はじめに
足に力が入らなくて歩けない、声が出ない、手がふるえて止まらない、体の片側の感覚がなくなる、けいれんのような発作が起きる――。こうした症状で検査を受けたのに、「異常は見つかりません」と言われた。そういう経験をされた方がいます。
この記事は、転換症という言葉がどのような枠組みで使われているかをたどるものです。下敷きにするのは、症状学の入門書『精神科シンプトマトロジー』(内海健・兼本浩祐 編)の転換の章(執筆は柴山雅俊)です。
まだ体のほうの検査を受けていない症状であれば、内科・神経内科・耳鼻科・眼科など、症状に応じた診療科での確認が先です。 とくに、急に見えにくくなった・見える範囲が欠けた、急に聞こえなくなったというときは、日を置かずに受診してください。この記事は、そのあとで落ち着いて読んでいただければ十分です。
「検査で異常がない」は、「症状が本物ではない」という意味ではない
歩けない、声が出ない、感覚がなくなる。これらは、ご本人にとって現に起きていることです。検査の画像に映らなかったからといって、起きていないことになるわけではありません。検査は、見逃してはいけない体の病気がそこにあるかどうかを確かめるための手段であって、つらさが本物かどうかを採点する装置ではありません。検査が何をどこまで確かめるものなのかは、精神症状の陰に隠れる「体の病気」に書いています。
逆向きのことも言えます。「検査で異常がなかったから体の病気ではない」という結論を、ご自分で下すことはできません。 どの検査をどこまでしたか、症状の現れ方が神経の病気として説明のつく形かどうか――そこを見きわめるのは、医師が診察と検査を重ねて行う仕事です。
転換症という言葉は、どこから来たか
転換(英語では conversion)という語は、フロイトが使い始めたものです。 受け止めきれない心のもつれが意識の外へ押しやられ、体の症状という別の形に置き換わっていく――そういう道筋を指す言葉として、章は1894年のフロイトの記述を引いています。ただし、いまの診断がこの説明のしかたで決まるわけではありません。
現在の位置づけは、アメリカ精神医学会がまとめている診断の手引きDSM-5にあります。そこに並んでいるのは、およそ次の三つです。
- 体の動かし方(随意運動)や、感じ方(感覚)に関わる症状が現れている
- その現れ方が、神経の病気や体の病気として説明のつく形とかみ合わない
- そのために苦痛が生じている、あるいは日々の暮らしに支障が出ている
大事なのは、2番目が「検査で異常が出なかった」ではなく、現れ方がかみ合わないかどうかを見る形になっている点です。
どんな現れ方をするか
体の動きに関わる側として挙げられているのは、体の片側または両側の力が抜けること・麻痺、ふるえやぴくつき(振戦、ミオクローヌス)、動きの滑らかさが失われること(協調運動の障害)、手足や体が不自然な姿勢になることです。立てない・歩けない(失立失歩)や歩き方の変化、飲み込みにくさ(ヒステリー球)、声が出なくなること(失声)や発音がうまくいかないこと、けいれんのような発作(医学用語では心因性非てんかん性発作、略してPNESと呼ばれます)も挙げられています。
感じ方に関わる側として挙げられているのは、感覚が鈍くなる・失われること、ものが二重に見えることや見える範囲が狭くなること(複視、筒状視野)、聞こえが弱くなる・聞こえなくなること、においの感じ方の変化、そして気を失ったときや昏睡のときのように呼びかけに反応しない状態です。
解離の症状も、転換症にしばしば見られます。転換症と解離症のどちらも認められる場合は、両方を診断することになっています。解離という言葉そのものについては、解離とは何かをお読みください。なお、のどのつかえ感には咽喉頭異常感症という別の枠組みもあり、のどに何かがつかえている感じが続くで扱っています。
経過は、ひと通りではない
数日のうちに、あるいは長くても二、三週ほどでおさまっていく症状もあれば、そのまま長く残る症状もあります。
解離症があって、そこに転換の症状が重なって現れている場合は比較的短い経過をとり、解離症のほうから転換症へ移っていった場合は長引くことが多い、とされます。けいれんのような発作(PNES)や失神のような発作は、繰り返し何度も起きることもあります。
また、DSM-5は期間で二つに分けています。六か月に満たないものを急性のエピソードとし、六か月以上続くものを持続性として扱う、という分け方です。見通しそのものは、経過と診察のなかで見ていくものです。
「疾病への意志」「美しき無関心」――古くから言われてきた見方について
ヒステリーと呼ばれてきた病像については、古くから、疾病への意志・美しき無関心・疾病利得といった特徴が語られてきました。「美しき無関心」とは、生活の妨げになる症状が出ているのに、それをつらいと感じている様子のほうは乏しい、という意味で、転換症で見られることが多いとされます。解離症や転換症を見立てるときにこの特徴のほうを前に出す精神科医は、いまなお少なくない、とも述べられています。
そのうえで置かれている留保が重要です。現実や葛藤から逃れたい気持ちが、転換症の方の意識や行動にまったく見当たらないわけではない。けれども、周囲がそういう目で見ることによって、臨床の場で問題が生じるのもまた事実だ――そう書かれています。
「疾病への意志」も「疾病利得」も、症状を意識してこしらえているという意味ではありません。このあと見る弛緩・離隔の側の説明でも、そうした動機は無意識の働きとして書かれています。ですからこれらの言葉は、「気のせい」「演技」「詐病」と読み替えるための材料にはなりません。 そして、そういう目で見られてきた経験があるという理由で、受診を遠慮していただく必要もありません。
章が示している二つの型
章の後半は、転換症の症状を緊張・過敏型と弛緩・離隔型から眺めます。診断基準の下位分類ではなく、著者が理解と治療に役立つのではないかと示した見取り図です。
緊張・過敏の側
発作のように現れ、比較的短い期間でおさまることが多い、心と体が張りつめた状態です。トラウマや恐怖との関わりが指摘され、頭痛、動悸、ふるえ、のどのつかえ、手足の異常な動き、筋肉のこわばりなどが挙げられます。
現実や葛藤から逃れたい、願いを満たしたいといった色合いは薄く、トラウマに圧倒され、追いつめられた状態を思わせる、と章は述べています。幻視・幻聴や、切り離されていた記憶や感情が「いま・ここ」に入り込むフラッシュバックにつながる体験ともされています。
弛緩・離隔の側
現実や葛藤から逃れたいという願いによって生じ、長く続くことが多い、心と体がゆるんだ状態です。離隔と呼ばれる症状が現れているときに出やすい体の症状だとされます。
張りつめざるをえない「いま・ここ」の体験を、自分の体験や記憶ではないとする否認や、逃避的に願いを満たす要素が見られます。無意識のところに動機や目的、意図を読み取れること、空想へ入りやすい傾向に見られる催眠のかかりやすさが関わっている可能性が、推測として述べられています。これは、意識して症状をこしらえているという意味ではありません。
歩きにくさ、手足の脱力、感覚の麻痺、視野の狭まり、失神、昏睡に似た反応のなさなどが挙げられ、「疾病への意志」「美しき無関心」はこちらの側に当てはまりやすいとされます。
二つの型の関係
章自身が、これははっきり線を引ける分類ではないと断っています。弛緩・離隔として現れているものの裏には、トラウマや現実を前にした張りつめが控えています。張りつめが強まると、逃れようとする弛緩・離隔が引き寄せられ、弛緩・離隔が強まると、無防備になるため緊張や刺激が引き寄せられます。そのため、二つは同時に現れることも、時間とともに入れ替わることもあります。
理解と治療では、どちらか一方に寄りかからず、心と体の全体像を見る必要があります。症状を語るなかで自分を表す動きが進み、それが治療につながることも少なくない、と結ばれています。
身体症状症とは、どう違うのか
名前が近く、どちらも「検査で異常なし」という言葉と結びついているため、混ざりやすいところです。違うのは、診断の中心に何が置かれているかです。
- 身体症状症 ―― 中心にあるのは、症状に対する考えや不安、行動が過剰になっていることです。痛みや倦怠感などが続き、そのことが頭を占めて生活の中心になっている、という形です
- 転換症 ―― 中心にあるのは、体の動かし方や感じ方そのものの変化と、その現れ方が神経の病気や体の病気として説明のつく形とかみ合わないこと、そして生活に支障が出ていることです
症状にとらわれていることは、転換症では必須の条件になっていません。症状へのとらわれや、検査を繰り返してしまう不安のほうがご自分に近いと感じるときは、身体症状症とはと病気不安症(心気症)とはをお読みください。実際には重なることもあり、どちらに当たるかを整理するのは診察の仕事です。
受診の目安
まだ体のほうの検査を受けていない症状であれば、内科・神経内科・耳鼻科・眼科など、症状に応じた診療科での確認が先です。そのうえで、次のようなことがあるときは、病名の話をいったん置いて、相談をお考えください。
- 体のほうの検査は受けたけれども、力が入らない、歩きにくい、声が出ない、感覚が鈍い、見える範囲が狭い、聞こえにくいといった状態が続いていて、生活に支障が出ている
- 検査では異常がないと言われたけれども、症状のほうは続いている
- 眠れない日が続いている、食事が取りにくい日が続いている
- 「気のせいだ」「大げさだ」と言われた経験があって、受診をためらっている
- 暴力や強い支配のある関係が続いていて、そのなかでこうした症状が起きている
暴力や強い支配のある関係のなかで出てきた症状についてのご相談も、当院で承っています。どこまで調べたのか、ご自分でもよく分からないというときは、そのことも含めてご相談ください。整理するところからで構いません。診察でお伝えいただくときは、いつから、どんなときに、体のどの部分が、どうなったかという並びが伝わりやすくなりますが、うまく説明できなくてかまいません。困っているという事実そのものが、相談してよい理由です。
そして、急に手足が動かなくなった、言葉が出なくなった、顔の片側が動かない、急に見えにくくなった・見える範囲が欠けた、急に聞こえなくなった、意識が遠のく、けいれんのような発作が起きた――こうしたことが起きているときは、次の予約を待たないでください。通院中であれば主治医に連絡し、命に関わる切迫した状況ではためらわず救急(119)を利用してください。
当院での実際
当院は福岡県春日市の精神科・心療内科です。ご相談は、まずWEB予約(デジスマ)でご予約のうえ、初診前のWEB問診にお答えいただく形をとっています。
初診の所要時間の目安は、問診を含めて30分程度です。体の病気やお薬の影響を考えるうえで大切な情報になるため、服用中の市販薬やサプリメントも確認しています。通院を始めた場合は、2週間に一度の通院が基本で、再診の所要時間の目安は5分前後です。
何があったのかを話さないままでも、受診していただけます。 話したくないことを話す必要はありません。そのうえで、話していないことが体調に響いている場合には、そのことのほうを診察で扱えます。
なお、トラウマに特化した専門的な治療(EMDR、トラウマ焦点化認知行動療法など)は、当院では行っていません。実施している医療機関はご自身でお探しいただくことになりますが、紹介状(診療情報提供書)は必要に応じて作成します。
ご家族のみの相談はお受けしていません。ご家族が心配されている当のご本人が受診され、同席に同意されている場合には、ご家族に同席していただけます。そのご本人がどうしても受診できない状況の場合は、お住まいの地域の保健所、市区町村の精神保健相談、精神保健福祉センターなどの公的相談先、または受診を予定している医療機関への問い合わせをご案内しています。
なお、当院の診療対象は18歳以上の方です。
まとめ
歩けない、声が出ない、けいれんのような発作が起きるのに、検査では異常が見つからない。こうした状態に、転換症という名前と、それを説明する枠組みが用意されています。説明のつかない例外ではありません。
検査で異常が見つからなかったことと、症状が現に起きていることは、両立します。 そのうえで、体の病気ではないという結論をご自分で下すことはできず、まだ体の検査を受けていない症状であれば、症状に応じた診療科での確認が先になります。「疾病への意志」「美しき無関心」といった古くから語られてきた特徴は、「気のせい」「演技」「詐病」と読み替えるための材料にはなりません。
そのほか近いところにあるもの ―― トラウマとは何か・ふわふわするめまいが続くのに「検査は異常なし」・動悸・息苦しさ・めまいで異常なしと言われた時の原因・過呼吸(過換気症候群)になったら・自律神経失調症は何科に行けばいい?
参考にした書籍(要約・再構成。原文の転載ではありません):
- 精神科シンプトマトロジー ―症状学入門―(内海健・兼本浩祐 編)/「32 転換」(柴山雅俊)
よくある質問
歩けない、声が出ないという症状で検査を受けたのに、異常はないと言われました。気のせいということですか。
いいえ。検査で異常が見つからなかったことと、症状が現に起きていることは、両立します。足に力が入らない、声が出ないという体験は、ご本人にとって実際に起きていることです。検査は、見逃してはいけない体の病気があるかどうかを確かめるための手段であって、つらさが本物かどうかを採点する装置ではありません。ただし、体の病気ではないという見きわめをご自分で下すことはできません。神経の病気として説明がつく形かどうかは、医師が診察と検査のうえで判断するものです。まだ体のほうの検査を受けていない症状であれば、内科・神経内科・耳鼻科・眼科など、症状に応じた診療科での確認が先になります。とくに、急に見えにくくなった、急に聞こえなくなったというときは、日を置かずに受診してください。「精神的なものだろう」とご自分で決めて受診を先延ばしにしないでください。
転換症は、わざと症状を出しているという意味ですか。「疾病利得」という言葉を見て不安になりました。
そういう意味ではありません。症状学の入門書『精神科シンプトマトロジー』の転換の章(柴山雅俊)は、ヒステリーと呼ばれてきた病像について、古くから「疾病への意志」「美しき無関心」「疾病利得」といった特徴が語られてきたことを紹介し、見立てるときにそちらを前に出す精神科医はいまなお少なくない、と書いています。そのうえで章は、現実や葛藤から逃れたい気持ちが転換症の方にまったく見当たらないわけではないけれども、周囲がそういう目で見ることによって臨床の場で問題が生じるのもまた事実だ、と述べています。章が弛緩・離隔の側を説明する箇所でも、そうした動機は無意識のところの働きとして書かれています。意識して症状をこしらえているという話ではありません。
身体症状症と転換症は、どう違うのですか。
診断の中心に置かれているものが違います。身体症状症のほうで中心になるのは、症状に対する考えや不安、行動が過剰になっていることです。痛みや倦怠感が続き、そのことが頭を占めて生活の中心になっている、という形です。一方、転換症で中心になるのは、体の動かし方や感じ方そのものの変化と、その現れ方が神経の病気や体の病気として説明のつく形とかみ合わないこと、そして生活に支障が出ていることです。症状にとらわれていることは、転換症では必須の条件になっていません。症状へのとらわれや検査を繰り返してしまう不安については、当サイトの身体症状症の記事と病気不安症の記事をお読みください。どちらに当たるかをご自分で決めていただく必要はありません。
緊張・過敏型か弛緩・離隔型か、どちらに当てはまるかを自分で調べたほうがよいですか。
その必要はありません。この二つは、症状学の入門書『精神科シンプトマトロジー』の転換の章で、著者が理解と治療に役立つのではないかという形で示している見取り図です。診断基準の下位分類ではありません。章自身が、あくまで見取り図であってはっきり線を引けるものではない、と断っており、二つが同時に見られることも、時間とともに入れ替わることもあるとしています。ご自分や身近な方をどちらかに振り分けるための表としては、使わないでください。
転換症として説明された症状は、どのくらいで治るのですか。
ひと通りではない、というのが章の書き方です。数日から、長くても二、三週ほどでおさまっていく症状もあれば、そのまま長く残る症状もある、とされています。解離症があってそこに転換の症状が重なっている場合は比較的短い経過をとる一方、解離症のほうから転換症へ移っていった場合は長引くことが多い、とも書かれています。けいれんのような発作や失神のような発作が、繰り返し何度も起きることもあるとされます。なお診断基準の側では、六か月に満たないものと六か月以上続くものとを分けて扱っています。見通しは経過と診察のなかで見ていくもので、この記事から決まるものではありません。