はじめに
一日じゅう、どこかしら具合が悪い。頭が痛い、お腹が痛い、身体が重い。ひとつひとつは大したことがない。でも、完全に調子がいいという状態がない。
こういう感覚を、長く抱えてきた方がいらっしゃいます。
この記事では、発達障害のある女性——とくにASD(自閉スペクトラム症)のある方の身体の不調について扱います。感覚過敏そのものについては発達障害・ASDの感覚過敏とは?に、どの科にかかるかについては自律神経失調症は何科に行けばいい?にまとめてあります。
先に、いちばん大事なことを書きます。 身体の症状には、身体の病気が背景にあることがあります。まず必要な検査を受けて、身体の側を確かめてください。 この記事は、それが済んだあとで読んでいただくものです。
なお、この記事は英国のASD当事者であり支援者でもある著者が書いた『自閉スペクトラム症の女の子が出会う世界』を一次資料にしています。以下「本書」と呼びます。またASDは発達障害と呼ばれるもののひとつで、ほかにADHD(注意欠如多動症)などが含まれます。
「気にしすぎ」と言われてきた方へ
本書の著者は、自身が長いあいだ心配のしすぎる人として扱われてきた、と書いています。痛み、うずき、合わないもの、感覚の過敏さ。生活に影響する不調が途切れることなく続くためです。
同じ扱いを受けてきた方は、少なくないはずです。
ここで押さえておきたいことがあります。症状のつらさは、実在しています。 感じ方が人と違うことと、感じていないことは、まったく別です。
むしろ、我慢して受診していない
意外に思われるかもしれませんが、本書ははっきりこう書いています。
健康について大げさに騒ぐASDの女性には、一度も会ったことがない。むしろ逆で、かなりの不快感や痛みを抱えたまま、医療機関に相談せずにやり過ごしている人のほうが多い。
これは臨床的に重要な指摘だと思います。「気にしすぎ」というレッテルとは、事実がまるで逆かもしれない、ということです。
そのうえで、こういう可能性も示されています。感覚の受け取り方が細やかで、細部によく気がつくために、身体のどこかがおかしいと早く察知できるのかもしれない。
つまり、訴えが多いのは大げさだからではなく、気づきやすいからかもしれない、という見方です。
身体の検査が済んだあとで考えること——「負荷」という見方
本書が挙げている症状を並べていくと、共通する背景が指摘されています。
頭痛、胃腸の不調、慢性的な疲れ、強い倦怠感。本書の著者は、自分のアンケートに寄せられた回答を見るかぎり、最も多く挙がった症状の背景にはストレスが共通していたと述べています。
⚠️ ここは正確に受け取ってください。これは対照群を置いた研究ではなく、著者の回答者に限った観察です。「ASDのある女性の身体症状は、一般にストレスが原因である」という意味ではありません。
そして、その負荷がどこから来るのかも書かれています。人づきあいの面でも身体の面でも、先が読めず気の休まらない場所に身を置き続けたことの帰結だ、と。
ここは大事なところです。身体の症状は、心が弱いから出ているのではありません。 常に周囲を解読し、反応を組み立て、感覚の刺激を処理し続けている——その負荷が、身体の側に出ている、という説明です。
ただし、繰り返します。 すべてをこの説明で片づけてはいけません。身体の病気が隠れていることがあります。検査を受けたうえで、説明がつかない部分について考える、という順序を守ってください。
この説明を当てはめてはいけないとき
「負荷」という見方が使えるのは、すでに身体の検査を受け、経過も落ち着いている症状についてです。次のようなときは、この説明を当てはめずに、あらためて身体の側を確かめてください。
- これまでになかった症状が、新しく出てきた
- 前からある症状でも、痛み方・場所・強さ・出方が明らかに変わった
- 体重が思いがけず減った、熱が続く、出血がある
- 前回の検査から、長い時間が経っている
「いつものやつだ」と思えることのほうが、かえって見落としにつながります。 そして、この記事で書いてきたとおり、内側の感覚に気づきにくいこと自体が特性として起こりえます。 だからこそ、変化があったときは自分の感覚だけで判断せず、確かめる側に倒してください。
定期健診は、飛ばさないでください
同じ理由から、もうひとつお願いがあります。
身体の内側の信号を拾いにくい方は、自覚症状をきっかけにした受診では、どうしても遅れます。 「具合が悪くなったら行く」という組み立てが、この場合はうまく働きません。
ですから、自治体や職場から健診の案内が来たら、体調がよくても受けておいてください。 症状が出てから探すのではなく、あらかじめ決まった時期に確かめるという形のほうが、感覚の当てにならなさを補えます。
不調が続いている方にとっては、「異常がなかった」という結果そのものが手がかりになります。身体の側を確かめたうえで、残っている部分について考えられるようになるからです。
感じ取りにくさと、感じすぎ
身体の感覚については、二つの方向のことが同時に起こります。
ひとつは、内側の感覚が拾いにくいこと。 空腹、のどの渇き、尿意、疲れ、痛み。こうした身体の内側からの信号に気づきにくいことがあります。気づいたときには、かなり進んでいる。倒れるまで疲れに気づかない、という形になることもあります。
もうひとつは、身体の感覚と気持ちの区別がつきにくいこと。 これは失感情症(アレキシサイミア)と呼ばれます。自分がいまどう感じているのかが分からない、あるいは言葉にできない状態です。
本書には、これに関連して印象的な記述があります。ずっと気分の落ち込みや緊張を抱えたまま生きてきた結果、「大丈夫」という状態がどういうものか、実際に分からなくなっているのではないか——という著者自身の見立てです。
比べる基準がないので、いまが悪いのかどうか判断できない。だから受診も遅れる。そういう仕組みです。
なお、外からの刺激に対する感覚の過敏さについては発達障害・ASDの感覚過敏とは?にくわしくまとめています。
反応するものの幅が広い
感覚の過敏さというと、音・光・においが思い浮かびます。けれど本書は、それよりずっと広い範囲のものに反応する方が多いと書いています。
挙げられているのは、たとえば次のようなものです。
- 洗剤や柔軟剤、芳香剤、香水
- 蛍光灯の光、エアコンの風
- 特定の生地(ウールなど)
- 飲食物に含まれる成分、カフェイン
これらは日常のあちこちにあるため、避けることが難しく、しかも周囲に理解されにくいという二重の困りごとになります。「そんなことで」と言われやすい領域です。
なお、光やコントラストへの感受性について、本書は関連が語られることが多いと触れつつ、それを裏づける研究は見つけられなかったと正直に書いています。ここは断定されていない領域として受け取ってください。
月経のこと
月経については、慎重に書きます。
本書の著者自身の調査では、月経が始まった年齢、周期の乱れ、月経の重さのいずれについても、一般の女性と比べて予想したほどの差は見られませんでした。
一方で、異なる結果を報告している研究もあります。月経前の不調を経験する人の割合が高い、月経の周期が不規則な人が多い、といったものです。
ここで大事なのは、二つのことです。
ひとつ。 これらは「関連が指摘されている」段階のもので、確立した事実ではありません。この記事を読んで、何かの検査を受けるべきだと考える必要はありません。
ふたつ。 月経に伴う不調そのものは、婦人科で相談できることです。気分の変動が月経周期と結びついている場合については、当院のPMS/PMDDの記事もご覧ください。年代によっては更年期の影響が重なっていることもあります。
医師に症状を伝えるのが難しい
ここが、この記事のもうひとつの中心です。
診察では、たいてい「どこが、どんなふうに、いつからつらいですか」と聞かれます。ところが、この聞き方が答えにくいことがあります。
- 感覚と気持ちの区別がつきにくいため、「つらい」の中身を分解できない
- 痛みの程度を数字で表すことに実感が伴わない
- ずっとその状態なので、いつからかが分からない
- 説明しているうちに、聞かれたことから外れていく
さらに、表情や声に出にくいという問題があります。前回の記事でも触れたとおり、痛みの表れ方が典型と違うと、周囲は実際より軽く見積もります。
伝え方の工夫
そこで、いくつか実際的な方法を挙げます。
書いたものを持っていく。 その場で言葉にするのがいちばん難しいので、事前に書いておきます。診察の場で読み上げても、渡してしまっても構いません。
時間の情報で伝える。 程度を表すのが難しければ、変化のほうを伝えます。 「三か月前は週に一度だったが、いまは毎日ある」「去年は仕事のあと家事ができていたが、いまはできない」。程度より、できていたことができなくなったという形のほうが伝わります。
表れ方の癖を、先に伝える。 「痛みを表情や声に出しにくいので、実際より軽く見えることがあります」。これは一言添えるだけで、受け取られ方が変わります。
薬の効き方も伝える。 本書には、抗生物質をはじめ薬に対して過敏な反応が出る方の報告があります。効きすぎる、副作用が出やすい、やめたあとも症状が残る——そうした経験があれば、そのまま診察でお話しください。 処方を決めるときの重要な材料になります。ご自身の判断で薬を避けるのではなく、伝えて一緒に調整するのが安全です。
自分で調べたことを言ってよい。 本書には、ASDの女性は自分自身を研究の対象にし、自分の症状については医療者より詳しいことすらあると書かれています。そして、医療者の側はそれに身構えるのではなく耳を傾けたほうがよい、とも。調べたことを遠慮なくお持ちください。
ただし、診断そのものは検査と診察で決まります。 「これだと思う」より「これを調べました」という形で持ってきていただくのが、いちばん役に立ちます。
自分で見つけている対処
本書には、当事者が実際に使っている方法が並んでいます。特別なものではなく、続けられているところに意味があります。
- 没頭できるものを持つ。 音楽、写真、創作。考えが同じところを回り続けるときに、そこから抜ける手立てになる
- 身体を動かす。 ある方は、緊張をほどく日課として運動を挙げています。歩くことが気分の落ち込みに役立ったという声もあります
- 書く。 自分を励ます言葉、これからの計画、腹が立った相手への対処法。書き留めること自体を、自分のための手当てとして使っている方がいます
- 時間と、分かってくれる人。 うまく対処できないとき、打ちのめされているときに、穏やかに理解してくれる人がいること
- 理解のある仲間。 ただ人がいればよいのではなく、分かっている人であること
そして、本書が最良の「治療」として挙げているのは、投薬でも特別な技法でもありません。どこまでが自分の容量なのかをつかみ、それを周りに言えるようになること——そこを支えることが治療になる、という書き方です。
著者自身、自分にできることの範囲が人と比べてどれだけ限られているかを理解したことが、文字どおり自分を救った、と書いています。そして、こう続けます。どう見られようとも、「普通」に見せかけることより健康を優先する。
治療について——何が合うか
最後に、治療の合う・合わないについて触れておきます。
本書の当事者からは、話を聞いてもらう形のセラピーについて、評価が分かれています。
うまくいかなかった側の声。 気持ちを掘り下げる形式は、自分や他人の感情を見通す力が前提になる。それが難しい状態では効きにくかった。加えて、担当者が自分のASDを知らなかったため、対応に困っている様子だった——。
うまくいった側の声。 いまの担当者はASDをよく理解していて、自分から話題にしない限り気持ちを尋ねてこないので助かっている。人付き合いの場面をどう解釈すればよいかを一緒に整理してくれる——。
共通しているのは、感情を掘り下げるより、具体的な場面をどう解釈しどう動くかを一緒に組み立てる形のほうが合いやすい、ということです。
なお、当院には心理士がおらず、心理士によるカウンセリングは行っていません。 本格的な心理療法(専門プログラム)も提供していません。
ご希望の場合、実施している医療機関はご自身でお探しいただくことになりますが、紹介状(診療情報提供書)は必要に応じて作成します。
受診の目安
- 検査では異常がないと言われたが、不調が続いている
- 疲れに気づかないまま動き続け、倒れるまで止まらない
- 自分の体調をうまく説明できず、受診をあきらめてきた
- 「気にしすぎ」と言われ続けて、相談しにくくなっている
- 不調のために、生活が回らなくなってきている
身体の検査がまだであれば、そちらが先です。 そのうえで、負荷のかかり方や生活の組み立てについては、精神科でも一緒に考えられます。
当院では初診の前にWEB問診にご記入いただきます。初診の時間は問診を含めて30分程度をみています。
まとめ
- 「気にしすぎ」というレッテルとは、事実が逆かもしれない。 かなりの不調を抱えたまま受診せずにいる方のほうが多いと記されている
- 症状の背景として負荷が挙げられているが、これは著者の回答者に限った観察であり、対照群を置いた研究ではない。身体の病気の確認が先
- 新しい症状/症状の質が変わったときは、この説明を当てはめない。 「いつものやつだ」と思えることのほうが見落としにつながる
- 身体の内側の感覚(空腹・疲れ・痛み)は拾いにくいことがあり、気づいたときには進んでいる
- 失感情症——感覚と気持ちの区別がつきにくい。ずっと不調だと「大丈夫」の基準そのものが分からなくなる
- 反応するものの幅が広い(洗剤・照明・生地・成分など)。避けにくく、理解されにくい
- 月経との関連は指摘されている段階であり、確立した事実ではない。受検を促すものではない
- 伝え方の工夫は、書いて持参する/程度より変化で伝える/表れ方の癖を先に言う/調べたことを遠慮しない
- 当事者が続けている対処は、没頭できるもの・身体を動かす・書く・理解のある人
- 本書が最良とするのは、自分の限界を知り、それを人に伝えられるようになること
次回は、働き方を扱います。
参考にした書籍
- サラ・ヘンドリックス『自閉スペクトラム症の女の子が出会う世界』
よくある質問
「発達障害」と「ASD」は、同じものですか。
同じではありません。発達障害は、生まれつきの脳の働き方の違いから生活のしづらさが生じる状態をまとめた呼び方で、そのなかにASD(自閉スペクトラム症)やADHD(注意欠如多動症)などが含まれます。ASDは発達障害のひとつ、という関係です。日常では「発達障害」がASDとほぼ同じ意味で使われることも多いので、どちらの言葉で探されたかを気にしていただく必要はありません。
身体の不調は、すべて発達障害のせいなのでしょうか。
そう考えるのは危険です。身体の症状には、身体の病気が背景にあることがあります。まず必要な検査を受け、身体の側の原因を確かめることが先です。そのうえで説明がつかない部分について、負荷のかかり方という観点から考えていく、という順序になります。
「気にしすぎ」「神経質」と言われ続けてきました。
そう言われてきた方は少なくありません。ただ、実際に診てきた印象は逆で、かなりの不快感を抱えたまま受診せずに済ませてしまう方のほうが多いというのが専門家の記述です。感覚の受け取り方に特徴があるために身体の変化に気づきやすいのかもしれない、という見方もあります(これは著者の推測として書かれているものです)。
自分の体調をうまく説明できません。
身体の感覚と気持ちを区別しにくいという特徴が知られています。そのため「どこがどうつらいか」という形で答えるのが難しいことがあります。あらかじめ書いたものを持参する、いつからどう変わったかという時間の情報で伝える、といった方法が助けになります。
カウンセリングを受けたほうがよいでしょうか。
役に立ったという声と、そうでなかったという声の両方があります。合った方の報告に共通していたのは、気持ちを掘り下げる形ではなく、具体的な場面をどう解釈しどう動くかを一緒に整理する形だった、という点です。なお当院には心理士がおらず、心理士によるカウンセリングは行っていません。本格的な心理療法(専門プログラム)も提供していないため、ご希望の場合は実施している医療機関をご自身でお探しいただくことになりますが、紹介状(診療情報提供書)は必要に応じて作成します。