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「検査では異常ありません」——そう言われた瞬間はほっとしたのに、数日もするとまた「本当に大丈夫だろうか」「見落とされているのでは」という考えが浮かんでくる。がんや難病の可能性が頭から離れず、体のちょっとした変化が気になって仕方がない。そんな状態が続いていないでしょうか。

周囲からは「考えすぎ」「気にしすぎ」と言われるかもしれません。けれども、ご本人が感じている不安や苦痛は決して気のせいではありません。「重い病気かもしれない」という考えにとらわれて、検査や検索を繰り返しても安心が続かない——それ自体が、治療の対象になりうるひとつの状態です。この記事では、病気不安症(従来「心気症」と呼ばれてきた状態)について、どんな特徴があるのか、なぜ不安が強まっていくのか、どんな治療があるのかを解説します。

「異常なし」でも安心できない、というつらさ

病気への不安は、誰にでもあるものです。健康診断の結果が出るまで落ち着かない、身近な人が病気になったと聞いて自分の体も心配になる——そうした心配は自然な反応であり、体を大切にするうえで役に立つ面もあります。

ただ、その心配が生活の中心を占めるようになると、事情が変わってきます。たとえば次のような状態です。

  • 「がんではないか」「難病ではないか」という考えが、一日のうち何度も浮かんでくる
  • 検査で異常なしと言われても、安心が数日ともたず、また不安になる
  • 体のわずかな感覚(しこりのような感触、動悸、しびれ、頭の重さなど)を「重い病気のサインでは」と感じてしまう
  • 症状をインターネットで検索し始めると止まらなくなり、かえって不安が増す
  • 病気の心配のせいで、仕事や家事に集中できない、眠れない

このような状態にある方は、「大げさな人」ではありません。むしろ多くの場合、真面目で、健康や家族への責任感が強い方です。そして重要なのは、ご本人の頭の中では「万一見落とされていたら取り返しがつかない」という切実な理屈が働いているということです。不安には不安なりの筋道があり、だからこそ「気にしないようにしよう」という意志の力だけでは抜け出しにくいのです。

病気不安症(心気症)とはどんな状態か

病気不安症は、「自分が重い病気にかかっている、あるいはかかりつつある」という考えへのとらわれを中心とする状態です。従来は「心気症」という名前で呼ばれてきました。

特徴をいくつか挙げます。

身体症状そのものは軽いか、ほとんどない。 病気不安症では、実際に体に現れている症状は軽微であるか、はっきりした症状がないことが少なくありません。苦痛の中心は「症状のつらさ」ではなく、「重い病気ではないかという考えと不安」にあります。

とらわれが持続する。 一時的な心配ではなく、病気への不安が数か月以上にわたって続き、頭の中の多くの部分を占めるようになります。心配する病気の対象が、時期によって変わることもあります(ある時期はがん、別の時期は心臓病、というように)。

安心を求める行動、または回避が伴う。 体を何度もチェックする、検査や受診を繰り返す、家族に「大丈夫だと思う?」と何度も確認する——といった行動が増える方が多い一方で、逆に「悪い結果を知るのが怖い」と病院を避けてしまうタイプの方もいます。方向は正反対に見えますが、どちらも「病気への強い不安」から来ている点は同じです。

なお、診断名について補足しておくと、現在広く使われている診断基準(DSM-5)では、従来の「心気症」は主に「身体症状症」と「病気不安症」というふたつの概念に整理されました。痛みやだるさなど身体症状そのものが強く、その症状への思考や不安が生活を圧迫している場合は身体症状症、身体症状は目立たないのに病気への不安ととらわれが中心の場合は病気不安症、というのがおおまかな整理です。実際には両者は連続的で、はっきり線を引けないこともあります。診断名そのものよりも、「病気への不安が生活を圧迫している」という状態像を捉えることが大切です。

まず大切なこと——身体の病気をきちんと調べる順序

ここで、順序としてとても大切なことをお伝えします。体の症状や心配があるとき、まず身体科(内科など)で調べてもらうことは、決して間違いではありません。むしろ必要なステップです。

実際に身体の病気が隠れている可能性は、常に丁寧に検討されるべきです。甲状腺の病気や貧血、不整脈など、不安や体の違和感の背景に身体疾患がある場合もあります。「心配しすぎだから病院に行かなくていい」ということでは決してありません。

問題になるのは、その先です。適切な検査を受けて「異常なし」という結果が繰り返し出ているのに、安心がほとんど続かず、検査を受けるたびに次の不安が生まれてくる——このパターンが続くとき、「まだ見つかっていない体の病気」よりも、「不安のしくみそのもの」に目を向けたほうが、出口に近づける可能性があります。

「異常なしが続いているのに苦しい」というのは、矛盾ではありません。体の検査は体の状態を調べるものであって、不安のつらさを測るものではないからです。検査で異常がないことと、あなたの苦痛が本物であることは、両立します。

安心を求める行動が、不安を強くする悪循環

病気不安症を理解するうえで鍵になるのが、「安心を求める行動が、長い目で見ると不安を強めてしまう」という悪循環です。

検査・受診の繰り返し。 検査で異常なしと言われると、その場では安心できます。しかしこの安心は長続きしにくく、しかも「検査を受けたから安心できた」という経験を重ねるほど、「安心するためには検査が必要だ」という学習が強化されていきます。結果として、不安が湧くたびに検査が必要になり、検査の間隔が短くなっていくことがあります。

ネット検索——サイバーコンドリアと呼ばれる現象。 症状や病名を検索して安心しようとしたのに、重い病気の情報に行き当たってかえって不安になり、その不安を打ち消すためにまた検索する——この悪循環は「サイバーコンドリア」と呼ばれることがあります。インターネット上の医療情報は、まれで深刻な病気ほど目立つ形で書かれていることが多く、検索すればするほど「自分に当てはまるかもしれない怖い病気」が増えていく構造があります。

体のチェック。 しこりがないか何度も触って確かめる、脈を測る、鏡で確認する、といった行動も同じです。体は注意を向ければ向けるほど、普段は気づかない感覚まで拾い上げます。チェックのたびに「何かあるかもしれない」という材料が増え、不安が維持されます。

回避するタイプの悪循環。 一方で、受診や検査を避けるタイプの方の場合は、「病院に行かなかったから悪い結果を突きつけられずに済んだ」という形で回避が維持され、「もし行ったら大変なことが分かるのでは」という恐れが検証されないまま膨らんでいきます。

どの形であれ、共通しているのは「短期的な安心(または恐怖の回避)と引き換えに、長期的には不安が維持・強化される」という構造です。これはご本人の性格の弱さではなく、不安という感情が持つ性質によるもので、誰にでも起こりうるメカニズムです。

他の不安の病気との違いと重なり

「病気が心配で確認を繰り返す」という姿は、ほかの状態とも似て見えることがあります。違いと重なりを簡単に整理します。

強迫症(強迫性障害)との関係。 「考えが繰り返し浮かび、打ち消すための行動を繰り返す」という構造は、強迫症とよく似ています。実際、病気不安症は強迫症と近い性質を持つと考えられており、治療の考え方にも共通点があります。おおまかには、強迫症では汚染・加害・戸締まりなど心配の対象が多岐にわたるのに対し、病気不安症では「自分が重い病気である」という一点に心配が集中する傾向があります。

全般不安症との関係。 全般不安症は、健康だけでなく仕事・家族・お金など生活のさまざまな領域に心配が広がる状態です。心配の対象が健康に限定されているか、生活全般に及んでいるかが、ひとつの目安になります。両方の性質を併せ持つ方もいます。

パニック症との関係。 パニック症では、動悸や息苦しさの発作そのものへの恐怖(「この発作で死ぬのではないか」)が中心です。病気不安症では、発作的な症状よりも「進行する病気にかかっているのではないか」という持続的な考えが中心になる傾向があります。ただし、パニック発作をきっかけに病気への不安が強まるなど、重なり合うことも珍しくありません。

こうした区別は、専門家でも慎重に見立てる部分です。ご自身で「自分はどれに当てはまるのか」を確定させる必要はありません。「病気への不安が生活を圧迫している」ということ自体が、相談の十分な理由になります。

なぜ起きるのか——きっかけと背景

病気不安症がなぜ起きるのか、単一の原因は分かっていませんが、いくつかの要因が関係すると考えられています。

身体感覚への注意の向きやすさ。 人によって、体の内側の感覚(心拍、胃の動き、筋肉の張りなど)への感度や、そうした感覚に注意が向きやすい程度には差があります。体の感覚をよく拾い、それを「異常のサインかもしれない」と解釈しやすい傾向があると、不安の悪循環が始まりやすくなります。これは繊細さの一側面であり、それ自体が悪いことではありません。

過去の病気体験。 ご自身が過去に大きな病気やヒヤリとする経験(検査で要精密検査になった、誤診されかけた、など)をしたことがきっかけになる場合があります。

身近な人の病気や死。 家族や友人ががんなどの重い病気になった、あるいは亡くなった経験のあとに、自分の体への不安が強まることはよくあります。年齢的に「親が病気になった年齢に自分が近づいた」ことが引き金になる方もいます。

ストレスや疲労。 仕事や家庭のストレスが高まっている時期、睡眠が不足している時期には、体の不調も出やすく、不安も増幅されやすくなります。

きっかけがはっきりしている方も、思い当たる節がない方もいます。いずれの場合も、「本人の気の持ちよう」の問題ではなく、注意・解釈・行動が絡み合った悪循環として理解するのが現在の標準的な考え方です。

治療——「白黒つける」から「不安と付き合う」へ

病気不安症の治療の中心は、精神療法と、必要に応じた薬物療法です。

認知行動療法。 病気不安症に対しては、認知行動療法が有力な治療法のひとつとされています。具体的には、体の感覚をどう解釈しているか(「この頭痛は脳腫瘍のサインだ」など)を一緒に検討したり、検査・検索・体のチェックといった安心確保行動を段階的に手放していく練習をしたりします。「不安なのにチェックをやめるなんて無理」と感じられるかもしれませんが、いきなりすべてやめるのではなく、できるところから少しずつ、不安が自然に下がっていく体験を積み重ねていくのが基本です。

薬物療法。 不安が強い場合や、うつ状態・強迫的な傾向を伴う場合には、SSRI(選択的セロトニン再取り込み阻害薬)などの抗うつ薬が使われることがあります。効果の現れ方には個人差があり、すべての方に薬が必要なわけではありません。使う場合も、精神療法と組み合わせながら、経過を見て調整していきます。

治療の目標の切り替え。 治療のなかでもっとも大切な転換点は、目標の置き方です。「検査で完全に白黒つけて、100%の安心を手に入れる」ことを目標にすると、どれだけ検査をしても届きません。医学に「絶対に病気ではない」という保証は存在しないからです。そこで治療では、目標を「不安をゼロにする」ことから、「不安が浮かんできても、それに振り回されずに生活を続けられる」ことへ、少しずつ切り替えていきます。これは諦めではなく、不安の性質に合った現実的な戦略です。不安と付き合えるようになると、結果的に不安そのものも小さくなっていくことが多いのです。

身体科との連携と、受診を考える目安

病気不安症の診療では、身体科との連携が大切になります。精神科にかかったからといって、体の検査が一切不要になるわけではありません。年齢相応の健康診断やがん検診は引き続き意味がありますし、新しい症状が出たときに身体科で診てもらうこと自体は適切です。大切なのは、「不安が湧くたびに検査で打ち消す」のではなく、「医学的に必要な検査は計画的に受け、それ以外の確認行動は治療のなかで減らしていく」という整理です。かかりつけの内科の先生と精神科が情報を共有しながら進められると、より安心です。

精神科・心療内科への受診を考えていただきたい目安としては、次のようなものがあります。

  • 適切な検査で異常なしが続いているのに、病気への不安が数か月以上続いている
  • 検査・受診・検索・体のチェックに、多くの時間やお金を使ってしまっている
  • 病気の心配のせいで、眠れない、仕事や家事に支障が出ている
  • 不安のつらさから、気分の落ち込みが強くなってきている
  • 逆に、不安が強すぎて必要な受診や検診まで避けてしまっている

なお、胸の強い痛みや呼吸困難、ろれつが回らないなど、明らかに急を要する身体症状があるときは、迷わず救急(119番)を利用してください。すでに通院中の方は、体調や不安の急な悪化を主治医に早めにご相談ください。

おわりに——不安の強さは、あなたの落ち度ではありません

「重い病気かもしれない」という不安を抱え続けるのは、本当に消耗することです。周囲に理解されにくく、「検査で異常がなかったのだから」と言われるたびに、孤独を深めてきた方もいらっしゃると思います。

けれども、検査で異常がないことと、あなたの苦しみが本物であることは矛盾しません。そして、その苦しみには病気不安症という名前があり、認知行動療法をはじめとする治療の選択肢があります。健康を大切に思う気持ちそのものは、あなたの真面目さの表れです。その気持ちが不安の悪循環に取り込まれてしまっているだけなら、悪循環のほうをほどいていくことができます。

当院でも、病気への不安が続いてつらいというご相談をお受けしています。「こんなことで受診していいのか」と迷う必要はありません。異常なしと言われても安心できない日々が続いているなら、それは十分に、相談していただいてよい理由です。

よくある質問

検査で異常なしと言われたのに不安が消えません。もう一度検査を受けるべきですか?

まず身体の病気をきちんと調べることはとても大切です。ただ、適切な検査で異常がないと繰り返し確認されているのに不安が続き、検査のたびに安心が短くなっている場合は、「体の問題」よりも「不安のしくみ」が主役になっている可能性があります。再検査を重ねる前に、一度精神科・心療内科でご相談いただく選択肢があります。

病気不安症と心気症は同じものですか?

ほぼ同じ状態を指す言葉です。従来「心気症」と呼ばれてきた状態は、現在の診断基準(DSM-5)では主に「病気不安症」と「身体症状症」に整理されました。身体症状そのものが強く苦痛の中心にある場合は身体症状症、症状は軽いかほとんどないのに「重い病気ではないか」という不安ととらわれが中心の場合は病気不安症と呼ばれます。

ネットで症状を検索するのをやめられません。これも症状の一部ですか?

症状や病名を繰り返し検索して、かえって不安が強まる現象は「サイバーコンドリア」と呼ばれることがあります。検索は一時的な安心をくれますが、深刻な情報に触れて不安が増し、また検索する、という悪循環になりやすいことが知られています。意志が弱いからではなく、不安のしくみとして起こることです。治療のなかで扱っていけるテーマです。

病気不安症は治療で良くなりますか?

認知行動療法が有力な治療法とされており、SSRIなどの薬物療法が併用される場合もあります。「検査で白黒つけて安心する」ことから「不安があっても生活を続けられるようになる」ことへ目標を切り替えていくのが治療の柱です。経過には個人差がありますが、適切な治療で生活のしやすさが改善する方は少なくありません。

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執筆・監修

精神保健指定医 野口晋宏

春日メンタルクリニック院長。精神科・心療内科の診療経験をもとに、受診前の不安や制度の疑問を整理しやすい情報提供を心がけています。

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