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連載「女性のASD」第7回(全11回) 第1回から読む →

はじめに

この記事では二つのことを扱います。性自認・セクシュアリティと、性をめぐる安全です。

はじめに言葉の整理をしておきます。ASD(自閉スペクトラム症)は、発達障害と呼ばれるもののひとつです。 ほかにADHD(注意欠如多動症)などが含まれます。「発達障害」という言葉でこの記事にたどり着いた方も、そのままお読みいただいて構いません。なお一次資料には、英国のASD当事者であり支援者でもある著者が書いた『自閉スペクトラム症の女の子が出会う世界』を使っています。以下「本書」と呼びます。

先に、扱わないことを書いておきます。性行為そのものの具体的な内容や、被害の場面の描写は書きません。 また、当てはまる項目を数えて何かを判定するような形にもしていません。

読んでいて苦しくなったら、途中でやめていただいて構いません。後半は安全の話になります。

性自認・セクシュアリティ・「女性らしさ」は、別のもの

まず、混同されやすい三つを分けます。

  • 性自認——自分を、どの性の人間として感じているか
  • 性的指向——誰に惹かれるか
  • 「女性らしさ」への適合——服装、話し方、集団でのふるまいが、周囲の期待に合うかどうか

この三つは、それぞれ独立して動きます。

たとえば、自分のものの考え方は男性に近いと感じている女性が、そのまま同性愛者であるとも、トランスジェンダーであるとも限りません。異性のパートナーとの関係を望んでいる場合もあります。

逆に、女の子の集団になじめず、いわゆる女性らしいふるまいと縁がなかった方でも、自分が女性であることに迷いがない方はたくさんいらっしゃいます。ある方は、性自認という概念自体がよく分からない、自分はずっと女性だと感じてきたし、それを誇らしく思ってきた、と書いています。

「なじめない」ことと「自分が何者か」は、別々に考えてよいのです。

分かっていること、分かっていないこと

そのうえで、報告されていることを書きます。

ASDのある人では、男女の二択に収まりにくい性自認を持つ方の割合が、想定より多いと指摘されています。「ジェンダーフルイド」「第三の性」といった、より幅のある言い方を選ぶ方が多い、という観察です。

念のため言葉を説明しておきます。ジェンダーフルイドは、自分の性の感じ方が固定されず、時期や場面によって移り変わることを指します。第三の性は、男性でも女性でもない、別のあり方として自分をとらえる言い方です。どちらも「決められない」という意味ではなく、二択のほうが合っていないということです。

もうひとつ、性的指向についても書いておきます。誰にも性的に惹かれない(無性愛・アセクシュアル)、恋愛的に惹かれない(アロマンティック)というあり方があります。本書には、恋愛や性的な関係を望まない自分を長く欠陥のように感じてきたけれど、そういう生き方があると知って安堵した、という当事者の報告が出てきます。

「みんなが当たり前に求めるものを、自分は求めていない」。そのことは、直すべき問題ではありません。

関連する研究として、性別違和を扱う専門機関に紹介された若者を調べたところ、そのうち約8%にASDの診断基準が当てはまったという報告があります。一般の人口に比べれば高い割合ですが、大多数ではありません。

ただし、ここは慎重に読む必要があります。

  • これは「ASDだから性自認が揺らぐ」という因果関係を示したものではありません。
  • 調べられた集団が限られているため、そのまま一般化はできません
  • そして何より、当てはまらない方が大勢いらっしゃいます

本書の著者も、必ずしもASDの女性に性別の迷いがあるわけではない、と明記しています。

分かっていることは、そう感じている人は少なくないということ。そして、自分だけがおかしいのではないということです。多くの方は、同じように感じている人が他にもいると知らないまま過ごし、自分の風変わりさを何かまったく別の事情のせいにしています。

ここからは、安全の話です

ここから後半に入ります。

この話題を扱う理由は、ひとつです。ASDのある女性が、性的な場面で危険にさらされやすいという報告が繰り返しなされているからです。書かないでおけば、備えることもできません。

ひとつ、先にお断りしておきます。本書には、当事者が自分の経験を「自分が人を信じやすかったせいだ」「世間知らずだったせいだ」と説明している箇所がいくつもあります。

この記事では、その言葉をそのまま紹介したうえで、医療の側からの見方も並べて書きます。 どちらか一方だけを示すのは誠実ではないと考えたためです。

まず、何が起きているのかを見ていきます。

「断ってもいい」ということを、知らなかった

本書のなかで、いちばん重い記述だと感じたのはここです。

ある方が、若い頃を振り返ってこう書いています。そのとき断らなかったのは、断ってよいということ自体を知らなかったからだ、と。そして、断れば嫌われると思っていたので、その危険を冒す気にはなれなかった、とも。

これは、意思が弱かったという話ではありません。選択肢が存在することを、誰も教えていなかったという話です。

だからここに書いておきます。

あなたには断る権利があります。

  • 一度受け入れたことでも、途中でやめてよい
  • 理由を説明する義務はない
  • 相手が不機嫌になったとしても、それはあなたの責任ではない
  • 断ったことで関係が壊れるなら、それは壊れてよい関係です

全員を信じるか、誰も信じないか、になってしまう

なぜ危険につながりやすいのか。その仕組みが、本書ではとても明快に説明されています。

人が安全かどうかの判断は、普通ははっきりした情報ではなく、その場の空気や、言葉になっていない合図から行われます。なんとなく違和感がある。目の動きが引っかかる。話の運び方が不自然だ——そういうものです。

その合図を受け取りにくいと、個別に判断するという手段が使えなくなります。

そうなると、残る選択肢は二つしかありません。全員を信じるか、誰も信じないか。

この二択は、どちらもうまくいきません。前者は危険にさらされますし、後者では誰とも関われなくなります。

本書の著者は、こうも書いています。周囲からは「何年も人付き合いを学んできたのだから、身についているはずだ」と言われる。けれどそれは不可能だ、と。どれだけ人の行動を学んでも、目の前の相手がこの先どう動くかを言い当てられるようには、ならないからです。

当事者はこう語り、医療はこう考えます

ここが、この記事でいちばん慎重に書きたいところです。

まず、医療の側からの見方

危険を作り出しているのは、つけこむ側です。

合図を読み取りにくいことは、特性です。特性は、被害の理由にはなりません。 見えない形で近づいてきた相手に気づけなかったことは、落ち度ではありません。読み取りにくさにつけこんだ人がいたのであれば、責任はその人にあります。

本書の著者は、当時の自分が三十代半ばで、知能検査の数値もきわめて高かったと書いています。そのうえで、こうした事態は知性とは関係がないと述べています。賢さで防げるものではない、ということです。

「なぜあのとき気づかなかったのか」と自分を責めてきた方に、伝えたいことがあります。気づけない形で行われたことに、気づかなかった責任はありません。

そのうえで、当事者はしばしば自分の側に理由を置いて語ります

本書のなかで当事者の方々は、自分の経験を振り返るとき、だまされやすかった、世間を知らなかった、人の言うことをそのまま受け取ってしまった——という語り方をされることがあります。本書の著者自身も、自分の身に起きたことについて、自分が状況を読み違えたのだという書き方をしています。

こう語ること自体は、否定されるものではありません。 何が起きたのかを自分なりに説明できる形にすることは、その後を生きていくうえで支えになることがあります。

ただ、それは自分の理解のための説明であって、責任の所在とは別のものです。

  • 自分の理解のために——何が起きたかを自分の言葉で置き直し、これから身を守る手立てを持つ
  • 責任の所在としては——つけこんだ側にある

この二つは、同時に成り立ちます。 備えを考えることと、自分を責めることは、別のことです。

同意を、どう確かめるか

とはいえ、備えは役に立ちます。あいまいなやりとりに頼らずに済む方法を、いくつか書いておきます。

言葉で確かめてよい、と知っておく。 空気で察し合うことが上品とされる場面はありますが、確かめること自体は失礼ではありません。 「今日はどういうつもりで誘ってくれたのか」と聞いてよいのです。

あいまいな返事は、同意ではない。 これは相手の側にも、自分の側にも当てはまります。黙っていること、断りきれずにいること、固まってしまうことは、どれも「はい」ではありません。

場所と条件を、先に決めておく。 初めて会う相手とは、人のいる場所で、時間を決めて会う。二人きりになる場所は避ける。これは相手を疑うことではなく、判断が要らない形にしておくという工夫です。合図が読めなくても安全が保たれるように、条件のほうを固定してしまうわけです。

⚠️ ここに挙げるのは、これから使える手立てです。過去にそうしなかった方に落ち度があった、という意味ではありません。 条件を固めていなかったことは、被害の理由になりません。

判断を外に置く。 ある当事者は、自分の感覚が信用できなくなったので、他の人を基準にして何が適切かを確かめるようにしていると書いています。別の方は、相手に求める条件をあらかじめ十個決めておき、それを自分への制約として使っていると語っています。

厳しいやり方に見えるかもしれません。けれど、その場で読み取ることに頼らない仕組みを作るというのは、理にかなった対処です。

「誰にも言えない」と思ってしまうこと

もうひとつ、書いておかなければならないことがあります。

何かがあったあと、きまりが悪くて誰にも打ち明けられないと感じる方が多い、という点です。

その理由として本書が挙げているのは、「なぜそんな判断をしたのか」を説明できないからです。あとから振り返れば不自然に見える選択を、そのときは悪くない考えだと思っていた。それを人に話せば、愚かだと思われるに違いない——そう考えて、口を閉ざしてしまう。

けれど、先に書いたとおりです。説明できないのは当然です。 読み取れない形で進んだことを、あとから論理的に説明できるはずがありません。

話さなければならない、という意味ではありません。 話さないという選択も尊重されます。

ただ、話していないことが、いまの体調や生活に影響を残している場合には、診療のなかで扱えることがあります。そのときも、何があったかを細かく話す必要はありません。 いま眠れない、人が怖い、体調が戻らない——そういうところから始めていただいて構いません。

当院についても書いておきます。性別違和そのものの専門的な評価や身体的治療は、当院では行っていません。 ジェンダー外来など、この分野を専門とする医療機関が担う領域です(子どもが性別に違和感を訴えたらにも同じことを書いています)。当院で扱えるのは、それに伴う不安・気分の落ち込み・不眠といった不調の部分です。

また、トラウマに特化した専門治療(トラウマ焦点化認知行動療法・EMDRなど)も行っていません。

これらをご希望の場合、実施している医療機関はご自身でお探しいただくことになりますが、紹介状(診療情報提供書)は必要に応じて作成します。

受診の目安

  • 断れないまま関係が進んでしまうことが、繰り返し起きている
  • 過去の経験が、いまの眠りや体調に影響している
  • 人が怖くて、必要な外出ができない
  • 自分の判断が信用できず、何を決めるのにも消耗する
  • 性自認や性的指向について考え続けていて、生活が回らなくなっている

いま危険が続いている状況であれば、まず身の安全を確保してください。 差し迫った危険があるときは警察(110番)へ、けがや体調の急変があるときは救急(119番)へご連絡ください。

性被害にあわれた場合には、性犯罪・性暴力被害者のためのワンストップ支援センターという公的な窓口があります。全国共通の短縮番号 #8891(はやくワンストップ)におかけいただくと、お電話をかけた場所から最寄りのセンターにつながります。産婦人科の受診、証拠の保全、法的な手続きなどについて、まとめて相談できる仕組みです。急いだほうがよい対応が含まれるため、迷っている段階でも連絡して構いません。(一部のIP電話などからはつながらないことがあります)

医療的な相談は、産婦人科や精神科でも受けられます。

当院では初診の前にWEB問診にご記入いただきます。初診の時間は問診を含めて30分程度をみています。

まとめ

  • 性自認・性的指向・「女性らしさ」への適合は、それぞれ別のもの。 なじめないことと、自分が何者かは切り離して考えてよい
  • ASDのある人では、男女の二択に収まりにくい性自認を持つ方の割合が想定より多いと報告されている。ただし因果関係は示されておらず、当てはまらない方も大勢いる
  • 「断ってもいい」ということ自体を知らなかった、という当事者の証言がある。断る権利があり、理由の説明義務はない
  • 安全の判断は言葉にならない合図で行われるため、それが読みにくいと全員を信じるか誰も信じないかの二択になってしまう
  • 当事者はしばしば自分の側に理由を置いて語る。それ自体は否定されるものではない。ただし責任の所在としては、つけこんだ側にある。 この二つは両立する
  • 読み取りにくさは、被害の理由ではありません。 知性で防げるものでもありません
  • 備えとして役立つのは、言葉で確かめる/あいまいな返事は同意ではないと知る/場所と条件を先に固定する/判断を外に置く
  • 「説明できないから言えない」と感じるのは自然なこと。細かく話さなくても相談は始められます

次回は、妊娠・出産・育児を扱います。

参考にした書籍

  • サラ・ヘンドリックス『自閉スペクトラム症の女の子が出会う世界』

よくある質問

「発達障害」と「ASD」は、同じものですか。

同じではありません。発達障害は、生まれつきの脳の働き方の違いから生活のしづらさが生じる状態をまとめた呼び方で、そのなかにASD(自閉スペクトラム症)やADHD(注意欠如多動症)などが含まれます。ASDは発達障害のひとつ、という関係です。日常では「発達障害」がASDとほぼ同じ意味で使われることも多いので、どちらの言葉で探されたかを気にしていただく必要はありません。

発達障害があると、性自認が揺らぐものなのでしょうか。

そうと決まっているわけではありません。同性の集団になじめなかった方でも、自分が女性であることに迷いがない方はたくさんいらっしゃいます。報告されているのは「そういう方の割合が想定より多い」ということであり、必ずそうなるという意味ではありません。因果関係もはっきりしていません。

「女性らしさ」になじめません。これは性自認の問題ですか。

別のことである場合が多いです。服装や話し方、集団のふるまいになじめないことと、自分をどの性として感じるかは、切り離して考えられます。また性自認と、誰に惹かれるかという性的指向も別のものです。三つを分けて考えると整理しやすくなります。

断れないまま関係が進んでしまいます。自分が悪いのでしょうか。

あなたの落ち度ではありません。相手の意図を読み取りにくいことは特性であって、それにつけこむ側に責任があります。そのうえで、これから先の備えとして、断り方をあらかじめ言葉にして用意しておくことは役に立ちます。過去にそうしていなかったことが問題だった、という意味ではありません。

過去に嫌な経験があります。誰にも話したことがありません。

話さなければならないものではありません。ただ、話さないまま体調や生活に影響が残っている場合には、診療のなかで扱えることがあります。何があったかを細かく話す必要はなく、いま困っていることから始めていただいて構いません。

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執筆・監修

精神保健指定医 野口晋宏

春日メンタルクリニック院長。精神科・心療内科の診療経験をもとに、受診前の不安や制度の疑問を整理しやすい情報提供を心がけています。

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