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連載「大人のASDガイド」第1回(全9回)

はじめに

「子どものころから、なんとなく周りとずれている感じがある」「一対一なら話せるのに、グループになるとうまく立ち回れない」「がんばって合わせているのに、いつも疲れてしまう」——大人になってから、こうした長年の違和感を改めて意識し、もしかしてASD(自閉スペクトラム症)ではないかと考える方がいます。

そう感じているのは、あなただけではありません。子どものころには気づかれず、大人になって初めて「これは自分の特性かもしれない」と思い至る方は、外来でも少しずつ増えています。決して特別なことではないのです。

この記事では、ASD(自閉スペクトラム症)とはどのようなものか、その中心になる特徴、なぜ大人では気づかれにくいのか、そして受診を考えてよい目安をやさしく整理します。不安をあおるためのものではなく、過剰に心配しすぎず、かといって見過ごしもしないための、落ち着いた入口としてお読みください。なお、診断は医師が行います。この記事は自己診断のためのものではありません。

ASD(自閉スペクトラム症)の中心にある4つの特徴

ASDは「自閉スペクトラム症」とも呼ばれる、生まれつきの脳の特性です。「スペクトラム」とは、あるかないかで線引きできるものではなく、さまざまな濃さで連続しているという意味で、特性の現れ方には大きな幅があります。

その中心にあるのは、大きく次の4つと考えられています。

  • 社会性:相手の立場に立って考えたり、その場の空気を読んだりすることが苦手。対等な友人関係を築きにくい。
  • コミュニケーション:言葉の裏の意味や冗談、遠回しな言い方が伝わりにくい。表情や身ぶりといった、言葉以外のやりとりが控えめなことがある。
  • イマジネーション:見えていないことや先のことを思い描くのが苦手。決まったやり方やこだわりがあり、急な変更が苦手なことがある。
  • 感覚過敏(または鈍感さ):特定の音やにおい、光、肌ざわりなどがとても苦手だったり、逆に気づきにくかったりする。

最初の3つはまとめて「三つ組」と呼ばれることもあります。これに感覚の特性を加えた4つが、ASDを理解するうえでの手がかりになります。ただし、いくつか思い当たるからといって、それだけでASDと決まるわけではありません。

感覚の特性は、以前は「おまけ」のように扱われていましたが、いまでは診断基準にも含まれる大切な要素です。ASDのある人の多くに、なんらかの感覚の偏りがあると報告されています。しかも「過敏」と「鈍感さ」は正反対のようでいて、同じ人のなかに共存することがあります。たとえば、特定の音にはひどく敏感なのに、疲れや空腹、痛みには気づきにくい、といった具合です。感覚の特性については、別の記事でくわしく扱っています。

なぜ大人は気づかれにくいのか

ASDは子どものころから続く特性なのに、なぜ大人になるまで気づかれないことがあるのでしょうか。理由はいくつかあります。

ひとつは、学習や工夫でカバーできるようになるからです。子どものころは特性がそのまま表に出やすいのですが、大人になると「こういう場面ではこう振る舞えばいい」と経験から学び、表面的にはうまく合わせられるようになります。その分、生のままの特性は外から見えにくくなります。

もうひとつは、一対一の落ち着いた場面では、比較的ふつうに振る舞えることです。診察室のような静かな一対一の場面では困りごとが表に出にくく、本人も周囲も気づきにくいのです。本当の苦手さが表れるのは、複数の人が関わる場面や、臨機応変さを求められる状況のほうです。

さらに、環境が変わると困りごとが表面化するという事情もあります。学生時代までは決まった時間割と明確な課題のなかで大きな問題なく過ごせていた方が、大学や就職を機に、自分で段取りを組む、あいまいな指示をくみ取る、複数の人間関係を同時にこなす——といった要求が一気に増え、そこで初めてつまずくことがあります。特性が急に始まったのではなく、環境の複雑さが特性の苦手な部分に重なった、と考えるとわかりやすいでしょう。

また、子どもは学校などで比較的見つかりやすいのに対し、大人では把握されにくいことも指摘されています。特に女性は周囲に合わせて振る舞うのが上手なことが多く、症状が軽く見えて支援の必要性が過小評価されがちだと言われています(くわしくは女性のASDについての記事をご覧ください)。気づくのが遅かったからといって、特性が軽いわけでも、本人の努力が足りなかったわけでもありません。むしろ、見えないところで多くのエネルギーを使い続けてきた方が少なくないのです。なお、知能検査の数値が高いことと、大人になってからの生活のしやすさは、必ずしも一致しないことも近年指摘されています。「勉強はできたのだから違うはず」とは言い切れないのです。

とくに女性では、気づかれにくいことがあります

大人のなかでも、女性はさらに気づかれにくいと指摘されています。理由はふたつあり、ひとつは周囲に合わせてふるまいを調整することで困りごとが表に出にくいこと、もうひとつは診断の基準や評価の道具そのものが、男性に現れる姿をもとに作られてきたことです。外から観察できるふるまいが少なくても、ご本人は困難をはっきり自覚している——という研究報告もあります。くわしくは女性のASDが見過ごされてきたのはなぜかをご覧ください。

「特性がある」ことと「診断がつく」ことは違う

ここはとても大切な点です。ASDの特性は、正常な状態とのあいだに、はっきりした線を引けるものではありません。特性の濃淡は連続していて、ふつうに生活している人のなかにも、似た傾向を持つ人はたくさんいます。

そのため、「特性がある」ことと「ASDと診断される」ことは、分けて考えられています。専門家のあいだでも、特性そのものを表すこと(その人らしさの説明)と、医療として診断をつけることは、別の段階として扱われます。

では、どこで診断を考えるのか。ひとつの考え方として、その特性によって社会参加や日常生活に支障が出てきたときに、ASD(自閉スペクトラム症)と診断する、という見方があります。言いかえれば、特性そのものが問題なのではありません。特性と周囲の環境とのあいだに摩擦が生じ、本人が困っている——その状態を支援するために診断が役立つ、という考え方です。

ですから、特性に思い当たる点があっても、生活が回っていて困りごとが大きくなければ、必ずしも「病気」として扱う必要はありません。逆に、強くつらさを感じているなら、相談する意味は十分にあります。判断は医師とともに行っていきます。

気づきのサインと、背景に隠れていることがある不調

自分や身近な人のASDに気づくきっかけとして、いくつかの手がかりがあります。

代表的なのが、同年代の対等な友人関係やパートナー関係を築きにくいという点です。年上や年下とは関われても、同世代の対等な付き合いが昔から少なかった、お互いに満足できる関係になりにくい、という傾向は、ひとつのサインになることがあります。ほかにも、強いこだわりや決まった手順への執着、特定の分野への深い関心、言葉以外のやりとりの控えめさなどが見られることがあります。

見落とされやすいのが、抑うつや不安で受診した方の背景に、ASDの特性が隠れている場合です。大人になってから初めてASDと診断される方の多くは、職場のトラブルや大学での不適応をきっかけに、うつ状態で精神科を受診し、治療のなかで背景の特性がわかっていく——という経過をたどります。発達の特性があると、ほかの精神症状の見え方も変わりやすく、近年は、心の不調を診るときに発達の特性を念頭に置くことが大切だと考えられています。

これは「うつや不安が、実はASDのせいだった」と単純に言い切れるものではありません。ASDと、うつ病・不安症・強迫症などは、症状が重なって見えるだけでなく、実際に併存することもあります。どちらか一方だけで全部を説明しようとせず、両方を丁寧に評価することが大切です。特性に気づくと、たとえば「復職してもすぐに調子を崩す」の背景に職場環境とのミスマッチがあった、というように対応の糸口が見えてくることがあります。ASDとうつ・不安の関係は、別の記事でくわしく解説しています。

病院では、どのように診断を進めるのか

「受診したら、何をされるのだろう」という不安をお持ちの方も多いので、一般的な流れを紹介します。

大人のASDの診断で中心になるのは、時間をかけた問診です。いまの困りごとに加えて、子どものころから現在までの様子(成育歴)を、幼児期・小学校・中学高校と時期を追ってうかがいます。ASDは生まれつきの特性なので、「幼いころからその傾向が続いていたか」が診断の大切な柱になるからです。可能であれば、母子健康手帳や通知表、子どものころを知るご家族のお話が、貴重な手がかりになります。

質問紙や心理検査を使うこともありますが、これらは診断を決めるものではなく、特性の程度や支援の必要性をつかむための補助です。チェックリストの点数だけでASDと決まることも、除外されることもありません。また、大人では、子どものころの情報が十分に得られないことも珍しくありません。その場合も「診断がつくかどうか」だけにこだわらず、いま困っていることへの対応を一緒に考えていくことが、受診の本来の目的だと考えられています。診断の流れはこちらの記事でさらにくわしく説明しています。

なお、似た困りごとが現れる状態として、ADHD(注意欠如多動症)との区別や併存もよく話題になります。関心のある方はASDとADHDの違いの記事もご覧ください。

ASDに「効く薬」はあるのか

よくいただく質問ですが、ASDの特性そのものを改善する薬は、いまのところありません

では薬に意味がないかというと、そうではありません。薬物療法の対象になるのは、ASDに伴って生じやすい、うつ・不安・強い焦り・不眠などの併存する症状です。これらは治療によって軽くできることが多く、症状が楽になると、特性との付き合い方を考える余裕も生まれます。

順番も大切です。いきなり薬から入るのではなく、まず生活や環境の調整を行い、それでもつらさが続く場合に薬を検討する——という進め方が基本とされています。たとえば眠れない背景に、感覚刺激の多い環境や生活リズムの乱れがあるなら、まずそこを整えるほうが理にかなっているからです。薬を使う場合も、何を目標にするのかを医師と共有しながら、効果と負担を確かめつつ慎重に進めていきます。

「治す」のではなく、特性を理解して環境を整える

ASDへの向き合い方は、ほかの病気とは少し違います。ASDは生まれつきの特性なので、うつ病のように「元の状態に戻す」「症状をなくす」という発想にはなじまないからです。

基本になるのは、特性を理解したうえで、本人に合うように周囲の環境を調整していくという考え方です。たとえば、あいまいな指示ではなく具体的に伝える、予定や手順を見えるかたちにして見通しを持てるようにする、苦手な刺激を減らす、得意な力を生かせる役割を用意する、といった工夫が役立ちます。

「治す」ことを目標にするのではなく、特性とうまく付き合いながら、生活で困らない形を一緒に探していく。それが、ASDの支援の中心にある考え方です。これは本人の努力だけに頼るものではなく、周囲の理解や職場・家庭での調整も含めて進めていくものです。実際、良い環境と成功体験のなかでASDのある人は成長し、社会で役立っている実感を持てるようになる、ということが専門書でも強調されています。適応や生活の質は、特性の重さだけで決まるものではないのです。

仕事の面では、「ASDに向く仕事・向かない仕事」を一律に決めることはできず、本人の得意・不得意と職場環境との組み合わせを個別に考えることが大切とされています。就労や職場での配慮については、就労支援の記事でくわしく扱っています。

当院で相談する場合

当院(春日メンタルクリニック)でも、大人のASDに関するご相談をお受けしています。受診を検討される方のために、当院での実際をお伝えします。

  • 診療対象は18歳以上です。
  • 予約はデジスマ(WEB予約)から取れます。初診の前にWEB問診があり、あらかじめ困りごとを整理してお伝えいただけます。
  • 初診の所要時間の目安は、問診を含めて30分程度です。
  • 通院頻度の基本は2週間に一度です。

なお、ご家族のみの相談はお受けしていません。ご本人の同意のうえでの診察への同席は可能です。

受診の目安

次のようなことに当てはまり、生活のつらさが続いている場合は、一度相談を考えてみてよいかもしれません。

  • 子どものころから、同年代の対等な友人関係を築きにくいと感じてきた
  • 周囲に合わせようと努力し続け、いつも強く疲れてしまう
  • 言葉の裏の意味や、その場の空気を読むことが苦手だと感じる
  • 決まったやり方やこだわりが強く、急な変更があると強く動揺する
  • 特定の音・におい・光・肌ざわりなどがとてもつらい
  • 抑うつや不安が長く続いており、対人関係でいつも同じようにつまずく

これらは「当てはまれば必ずASD」という意味ではありません。あくまで、相談を考えるきっかけとして受け取ってください。診断は医師が行います。

まとめ

ASD(自閉スペクトラム症)は、社会性・コミュニケーション・イマジネーションと感覚の特性を中心とする、生まれつきの特性です。大人では学習や工夫でカバーされて見えにくく、一対一の場面ではふつうに振る舞えるため、周囲も本人も気づきにくいことがあります。

大切なのは、特性があることと診断がつくことは別であり、生活に支障が出て困っているかどうかが目安になる、ということです。向き合い方の基本は「治す」ことではなく、特性を理解して環境を整え、困りごとを減らしていくことにあります。うつや不安など、ASDに伴いやすい症状は治療の対象になりますし、生活のしやすさは特性の重さだけで決まるものではありません。

気づいたのが大人になってからでも、遅すぎることはありません。つらさが続くときは、一人で抱え込まず、相談先のひとつとして医療機関を思い出していただければと思います。


参考にした書籍(要約・再構成。原文の転載ではありません):

  • 大人の発達障害ってそういうことだったのか(宮岡等・内山登紀夫)
  • 自閉スペクトラム症の理解と支援
  • 大人の発達障害 ― 成人精神疾患の背景に潜む神経発達症(ASD・ADHD)/精神科治療学
  • Q&Aシリーズ 発達障害 ASD編(神尾陽子監修・お茶の水女子大学)
  • 成人期の自閉症スペクトラム 診療実践マニュアル(神尾陽子編・医学書院)

よくある質問

大人になってから初めてASDを疑うことはありますか。

あります。子どものころからの特性が、学習や工夫でカバーされて目立たなくなり、大人になって対人関係や仕事の負担が増えたときに初めて気づかれることは少なくありません。気づくのが遅いから軽いとも、おかしいとも限りません。

特性があれば必ずASDと診断されるのですか。

いいえ。特性があることと、診断がつくことは別に考えられています。その特性によって社会参加や日常生活に支障が出ているかどうかが、診断を考えるうえで大切な目安になります。最終的な診断は医師が行います。

ASDは治療で治るのですか。

ASDは生まれつきの特性で、病気のように「治す」という考え方にはなじみません。基本は、特性を理解して周囲の環境を本人に合わせて調整し、困りごとを減らしていくことです。つらさが強いときの相談先として医療機関を活用できます。

病院では、どんなことを聞かれますか。

子どものころから現在までの様子(成育歴)や、対人関係、コミュニケーション、こだわり、感覚の特性などを、時間をかけてうかがいます。学校や仕事でどんな場面に困ってきたかも大切な手がかりです。可能であれば、子どものころを知るご家族の話が役立つこともあります。

受診したらASDだと決めつけられませんか。

そのようなことはありません。お話をていねいにうかがい、ほかの要因も含めて慎重に考えます。特性が見られても、必ず診断名がつくわけではなく、困りごとへの対処を一緒に考えること自体に意味があります。

ASDに効く薬はありますか。

ASDの特性そのものを改善する薬は、いまのところありません。薬物療法の対象になるのは、うつ・不安・不眠など、ASDに伴って生じやすい症状です。まず環境調整を行い、それでもつらさが続くときに薬を検討するのが基本的な進め方です。

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執筆・監修

精神保健指定医 野口晋宏

春日メンタルクリニック院長。精神科・心療内科の診療経験をもとに、受診前の不安や制度の疑問を整理しやすい情報提供を心がけています。

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