 書籍にもその旨が明記されています。加えて、せん妄に対する抗うつ薬の使用はエビデンスが乏しく推奨できない、とする成書もあります。適応の外にあることと、有効性の根拠が弱いことの両方を踏まえて扱う必要があります。
Z薬・ベンゾ系がせん妄の引き金になる
ここで前節の「非ベンゾ」の論点が効いてきます。前述のとおり、せん妄の専門書は両者の違いを化学構造の骨格の有無だけとみなし、せん妄を惹起するリスクという一点では両者を区別していません。
これは書籍の主張にとどまりません。ゾルピデムの添付文書には、重大な副作用としてせん妄(頻度不明)が、錯乱・幻覚・興奮・脱抑制・意識レベルの低下とともに記載されています。フルニトラゼパムでは、依存性の項に中止時の離脱症状として痙攣発作・せん妄・振戦・不眠・不安・幻覚・妄想等が挙がり、さらに重大な副作用として意識障害(特に高齢者であらわれやすい)が独立して記載されています。書籍の主張と添付文書の記載が、この点では同じ方向を向いています。
例外として、エスゾピクロンについては受容体との結合の仕方や市販後調査で得られた所見から、せん妄が起きにくいのではないかという指摘があり、ベンゾジアゼピン受容体作動薬のなかでもせん妄ハイリスク患者の不眠に用いられることがある、とされています。強くはないものの抗不安作用をもち、健忘系の副作用が比較的少ないと考えられることから、不安を伴うせん妄ハイリスク患者に有用な可能性がある、という位置づけです。高齢者では1回1mgから、増量しても1回2mgを超えないという用量規定は添付文書と一致しています。ただし2014年刊の別の専門書は、非ベンゾジアゼピン系睡眠導入薬も「臨床上一番問題となる」薬に含めており、この点については書籍間で立場が分かれています。
抗不安薬・睡眠薬に、せん妄の治療効果はない
分類表の記載は明快です。抗不安薬はGABA系介在神経に作用して脳皮質活動全般を抑制する方向に働き抗不安効果を発揮するが、せん妄への治療効果はない。睡眠導入薬も同様に鎮静入眠作用を発揮するが、せん妄への治療効果はない。せん妄の薬物療法の原則はあくまで抗精神病薬であって、ベンゾジアゼピン系にその役割はない、と繰り返し述べられています。
別の成書も、この群には脱抑制が起こりうることを挙げたうえで、せん妄の治療薬として広く勧められる立場にはない、と述べています。「効かない」ではなく「治療効果がない――適応が違う」という書き方を保つのが正確です。
「夜間落ち着かない→睡眠薬を足す」という誤りの構造
この誤りは、個々の医師の知識不足として起きているのではありません。構造として起きています。
まず、せん妄は目立つ症状によって別の疾患と取り違えられやすい。不眠が目立てば不眠症と見なされてベンゾジアゼピン受容体作動薬が投与される。記憶障害・見当識障害が目立てば認知症や加齢とされて経過観察になる。不安・焦燥が目立てば不安障害と見なされて抗不安薬が、あるいはアカシジアと考えられて抗コリン薬が投与される。活動性の低下(低活動型せん妄)はうつ病と誤認される。いずれの取り違えも、そこから導かれる対応がせん妄を悪化させる方向に働きます。
そもそも見つけ方の目安が偏っています。幻視だけを目安にせん妄を見つけようとすると、7割を見落とすとされます。緩和ケア病棟での症状出現頻度は、睡眠覚醒サイクル97%、注意97%に対して、知覚障害/幻覚50%、妄想31%、情動の変容53%です。せん妄の中核は注意障害と睡眠覚醒リズム障害のほうにあり、幻視・妄想・興奮はおよそ3〜6割、2〜3人に1人に出るかどうかにとどまります。「夕方に怒りっぽくなる」はせん妄を疑う典型サインだ、ともされています。
そして、病棟にはたいてい「不安時」「不穏時」の指示が置かれており、その指示薬の多くがベンゾジアゼピン系です。ある専門書は、冒頭の典型例として、輸液で夜間頻尿になり不眠を訴えていた高齢患者が対応されないまま数日後の夜に落ち着かなくなり、指示薬を内服しても全く落ち着かず、かえってそわそわが強まり、鎮静を狙った追加投与でさらに興奮が強まった、という経過を描いています。不眠が放置される→不穏になる→抗不安薬が入る→悪化する→さらに鎮静薬が重なる、という一本道です。
だから対策も個人の判断ではなく仕組みの側に置かれます。病棟の約束指示が「不眠時:ベンゾジアゼピン受容体作動薬」になっていないか、クリニカルパスは大丈夫か、病棟常備薬にベンゾジアゼピン系以外の不眠薬が入っているか。この見直しは出さないと決めるだけで済むため予防効果はきわめて高く実践もしやすいはずなのに、いまだに多くの病院で取り組みが不十分だ、と書かれています。実際に、リンクナースとの協働や継続した学習で知識は普及していたにもかかわらず、クリニカルパスの中に該当薬が組み込まれていたためにせん妄が惹起されていた、という報告も添えられています。知識があっても仕組みが変わらなければ処方は変わらない。 ここが、この論点でいちばん覚えておきたい部分です。
不眠に対する処方が医師ごとの「マイレシピ」のようにワンパターンになりがちだ、という指摘もあります。患者は高齢化し、せん妄ハイリスクの患者が増え、せん妄を起こしにくいと考えられる睡眠薬も何種類か使えるようになった。処方が間違っていたというより、処方の前提が変わった、という捉え方です。
例外が3つある
ベンゾジアゼピン受容体作動薬をすべてのせん妄で避けねばならないわけではありません。例外として3つが挙げられています。①アルコール離脱せん妄、②抗精神病薬に一定の効果はあるが十分な鎮静効果が得られない場合の短時間型の併用、③終末期のせん妄です。②③は入院・緩和医療の文脈になります。なお②③はいずれも、前述のとおりせん妄への適応を持たない薬剤の使い方であり、適応外使用にあたります。①についても同様で、国内の経口ベンゾジアゼピン受容体作動薬にアルコール離脱そのものを効能とするものは見当たらず、適応外使用にあたります。
もう一つ、この3つとは別に区別しておくべき場面があります。ベンゾジアゼピン受容体作動薬の中止そのものが引き起こす離脱性のせん妄です。この場合に必要なのは抗精神病薬の追加ではなく、中止の是正と漸減であり、後述のとおり外来の判断に直結します。
外来で意識しておくべきは①です。アルコール離脱症状の治療はベンゾジアゼピンであり、振戦せん妄の治療も同様で、「せん妄」が付いているから抗精神病薬ということではない、抗精神病薬はむしろ使わないほうがよい、と明記されています。長期の飲酒によってGABA受容体はダウンレギュレーションし、NMDA受容体はアップレギュレーションしている。そこへ断酒が加わると抑制系より興奮系が過剰になる、というのが機序です。振戦せん妄は死亡率が5%にもなるとされます。断酒後の経過の刻みは書籍によって幅がありますが、離脱性せん妄が現れるのは最終飲酒からおよそ2〜4日後という点ではおおむね共通しています。急に飲酒を止めた数日後がいちばん危険な時期だ、というのが外来で伝えられる要点です。急変時は救急(119)を、通院中であれば主治医への相談を優先してください。
外来でできること
入院医療の話に閉じてしまうと、外来の読者には届きません。外来の側で拾えることが3つあります。
第一に、準備因子は外来で聞けます。 なかでも最大のリスク因子は過去のせん妄の既往ですが、カルテや紹介状に既往として明記されていることはほとんどありません。肺炎で入院歴があればその際にせん妄がなかったか、大腿骨頸部骨折の既往があれば術後はどうだったかを積極的に確認する。本人は覚えていないことがあるため家族に尋ねるのがよいのですが、家族は「せん妄」という言葉を知りません。だから、以前の手術のあとに、眠れなくなっただけでなく、日付や場所が分からなくなったり、ないものが見えている様子だったり、夢と現実の区別がつかない様子はなかったか――というように、平易で具体的に尋ねる形が例示されています。既往が分かれば、前回有効だった薬剤と用量が次の参考にもなります。
認知症についても同様で、「もの忘れはありませんか」という尋ね方では拾えないとされます。「年のせい」「そこまでひどくない」と返ってくるためです。同じ物を何回も買ってこなかったか、知っている場所で道に迷わなかったか、料理の味付けがおかしくなかったか、といった具体的な場面で尋ねるとよい、とされています。
第二に、入院予定のある高齢患者の睡眠薬をどうするかは、外来の判断です。 ここには相反する2つの要請が働きます。一方には、この薬剤群がせん妄のハイリスク薬に数えられているという事実がある。他方で、極めて多くの患者が内服しているこの薬を、ハイリスクだからと安易に減量・中止すれば、離脱症状(反跳性不眠、不安・焦燥、自律神経症状、そしてせん妄)を招きます。中止から離脱症状出現までの期間は、半減期の短い薬剤では12〜24時間以内、24〜72時間後にピークとされます。判断には薬剤名(半減期)、内服量、内服期間、使用頻度の4点を確認する。ある大学病院では、6か月以上内服していれば離脱リスクを考慮して継続するか薬剤師・精神科医に相談し、6か月未満なら中止して他剤へ変更する、というフローチャートを用いているが、高力価・短半減期の薬剤は特に離脱症状をきたしやすく安易な中止は勧められない、と注記されています。入院直前に慌てて切るものではない、というのがここでの結論です。減量そのものの設計は連載第6回の減らすとき、やめるときで扱います。
第三に、家族への事前の一声は外来でしかかけられません。 入院後に様子が変わったら伝えてほしいと言っておくこと、眼鏡と補聴器を持参してもらうこと。感覚遮断の是正は誘発因子への基本的介入であり、補聴器の使用に加えて耳垢の除去まで挙げられているほどです。環境調整については、「カレンダーを置く」という理解だけではうまくいかず、目の届くところに置く、声に出して一緒に確認する、過ぎた日に印をつける、といった一歩進んだ工夫が要るとされます。夜間の照明は暗くしすぎるとかえって混乱が強まり転倒リスクも上がるという、直感に反する指摘も落とせません。
なお、非薬物的な多面的介入は発症を減らす一方で、いったん起きたせん妄の重症度や持続期間はあまり変えられないとする解析があります。介入を万能視しないという意味でも、予防と治療は分けて考える必要があります。
治療のゴールは「寝かせること」ではない
この節の締めくくりとして、いちばん誤解の多い点を置いておきます。
せん妄治療のゴールは鎮静ではなく、意識障害からの回復です。覚醒・注意・認知が戻り、意思決定ができ、コミュニケーションが回復すること。ゴールを取り違えたまま鎮静を求めると、薬を使っても効かないという不全感が現場に残る、と指摘されています。薬効の評価においても「寝た=効果あり」「おとなしくなった=幻覚妄想が軽減した」は誤りで、見るべきなのは睡眠と覚醒のリズムが戻ってきたかどうかと、注意の障害がどこまで軽くなったかだとされます。別の成書も、予防と治療に共通する目標を、夜に眠り、朝に起き、日中を心地よく過ごしてもらうことだ、と書いています。
そして、せん妄は本人にとって苦痛な体験として残ります。体験を覚えている患者はおよそ2人に1人にのぼり、そのうち8割が強い苦痛を伴う体験だったと答えているとされます。静かに見える低活動型でも、過活動型と同程度の苦痛を強いる体験だと書かれています。「本人は覚えていないから大丈夫」ではありません。
患者背景による選び分け
高齢者
共通の副作用として、持ち越し効果、記憶障害、ふらつきと転倒、依存性が挙げられます。記憶障害はエピソード記憶の前向性健忘が特徴で、転倒のほうは骨折から長期臥床へつながる点が問題になります。対策として挙げられているのは、健忘が起こりうることをあらかじめ伝える、アルコールとの併用を避ける、睡眠薬なら飲んだらすぐ床に就く、といった具体策です。産業医の側からは、高齢の患者では寝室とトイレを同じ階に置くよう指導すべきだ、という一歩踏み込んだ助言も加わります。
薬物動態の面では、ベンゾジアゼピン系の血漿蛋白結合率が軒並み高いことから、多剤併用の高齢者では遊離型が増えて予想以上に効いてしまう、という機序が挙げられています。同じ処方量のまま急に効きすぎるようになった、という臨床像がここから説明できます。詳しい導出は連載第5回の抗不安薬の実際にあります。
添付文書上の高齢者の扱いも、薬剤ごとに具体的です。スボレキサントは1日1回15mg、エスゾピクロンは1回1mgから開始し2mgを超えない、ゾルピデムは1回5mgから開始、フルニトラゼパムは1回1mgまで、ブロチゾラムは少量から開始、ラメルテオンとレンボレキサントは高齢者で血中濃度が上昇するおそれがあるため慎重投与、という形で並びます。
なお、認知症リスクとの関係については書籍間で見解が分かれており、刊行年によって評価が動いています。「認知症になる」と書かないのと同じくらい、「ならない」とも書かないのが現時点では正確な扱いで、年次を追った比較は連載第5回の抗不安薬の実際にまとめました。
就労者
産業保健の視点は、外来診療の視点と少しずれています。ずれているからこそ拾える論点があります。
多剤併用が職場評価に直結する、というのがその代表です。日中の眠気で評価が下がっていた、眠くならないほうがおかしい、という指摘は、外来では見えにくい帰結を突いています。持ち越しと運転の問題もここに集約されます。
もうひとつ、就労者に対する具体的な工夫として挙げられているのが、初回の服用を翌日が休みの日に試してもらうことです。理由は明快で、効き過ぎて予定していた仕事に行けなくなったり、行ったもののぼんやりして全然だめだったとなると、患者の薬剤への抵抗感が強くなるからです。とはいえ少なくしすぎて効かない量を飲み続けるのも本末転倒なので、初回量を決めたら翌日の調子を見て、そのままにするか減らすか増やすかを一緒に判断する、という運用が挙げられています。同じ工夫は、薬を減らすときにも当てはまります――減らす日を翌日に予定のない日に合わせる考え方は、連載第6回の減らすとき、やめるときで扱っています。
身体合併症と併用薬
禁忌の並びは、薬効群によってきれいに分かれます。
ゾルピデム・エスゾピクロン・ブロチゾラム・フルニトラゼパムには、いずれも急性閉塞隅角緑内障と重症筋無力症が禁忌として置かれています。ゾルピデムはこれに加えて重篤な肝障害と、睡眠随伴症状として異常行動を発現したことがある患者が禁忌です。一方、ラメルテオン・スボレキサント・レンボレキサントには緑内障・重症筋無力症の禁忌がありません。緑内障の8割は無自覚・未治療であるという指摘があることを踏まえると、この違いは実際の選択に効いてきます。
呼吸機能の面では、エスゾピクロンで呼吸機能が高度に低下している患者(肺性心、肺気腫、気管支喘息、脳血管障害の急性期等)は治療上やむを得ない場合を除き投与しないこととされ、ブロチゾラムでも呼吸機能低下例で炭酸ガスナルコーシスのおそれが挙げられています。レンボレキサントでは中等度・重度の閉塞性睡眠時無呼吸やCOPDでの長期投与の安全性が確立していないとされます。前述の睡眠時無呼吸の鑑別が、そのまま薬剤選択に接続します。
肝腎機能については、ラメルテオンは高度な肝機能障害が禁忌、レンボレキサントは重度の肝機能障害が禁忌で中等度では1日1回5mgまで、エスゾピクロンは高度の肝機能障害または高度の腎機能障害で1回1mgから・増量しても2mgまで、と規定されています。
妊娠・授乳
この領域で最も多い失敗は、妊娠が分かった時点で自己判断により全薬剤を突然中止することだとされます。離脱症状や原疾患の悪化を招き、母体の症状悪化によって妊娠の継続が難しくなることも考えられる、と書かれています。ここでは睡眠薬の選択に効く部分だけを扱います。リスク説明の枠組み、ベースラインリスクの示し方、母体側の減薬が児に及ぼす影響までを含む全体像は、連載第6回の減らすとき、やめるときにまとめています。
選択に直接効いてくるのは、情報量の非対称です。ゾルピデム・ゾピクロンについては妊娠初期曝露の疫学データがあり、対照群と比べたリスク増加は示されていないとされます。エスゾピクロンにはそれ単独の疫学研究がなく、ゾピクロンの光学異性体であることを根拠に、ゾピクロンのデータを参考にできると考えられる、という扱いです。対してラメルテオンは、ヒトでの妊娠時使用に関する疫学研究そのものが行われておらず、代替薬がない場合以外は推奨されないと明記されています。依存性の低さと、妊娠中に参照できるデータの多さとは、別々の軸だということになります。
授乳についても添付文書の扱いが群で割れていて、エスゾピクロン・ゾルピデム・フルニトラゼパム・ブロチゾラムは授乳を避けさせることとされる一方、ラメルテオン・スボレキサント・レンボレキサントは有益性を考慮して授乳の継続または中止を検討する、という書き方になっています。分娩期の注意や授乳期の考え方の全体は、前掲の連載第6回にまとめました。
効果判定と、出口の設計
出し始めに決めておく
目的と止めどきを決め、単剤で少量から始め、やめるべきときにやめる。出口は最後に考えるものではなく最初に決めておくものだ、という原則は、参照した成書に共通しています。長く続けてきた患者を前にしても漫然と継続せず、漸減や中止の可能性を常に検討せよ、という促しも繰り返されます。書籍ごとの言い回しの違いまで含めた整理は、後述の連載第6回にあります。
使用期間や頓用回数の上限をあらかじめ患者と合意しておく、という設計も共通して挙げられます。ただし具体的な数字は成書のあいだで揃っておらず、同じ本の中でさえ文脈によって基準が変わる例があります。成書4冊の数字の内訳は、連載第5回の抗不安薬の実際に整理しました。ここで移植できるのは数字そのものではなく、上限をあらかじめ決めて共有しておく手順のほうです。
もっとも、頓用という枠組みをそのまま睡眠薬に持ち込めるとはかぎらず、眠れない夜にだけ飲ませる形の指示がかえって反跳性不眠を招きうることは、連載第6回の減らすとき、やめるときで扱います。
ラメルテオンについては、前述のとおり添付文書に「投与開始2週間後を目処に……有用性が認められない場合には、投与中止を考慮し、漫然と投与しないこと」という評価期限が書かれています。スボレキサントとレンボレキサントにも、症状が改善した場合は投与継続の要否を検討し漫然と投与しないよう注意する旨の記載があります。エスゾピクロンとゾルピデムでは根拠の置き方が違い、連用により薬物依存を生じることがあるので漫然とした継続投与による長期使用を避けること、という依存の側からの記載になっています(ゾルピデムにはさらに、投与を継続する場合には治療上の必要性を十分に検討すること、と続きます)。漫然投与を避けよという要請は、成書だけでなく添付文書の側からも来ています。
「開始時に効いたこと」と「長期に効くこと」は別
このフレーズは、依存を不安に思う患者にも、漫然投与を続ける医療者にも、同時に効きます。ベンゾジアゼピン系は一般に連用により効果が減弱するという特徴があり、不眠が遷延すると患者の強い希望からその都度増量・追加がなされ、雪だるま式に処方が膨らんでいるケースが散見される、とも指摘されます。そのような使用は根本的な解決に至らないので、増量や追加を行う前に生活面の問題をもう一度聴取し、睡眠衛生指導をやり直す必要がある、と続きます。
減量が思うように進まないときには、減らし方の問題ではなく原疾患の治療が十分に行われているかを検討することが大切だ、とも書かれています。ベンゾジアゼピン系が無効である場合には、背景に精神障害やむずむず脚症候群などの基礎疾患が存在することも多い。「減らせない=意志の問題」ではなく「診断がまだ合っていない可能性」を先に置く、という順序です。
減らすことにこだわりすぎない
一方で、記事全体が「減らすべき」一辺倒になると、現に服用している読者を追い詰めるだけになります。成書はここにも錘を置いています。
転倒のリスクを作っているのは薬剤だけではないので、長年飲んできた患者に対しては中止を絶対の目標に据えず、飲み続けたまま他のリスクを削っていく道もある、とされます。この論点の全体は、連載第6回の減らすとき、やめるときに整理しました。
睡眠薬の側から一つ足しておきたいのは、目標水準の置き方です。加齢とともに眠りの質も長さも落ちていくため、特に高齢の患者では本人が望む水準に届かないことが多く、「日中の眠気で困らない程度」を到達点に置く、という書き方をする成書があります。減らせるかどうかを議論する前に、何をもって効いたとするかを患者と揃えておく。ここがずれたままだと、効いているのに効いていないことになり、用量だけが動いていきます。なお、長期服用者に対して「何が何でもやめる」を目標に置かないという考え方は、連載第6回の減らすとき、やめるときで扱っています。
症状の改善とともに自然に飲み忘れが増えていく患者に対して、それは良くなってきている証拠だと伝えている、という記述もあります。ただしこれは、1日抜けても大きな支障が出ない薬剤に限った条件つきの話です。処方する側が漸減の手がかりとして読み取っているという話であって、患者さんに飲み忘れを勧める趣旨ではありません。 離脱症状の頻度をめぐる数字と、著者自身の臨床印象とが同じ節に並んでいることの意味については、次に挙げる連載第6回で扱います。
減らし方そのものの設計と、うまくいかないときの立て直しについては、連載第6回の減らすとき、やめるときにまとめます。抗不安薬の側の論点――ベンゾジアゼピン系に何ができて何ができないか――は、第5回の抗不安薬の実際で扱います。なお、うつ病に伴う不眠を抗うつ薬の側から組み立てる場面については、連載第1回のSSRIの選び分けと第3回のSNRI・NaSSA・その他の立ち位置もあわせてご覧ください。
CBT-Iと睡眠衛生をどこに置くか
薬物療法と対立するものではない
CBT-Iは薬物療法と二者択一の関係にあるのではなく、薬が十分に効いていない患者に用いても効果を示す、とされます。根拠として、薬物療法抵抗性の慢性不眠症を対象とした日本の多施設ランダム化比較試験が挙げられています。メタ解析の観点からは、がんや線維筋痛症のような身体疾患、うつ病・PTSD・アルコール依存症といった精神障害が併存する不眠症についてCBT-Iの有効性が確かめられているとされますが、精神障害が併存する場合のほうが、身体疾患の場合より有効性は高いとされ、身体疾患のほうははっきりしているとまでは言えない、という留保が添えられています。
中身は、刺激制御法と睡眠制限法を組み合わせた「睡眠スケジュール法」として整理されます(本記事は成書にならい、この2つを合わせた呼び方として用います。患者さん向けの薬に頼らない不眠治療(CBT-I)では、睡眠制限法の別名として並列に立てています)。刺激制御法は、床に入るのは眠気が来た時刻かあらかじめ決めた時刻に限る、15分経っても寝つけなければベッドから出る、日中はつらくても身体を休めず普段どおりに生活する、仮眠は控える(とるなら15時までに30分程度)、といった項目からなります。睡眠制限法は、直近の平均睡眠時間とベッド上時間から希望起床時刻を決め、そこから睡眠時間を引いた時刻を入床時刻とし、1〜2週間続けて調整していく方法です。なお睡眠効率の計算式と調整基準は、原典の該当箇所に読み取りの不確かさが残っているため、ここでは数式を挙げません。実施の詳細は薬に頼らない不眠治療(CBT-I)にまとめています。
非薬物療法にも「効き始めの副作用」がある
あまり書かれていない論点なので、落とさずに置いておきます。 睡眠スケジュール法にも、副作用と呼ぶべきものがあります。寝床にいられる時間を切り詰める以上、一時的な睡眠不足はどうしても生じるため、疲労感(100%)、強い眠気(94%)、無気力(89%)、頭痛や怒りっぽさ(72%)が認められる、と具体的な割合まで挙げられています。これを必ず事前に説明しておくことが成否を分けるとされ、患者が副作用を報告してきたら、それが出るのは取り組みが正しい証拠であること、ここまでよくできていることを言葉にして励ますべきだ、と書かれています。別の成書も、睡眠制限法では疲労感や眠気がほぼ必ず出ると述べ、この点を事前に念押ししておかなければうまくいかない、とします。薬の副作用を先に伝えるのと、まったく同じ構えです。
情報を渡すこと自体が介入になる
患者向けの冊子を渡すことで減薬や中止が進みやすくなることが、複数の研究で示されている、という記述があります。冊子に盛り込むべき5つの要素は、連載第6回の減らすとき、やめるときに整理しました。ワークブックやセルフケアの類は、勧めて渡すだけの一方通行では進まず、診察で進捗を一緒に確認することが勧められています。
睡眠衛生についても同じことが言えます。就床・起床時刻、寝床での過ごし方、カフェインや飲酒、寝室の環境といった項目は、渡して終わりにすると読まれないまま終わりますが、診察で一つずつ確かめていくと介入になります。項目そのものは患者さん向けの睡眠衛生――眠れない夜をこじらせないための工夫にまとめています。
減量は指示ではなく共同作業として設計されている、という点で、複数の成書が一致しています。この記事自体も、そのための材料の一つとして書いています。頓服との付き合い方については頓服薬の上手な使い方、依存の考え方については抗不安薬と依存もあわせてご覧ください。
参考にした書籍
この記事は、次の書籍および雑誌特集号の記述を要約・再構成して作成しました(原文の転載ではありません)。用量・適応・エビデンスは各書の執筆時点の記載に基づいています。添付文書に関する記述は2026年7月時点で確認した内容です。実際の処方にあたっては、最新の添付文書と各学会のガイドラインをご確認ください。
- ジェネラリストのための 向精神薬の使い方(宮内倫也/日本医事新報社)
- 本当にわかる 精神科の薬 はじめの一歩(稲田健 編/羊土社)
- こうすればうまくいく! 精神科臨床はじめの一歩(宮内倫也/中外医学社)
- 精神科臨床Q&A for ビギナーズ(宮内倫也/医学書院)
- 対話で学ぶ精神症状の診かた(宮内倫也・樫尾明彦/南山堂)
- 精神診療プラチナマニュアル(松崎朝樹/メディカル・サイエンス・インターナショナル)
- 研修医・コメディカルのための 精神疾患の薬物療法講義(功刀浩 編/金剛出版)
- ストレスチェック面接医のための メンタル産業医入門(櫻澤博文/日本医事新報社)
- せん妄診療実践マニュアル(井上真一郎/羊土社)
- 自信がもてる! せん妄診療 はじめの一歩(小川朝生/羊土社)
- 精神科治療学 特集「せん妄治療の現在――この10年の進歩――」(「精神科治療学」編集委員会 編/星和書店)
- 向精神薬と妊娠・授乳(伊藤真也・村島温子・鈴木利人 編/南山堂)
よくある質問
睡眠薬には強い薬と弱い薬があるのですか。
「強さ」を一本の物差しで並べられる薬ではありません。睡眠薬は働きかける場所がまったく違う何種類かに分かれていて、寝つきを助けるのが得意なもの、目を覚ましておく仕組みを静める性質のもの、体内時計に夜が来たことを知らせるものがあります。合うかどうかは、眠れなさの中身、年齢、ほかに飲んでいるお薬によって変わります。「もっと強い薬に」ではなく「どう眠れないか」を伝えていただくほうが、選び直しの手がかりになります。
「ベンゾジアゼピン系ではない睡眠薬」だと聞きました。くせになりにくいのでしょうか。
その呼び名は、薬の骨格の形が違うという意味であって、体の中で働く場所が違うという意味ではありません。専門書の多くは、この名前が「だから安心」という誤解を生みやすいと指摘しており、依存や離脱については同じように注意すべきものとして扱っています。一方で、まったく別の仕組みで働く新しいタイプの薬もあり、そちらは位置づけが異なります。今飲んでいる薬がどちらなのかは、診察のときに確かめておくとよい点です。
飲んでも効いている感じがしません。量を増やしたほうがよいですか。
増やせば増やすほど眠れる、という作りの薬ばかりではありません。ある量から先は眠りが良くならず、翌日のだるさやふらつきだけが増えていくタイプがあることが、薬の仕組みから説明されています。また、効いた実感がはっきり出ないことが最初から想定されているタイプの薬もあります。効かないと感じたときは、量よりも先に、飲む時刻、寝床にいる時間、ほかの原因が隠れていないかを見直すほうが結果につながることがあります。いずれも自己判断で動かすものではないので、感じたことをそのまま主治医にお伝えください。