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連載「トラウマとPTSDを知るシリーズ」第1回(全9回)

はじめに

「あんなことくらい、もう忘れなきゃいけないのに」「いつまでも引きずっている自分は弱いのではないか」。つらい出来事のあと、こんなふうにご自身を責めてしまう方は少なくありません。一方で、「トラウマなんて誰にでもある、甘えではないか」という言葉に傷つき、誰にも打ち明けられずにいる方もいます。

「トラウマ」という言葉は今ではすっかり日常語になりましたが、それが本当はどういう状態を指すのかは、あまり正確には知られていません。普通の「傷つき」と、心や体に不調まで引き起こす「トラウマ」とは、実は性質が違うものです。

この記事では、診断や症状の話に入る前に、まず「トラウマとは何か」という考え方そのものを、できるだけやさしく整理します。普通の傷つきとの違い、心の中で何が揺らぐのか、そして「トラウマは消えない傷ではなく、回復していけるもの」という見方をお伝えします。読み終えたとき、ご自身の体験を少しだけ違う角度から眺められるようになれば幸いです。

私たちは衝撃をどう乗り越えているか

私たちは毎日、大小さまざまなショックを受けながら暮らしています。失敗をして落ちこんだり、人間関係でいやな思いをしたり。それでも多くの場合、いつのまにか立ち直っているのは、心と体に「衝撃を乗り越えるしくみ」が備わっているからです。

たとえば、こんな「いつものやり方」を、多くの方が自然に使っています。

  • しばらくくよくよ考える … 何度も思い出すうちに記憶に慣れ、最初ほど強く心が揺さぶられなくなります。違う角度から見て「思っていたほど大ごとではなかったかも」と気づくこともあります。
  • 気分転換に何かをする … いつもの自分の感覚を取り戻し、ショックで崩れた態勢を立て直す助けになります。
  • 早く寝てしまう … 体力が回復し、すっきりした頭で振り返ると、前日とは違う見え方ができることがあります。
  • 親しい人に話を聞いてもらう … 「それは大変だったね」と受け止めてもらえるだけで、ずいぶん心が軽くなります。話すこと自体が記憶に向き合う練習になり、何より「今の自分を受け入れてもらえている」と実感できます。

※「くり返し思い出すうちに反応がやわらいでいく」現象は、心理学では「馴化(じゅんか)」と呼ばれます。同じ刺激にくり返し触れるうちに、反応が少しずつ小さくなっていくはたらきです。

こうして態勢を立て直し、自分の力(人に頼る力も含めて)を使えるようになると、たいていの変化は乗り越えられます。そしてそれは、単に元に戻るだけでなく、人としての成長につながっていくこともあります。

「いつものやり方」が使えなくなるとき

ところが、あまりにも大きな衝撃を受けると、この「いつものやり方」が使えなくなってしまいます。

衝撃に圧倒されて、考えるどころではなくなる。思い出すのが怖くて、「くよくよ考える」ことも「人に話す」こともできなくなる。気分転換する気力もわかず、眠ろうとしても眠れない。やっとの思いで誰かに打ち明けても、相手にとっても想像を絶する話だと落ち着いて聞いてもらえず、「話さなければよかった」と、かえって傷つくこともあります。

つまり、衝撃が大きすぎると、それを乗り越えるための道そのものが見つけられなくなるのです。この、道に迷ってしまったような状態が「トラウマ(心的外傷)」と呼ばれるものです。言いかえれば、トラウマとは「対処できないほどの衝撃を受けたときにできる心の傷」です。

イメージとしては、いつもの道を歩いていたら、突然足元が地割れして下に落とされてしまった、という感じに近いかもしれません。落ちた痛みもありますし、何が起きたのか最初はわかりません。見回しても見知らぬ景色ばかりで、どこを歩けばいいのか、どうすれば二度と落ちずにすむのかもわからない。「また落ちるのではないか」という恐怖でいっぱいになります。

トラウマからの回復とは、ふたたび安全に歩ける道を見つけ、「ここを歩いていけば自分は大丈夫」と思えるようになっていくことです。治療も、そのために行われます。

トラウマのあと、心と体に起こること

大きな衝撃のあとには、多くの方に共通する反応が現れます。まず知っておいていただきたいのは、これらは「異常な出来事に対する、心と体の正常な反応」だということです。壊れてしまったのではなく、心と体が懸命に自分を守ろうとしている状態なのです。

記憶の性質が変わる

ふだんの記憶は、時間がたつにつれて少しずつ薄れ、「過去の出来事」として整理されていきます。医学の分野では、記憶は「覚える・保っておく・思い出す」という段階を経てはたらくと整理されていますが、圧倒されるほどの体験は、この通常の整理のプロセスにうまく乗らないことがあると考えられています。

そのため、トラウマの記憶には独特の性質が生まれます。

  • 時間がたっても薄れず、生々しいまま残る
  • 思い出そうとしていないのに、突然よみがえってくる
  • 逆に、体験の一部やほとんどを思い出せないこともある

「鮮明によみがえる」ことと「思い出せない」ことが同じ人に起こる場合もあります。どちらも、記憶がまだ「過去のこと」として片づけられていないために起こる現象で、ご本人の意志や努力の問題ではありません。

体の警報装置が鳴りつづける

危険にさらされたとき、体は心拍を上げ、筋肉をこわばらせ、注意を研ぎすまして、身を守る態勢をとります。これは生き延びるための大切なしくみです。

ところが衝撃が大きすぎると、危険が去ったあとも、この警報装置が鳴りやまないことがあります。

  • いつも気が張っていて、リラックスできない
  • 小さな物音にもびくっとしてしまう
  • 眠りが浅い、寝つけない、途中で目が覚める
  • 動悸、息苦しさ、体のこわばりなどが続く

これらは「気にしすぎ」でも「性格の問題」でもなく、体が「また危険が来るかもしれない」と身構えつづけている状態です。ただし、疲れやすさや不眠には身体の病気が関わっていることもありますから、続くときは医療機関で相談することをおすすめします。

フラッシュバックと「再体験」について

トラウマの反応の中でも特につらいのが、フラッシュバック(再体験)です。これは、単に「思い出す」のとは違います。過去の出来事が、まるで今ここで起きているかのように、映像・音・体の感覚とともによみがえってくる体験です。

フラッシュバックには、きっかけ(引き金)があることが少なくありません。出来事を連想させる場所、音、におい、季節、言葉など、一見ささいなものが引き金になります。ご本人も何が引き金なのか気づいていないことがあり、「なぜ急にこんなに苦しくなるのか分からない」と、自分を責めてしまう方もいます。

けれど、これも先ほどの記憶の性質から理解できる現象です。記憶がまだ「過去」として整理されていないため、引き金に触れると、心と体が当時と同じ緊急態勢に戻ってしまうのです。フラッシュバックが起こることは、弱さの証拠ではありません。

圧倒されそうなとき、その場でできること

フラッシュバックや強い不安に襲われたとき、その場で「今ここ」に注意を戻す方法として、グラウンディングと呼ばれる対処法が一般的に知られています。「地に足をつける」という意味で、過去に引き戻されそうな心を、現在につなぎとめる工夫です。

  • 足の裏を意識する … 椅子に座り、両足の裏を床にしっかりつけて、踏みしめる感覚に注意を向けます。
  • 五感を使って「今」を確かめる … 目に見えるものを順に声に出して言う、手ざわりのはっきりした物(冷たい飲み物の缶、鍵、椅子のひじかけなど)に触れる、周りの音に耳をすます、など。
  • 今日の日付と場所を確認する … 「今日は〇月〇日、ここは〇〇。あの出来事は過去のことで、今の自分は安全だ」と、言葉にして確かめます。
  • ゆっくり息を吐く … 吸うことより、細く長く吐くことに意識を向けると、体の緊張がゆるみやすくなります。

うまくいく方法は人によって違いますから、落ち着いているときにいくつか試して、自分に合うものを見つけておくとよいでしょう。

ひとつ大切な注意があります。グラウンディングは「その場をしのぐための応急手当て」であって、トラウマそのものの治療ではありません。応急手当てが必要な場面が何度も続くようなら、それは専門家に相談するサインと考えてください。また、つらさをまぎらわせるための飲酒は、一時的に楽になったように感じても、長い目でみると睡眠や気分をかえって悪化させることが知られています。

回復の経過と、受診を考える目安

大きな衝撃のあとに眠れなくなったり、場面がよみがえったりすることは、多くの方が経験します。そして、その多くは、安全な環境と周囲の支えの中で、数週間のうちに少しずつやわらいでいきます。最初の時期のつらい反応は、それだけで「病気になった」ことを意味するわけではありません。

一方で、次のような場合には、医療機関への相談を考えていただきたいと思います。

  • つらい反応が 1か月を過ぎても やわらぐ気配がなく続いている
  • 時間がたつにつれて、むしろつらさが強くなっている
  • 眠れない・食べられない状態が続き、体力が落ちてきている
  • 引き金を避けるために行動範囲がせばまり、仕事や生活に支障が出ている
  • お酒や市販薬でつらさをまぎらわせることが増えている

ここでお伝えした「1か月」はあくまで目安のひとつであって、それまで我慢して待つ必要があるという意味ではありません。日常生活がつらくて立ち行かない、眠れない状態が続いてしんどい——そう感じているなら、期間にかかわらず早めにご相談ください。

回復は「早く忘れること」ではありません。安全を取り戻し、心と体の警報を少しずつ解除し、記憶を「過去のこと」として整理し直していく過程です。そのペースは人それぞれで、他人と比べる必要はありません。

なお、死にたい気持ちが強くなるなど、ご自身の安全が守れないと感じる差し迫った状況では、ためらわず救急(119)に連絡するか、通院中の方は主治医にご相談ください。

「自分・身近な人・世界への信頼感」が揺らぐということ

私たちが落ち着いて暮らしていけるのは、心の奥に「まあ、何とかなるだろう」という感覚があるからです。

考えてみれば、私たちはこの先に何が起こるかを本当は知りません。それでも不安にのまれずにいられるのは、次のような信頼感が土台になっているからです。

  • 自分への信頼感 … 「まあ、自分は何とかできるだろう」
  • 身近な人への信頼感 … 「まあ、困ったら誰かが助けてくれるだろう」
  • 世界への信頼感 … 「まあ、今までも大丈夫だったし、これからもひどいことは起きないだろう」

衝撃を受けると、この三つの信頼感が一時的に揺らぎます。小さな衝撃なら、先ほどの「いつものやり方」で立て直せます。慣れることや受け止め直すことは「世界への信頼感」を、自分の力を思い出すことは「自分への信頼感」を、人に支えてもらうことは「身近な人への信頼感」を、それぞれ取り戻すことにつながります。

けれど衝撃が強すぎると、信頼感が失われたところに留まってしまいます。自分の感じ方も力も信じられず、出来事によっては身近な人も信じられなくなり、世界がとても危険な場所に思えてくる。この状態が続いていることが、トラウマの本質です。

ここで大切なお話があります。「トラウマ」と聞くと、まるで消せない傷が刻まれてしまったかのように感じる方がいるかもしれません。けれど、そう固定的にとらえるよりも、「自分・身近な人・世界への信頼感から、一時的に切り離されてしまった状態」と考えるほうが、ずっと前向きで役に立ちます。切り離されただけなら、つながりを取り戻すことができるからです。つまり、回復は可能なのです。トラウマの性質によっては長い道のりになることもありますが、それは常に前へ進んでいける道のりです。

同じ出来事でも、衝撃の大きさが違う理由

トラウマは「対処できないほどの衝撃」によって生じるため、出来事のひどさそのものだけでなく、「それに対処できたかどうか」という条件も大きく関わります。次のような特徴があると、同じ出来事でも衝撃が大きくなりやすいことが知られています。

  • 予測できなかった … 心の準備ができていれば多少は身構えられますが、無防備なときに突然起これば、衝撃はそのぶん大きくなります。
  • 自分でコントロールできなかった … ただ衝撃を受けるしかなかった、という体験は「対処できなかった」という感覚を残します。
  • 自分にも責任があったように感じる … 出来事による衝撃に加えて「自分がだめだったからだ」という衝撃も重なり、いっそう抱えきれなくなります。

これらはいずれも、先ほどの「自分・身近な人・世界への信頼感」を揺るがします。だからこそ、トラウマを抱えた方が「客観的には自分のせいではないのに、くり返し自分を責めてしまう」ということが、とても多く見られるのです。

そして、もうひとつ知っておいていただきたいことがあります。「もっとひどい経験をした人もいるのに、病気になっていない人もいる。自分は弱いのではないか」「自分はたいした体験をしていないから、トラウマと呼ぶほどではないのでは」。そう感じてご自身を否定する方は少なくありません。

けれど、衝撃の大きさを決めるのは、出来事のひどさだけではありません。その人がもともと安心できる関係の中にいたか、そして体験のあとに支えてくれる味方がいたか、ということが大きく影響します。出来事のひどさを他人と比べることに、実はあまり意味はありません。「その人がその出来事をどう体験したか」こそが、いちばん大切なのです。ですから、ご自身の苦しみを他人と比べて打ち消す必要はありません。

受診の目安

上の「回復の経過」でお伝えした目安に加えて、以下のようなことが続いていれば、一度ご相談ください。

  • つらい出来事のあと、気分の落ちこみや不眠、不安が長く続いている
  • その出来事を思い出させるものを避けるようになり、生活に支障が出ている
  • 「自分が悪い」「自分は損なわれてしまった」という気持ちから抜け出せない
  • 人や世界が信じられず、いつも気が張って疲れてしまう
  • つらさを誰にも打ち明けられず、一人で抱えこんでいる

なお、トラウマに関連する状態かどうか、また治療が必要かどうかの診断は、医師が行います。気になることがあれば、自己判断で抱えこまず、早めにご相談いただくことが回復への近道です。

まとめ

小さな衝撃は「考える・気分転換・睡眠・人に話す」といった「いつものやり方」で乗り越えられますが、衝撃が大きすぎるとそれが使えなくなります。その状態がトラウマと呼ばれるものです。そのあとに続く生々しい記憶のよみがえりや、鳴りやまない体の警報は、異常な出来事に対する心と体の正常な反応であり、弱さの証拠ではありません。圧倒されそうなときには、グラウンディングのように「今ここ」に注意を戻す応急手当てがありますが、つらい反応が1か月を過ぎても続くときや強まっていくとき、またそれより早い時期でも生活が立ち行かないと感じるときは、医療機関にご相談ください。トラウマは「自分・身近な人・世界への信頼感」から一時的に切り離された状態であり、消えない傷ではなく、つながりを取り戻していける回復可能なプロセスです。一人で抱えこまず、安心して頼れる場を少しずつ取り戻していきましょう。


参考にした書籍(要約・再構成。原文の転載ではありません):

  • 水島広子『対人関係療法でなおす トラウマ・PTSD』創元社
  • 濱田秀伯『精神症候学[第2版]』弘文堂
  • 原田憲一『精神症状の把握と理解』中山書店

よくある質問

トラウマと普通の傷つきは何が違うのですか。

小さな傷つきは、考えたり眠ったり人に話したりする『いつものやり方』で乗り越えられます。トラウマは、衝撃が大きすぎてその『いつものやり方』が使えなくなった状態を指します。傷つきの大きさそのものより、対処できたかどうかが分かれ目です。

『もっとつらい経験をした人もいるのに』と感じてしまいます。

つらさは出来事のひどさだけで決まるものではありません。予測できたか、自分で対処できたか、支えてくれる人がいたかなど、多くの要素が関わります。ご自身の苦しみを他人と比べて否定する必要はありません。

トラウマは一生消えないのでしょうか。

トラウマは固定した傷ではなく、自分・身近な人・世界への信頼感から一時的に切り離された状態と考えられます。回復は可能で、信頼感とのつながりを少しずつ取り戻していくプロセスです。診断や治療方針は医師がご一緒に考えます。

出来事をはっきり思い出せないのですが、それでもトラウマと言えますか。

つらい体験は、思い出すこと自体が苦しいため、記憶があいまいになることがあります。はっきり思い出せなくても、心や体に影響が残ることはあります。気になる場合は、無理に思い出そうとせず、専門家にご相談ください。

家族から「甘えだ」と言われてしまいます。

普通の傷つきとトラウマの違いは、周囲にも理解されにくいものです。これはご本人の弱さの問題ではありません。安心して話せる場として、医療機関を活用していただくこともできます。

急に記憶がよみがえって苦しくなったとき、その場でできることはありますか。

足の裏を床につけて踏みしめる、目に見えるものを順に声に出して確かめる、今日の日付や今いる場所を確認するなど、『今ここ』に注意を戻す方法(グラウンディング)が一般的に用いられます。つらい状態が続く場合は、無理をせず医療機関にご相談ください。

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執筆・監修

精神保健指定医 野口晋宏

春日メンタルクリニック院長。精神科・心療内科の診療経験をもとに、受診前の不安や制度の疑問を整理しやすい情報提供を心がけています。

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