はじめに
大人になってから発達障害の相談をすると、必ず子どもの頃のことを聞かれます。
ところが、いざ聞かれると多くの方がこう答えます。
特に何もなかったと思います。ふつうに学校に行っていました。
医師がなぜ過去を尋ねるのか、その理由については精神科医はなぜ子ども時代のことを聞くのかにまとめてあります。この記事で扱うのは、そこで話す側になったとき、何をどう思い出していけばいいのかというほうです。
女性のASD(自閉スペクトラム症)は、子どもの頃の記憶が「何もなかった」という形で残りやすい、という特徴があります。実際に何もなかったのではなく、当時それが困りごととして扱われなかったために、記憶の索引がついていないのです。
この記事は、その索引をつけ直すための手がかりを並べたものです。あくまで思い出すための呼び水であって、当てはまる数を数えるためのものではありません。
「おとなしい子」「手のかからない子」だった
まず、いちばん多いところから。
調査では、幼い頃に「内気」だと見られていた人が約半数にのぼります。そして、おとなしい子どもは専門家の注意をひきません。静かにしていれば誰にも迷惑をかけていないので、問題があるとは見なされないからです。
ただ、その静かな外側の内側で、何が起きていたか。
- みんなが遊んでいるあいだ、運動場をぐるぐる歩いていた
- 集団のそばに立っているだけで、その遊びの一部と見なしてもらえればいいと思っていた
- 幼稚園の初日、親の脚のうしろに隠れて、他の子をただ眺めていた
こうした場面に心当たりがあるなら、それは「内気だった」という一言に押し込められてきた記憶かもしれません。
問いかけとして。 当時のあなたは、静かにしていたかったのでしょうか。それとも、どうすればいいのか分からなかったのでしょうか。この二つは、外から見ると同じに見えます。
休み時間のことを、思い出せますか
この記事でいちばんお伝えしたい手がかりです。
多くの場合、学校生活でいちばんつらい時間は授業ではなく、休み時間です。
授業には枠があります。座る場所が決まっていて、話す順番があり、次に何が起きるか分かる。ところが休み時間になると、その枠が一斉に外れます。全員が場に放り出され、そこから先は自分でなんとかしなければなりません。急に人付き合いの力が問われ、複雑な関係と、交渉と、遊びのきまりを読み取ることが求められます。
その結果として、教室を出たときより疲れきって戻ってくるということが起こります。
- 昼休みを避けるために、わざわざ家へ帰って食べていた
- 教室に残って本を読んでいたかったのに、外に出されてしまった
- 何をするでもなく、決まった場所にただ立って過ごしていた
しかも休み時間は、一日に何度も訪れます。そして周囲からは「楽しい時間」ということになっています。
問いかけとして。 休み時間は、あなたにとって休みになっていましたか。放課後に友達と会う約束は、どれくらいありましたか。ある保護者が、娘さんの言い分をこう伝えています——朝から晩まで同じ場所にいたのに、そのあとさらに会いたくなるはずがないでしょう、と。
成績と、消耗のあいだにあった落差
「成績はよかったので、困っていなかったはずです」
これも、よくうかがう言葉です。けれど成績と、生活のしんどさは別のものです。
学校という場所では、勉強しているあいだも人付き合いが要求され続けます。つまり学業の中身と、その場の人間関係との両方を処理し続けなければならない。二重の負荷がかかっています。
そのうえで、こういうことが起こります。
- 分からないことがあっても、先生に聞きに行けない。迷惑をかけるかもしれない、怒られるかもしれないと思ってしまう
- 間違えるのが怖くて、何年も手を挙げなかった
- それでも成績だけは、どうにか保てていた
成績がよかったことは、困っていなかった証拠にはなりません。 むしろ、成績が保たれていたからこそ誰も気づかなかった、という順序であることが少なくありません。
問いかけとして。 学校から帰ったあと、あなたはどうしていましたか。すぐ動けましたか。それとも、しばらく何もできない時間がありましたか。
友達は「いた」のか、「いることになっていた」のか
外から見ると友達がいたように見える、というのがこの領域の難しいところです。
本書の調査には、次のような形が出てきます。
- 特定の一人にだけ強く結びついていて、その子が他の子と遊びに行くと不安でいっぱいになった
- 大きなグループの端にいれば、参加しなくても目立たずに済んだ
- いじめを避けるために、立場の強いグループにくっついていた。友情というより、事情による付き合いだった
- 面倒見のいい社交的な子が、世話を焼いてくれていた
最後の形について、ある保護者が印象的な言い方をしています。娘さんの友達を「人付き合いのための杖」と呼んでいた、というのです。
そばに誰かがいるという事実だけを見れば、人間関係は問題なしと結論づけられてしまいます。問題は数ではなく、その関係がどう成り立っていたかのほうです。
問いかけとして。 その友達関係は、あなたが選んだものでしたか。それとも、置かれた場所で成り立っていたものでしたか。
大人とばかり話していた
もうひとつ、見落とされやすい手がかりです。
調査では、まず話しかける相手として大人を挙げた人が約六割にのぼります。母親や祖父母が一番の話し相手で、それ以外に遊び相手を必要としなかった子もいます。
理由はわかりやすいものです。大人は同年代の子どもより、関わり方がはっきりしていて、伝え方も明快だからです。何をどう受け取ればいいかが読みやすい。
これは当時「しっかりした子」「大人びた子」と評価されがちで、心配の対象になりません。
問いかけとして。 子どもの頃、あなたが話していて楽だったのは誰でしたか。
ものを分け合うことが、なぜあんなに難しかったのか
「分け合えない子だった」という記憶を、性格の問題として抱えている方がいます。
けれど、ひとつのものを誰かと分け合うという行為には、実はたくさんのことが同時に含まれています。
- 予定が変わる——いままでしていたことを中断して、別の状況に合わせ直す
- 相手の考えが読めない——何を望んでいるのかが分からない
- 裏があるかもしれない——言葉になっていない意図を推し量る必要がある
- 先が見えない——いつ返ってくるのか、次はいつ自分の番なのか
- その場での交渉——即座に、その場に合った受け答えをしなければならない
- 持ち物や場所を明け渡す——手元の安心が減る
こう並べてみると、分け合うのが難しかったのは、わがままだったからではないことが見えてきます。ひとつひとつが、いちばん苦手なことの集合になっていたわけです。
実際、なぜ分け合うのか、そうすると何が起きるのかを筋道立てて説明してもらえれば、嫌がりはしなかったという人もいます。まわりがそれを望んでいるということ自体が、視野に入っていなかったというだけの話です。
観察して、まねて、覚えた
もうひとつ、あとから振り返って気づく人が多いのがこれです。
人付き合いを、直感ではなく研究として学んでいた、という感覚です。
- 他の人のふるまいをよく見て、そっくり再現していた
- 場面ごとに「こう言われたらこう返す」という台本を用意していた
- 似た場面でも、応用がきかなかった。ひとつひとつ別に覚える必要があった
- 物語をたくさん読んでいた。それが人間関係の教科書がわりだった
問いかけとして。 人と話すとき、頭のなかで別の作業が走っていませんでしたか。話しながら、同時に何かを組み立てていた感覚はありませんでしたか。
思春期に、何が変わったか
多くの女性が、はっきりした転換点として思春期を挙げます。
幼い頃はそれほど目立たなかったのに、思春期に入ると急に立ちゆかなくなる。ある当事者は、それまで単なる「違い」でしかなかったものが、ほとんど一夜にして人格上の欠点として扱われるようになった、と書いています。
理由のひとつは、関係の作り方そのものが切り替わることです。
- 子どもの頃の友達付き合いは、何をして遊ぶかという中身が中心
- 思春期以降は、誰がどういう人かという人柄と評判が中心
- 話題は人についての話が増え、含みが多くなり、味方の関係は日ごとに移り変わる
この切り替えについていくのが難しい。まずなぜ変わったのかが分からず、次に変わったあとの場所で自分を保つのが難しい、という二段階で苦しくなります。
そして、この時期に不安・自傷・摂食の問題が出てきても、当時は「思春期だから」で説明されて終わってしまうことが多かったはずです。根っこにあった消耗のほうは、扱われないままになります。
問いかけとして。 あなたにとって、いちばん苦しかったのは何歳ごろでしたか。そのとき何が変わりましたか。
思い出せないときは、どうするか
ここまで読んで、それでも思い出せない方へ。
思い出せないこと自体を、そのまま診察でお話しいただいて構いません。 「よく覚えていない」は、隠すべきことではなく、そのまま情報です。
手がかりになりうるものを挙げておきます。
- 通知表、連絡帳、作文、卒業文集
- 母子手帳
- 当時の写真(表情や立ち位置に出ていることがあります)
- きょうだいや親戚から聞いた話
- 当時の担任や友人の記憶
ただし、揃わないことを理由に受診をためらわないでください。 ご両親が亡くなっている、実家と距離がある、当時のことを聞ける相手がいない——そういう方はたくさんいらっしゃいます。手元に何もなくても相談は始められます。
ご家族に無理に連絡を取る必要もありません。 聞くこと自体がつらい関係もあります。その場合は、ご自身の記憶といまの困りごとから始めれば十分です。
正確さも求めていません。何年のいつ、という精度は要りません。「そういう感じだった」という質感のほうが役に立ちます。 あいまいなところは、あいまいなままお話しください。
当院では初診の前にWEB問診にご記入いただきます。初診の時間は問診を含めて30分程度をみています。
受診の目安
- 子どもの頃を振り返ると、思い当たることがいくつも出てきた
- 「おとなしい子」「しっかりした子」と言われてきたが、内側はそうではなかった
- 成績は保てていたのに、学校から帰ると何もできなくなっていた
- 思春期のどこかで、それまでできていたことが立ちゆかなくなった
- いまも同じ形のつまずきが、場所を変えて続いている
過去を確定させるためではなく、いまの困りごとの成り立ちを知るための相談として来ていただければ十分です。
まとめ
- 「何もなかった」という記憶は、実際に何もなかったのではなく、当時それが困りごととして扱われなかったために索引がついていないことが多い
- 幼い頃に「内気」と見られていた人は約半数。静かな子どもは注意をひかない
- いちばんつらいのは授業ではなく休み時間。 枠が外れた瞬間に人付き合いの力が問われ、教室を出たときより疲れて戻ってくる
- 学校では学業と人間関係を同時に処理する必要があり、成績がよかったことは困っていなかった証拠にならない
- 友達は「いた」のではなく「いることになっていた」場合がある。数ではなく、その関係がどう成り立っていたか
- 話し相手に大人を選んだ人は約六割。当時は「大人びた子」と評価されて心配されない
- 分け合えなかったのは、わがままだったからではなく、苦手なことが同時に集まった行為だったから
- 思春期は転換点になりやすい。関係の作り方が中身から人柄へ切り替わる
- 思い出せないことは、そのまま話してよい。 正確さより質感
次回は、そうして大人になってから診断がついた女性たち——とくに40代・50代での診断を扱います。
参考にした書籍
- サラ・ヘンドリックス『自閉スペクトラム症の女の子が出会う世界』
よくある質問
「発達障害」と「ASD」は、同じものですか。
同じではありません。発達障害は、生まれつきの脳の働き方の違いから生活のしづらさが生じる状態をまとめた呼び方で、そのなかにASD(自閉スペクトラム症)やADHD(注意欠如多動症)などが含まれます。ASDは発達障害のひとつ、という関係です。日常では「発達障害」がASDとほぼ同じ意味で使われることも多いので、どちらの言葉で探されたかを気にしていただく必要はありません。
子どもの頃のことをほとんど思い出せません。相談しても意味がないでしょうか。
意味がないということはありません。思い出せないこと自体を、そのまま診察でお話しいただければ結構です。断片でも構いませんし、ご家族から聞いた話や、通知表・母子手帳・当時の写真といったものが手がかりになることもあります。何も揃わないまま相談を始めている方もたくさんいらっしゃいます。
成績はよかったのですが、それでも発達障害の可能性はありますか。
あります。学業成績と、生活のしんどさは別のものだからです。授業のあいだは成績を保てていても、休み時間や行事のような自由な時間で消耗しきっていた、という経過は珍しくありません。成績がよかったことは、困っていなかった証拠にはなりません。
親に当時のことを聞くのがつらいのですが、必ず必要ですか。
必須ではありません。ご家族に確認するのが難しい事情がある方もいらっしゃいます。ご自身の記憶と、いまの困りごとから話を始めることはできます。無理にご家族へ連絡を取る必要はありません。
思い出したことが、記憶違いかもしれないと不安です。
細かい正確さを求めているわけではありません。何年のいつ、という精度は必要なく、「そういう感じだった」という質感のほうが役に立ちます。あいまいなところはあいまいなままお話しください。