はじめに
「電車はいつも同じ時間の、同じ車両に乗らないと落ち着かない」「予定が急に変わると、頭が真っ白になってどうしていいかわからなくなる」「絶対に遅刻したくなくて、約束の1時間以上前に着くように家を出てしまう」——こうした感覚に、心当たりはありませんか。
周りからは「そこまでこだわらなくても」と言われ、自分でも「どうしてこんなに振り回されるのだろう」と感じて、つらい思いをしてきた方は少なくありません。けれど、これはあなたのわがままでも、性格の弱さでもありません。ASD(自閉スペクトラム症。臨機応変な対人関係が苦手で、自分のやり方やペースを保ちたい気持ちが強い特性)の「こだわり」という特性から、自然に生まれてくる反応であることが多いのです。
この記事では、ASDのこだわりがどういうものか、それが崩れたときになぜ強い不安(パニック)が起きるのか、そして無理に直そうとするより、こだわりを「認めて」環境を整えていく付き合い方について、大人の例を交えてお伝えします。こだわりは欠点ではなく、あなたを支える仕組みにもなり得る——そんな見方を一緒に確かめていきましょう。
ASDの『こだわり』とは——同じであることへの安心
ASDのこだわりは、専門的には「同一性の保持」とも呼ばれます。いつも同じ手順、同じ順番、同じ場所であることを強く好み、変化を嫌う特性として現れます。物がいつもの場所にないと落ち着かない、決まった道順でないと不安になる、といった形をとることもあります。
大切なのは、このこだわりが本人にとって「世界を予測できるものにする仕組み」になっているということです。先のことを思い描く(イマジネーション)のが苦手な分、いつもと同じ形を保つことで、安心して毎日を過ごせるようにしている——そう考えるとわかりやすいかもしれません。つまりこだわりは、あなたを困らせるためにあるのではなく、むしろ毎日を支えるために働いている面があるのです。
ある専門書では、こだわりは本来「価値中立的」なものだと説明されています。子どもについて「こだわりがある」というとマイナスに聞こえがちですが、大人の世界では「こだわりのあるラーメン屋」のように、職人気質をほめる言葉として使われます。同じ「こだわり」でも、活かし方次第で見え方が変わるということです。
背景にある認知の特性——「切り替え」と「段取り」の苦手さ
こだわりの背景には、ASDの認知の特性が関係していると考えられています。成人ASDの診療をまとめた専門書では、注意や段取りの特徴として次のような点が挙げられています。
- 一つのことへの集中力は高い一方で、注意の切り替えや、作業中の割り込みへの対応が苦手
- 目標を立てて複数の手順を計画したり、途中で柔軟に変更したりする段取りの機能に負荷がかかりやすい
- 細部の記憶は得意でも、出来事の全体像や流れをまとめて把握することが難しい場合がある
つまり、「いつも同じ」を保つことは、切り替えや計画の立て直しという苦手な作業を減らし、頭の負担を軽くする合理的な方法でもあるのです。だからこそ対策も、「こだわりをやめる」のではなく、作業を小さな手順に分ける、予定を目に見える形にする、ルーチン化できるものはルーチン化する——といった、特性に沿った工夫が勧められています。
予定が崩れたときのパニック
こだわりと深く結びついているのが、「パニック」です。パニックとは、「突発的な不安や恐怖による混乱した心理状態、またはそれに伴う行動」と説明されます。ASDの方の場合、自分がこだわっていることが想定していた通りに進まなかったとき、この強い混乱が起きやすくなります。
ある男性の例を挙げます。彼は予定通りに物事が進まないと強い不安を覚える特性があり、高校の電車通学で事故により電車が遅れたとき、ひどく動揺してしまいました。それ以来、どこへ行くときも定刻の1時間前には着くよう家を出るようになりました。これは「絶対に失敗しない方法」を自分なりに編み出した、いわば工夫でもあります。
注目したいのは、彼の中に「そこまでしなくても」という葛藤がほとんどないことです。電車の遅れは本人のせいではなく、遅刻しても責められないのが普通です。けれど本人から見ると、遅刻すること自体が許せない。生活全体が「遅刻したくない」というルールで統制されていくのです。
このように、ASDの方は「予定調和」をこよなく愛する傾向があります。自分の中で決めた予定がその通りに進むことに最も満足を覚え、反面、想定外の事態には感情が激しく揺さぶられます。パニックは弱さではなく、見通しが崩れたことへの自然な反応です。そう理解しておくと、対応の糸口が見えてきます。
パニックが起きたとき——まず刺激から離れて安全を確保する
専門書では、急な不安や緊張で混乱状態になったときの対応として、まず刺激のもとから離れ、安全な場所を確保することが勧められています。混乱の真っ最中に、周囲が言葉だけで安心させようとしても、うまく届かないことが多いからです。説明や話し合いは、落ち着いてからで十分です。
周りの人にできることは、「早く落ち着いて」と急かすことではなく、静かな場所に移る手助けをして、待つことです。本人にとっても、「混乱したら○○(静かな場所・トイレ・階段の踊り場など)に移動する」という避難先をあらかじめ決めておくと、パニックの渦中でも取れる行動が一つ増えます。
繰り返すパニックは「引き金」を分析できる
パニックが繰り返し起きている場合は、一回ごとの出来事として片づけず、どんな状況で起きやすいのかを分析することが役立ちます。専門書では、感情の爆発を「もともとの素因」「直接の引き金(誘因)」「長引かせている要因」に分けて整理する考え方が紹介されています。
たとえば「疲れがたまった週の後半に」「予定変更を口頭で急に告げられたとき」に起きやすい、と分かれば、打てる手が変わってきます。変更の連絡は書面やメッセージでもらう、疲れている時期は予定を詰めない、といった予防が最も効果的な対策になります。記録をつけてパターンを見つける作業は、診察のなかで一緒に行うこともできます。
つらい記憶が薄れにくい——フラッシュバックとの関係
もう一つ知っておきたいのが、記憶の特徴です。ASDの方は、一度覚えたことをなかなか忘れにくい傾向があり、これは「デジタル記憶」と例えられることがあります。
多くの人の記憶は時間とともに少しずつ加工され、嫌なことも「セピア色」になって重荷ではなくなっていきます。ところがASDの方では、つらい記憶がはっきりしたまま残りやすく、時間が経っても薄れにくいことがあります。その記憶が積み重なると、過去の出来事が今ここで起きているかのように一気によみがえる、フラッシュバックのような現象につながることがあります。
これは通常のPTSD(心的外傷後ストレス障害)のフラッシュバックとは少し様相が異なる、ASDの方に特有の現れ方だと指摘されています。「あの記憶が急に頭に浮かんでつらい」という体験には、こうした背景があるかもしれません。一人で抱え込まず、医師やカウンセラーに話してみることをおすすめします。
こだわりと強迫症(OCD)の違い
こだわりは、強迫症(OCD。不安を打ち消すための行為や考えを繰り返してしまう状態)とよく似て見えることがあります。決まったルールや手順を頑なに守る、物の位置にこだわる、といった様子は、外から見ると区別が難しいものです。
ただし、専門的には決定的な違いがあるとされています。強迫症では、多くの場合「これは不合理だ」「やりすぎだ」とわかっていながら、不安に駆られてやめられないという葛藤(自我異質性)を抱えます。一方ASDのこだわりでは、そうした「不合理だ」という自覚や苦痛、葛藤が乏しいことが多いとされています。本人にとっては、こだわりがごく自然で当たり前のものなのです。
もっとも、両者が重なって現れることもあり、見分けは簡単ではありません。ASDの方に強迫症が併存することもあり、その場合は強迫症としての治療を積極的に行う意味があるとされています。どちらに当てはまるか、あるいは両方の特性があるかの判断は専門的なものですので、診断は医師が行います。気になる症状があれば、自己判断で決めつけず、専門機関に相談してください。
感覚過敏がこだわりを強めていることも
こだわりと並んで知っておきたいのが、感覚の特性です。ASDのある方の多くに、音・光・触感・においなどへの感覚過敏(または鈍麻)が伴うことが報告されており、現在の診断基準(DSM-5)にも感覚の特性が含まれています。
感覚過敏は、こだわりと無関係ではありません。「いつも同じ車両に乗る」のは、その車両が比較的すいていて音や人の密度がつらくないから、「同じ店・同じ席」を選ぶのは、照明やBGMの刺激が予測できるから——というように、こだわりの中身をよく見ると、感覚のつらさを避けるための工夫になっていることがあるのです。
この場合、こだわり自体を問題にするより、感覚刺激を減らす対策(イヤホン・耳栓の使用、席の位置の調整など)のほうが効果的なことがあります。感覚過敏について詳しくは、大人のASDと感覚過敏の記事をご覧ください。
職場でのこだわり——「本人の努力」だけにしない
こだわりやルーティンをめぐる困りごとが最も表面化しやすいのが、職場です。急な業務変更、曖昧な指示、優先順位が示されないマルチタスク——職場は「想定外」の連続だからです。
専門書では、職場の不適応は本人側の要因と環境側の要因の相互作用として捉えるべきだとされています。本人が我慢や努力で乗り切ろうとするだけでは行き詰まりやすく、環境側の小さな調整が大きな助けになります。たとえば次のような工夫が挙げられています。
- 指示は口頭だけでなく、書面やチャットなど文字でもらう
- 「少し早めに」ではなく「5分早く」のように、曖昧な言葉を具体的な数字にしてもらう
- 複数の仕事を頼まれたら、優先順位と期限を確認する習慣をつける
- 予定変更はできるだけ事前に、理由とセットで伝えてもらう
決まった手順を丁寧に守れることは、正確さが求められる業務では強みです。「どの仕事が向いているか」を一律に決めるのではなく、本人の得意・不得意と職場環境の組み合わせを個別に考えることが大切だと専門書でも強調されています。働き方の詳しい工夫は、大人のASDと仕事・就労支援の記事で扱っています。
不安やうつが重なってきたら——そちらは治療の対象です
こだわりが崩れる場面が続くと、不安や落ち込みが慢性化していくことがあります。実際、成人のASDでは不安症やうつ病などの併存が多く、専門書では「ASD成人と精神医療の接点は合併する精神障害だ」と言ってよいほど重要なテーマとされています。
ここで知っておきたいのは、ASDの特性そのものを改善する薬は現時点でない一方、併存する不安・抑うつ・不眠は治療の対象になるということです。治療の順序としては、まず環境調整や心理的な支援を先に(または並行して)行い、必要に応じて薬物療法を検討するのが基本とされています。また、ASDに伴う不安には認知行動療法(考え方や行動のパターンを整理する心理療法)が有効だという報告もあります。
「特性だから仕方ない」とすべてを我慢する必要はありません。つらさが続いているなら、それは相談してよいサインです。詳しくは大人のASDとうつ・不安の記事もご覧ください。
当院での実際
当院(春日メンタルクリニック)では、こだわりやパニックに関するご相談も含め、成人(18歳以上)の方の診療を行っています。
- 予約はデジスマによるWEB予約です。初診の前にWEB問診にお答えいただきます。
- 初診の所要時間の目安は、問診を含めて30分程度です。
- 初診では、服用中の市販薬やサプリメントも確認しています。
- 通院頻度の基本は2週間に一度です。
なお、ご家族のみの相談はお受けしていません。ご本人の同意のうえでの診察への同席は可能です。
無理に直さず、環境を整えるという発想
ASDのこだわりは、生まれつきの特性に根ざしたもので、訓練で「治す」というものではありません。だからこそ、ある臨床家は「治そうとするから難治になる。認めてしまえばいい」と語っています。なくそうと戦うのではなく、こだわりを認めたうえで、本人が困らないように環境を整える——これが現実的で、本人も楽になりやすい考え方です。
ルーチンにできない決め事は、最初から作らない
たとえば、電車で「いつも同じ席に座らないと落ち着かない」という方の場合を考えてみましょう。混んだ車内で、先に座っている人にいつも譲ってもらうことはできません。座ることは、安定したルーチンにしづらいのです。
そこで提案されているのが、「立っている習慣にしましょう」という工夫です。座ることをルーチンにできないなら、座るルーチンを最初から作らなければよい。立つことならいつでもルーチンにできる、というわけです。崩れてしまう決め事を無理に抱えるより、崩れない形に置き換える。発想を少し変えるだけで、毎日の不安がぐっと減ることがあります。
こだわりを「認める」ことで落ち着く
こだわりを頭ごなしに否定されると、本人はかえって不安定になります。逆に、「あなたはこういうことを大事にしているんだね」と言葉で認めてもらえると、それだけで安心できることが多いのです。ASDの方は感情を慰めの言葉だけで和らげるのが苦手な一方、自分の状況を言葉で正確に説明してもらえると「わかってもらえた」と感じやすい、という特徴もあります。否定より承認が、落ち着きへの近道になります。
こだわりを「強み」として活かす
こだわりは、活かし方次第で長所にもなります。たとえば鉄道への強い関心は、良い趣味として広げていけますし、決まった手順を丁寧に守る力は、正確さが求められる仕事で頼りになることもあります。実際、こだわりの能力をうまく活かせば、職場で役に立つ人は多いと指摘されています。
無理に「普通」に合わせようとするより、得意な部分(ピーク)を活かす場を見つけていく。こうした視点を持つと、こだわりは「直すべき欠点」ではなく「自分らしさ」へと意味を変えていきます。
受診の目安
以下に当てはまる場合は、一度ご相談ください。
- 予定が崩れると強い不安や混乱(パニック)が起き、生活や仕事に支障が出ている
- 「遅刻したくない」などのルールに生活全体が縛られ、疲れてしまっている
- つらい記憶が薄れず、急によみがえって(フラッシュバック)苦しくなることがある
- こだわりをめぐって、家族や職場との関係がうまくいかず悩んでいる
- 不安や落ち込みが続き、こだわりとの付き合い方を相談したい
まとめ
ASDのこだわりは、変化を嫌う特性であると同時に、先の見通しが立ちにくい毎日を安心して過ごすための「支えの仕組み」でもあります。予定が崩れたときのパニックも、つらい記憶が薄れにくいことも、特性から自然に生まれる反応であり、あなたのせいではありません。
大切なのは、無理に直そうと戦うのではなく、こだわりを認め、崩れない形に置き換え、環境を整えていくことです。こだわりは活かし方次第で、あなたを支え、強みにもなり得るものです。一人で抱え込まず、専門家と一緒に、自分らしく過ごせる工夫を見つけていきましょう。
参考にした書籍(要約・再構成。原文の転載ではありません):
- 自閉スペクトラム症の理解と支援(本田秀夫)
- 大人の発達障害ってそういうことだったのか(宮岡等・内山登紀夫)
- 大人の発達障害 成人精神疾患の背景に潜む神経発達症(精神科治療学)
- 成人期の自閉症スペクトラム 診療実践マニュアル(神尾陽子編)
- Q&Aシリーズ 発達障害 ASD編(お茶の水女子大学・神尾陽子監修)
よくある質問
ASDの『こだわり』は治した方がよいのでしょうか?
こだわりそのものは、本人の生活を支える仕組みになっていることが多く、無理に消すことが目的ではありません。困りごとが減るように、環境やルールの作り方を工夫していくのが現実的です。診断や対応の方針は医師が一緒に考えます。
予定が崩れるとパニックになります。どうすればよいですか?
パニックは「予防」が一番です。予定が変わる可能性をあらかじめ共有しておく、変更時の手順を決めておくなど、見通しを持てる工夫が役立ちます。落ち着くまで安全な場所で待つことも大切です。
ASDのこだわりと強迫症(OCD)はどう違うのですか?
見た目は似ていても、強迫症では『不合理だとわかっているのにやめられない』という葛藤を感じることが多いのに対し、ASDのこだわりではその葛藤が乏しいことがあります。区別は専門的なので、診断は医師が行います。
こだわりが原因で仕事や生活に支障が出ています。相談できますか?
はい。こだわりやパニックで日常に支障が出ている場合、環境調整の工夫や、併存する不安・抑うつへの対応など、できることがあります。一人で抱えず、精神科・心療内科にご相談ください。
こだわりを薬で治すことはできますか?
ASDのこだわりそのものを改善する薬は、現時点ではないとされています。薬物療法の対象になるのは、こだわりに伴って強まる不安・抑うつ・不眠などの併存症状です。まず環境調整や生活の工夫を整え、必要に応じて薬を検討するのが基本的な順序です。