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はじめに

大人になってからASD(自閉スペクトラム症)やADHD(注意欠如多動症)の診断を受ける方が増えています。長年「なぜ自分だけうまくいかないのか」と悩んできた末に、ようやく名前がついた——そんなとき、多くの方が次に抱くのは「それで、この先どうすればいいのか」という問いです。

「診断はゴールではない」とよく言われます。けれども、ではその先に何があるのかは、意外と語られていません。この記事では、成人の発達障害の長期経過を扱った専門書をもとに、診断された「その後」に何が起こり、何ができるのかを整理します。診断を受けたばかりの方、これから受けようか迷っている方に、少し先の見取り図としてお読みいただければと思います。

先にお伝えしたい結論はひとつです。診断は終わりではなく、「自分の取扱説明書づくり」の始まりだということです。

診断直後に起こる心の動き——安堵と喪失感は同時に来る

大人になってから診断を受けた方の多くが、最初に感じるのは安堵です。「怠けでも性格の欠陥でもなかった」「今までの生きづらさに理由があった」。長年抱えてきた自責の念が、名前がつくことでふっと軽くなる。これは診断のもつ大きな力です。

ところが、安堵と入れ違いのように、別の感情がやってくることが少なくありません。「もっと早く分かっていれば、あの失敗はなかったのではないか」「今までの苦労は何だったのか」という怒りや悲しみです。学生時代のいじめ、続かなかった仕事、壊れてしまった人間関係——過去の出来事が「特性のせいだったのかもしれない」という新しい光の下で思い出され、喪失感として押し寄せることがあります。

大切なのは、この二つの感情が同時に存在するのは自然なことだ、と知っておくことです。安堵したかと思えば落ち込み、また前を向く。そうした揺れを繰り返しながら、時間をかけて気持ちは整理されていきます。診断を受けた直後に一時的に気分が沈むのは珍しいことではありませんが、落ち込みが深く長く続くときは二次的なうつ状態の可能性もありますので、遠慮なく主治医に伝えてください。

「白か黒か」ではなく——特性を生活の言葉に翻訳する

診断書に書かれた「ASD」「ADHD」という数文字は、それだけでは暮らしを変えてくれません。著者の医師たちが繰り返し強調しているのは、診断名を受け取ることよりも、自分の特性を実生活の具体的な困りごととして理解することのほうが大切だ、という点です。

たとえば「音や光に敏感で、ざわついた職場では消耗しやすい」「口頭で複数の指示をされると抜けてしまう」「予定の急な変更で頭が真っ白になる」。こうした一つひとつを、過去の経験から拾い上げて言葉にしていく作業が、いわば自分の取扱説明書づくりです。この作業には利点があります。困りごとが具体的になればなるほど、対処法もまた具体的になるからです。「発達障害だから仕方ない」で止まらず、「口頭指示はメモかメールにしてもらう」という次の一手につながります。

もうひとつ、著者の医師が指摘するのは、発達障害の特性は白か黒かで割り切れるものではない、ということです。誰にも発達特性の濃淡があり、診断を受けた方にも定型発達的な部分がたくさんあります。「自分のどの部分に特性が強く出ていて、どの部分は問題なく回っているのか」という濃淡の地図を持つことが、自己理解の中身になります。

選択肢が広がる——環境調整・制度・伝え方

取扱説明書ができてくると、打てる手が増えていきます。

第一に環境調整です。発達障害への対応の中心は、薬で特性を消すことではなく、特性と環境のずれを小さくすることだと専門書は述べています。音に敏感なら静かな席に移る、マルチタスクが苦手なら業務を一つずつ区切る、など、環境側を変える工夫で消耗が大きく減ることがあります。著者の医師が紹介する事例でも、上司に特性を説明して適した部署への異動が実現したことで、長年の不調が落ち着いた方が描かれています。

第二に制度です。困りごとの程度によっては、障害者手帳の取得や、就労面での支援制度を利用できる場合があります。ただし利用は義務ではなく、暮らし方の希望によって判断が分かれるところです。関心があれば、まず主治医と相談しながら検討するのがよいでしょう。

第三に、周囲への伝え方です。診断を誰に・どこまで伝えるかは、多くの方が悩む問題です。目安として、「伝えることで得られる配慮」と「伝えることに伴う負担」を、相手ごとに天秤にかけて考えてみてください。全員に同じように開示する必要はありません。配偶者には診断名まで、職場には診断名を出さず「こういう状況が苦手なので、こうしてもらえると助かる」という特性と対処だけを伝える、という形も十分に成り立ちます。著者の医師は、誰にも伝えず一人で抱え込む生き方は、周囲の助けを借りられないぶん誤解やトラブルが重なり、二次的な不調につながりやすいと指摘しています。信頼できる誰かに一部でも知っておいてもらうことは、それ自体が支えになります。

自己理解は年単位で育つ——長期フォローから見えること

大人の発達障害の診療は、診断がついたら終わりではなく、そこから長い付き合いが始まります。著者の医師たちは、診断後も長年フォローしてきた患者さんたちの経過を振り返り、共通する流れを描いています。

診断直後は、感情の揺れの中で情報を集める時期です。本を読み、自分に当てはまる点・当てはまらない点を確かめていく。次に、日々の生活の中で「これも特性かもしれない」という発見を重ね、対処を試しては修正する時期が続きます。うまくいく工夫もあれば、期待外れの工夫もあります。そして数年単位の時間をかけて、特性は「闘う相手」から「付き合っていく自分の一部」へと、少しずつ位置づけが変わっていきます。

この過程は一直線ではありません。転職、結婚、昇進、家族の変化——環境が変わるたびに新しい困りごとが現れ、取扱説明書は書き足しが必要になります。逆に言えば、一度つまずいてもそれで終わりではなく、書き直しながら進んでいけるということです。焦らず、年単位の見通しで自分を育てていく。それが、診断された「その後」の実像だと専門書は伝えています。

受診・相談の目安

次のようなときは、一人で抱え込まず、受診や相談を検討してください。

  • 発達障害かもしれないと長年悩んでおり、生活や仕事に支障が出ている
  • 診断を受けたあと、落ち込みが深く続いている、眠れない、仕事に行けない
  • 職場への伝え方や環境調整、制度の利用について、誰かと一緒に整理したい
  • 家族が診断を受け、どう接すればよいか分からない

診断がつくかどうかにかかわらず、困りごとを整理すること自体に意味があります。すでに診断を受けている方も、環境の変化で困りごとが変わったときは、そのつど主治医に相談していただければと思います。

まとめ

大人になってからの発達障害の診断は、ゴールではなく出発点です。安堵と喪失感が同時に来るのは自然なことであり、その揺れを経ながら、特性を生活の言葉に翻訳する「取扱説明書づくり」が始まります。説明書ができてくれば、環境調整・制度・周囲への伝え方という選択肢が広がり、自己理解は年単位でゆっくり育っていきます。書き直しながら進んでよい旅です。当院でも、診断のご相談から診断後の長い伴走まで、お手伝いしています。


参考にした書籍(要約・再構成。原文の転載ではありません):

  • 『大人の発達障害ってそういうことだったのか その後』(宮岡等・内山登紀夫、医学書院)
  • 『大人の発達障害ってそういうことだったのか』(宮岡等・内山登紀夫、医学書院)
  • 『大人の発達障害を診るということ』(青木省三・村上伸治 編、医学書院)

執筆・監修:精神保健指定医 野口晋宏

よくある質問

診断されてほっとした反面、悲しみや怒りもわいてきます。おかしいのでしょうか?

おかしいことではありません。長年の困りごとに名前がつく安堵と、「もっと早く分かっていれば」という悲しみや怒りが同時に起こるのは、大人になってから診断を受けた方にとても多い心の動きです。こうした気持ちは時間をかけて少しずつ整理されていくことが多いので、無理に抑え込まず、診察の場で率直に話していただければと思います。

診断を受けたら、職場や家族に伝えるべきですか?

必ず伝えなければならないものではありません。誰に・どこまで伝えるかは、伝えることで得られる配慮と、伝えることに伴う負担を比べながら、相手ごとに決めてよいことです。診断名そのものではなく「音が多い場所では集中しにくい」など具体的な特性と対処だけを伝える方法もあります。迷うときは主治医と一緒に整理するのがおすすめです。

大人の発達障害は治療で治るのでしょうか?

発達障害は生まれつきの特性であり、病気のように「治す」対象とは少し性質が異なります。一方で、特性と環境のずれから生じる不眠・抑うつ・不安などの二次的な不調は、治療や環境調整で改善が期待できます。特性そのものをなくすことではなく、特性と付き合いながら暮らしやすくすることが治療の目標になります。

障害者手帳や支援制度は使ったほうがよいですか?

困りごとの程度や生活状況によっては、手帳や就労面の支援制度を利用できる場合があります。ただし、利用するかどうかは義務ではなく、ご本人の暮らし方の希望によって判断が分かれるところです。メリットと気がかりの両方を整理したうえで決めるのがよいので、関心がある場合はまず主治医にご相談ください。

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執筆・監修

精神保健指定医 野口晋宏

春日メンタルクリニック院長。精神科・心療内科の診療経験をもとに、受診前の不安や制度の疑問を整理しやすい情報提供を心がけています。

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