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連載「大人のASDガイド」第7回(全9回) 第1回から読む →

はじめに

「面接まで進んでも、就職活動が思うようにいかない」「せっかく入った会社が長続きせず、転職を繰り返してしまう」。ASD(自閉スペクトラム症=対人コミュニケーションの苦手さや、こだわりの強さなどを特性とする生まれつきの脳の特性)のある方やご家族から、こうしたお悩みをよく伺います。

学生時代はそれなりにやってこられたのに、社会に出たとたんにつまずく。周りからは「能力はあるのに、なぜ続かないのか」と見られてしまう——そんなもどかしさを抱えている方は、決して少なくありません。あなただけが特別にうまくいっていないわけではないのです。

この記事では、ASDのある大人の働きづらさがどこから来るのかを整理したうえで、「苦手を直す」のではなく「得意を活かす」という発想での仕事選び、職場でできる環境の調整、そして障害者雇用やジョブコーチといった利用できる支援について、実際に就労を考えている方の目線でお伝えします。診断は医師が行いますが、この記事が「次の一歩」を考えるヒントになればと思います。

なぜ「仕事が続かない」のか — つまずきの背景

ASDのある方が就労でつまずくとき、能力そのものが足りないというより、「特性と環境のミスマッチ」が原因になっていることがよくあります。

たとえば、相手の表情や場の空気から「言葉にされていない意図」を読み取る。その場その場で臨機応変に対応する。雑談で関係を作る。——こうした場面は、ASDの特性とぶつかりやすいところです。営業や接客など、対人的な駆け引きや突発的な対応が多い仕事では、本人がまじめに取り組んでいても消耗しやすくなります。

また、それまで問題なくできていた人が、人事異動で別の部署に移ったとたんに不適応を起こす、ということも起こります。なぜなら、得意なことと苦手なことの差(凸凹)が大きいぶん、環境が変わると一気にバランスが崩れてしまうからです。

異動だけではありません。昇進がきっかけになることもあります。担当者としては優秀だった方が、管理職になって部下への指示や調整、板挟みの判断といった「あいまいで対人的な仕事」が増えたとたんに、抑うつや不安が強まってしまう——成人の発達障害の臨床では、こうした経過はよく知られています。専門書でも、職場不適応は本人側の要因と環境側の要因の「相互作用」として捉えるべきだと繰り返し指摘されています。つまり、同じ人でも、置かれる環境によって「問題なく働ける」ことも「働けなくなる」こともあるのです。

ここで大切なのは、「本人の努力不足」と片づけないことです。背景に特性があると分かれば、対策が立てやすくなります。原因が見えてくれば、合う環境を探す、周囲が配慮する、という具体的な手立てにつなげられるのです。

学歴と就労は別の話 — 「向いている仕事」を決めつけない

ここで、率直にお伝えしておきたいことがあります。学歴の高さが、必ずしも働きやすさにはつながらないという現実です。

一流大学を卒業したのに一般企業ではうまくいかず、福祉的な就労のほうが合っていた、という方もいます。一方で、知的な遅れがある方でも、一般企業に就職して自分に合った形で働き続けている方もいます。学歴という「形」と、本人にとって満足のいく働き方とは、必ずしも一致しないのです。

「コンピュータのプログラマー」「研究者」「芸術家」などがASDに向く仕事だと語られることもあります。けれど、これも鵜呑みにはできません。同じASDでも、得意・不得意は本当に人それぞれだからです。意外に思われるかもしれませんが、営業がとても得意な方もいます。押しが強く、断られてもへこたれない持ち味が、かえって営業成績につながることもあるのです。

ですから、「ASDだからこの職業」と一律に決めつけるのは、おすすめできません。職種名でふるい分けるのではなく、ご自身の特性をよく知ったうえで、「自分にもできそうか」「面白そうか」という観点で選んでいくことが大切です。

自分の特性を「領域ごと」に整理してみる

「自分に合う仕事」を考える前の準備として、得意・不得意をいくつかの領域に分けて整理してみることをおすすめします。成人ASDの診療で使われる専門書では、特性をおおむね次のような領域で捉えます。

  • 言葉のつかい方:流暢に話せて語彙が豊富でも、言外の意味や皮肉、暗黙の前提を読み取るのは苦手、ということがあります。「話せること」と「意図が伝わり合うこと」は別なのです。
  • 記憶:細かい情報を正確に覚えるのは得意でも、出来事の全体像や時系列をまとめて、必要な場面で引き出すのが難しい場合があります。
  • 注意:一つのことへの高い集中力は強みになる一方、注意の切り替えや、作業中の割り込み対応が負担になりやすいことがあります。
  • 段取り(遂行機能):複数の仕事を並行して進めたり、途中で計画を柔軟に変えたりすることに苦労しやすい傾向があります。
  • 感覚:音・光・匂いなどへの過敏さや、逆に空腹や疲れに気づきにくい鈍さがある方もいます。感覚過敏は子ども時代だけのものではなく、大人になっても続くことが知られています。
  • 対人:相手の表情や場の空気から意図をくみ取ること、雑談で関係を作ることに消耗しやすい場合があります。

このように分けて眺めると、「仕事全般がダメ」なのではなく、「この領域のこの場面がつらい」という形で、困りごとの正体が具体的になります。すると、避けたほうがよい業務、工夫でカバーできる業務、むしろ強みになる業務が見分けやすくなります。感覚面の特性については、音や光がつらい——ASDと感覚過敏の記事でも詳しく扱っています。

得意を活かす — 強みベースの仕事選び

苦手なことに目が行きがちですが、ASDのある方には、活かせる強みもしっかりあります。

たとえば、目で見た情報を処理するのが得意な方が多く、耳で聞くより、文字や図で示されたほうが理解しやすい傾向があります。文章を書く力が高い方や、決まった手順をきちんと正確にこなす作業、テキパキと進める作業が持ち味という方も少なくありません。

こうした強みは、次のような場面で活きます。

  • ひとりで完結できる、専門性のある作業
  • 手順がはっきり決まっている、正確さが求められる業務
  • 視覚的な情報や文章を扱う仕事

「適材適所」という言葉があります。これはASDのある方に限った話ではなく、誰にとっても、得意なことを活かせる場所で働くのがいちばん力を発揮できる、という当たり前のことです。社会の側も、本来こうした視点をもっと大切にしてよいはずです。

なお、得意・不得意を自分の中で整理し、多くの選択肢の中から「自分に合う仕事」を選ぶこと自体が、ASDのある方には難しい場合があります。だからこそ、後で触れる支援機関や主治医と一緒に考えていくことが助けになります。

職場でできる環境の調整

仕事内容が合っていても、働く環境が整っていないと力は出しにくいものです。本人を変えようとするより、環境を少し整えるだけで、ぐっと働きやすくなることがあります。

具体的には、次のような工夫が役立つとされています。

  • 作業手順をマニュアル化する:口頭で伝えるより、手順を文字や図にして残すと、迷いが減ります。
  • 予告し、見通しを示す:予定の変更や次にやることを前もって伝えると、突然の変化に動揺せずにすみます。
  • 静かで刺激の少ない環境を用意する:音や視覚的な刺激に敏感な方もいるため、集中できる環境が助けになります。
  • 暗黙の「察し合い」を求めすぎない:その場の空気で動くことを期待せず、やってほしいことを具体的に、簡潔に伝える。

伝え方も、言葉だけでなくメールや紙に書いて渡すと伝わりやすくなります。そしてもう一つ大切なのが、伝えたあとに「実際にどう理解したか」を本人の言葉で確認することです。「わかりました」という返事だけでは、意図が伝わっているとは限りません。質問が出ないのは納得しているからではなく、とっさに疑問を言葉にできないだけ、ということもあるのです。

このほか、成人ASDの就労支援を扱う専門書では、短時間の定期的な相談の場を設けること(困ってから相談するのではなく、あらかじめ決まった時間に確認し合う)、疲れたときに使える休息場所を用意すること、体調に応じた短時間勤務から始めることなども、職場でできる調整の例として挙げられています。

こうした配慮は特別なものではありません。本人が本来もっている力を発揮しやすくするための「翻訳」のようなものだと考えると、分かりやすいかもしれません。

利用できる支援 — 障害者雇用・就労支援・ジョブコーチ

ひとりで、あるいは家族だけで抱え込まなくてよい、ということもお伝えしたいことのひとつです。社会には、就労を後押しするための仕組みがあります。

  • 障害者雇用:障害のある方の採用枠を設けている企業があり、特性に配慮した働き方を相談しやすい場合があります。
  • 就労移行支援・就労継続支援:一般の職場での就労を目指す訓練や、雇用契約を結んで働く場、自分のペースで作業に取り組む場など、状況に応じた福祉サービスがあります。
  • ジョブコーチ(職場適応援助者):職場に入ってからの定着を、本人と職場の双方を支えながら助けてくれる役割です。
  • 発達障害者支援センターやハローワークの就労支援:相談先として利用できます。

どの仕組みが合うかは人によって違いますし、地域によって使い勝手にも差があります。「自分に何が使えるのか分からない」という段階で構いません。まず相談してみることが大切です。

配慮を受けるには「申告」が前提になることがある

知っておいていただきたいのが、職場で合理的配慮(特性に応じた無理のない調整)を受けるには、診断を職場に伝える(カミングアウトする)ことが前提になる場合があるという点です。会社に障害のあることを申告していなければ、配慮の対象にならないこともあるのです。

伝えるかどうかは、メリットとデメリットを天秤にかけながら、慎重に決めてよいことです。診断を受けるかどうか、誰にどこまで伝えるか——ひとりで悩まず、主治医や支援機関と相談しながら進めることをおすすめします。診断を受けたあとの生活の組み立てについては、大人の発達障害と診断されたら——診断後の道すじの記事も参考にしてください。

体調を崩して休職したら — 復職までは「段階」で考える

仕事のつまずきが続くと、うつ状態や強い不安など、二次的な心身の不調につながることがあります。ASDのある方が精神科につながるきっかけは、実はASDそのものより、こうした合併する不調であることが少なくありません。不調が重なって休職することになった場合、大切なのは「復職を一足飛びに考えない」ことです。

産業医学の実務書では、復職までの道のりをおおむね次のような段階で捉えます。

  1. まず休養する:休職の初期は、気力も体力も枯渇しています。この時期に「早く戻らなければ」と焦らず、療養を優先します。
  2. 生活リズムを整える:睡眠・食事・活動を記録してみると、日々の波に一喜一憂せず、週や月の単位で回復の傾向をつかめます。
  3. 外出の範囲を少しずつ広げる:午後の外出から午前の外出へ、図書館などで過ごす時間を少しずつ延ばし、通勤経路をたどる練習へと、負荷を段階的に上げていきます。ポイントは「翌日に疲れが残らないか」を確かめながら進めることです。
  4. 復職後も調整を続ける:復職はゴールではなくスタートです。業務量や勤務時間を段階的に戻しながら、本人・職場・主治医(会社によっては産業医も)が情報を共有し、再発を防ぐ工夫を続けます。

とくにASDのある方の復職では、単に体調が戻るだけでなく、「何がきっかけで不調になったのか」を特性の視点から振り返り、業務内容や指示の出し方など環境側の調整をセットで準備することが、専門書でも重視されています。同じ環境にそのまま戻れば、同じつまずきが繰り返されやすいからです。復職の可否や時期は、主治医・職場と相談しながら個別に判断していくものですので、この段階の目安を自己判断のスケジュールにはしないでください。

「助けられ上手」を目指す — 頼れる人を置くという考え方

最後に、長く働き続けるための心構えを一つ。それは「助けられ上手を目指す」という考え方です。

すべてを自力でこなそうとすると、苦手な場面でつまずいたとき、行き詰まってしまいます。そうではなく、できないことは「これは苦手なので助けてください」と早めに伝え、必要なら配慮を相談する。そうやって周りの力を上手に借りられることは、弱さではなく、社会の中で生きていくための立派なスキルです。

そのためには、職場に頼れるメンター役(相談に乗ってくれる先輩や担当者)がひとりいると心強いものです。困ったときに「あの人に聞けばいい」という存在がいるだけで、安心して働ける範囲が広がります。

「できないことを、できないと判断し、人に相談できる」。これは社会の中でやっていくうえで、誰にとっても土台になる力です。完璧を目指すのではなく、頼り方を身につけていく——そんな方向で考えてみてください。

当院での実際

当院(春日メンタルクリニック)では、仕事のつまずきや、それに伴う気分の落ち込み・不眠などのご相談をお受けしています。診療対象は18歳以上です。

  • 予約はWEB予約(デジスマ)で、初診前にWEB問診があります。初診の所要時間の目安は問診を含めて30分程度です。
  • 仕事を休む必要があると判断した場合の休職の診断書は、1か月毎に作成しています。診察の結果必要と判断すれば、初診当日に発行することもあります。
  • 通院頻度の基本は2週間に一度です。診察のなかで、体調の経過とあわせて、働き方や職場への伝え方についても一緒に考えていきます。
  • 精神障害者保健福祉手帳や障害年金の診断書は、当院で一定期間通院したうえで作成を判断しています。

ASDの診断がどのように行われるかは、大人のASDの診断の流れの記事で詳しく説明しています。

受診の目安

以下に当てはまる場合は、一度ご相談ください。

  • 就職活動が思うように進まず、面接などでつまずくことが続いている
  • 転職や離職を繰り返してしまい、原因がはっきりしない
  • 得意なことと苦手なことの差が大きく、仕事でそれが負担になっている
  • 職場での対人関係や臨機応変な対応で、強く消耗してしまう
  • 仕事のつまずきから、気分の落ち込みや不眠など心身の不調が出てきている
  • 障害者雇用や就労支援を利用すべきか、診断を伝えるべきか迷っている

まとめ

ASDのある方の働きづらさは、能力の問題というより、特性と環境のミスマッチから生じることが多くあります。学歴や職種名で良し悪しを決めつけず、ご自身の得意を活かせる場所を、適材適所で探していくことが大切です。作業のマニュアル化や予告、静かな環境といった調整、そして障害者雇用やジョブコーチなどの支援も活用できます。すべてを自力で背負わず、頼れる人を置いて「助けられ上手」になっていくこと——その積み重ねが、長く働き続ける力になります。まずはあなたに合う一歩を、一緒に探していきましょう。


参考にした書籍(要約・再構成。原文の転載ではありません):

  • 大人の発達障害 成人精神疾患の背景に潜む神経発達症 ASD・ADHD(精神科治療学)
  • 大人の発達障害ってそういうことだったのか
  • 大人の発達障害ってそういうことだったのか その後
  • 自閉スペクトラム症の理解と支援
  • 成人期の自閉症スペクトラム 診療実践マニュアル
  • ストレスチェック面接医のための メンタル産業医入門

よくある質問

ASD(自閉スペクトラム症)に向いている職業は決まっていますか?

一律には決まっていません。得意・不得意は人それぞれで、同じ仕事でも合う方と合わない方がいます。職種名で選ぶより、ご自身の得意なこと(正確な作業、視覚的な情報の処理など)を活かせるかという視点で考えるのがおすすめです。

学歴が高ければ就職もうまくいきますか?

学歴の高さと働きやすさは別の問題です。難関校を卒業しても一般企業では苦労し、福祉的な就労のほうが合っていたという例もあります。逆もあります。学歴ではなく、特性と仕事内容の相性が大切です。

職場で配慮を受けるには診断を伝える必要がありますか?

合理的配慮を受けるには、診断を職場に申告(カミングアウト)することが前提になる場合があります。伝えるかどうかは状況次第ですので、主治医や支援機関と相談しながら決めるとよいでしょう。

仕事が続かないのは、自分の努力が足りないからでしょうか?

努力不足と決めつける必要はありません。特性と環境のミスマッチが背景にあることが多く、合う環境を選んだり、周囲が配慮したりすることで、働きやすさは大きく変わります。

体調を崩して休職した場合、どのように復職を目指せばよいですか?

復職を一足飛びに考えず、休養、生活リズムの安定、外出範囲の拡大と、段階的に進めるのが基本です。あわせて、不調のきっかけを特性の視点から振り返り、環境の調整を準備することが大切です。時期は主治医や職場と相談して個別に判断します。

どこに相談すればよいか分かりません。

発達障害者支援センター、ハローワークの就労支援、就労移行支援などが相談先になります。医療機関での相談も入口になります。「何が使えるか分からない」段階で構いませんので、まず相談してみてください。

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執筆・監修

精神保健指定医 野口晋宏

春日メンタルクリニック院長。精神科・心療内科の診療経験をもとに、受診前の不安や制度の疑問を整理しやすい情報提供を心がけています。

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