はじめに
働き方については、当院にすでに二本の記事があります。
- 職場の雑談や人間関係、「愛想がない」と言われることについては職場の人間関係・雑談がつらい
- 仕事の選び方、障害者雇用や支援制度、職場での配慮の求め方については発達障害・ASDと仕事
この記事で扱うのは、そこに入っていない部分です。業務として数えられていないのに、確実に力を奪っていくもの——とくに、女性のほうに寄ってきやすい役割についてです。
見えない仕事が、女性に寄ってくる
職場には、業務分掌に書かれていない仕事があります。
- 来客にお茶を出す
- 同僚の慶弔や出産のときに、贈り物を手配する
- 誰かの機嫌を察して、場をなだめる
- 昼食に誘い、誘われ、その時間を一緒に過ごす
- 世間話に加わり、話題を回す
これらは仕事ではありません。少なくとも、そう扱われています。ところが実際には、やらないと評価が下がるという点で、仕事と同じ働きをしています。
そして本書がはっきり指摘しているのは、これらの役割が女性に期待されやすいということです。
ここで、ASDのある方に固有の問題が起こります。そういう期待が存在すること自体が、見えていないのです。
本書はこう書いています。性別に紐づいた役回りを当たり前のものとして引き受けられないうえに、そもそも自分にそれが求められているという事実にも行き当たらないまま過ごすことがある。
誰もが平等に扱われるものと思っていると、暗黙のうちに割り振られているものは視界に入りません。拒んでいるのではなく、そもそも見えていないわけです。
気づかないか、断るか——どちらでも角が立つ
やっかいなのは、気づいたあとも問題が残ることです。
「実はこういうことが期待されているんですよ」と説明されたとします。すると今度は、それは妥当なのかという問いが立ち上がります。 なぜ女性だけがやるのか。それは業務なのか。
そして、率直に疑問を口にしたり、はっきり断ったりする。結果として、「気難しい人」という評価がつきます。
つまり、こういう構造です。
- 気づかないままだと ——「気が利かない」と言われる
- 気づいて引き受けると ——業務外の負荷が積み上がる
- 気づいて断ると ——「扱いにくい」と言われる
どれを選んでも代償があります。本人の努力で解けるようにできていない、ということです。
業務より疲れるのは、業務ではない部分
本書の冒頭に置かれている当事者の言葉が、この章の核心だと思います。
これだけ長く仕事を手放さずにこられたのは、別人を演じる腕がすっかり上がったからだ。けれど、そのせいでここ数年は非常に苦しい。仮面の下にいるのが誰なのか、自分でも分からなくなってしまった——。
ここには二つのことが書かれています。
ひとつ。うまくやれていた。 つまり、外から見て問題は起きていなかった。
ふたつ。そのために払っていた代償が、あとから来た。
これが、職場の消耗が見えにくい理由です。成果が出ているあいだ、誰も気づきません。 本人でさえ、何に疲れているのか説明できないことがあります。
仕事の中身そのものは、得意なことも多いのです。細部を丁寧に扱う、決められた手順を守る、正確に処理する。むしろ人より力を発揮できる領域があります。
消耗しているのは、その周りです。 誰といつ何を話すか、どの場に加わるか、どういう顔をしているか。それを一日じゅう調整し続けることのほうが、業務より重い。
疲弊は、こういう形で表に出る
自分では気づきにくいので、目安を挙げておきます。
- 週の後半になると崩れる。 月曜と火曜はもつが、木曜あたりから急に立ちゆかなくなる
- 帰宅後に動けない。 家に着いた瞬間に力が抜け、食事も入浴もできない
- 休みの日が回復にしか使えない。 予定を入れられず、寝て終わる
- 長期休暇のあと、戻るのが極端につらい。 一度緩むと、元の状態に戻すのに大きな力が要る
- 繁忙期より、歓送迎会や社内行事のほうがこたえる
最後の項目は、とくに分かりやすい指標です。仕事の量が増える時期より、人と関わる密度が上がる時期のほうがつらいなら、消耗の出どころは業務ではありません。
公正さが、職場では不利に働くことがある
もうひとつ、本書が挙げている特徴があります。
決まりを守りたいという気持ちが強く、公正さへの感覚が鋭い。 これ自体は美点です。ところが職場では、しばしば不利に働きます。
決まりを守らない同僚と対立する。明らかにおかしいと思うことを前にして、黙っていられない。その結果、強いストレスを抱えるか、遠慮のない物言いをしてしまうことになります。
そして本書は、こう書いています。社内の駆け引きや、上司への取り入りといったものは、この人たちの持ち技のなかに存在しない。
だから、こういうことが起こります。仕事はできるのに、人からは好かれない。
ある当事者は、正直さとまっすぐさは昇進に向いた資質ではないようだ、と書いています。皮肉ではなく、実感でしょう。
開示するかどうか
職場に伝えるかどうかについては、一律の答えがありません。 実際、報告は両方向に分かれています。
うまくいかなかった側。 必要な配慮を求めたところ、雇用する側を怒らせてしまった。理解されず、配慮を求めたこと自体に憤慨されているように感じた——。
うまくいった側。 指示を書いて渡してもらえた。会議や人前で話すことを免除してもらえた。席を動かすときは事前に知らせてもらえるようになった。そして何より、職場で隠さずにいられるので、自分を偽る必要がなくなり、圧が減った——。
分かれ目は、本人の伝え方よりも職場の側の受け止め方にあります。ですから、うまくいかなかったとしても、それは伝え方が下手だったからではありません。
具体的な制度(障害者雇用や就労支援など)や配慮の求め方については、発達障害・ASDと仕事にまとめてあります。
「理想の働き方」に、地位も収入も出てこなかった
最後に、印象的な調査結果を紹介します。
本書がASDの女性に「どんな働き方なら力を発揮できるか」と尋ねたところ、多く挙がったのは次のようなものでした。
- 自営
- 短時間勤務
- 在宅で働くこと
- 一人で進められる仕事
そして、著者はこう付け加えています。高い収入や社会的な地位に言及した人は、一人もいなかった。
代わりに優先されていたのは、自分の限界を超えずに一日を終えることでした。
これをどう読むかです。
能力に見合わない仕事に就いている、という引け目を抱えている方は少なくありません。ある方は、負荷を減らすために自分の資格に見合わない仕事を選び、短時間しか働けないと書いています。
けれど、続けられる形を選ぶことは、妥協ではありません。 力を出しきって数年で潰れるより、抑えた形で長く続けるほうが、生涯で見れば多くを成せることがあります。
本書の著者自身も、こなせる範囲まで仕事を減らしてきたと書き、この先もっと絞り込むことになりそうだと続けています。心身への負担が今も尾を引いているからです。
受診の目安
- 週の後半や帰宅後に、動けなくなる状態が続いている
- 休日が回復だけで終わり、生活が回らない
- 職場にいるだけで消耗し、仕事の中身と関係なく疲れる
- 「気難しい」「気が利かない」と言われることが重なり、自信をなくしている
- 転職を繰り返していて、同じ形でつまずいている自覚がある
- 休職を考えているが、判断がつかない
休むかどうかの判断は、一人で抱えなくて構いません。 診察でよくうかがうご相談のひとつです。
当院では初診の前にWEB問診にご記入いただきます。初診の時間は問診を含めて30分程度をみています。
まとめ
- 職場には業務分掌に書かれていない仕事があり、それが女性に寄ってきやすい
- ASDのある方では、そうした期待が存在すること自体が見えていないことがある。拒んでいるのではない
- 気づかなければ「気が利かない」、引き受ければ負荷が積み、断れば「扱いにくい」。本人の努力で解ける構造になっていない
- 消耗しているのは業務そのものではなく、その周りを一日じゅう調整し続けること
- 疲弊の目安は、週の後半に崩れる/帰宅後に動けない/休日が回復で終わる/行事のほうが繁忙期よりこたえる
- 公正さへの感覚の鋭さは職場では不利に働くことがある。 駆け引きや取り入りは持ち技のなかにない
- 開示の結果は職場の受け止め方で決まる。 うまくいかなくても伝え方の問題ではない
- 理想の働き方を尋ねた調査で、収入や地位を挙げた人は一人もいなかった。 優先されていたのは限界を超えずに一日を終えること
- 続けられる形を選ぶことは、妥協ではない
次回は、年を重ねることについて。シリーズの最終回です。
参考にした書籍
- サラ・ヘンドリックス『自閉スペクトラム症の女の子が出会う世界』
よくある質問
「発達障害」と「ASD」は、同じものですか。
同じではありません。発達障害は、生まれつきの脳の働き方の違いから生活のしづらさが生じる状態をまとめた呼び方で、そのなかにASD(自閉スペクトラム症)やADHD(注意欠如多動症)などが含まれます。ASDは発達障害のひとつ、という関係です。日常では「発達障害」がASDとほぼ同じ意味で使われることも多いので、どちらの言葉で探されたかを気にしていただく必要はありません。
仕事の中身は問題ないのに、職場にいるだけで疲れます。
業務そのものではなく、業務の周りにあるものから消耗している可能性があります。お茶出しや気配り、付き合い、その場の空気に合わせること。これらは業務として数えられないため、疲れの理由として本人にも見えにくいのが厄介なところです。
「気が利かない」と言われてしまいます。
多くの場合、意思の問題ではなく、そこに求められていること自体が見えていないという状態です。言葉になっていない期待は読み取りにくいものです。気づいていないだけであって、拒んでいるわけではない、ということは本人にも周囲にも見えにくい点です。
職場に発達障害のことを伝えるべきでしょうか。
一律の答えはありません。伝えて配慮が得られ、取り繕う必要がなくなって楽になった方もいれば、伝えたことで理解されず苦しくなった方もいます。職場の状況によって結果が大きく変わるため、慎重に考えたほうがよい判断です。
能力に見合わない仕事に就いていることに、引け目があります。
負荷を抑えるためにあえてそうしている方は少なくありません。当事者に理想の働き方を尋ねた調査では、収入や地位を挙げた人はいませんでした。挙がったのは、自分の限界を超えずに一日を終えられることでした。それは妥協ではなく、選択のひとつです。