漢方薬は、精神科・心療内科でも、イライラや不安、のどのつかえ、月経前や更年期の揺らぎ、不眠など、さまざまな心と体の不調に使われます。西洋薬とはずいぶん違う考え方の薬で、症状の名前より、その人の"体質"に合わせて選ぶのが特徴です。ここでは、当院でも扱うことのある代表的な3つ——抑肝散・加味逍遥散・半夏厚朴湯——を中心に、どんなふうに効いて、何に気をつければよいかを、診察でお話ししている感覚に近い形でまとめました。
どんなふうに効く薬か
漢方薬は、複数の生薬(植物などの天然の成分)を組み合わせて作られています。西洋薬が「一つの症状をピンポイントで叩く」のが得意なのに対し、漢方は体全体のバランスを整えて、不調が起きにくい状態に戻していく——そんな効き方をします。
だから、漢方選びで大事なのは、病名だけではありません。同じ「イライラ」でも、体力があるか・冷えやすいか・胃腸が弱いかによって、合う薬が変わります。この「その人まるごとの状態(証)」に合わせるのが、漢方の流儀です。ぴたりと証が合えば、意外に早く楽になることもありますし、合わなければ別の処方に変えます。「効かない=漢方が向かない」ではなく、「まだ合う一枚に出会っていない」だけのこともあるのです。
逆に、まったく違う症状の二人に、同じ処方が合うこともあります。漢方が見ているのが病名ではなく体全体の状態だからで、「友人に効いた漢方が自分にも効くとは限らない」のも同じ理由です。
どんなときに漢方が選択肢になるか
漢方は、どんな場面でも同じように役立つわけではありません。おおまかな目安として言われているのは、つらさが軽めのとき、あるいは体の症状のほうが前に出ているときには漢方が選択肢に入りやすく、つらさが強いときには西洋薬のほうが確かな助けになりやすい、ということです。落ち込みや不安がはっきり重いときに漢方だけで粘ると、楽になるまでに時間がかかりすぎることがあります。「まず漢方から」というお気持ちは自然なものですが、今のつらさの程度によっては、先に西洋薬で底上げしたほうが結果として早く楽になることもある——そこは率直にお伝えしたうえで、一緒に決めていきます。
もう一つ見落とされやすいのが、西洋薬と漢方を同じ日に一緒に始めないということです。二つ同時に始めると、よくなったときも合わなかったときも、どちらの薬によるものか分からなくなります。今飲んでいる薬に漢方を足す、あるいはその逆、という形で片方ずつ動かすほうが、あとで振り返るときに役立ちます。
では、西洋薬と組み合わせるのはどんなときか。よく挙げられるのは、西洋薬でかなり良くなったけれど、あと少しだけ何かが残っているという場面です。この「あと少し」に漢方が効くことがあります。逆に言えば、まだ大きくつらさが残っているなら、それは漢方を足す段階ではなく、西洋薬のほうを見直す段階だということでもあります。組み合わせるときの漢方は、料理でいえば主菜ではなく味を整えるひと振り——そのくらいの役回りだと思っておくと、期待の置きどころを間違えずに済みます。
「一歩手前」で手を打つという発想
漢方には、上工治未病(じょうこうちみびょう)という古い言葉があります。「良い医者は、まだ病気になっていないうちに治す」という意味で、ここでいう未病には、病気の一歩手前という意味だけでなく、この不調がこの先どこへ向かうかを見越して先に手を打つというニュアンスも含まれます。
検査をしても異常が出ない、でも確かにつらい。診断名がつくほどではないけれど、明らかに前と違う。漢方がこうした場面で使われてきたのは、この発想があるからです。「何の病気か」がはっきりしないと的を絞りにくい場面でも、体の状態のほうから入っていける——それが持ち味です。
同じ人でも、時期によって合う薬は変わる
漢方には、その土地・その人・その時期に合わせて柔軟に考えるという原則もあります。同じ方でも、季節や生活の状況が変われば合う処方が変わる、という考え方です。
ですから、「前に効いたあの漢方をまた出してほしい」というご希望に、そのままお応えしないことがあります。冷えの強い冬に合っていた処方が、汗をかく夏にはきつすぎることもあるからです。前回と同じことを聞き直すのは、そのためだと思ってください。
精神科でよく使われる漢方
どれが合うかは、症状だけでなく体質や体力も見て選びます。代表的な3つを紹介します。
抑肝散(よくかんさん)
神経の高ぶり、イライラ、怒りっぽさ、それにともなう寝つきの悪さに使われます。「気が立って抑えがきかない」ような状態を、すっと鎮める方向に働きます。もともとはかんしゃくの強い子どものために作られた処方で、その「高ぶりを抑える」という持ち味が、今も受け継がれています。
加味逍遥散(かみしょうようさん)
疲れやすく、肩がこり、気分が不安定になりやすい方の、冷え・月経の不調・月経前の不調(PMS・PMDD)・更年期の揺らぎなどに使われます。心と体、両方にまたがる女性の不調に、とくに使われることの多い処方です。
半夏厚朴湯(はんげこうぼくとう)
気分がふさいで、のどや胸のあたりに"つかえる感じ"があり、ときに動悸をともなう方の、不安や神経性の胃の不調、不眠などに使われます。「のどに何かある気がして、検査でも異常がない」——そんな不安に、昔から使われてきた薬です。
飲み始めに知っておいてほしいこと
飲むタイミング
漢方は、食前または食間(食事と食事のあいだの空腹時)に飲むのが基本です。独特の味やにおいで飲みにくいときは、少量の白湯(さゆ)に溶かす、オブラートを使うなどの工夫を。飲み方で困ったら、遠慮なく相談してください。
ただ、実際にはこの「食前」に強い根拠があるわけではない、という指摘もあります。胃に障りやすい処方もあるため、むしろ食後のほうが飲みやすいこともある。ほかの薬を食後に飲んでいるなら、まとめたほうが忘れにくい。眠りを目的にした処方なら、夕食後や就寝前に寄せるほうが理にかなっている——そうした考え方です。飲むタイミングを勝手に変えるのではなく、「空腹時だと気持ち悪い」「食前だとどうしても忘れる」といったことがあれば、そのまま伝えてください。飲めない飲み方を守るより、確実に飲めるほうがずっと大事です。
どうしても粉が飲めないとき
漢方といえば顆粒(粉)ですが、処方によっては錠剤やカプセルの形があるものもあります。ここで紹介した3つでいえば、半夏厚朴湯には錠剤があります。粉がどうしても飲み込めない、においで吐き気がする——そういう方には選択肢になります。
ただし制約もあります。錠剤やカプセルがある処方は限られていて、飲みたい漢方に必ずあるとは限りません。1日に飲む錠数がかなり多くなることもありますし、扱うメーカーが限られるため薬局に在庫がなく取り寄せになることも珍しくありません。それでも、「粉が飲めないから漢方は無理」とあきらめる前に、一度相談していただく価値はあります。
「自然だから安全」ではありません——甘草に気をつける
漢方でいちばん知っておいてほしいのが、これです。「自然のものだから副作用がない」というのは、よくある誤解。とくに、多くの漢方に入っている甘草(かんぞう)という生薬は、とりすぎると、むくみ・血圧の上昇・体のだるさ・手足に力が入りにくいといった状態(偽アルドステロン症)を起こすことがあります。抑肝散と加味逍遥散は、この甘草を含みます。複数の漢方や、甘草を含む薬を重ねると、甘草が積み重なって出やすくなるので、市販の漢方も含め、使っているものは必ず教えてください。(なお、半夏厚朴湯は甘草を含まないので、この心配は基本的にありません。)
「合わない漢方」を飲むと、どうなるか
漢方の世界には、「漢方に副作用はなく、誤治(ごち)あるのみ」という言い方が古くからあります。少し極端ですが、伝えたいことははっきりしています。体質と処方が合っていないと、それだけで具合が悪くなるということです。
たとえば、体に熱がこもってのぼせている方に体を温める処方を使えば、当然つらくなります。冷えて寒がりの方に体を冷ます処方を使っても同じです。これは「副作用が出た」というより「合わない薬を選んでしまった」という話で、処方を変えれば解決することがほとんどです。
ですから、飲み始めてからなんとなく調子が悪い、前より落ち着かない、胃が重いといったことがあれば、我慢せずに教えてください。「せっかく出してもらったから」と続ける必要はありません。合っていないという情報そのものが、次の一枚を選ぶ手がかりになります。
市販の漢方を長く続けている方へ
市販薬を使っている方に、ぜひ知っておいてほしいことがあります。麻黄(まおう)という生薬を多く含む漢方(葛根湯・麻黄湯・小青竜湯など、風邪や鼻炎でおなじみのもの)は、短期間なら心配ありませんが、気軽に、長く飲み続けるのは避けたほうがよいとされています。麻黄の主成分には、体を興奮させる働きがあるためです。「鼻炎の時期はずっと飲んでいる」「肩がこると必ず飲む」という方は、一度お知らせください。
めったにないけれど大事なこと
まれに、空咳・息切れ・発熱(間質性肺炎)や、皮膚・白目が黄色くなる(肝障害)といった反応が出ることがあります。気づいたらすぐ受診を。差し迫っていれば救急(119)へ。また、加味逍遥散を何年も長く続けると、おなかの血管に関わる変化(腸間膜静脈硬化症)が報告されているため、長期に使うときは時々見直します。
続け方・やめるとき
漢方に、いわゆる依存の心配は基本的にありません。ただ、症状が落ち着いてきたら、いつまで続けるかは経過を見て一緒に決めます。だらだらと漫然に続けるのは避け、一定期間使っても変化がなければ、証を見直して処方を変えます。
やめたあとに「なんだか調子が悪い」と感じることがあります。このとき、ひとつ目安になるのが時間の経ち方です。やめてから数日から2週間くらいのうちに出てくる不調は、薬が抜けたことによる一時的な反応の可能性があります。一方、それ以降になって出てくる不調は、薬のせいというより、もともとの症状が戻ってきている可能性のほうが高いと考えられています。どちらなのかで対応が変わりますので、「やめてからどのくらいで、どう変わったか」を覚えておいて教えてください。
その「一定期間」にも目安があります。症状が比較的単純で軽めのものなら2週間ほど、長く続いている不調や体の症状として現れているものなら1か月から1か月半ほどが、効いているかを判断する一つの区切りとされています。数日で「効かない」と決めるのは早すぎますし、手応えのないまま半年、一年と飲み続けるのも避けたいところです。飲み始めるときに「いつごろ振り返るか」を決めておくと、判断がしやすくなります。複数の漢方を使っているときは、甘草などの重なりにも配慮しながら調整します。
生活の中での注意
西洋薬(抗うつ薬や睡眠薬など)と一緒に使えることがほとんどで、むしろ組み合わせて使うことも多いです。ただし、漢方どうしを重ねるときは甘草の重複に注意します。妊娠については、処方によって注意の強さが違い、加味逍遥散は妊娠中は使わないのが望ましいとされています。妊娠中・妊娠の可能性がある方、授乳中の方は、自己判断で使わず必ず相談してください。むくみ・体重増加・だるさ・力の入りにくさ・空咳などに気づいたら、早めにお知らせください。
当院での考え方
当院では、症状だけでなく体質や体力、ほかに使っているお薬も確かめたうえで、漢方が合いそうか、どの処方がよいかを一緒に考えます。西洋薬と組み合わせることもよくあります。甘草を含む処方では、むくみやだるさ、手足の力の入りにくさなどの様子に気を配りながら使います。漢方も治療の選択肢の一つで、それがすべてではありません。生活の調整やほかの治療と組み合わせながら、心身の調子を一緒に整えていきましょう。どんな小さな不安でも、診察でお聞かせください。
参考文献
- ツムラ抑肝散エキス顆粒(医療用) 添付文書(2023年12月改訂・第1版) — KEGG MEDICUS掲載の電子添文を参照(参照日: 2026-07-07)
- ツムラ加味逍遙散エキス顆粒(医療用) 添付文書(2023年12月改訂・第1版) — KEGG MEDICUS掲載の電子添文を参照(参照日: 2026-07-07)
- ツムラ半夏厚朴湯エキス顆粒(医療用) 添付文書(2023年12月改訂・第1版) — KEGG MEDICUS掲載の電子添文を参照(参照日: 2026-07-07)
- 参考書籍(本文の追記の裏づけ。要約・再構成であり原文の転載ではありません): 『対話で学ぶ精神症状の診かた』『研修医・コメディカルのための 精神疾患の薬物療法講義』
よくある質問
漢方薬は副作用がなくて安全なのですか?
「自然のものだから副作用がない」と思われがちですが、それは正しくありません。たとえば甘草(かんぞう)を含む漢方では、まれに血圧が上がる・むくむ・体のだるさや手足の力の入りにくさが出る偽アルドステロン症が起こることがあります。飲み合わせや体質によって注意が必要なこともあるため、市販の漢方も含めて、使っているものは主治医にお伝えください。
どのくらいで効きますか?
漢方薬は、体質や症状(証)に合っていれば数日から数週間で変化を感じることもありますが、じっくり続けて整えていくタイプのお薬です。効き方には個人差があります。一定期間使っても改善がみられない場合は、漫然と続けず、証を見直して処方を変えることもあります。
西洋薬と一緒に飲めますか?
多くの場合、抗うつ薬や睡眠薬などの西洋薬と一緒に使うことができ、むしろ組み合わせて使うことも多いです。ただし、複数の漢方を併用すると甘草などの成分が重なり、副作用が出やすくなることがあります。飲み合わせは主治医が確認しますので、ほかに使っているお薬(市販薬・サプリを含む)をお知らせください。
妊娠中でも飲めますか?
漢方薬の種類によって注意の強さが異なります。たとえば加味逍遥散は「妊婦には投与しないことが望ましい」とされています。妊娠中・妊娠の可能性がある方、授乳中の方は、自己判断で使わず、必ず主治医にご相談ください。
苦くて飲みにくいのですが、工夫はありますか?
漢方薬(エキス顆粒)は独特の味やにおいで飲みにくく感じる方もいます。少量の白湯(さゆ)に溶かして飲む、オブラートを使うなどの工夫があります。飲み方で困ったときは、遠慮なく主治医や薬剤師にご相談ください。