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連載「女性のASD」第5回(全11回) 第1回から読む →

はじめに

「友達は多いほうがいい」

この前提は、思っている以上に強く働いています。学校でも職場でも、人付き合いの広さは望ましいものとして扱われますし、少ないことは何かが足りない状態として見られがちです。

けれど、発達障害のある女性——とくにASD(自閉スペクトラム症)のある方の実際を見ていくと、その前提のほうが合っていないということがよくあります。

この記事では、会話のコツや空気の読み方は扱いません。それはASDの対人コミュニケーションのほうにまとめてあります。ここで扱うのは、友人関係そのものをどう組み立てるかという話です。

友達をつくるには、三つの別々の作業がいる

なぜ友達づくりが難しいのか。これを「人見知りだから」で済ませてしまうと、対処のしようがありません。

実際には、友人関係の維持には性質の異なる三つの作業が含まれています。

ひとつめ、見極めとタイミング。 この人は友達になれそうか。いま声をかけていい場面か。踏み込んでよい距離はどこまでか。

ふたつめ、その場に居続ける労力。 相手がいる場所に行き、そこで何をすればいいのかを理解し、実行する。会話だけでなく、いる場所そのものへの適応が要ります。

みっつめ、会っていないあいだの維持。 ここが見落とされがちです。会わない期間にも関係は続いているという感覚と、そのために必要な連絡の頻度・内容を判断すること。

三つとも、ASDの中心的な特性と正面からぶつかります。ひとつでも難しいのに、三つ同時に要求される。「友達づくりが苦手」と一言で言われているものは、実際にはこれだけ分解できるわけです。

分解しておく利点があります。どの段階でつまずいているのかが分かれば、扱い方も変わってきます。たとえば三つめだけが苦手なら、会っているあいだは問題なく、疎遠になることだけが繰り返される、という形になります。

一対一で、間隔をあけて

ASDの女性の友人関係には、共通する形があります。

会う頻度は低く、会う人数も少ない。そして一対一で、間隔をあけて会う。

数か月に一度、二人だけで会う。その間はほとんど連絡を取らない。そういう付き合い方をしている方が多く、そして多くの場合、それで足りています。

ここが大事なところです。少ないことが我慢の結果ではなく、それでちょうどいいということがある。ある方は、人生に必要な相手はパートナーだけだと語っています。

本書の著者自身も、家族以外で会う相手は五人ほどで、平均して三か月に一度、個別に会うと書いています。それより長く空くこともある。相手のことは大切に思っているけれど、会えなくて寂しいとは感じない、とも。

たくさんの友人がいる状態を標準に置かないこと。 これが、この領域でいちばん役に立つ考え方かもしれません。友人が少ないのはASDではよくあることだと分かるだけで、自分を責める必要がなくなる、という指摘があります。

会う前の準備と、会ったあとの回復

もうひとつ、実務的に重要なことがあります。

人と会うことには、事前の準備と事後の回復の両方が要るということです。

会っているあいだ、多くの方は意識的な作業を続けています。相手の言葉を解読し、返す言葉を選び、表情を組み立てる。ある当事者は、場面ごとにあらかじめふるまいを組んでおき、それを呼び出して対応していたと書いています。教会、食事、レストラン、かしこまった場——それぞれに別の設定を用意しておくのです。

別の方は、友人と会うときは意識して「仕事の時のモード」に入る努力が要り、その結果として消耗し、しばらく会えなくなってしまうと語っています。

著者自身も、二時間ほどで話すことが尽き、演じることに疲れて、家に帰って眠りたくなると書いています。

ここから出てくる実際的な工夫は、いくつかあります。

  • 予定を詰めない。 会う日の前後に、何もしない時間を確保しておく
  • 回復にかかる時間を、あらかじめ見込んでおく。 翌日まで動けないなら、翌日に予定を入れない
  • 時間の長さを先に決めておく。 二時間で切り上げると決めておけば、後半の消耗を避けられる

「会ったあと何日も動けない」のは、性格が弱いからでも、その相手が嫌いだからでもありません。 作業を続けたあとの当然の疲労です。

友達に何を求めるか——共感より、目的

友人観そのものが違う、という点もあります。

一般に友情は、気持ちを分かち合う関係として語られます。ところがASDの女性の語りには、別の軸がよく出てきます。関心が共通していること、知識をやりとりできること、実際に役に立つこと。

ある方は、はっきりこう書いています。世間話はしないし、理由もなくお茶を飲みに行くこともしない。すべてのやりとりに目的があると。そのうえで、こう続けます。互いを利用し合っているだけだと言われるかもしれない。けれど定型発達の人たちの友情にも、似た側面はあるのではないか。

この指摘は、なかなか鋭いところを突いています。

大事なのは、この友人観が間違っているわけではないということです。共感を中心に置く関係だけが友情ではありません。目的のある関係でも、長く続き、互いにとって意味があるなら、それは十分に友人関係です。

「そんなに会いたくない」と、どう伝えるか

ここは多くの方が実際に困っているところなので、独立して書いておきます。

本書には、こういう例が出てきます。遠方に住む親友が、以前より頻繁に訪ねてくるようになった。会うととても疲れる。けれど、相手の気持ちを損ねずに、会う回数を減らしたいと切り出す方法が分からない——というものです。

これは友情を軽んじているのではありません。相手を大切に思っているからこそ、傷つけずに頻度だけ下げる方法が見つからないわけです。

実際的な伝え方のこつを挙げておきます。

  • 理由を説明しようとしない。 説明しようとすると「あなたが疲れる相手だ」という話に近づいてしまいます
  • 自分の側の条件として言う。 「月に一度くらいのペースだと、こちらが続けやすい」という形にする
  • 関係を続けたい意思を先に置く。 「これからも会いたいので、無理のない間隔にしたい」

相手の評価ではなく、自分の容量の話にする。 これがいちばん角が立ちません。

それでも、少なすぎると困ることがある

ここまで「少なくていい」と書いてきましたが、そう言い切ってしまうと危ないところもあります。正直に書いておきます。

孤立の問題は、話し相手がいるかどうかだけではありません。英国自閉症協会に寄せられた声に、こういうものがあります。

一人で映画に行き、一人で食事をし、休日も一人で出かけて帰ってくる。それはいい。けれど、病気になったときに誰も様子を見に来ない。病院に連れて行ってくれる人もいない。 仕事のあとに、その日のことを話せる相手もいない。不安になったら、不安なままである——。

つまり、好みとしての「少なさ」と、いざというときに頼れる先がない状態は、別の問題です。

前者は変える必要がありません。後者は、備えておいたほうがよいものです。人数を増やすという意味ではなく、具合が悪くなったときに連絡できる先をひとつ決めておく、というような形で十分です。医療機関や公的な相談先も、その候補に入ります。

一人が好きなのか、動けなくなっているのか

もうひとつ、区別しておきたいことがあります。

自宅が唯一くつろげる場所である、という方は多くいます。仮面を外し、自分を監視しなくてよくなる場所。外へ出るのは、それだけで大きな負担になります。

その結果、ほとんど外出しない状態になることがあります。 そしてこれには二通りあります。

それが本人の選択である場合。 変える必要はありません。

選べなくなっている場合。 本書の著者は、専門職の側に注意を促しています。その人が外に出るために、何らかの後押しを必要としている可能性を、支援する側は頭に置いておくべきだ、と。

見分けの目安は、選べているかどうかです。

  • 行きたい場所があるのに行けない
  • 連絡したい相手がいるのに手が止まる
  • 断ったあとで、ずっと落ち込む

こうした形なら、好みの問題ではなくなっている可能性があります。ご自身では判断しにくいところなので、診察で話題にしていただいて構いません。

年を重ねると、輪郭がはっきりしてくる

最後に、少し明るい話を書いておきます。

本書がまとめているのは、年を経るほど、ありのままの自分に折り合いをつけられる女性が増えていくということです。

具体的には、こういう形で表れます。

  • 誰と会いたいのかが分かる
  • どのくらいの頻度なら続くかが分かる
  • どのくらいの長さなら保つかが分かる

そして、自分の限界を自覚したうえで、それを相手に伝えられるようになっていく。

十代の頃、周囲になじむために膨大な時間と力を使った方にとって、立ち止まって考えた結果、自分のやり方で行くことにしたという結論にたどり着けるのは、ひとつの到達点だと思います。

友人関係を保つための代償が、それで得られるものに見合わない。そう判断できることは、あきらめではなく、自信と自尊心が育った証だと本書は書いています。

受診の目安

友達が少ないこと自体は、相談の理由になりません。次のような場合には、一度整理してみる価値があります。

  • 人と会ったあとの消耗が大きく、生活の他の部分が回らなくなっている
  • 誘いを断れず、無理を重ねて体調を崩している
  • 外へ出たい気持ちはあるのに、動けない状態が続いている
  • 具合が悪くなったときに、連絡できる先がまったくない
  • 人付き合いのことで自分を責め続けている

当院では初診の前にWEB問診にご記入いただきます。初診の時間は問診を含めて30分程度をみています。

まとめ

  • 友人関係の維持には、見極めとタイミング/その場に居続ける労力/会っていないあいだの維持という、性質の違う三つの作業が含まれる。どこでつまずいているかで対処が変わる
  • ASDの女性に共通するのは、会う頻度が低く、人数も少なく、一対一で間隔をあけて会う形。そして多くの場合それで足りている
  • たくさん友人がいる状態を標準に置かない。 少ないのはよくあることだと分かるだけで、自分を責める必要がなくなる
  • 人と会うことには事前の準備と事後の回復の両方が要る。予定を詰めず、回復の時間をあらかじめ空けておく
  • 友人観が共感中心でなくてもよい。目的のある関係も、十分に友人関係
  • 断りにくいときは、相手の評価ではなく自分の容量の話にする
  • ただし「頼れる先がまったくない」状態は別問題。 具合が悪くなったときの連絡先をひとつ決めておく
  • 外出しないことが選択なのか、選べなくなっているのかは分けて考える
  • 年を重ねると、誰と・どのくらいの頻度で・どのくらいの長さなら続くかの輪郭がはっきりしてくる

次回は、恋愛とパートナーシップを扱います。

参考にした書籍

  • サラ・ヘンドリックス『自閉スペクトラム症の女の子が出会う世界』

よくある質問

「発達障害」と「ASD」は、同じものですか。

同じではありません。発達障害は、生まれつきの脳の働き方の違いから生活のしづらさが生じる状態をまとめた呼び方で、そのなかにASD(自閉スペクトラム症)やADHD(注意欠如多動症)などが含まれます。ASDは発達障害のひとつ、という関係です。日常では「発達障害」がASDとほぼ同じ意味で使われることも多いので、どちらの言葉で探されたかを気にしていただく必要はありません。

友達が少ないことは、治したほうがよいのでしょうか。

人数そのものを増やすことが目標になる必要はありません。ASDのある方では、人と会う頻度が低く、会う人数も少ない形が自然であることが知られています。多くの方は、一対一で間隔をあけて会う形で満たされています。ただし、困ったときに頼れる先がまったくない状態は別の問題ですので、そこは分けて考えます。

人と会ったあと、何日も動けなくなります。おかしいでしょうか。

珍しいことではありません。人とのやりとりには、事前の準備と事後の回復の両方が必要になると報告されています。会っているあいだ意識的に「対応モード」を保っているぶん、終わったあとに消耗が来ます。予定を詰めない、回復のための時間をあらかじめ空けておく、といった組み立て方が助けになります。

誘いを断りたいのですが、相手を傷つけずに伝える方法がわかりません。

多くの方が同じところでつまずきます。理由を説明しようとすると難しくなるので、「その日は難しい」「月に一度くらいのペースだと続けやすい」のように、自分の側の条件として短く伝える形が実際的です。相手の評価ではなく自分の容量の話にするのがこつです。

一人でいるのが好きなだけなのか、動けなくなっているのか、自分でも判断がつきません。

その見分けは、ご自身では難しいことがあります。目安になるのは「選べているかどうか」です。行きたい場所があるのに行けない、連絡したい相手がいるのに手が止まる、という形であれば、好みの問題ではなくなっている可能性があります。診察でご相談いただける内容です。

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執筆・監修

精神保健指定医 野口晋宏

春日メンタルクリニック院長。精神科・心療内科の診療経験をもとに、受診前の不安や制度の疑問を整理しやすい情報提供を心がけています。

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