はじめに
体に障ると分かっている。やめたほうがいいとも思っている。それでも、その話になると気が重くなって、つい別のことを考えはじめてしまう。健診の封筒を開けないまま置いてある。薬を自分の判断でやめたことを、まだ言えずにいる。
こうしたとき、人の内側で何が起きているのか。心理学には、筋の通った説明があります。認知的不協和という考え方です。この記事は、精神科の専門誌が心理学の理論を臨床向けに解説した特集のうち、この考え方を取り上げた一編を下敷きにしています。以下では「解説」と呼びます。
知っていることと、していることが食い違うとき
解説が紹介しているのは、フェスティンガー(Festinger, L.)が1957年に世に出した認知的不協和理論です。
ここでいう「認知」は、頭のよさや考える力のことではありません。自分自身のこと、自分がしていること、身のまわりの出来事について、その人が持っている知識や信じていることを指します。人はそうした認知をいくつも同時に抱えています。そのあいだに食い違いが生じると、内側に張りつめた感じや居心地の悪さが起こり、それを減らすか無くすかの方向に力が働く――これが理論の出発点です。
解説が冒頭の例に挙げているのは、たばこです。吸っている人が喫煙と肺がんの危険を結びつける話題に触れると、「自分は吸っている」という認知と「それは体に障る」という認知が食い違うことになります。
この力は、食い違いにかかわることが本人にとって大事であるほど、また、抱えているもののうち食い違っている部分の割合が大きいほど、強く働くとされています。大事なことだからこそ、減らそうとする力も強い、という説明です。
食い違いがとくに起こりやすい場面として、何かを選び終えたあと、圧力によって自分の考えとは逆の行いを取らざるを得なかったとき、これまでの見方と噛み合わない知らせに出会ったときが挙げられています。加えて、人前で意見を述べるとき、信じてきたこととかけ離れた現実を前にしたときも、同じく挙げられています。飲むか飲まないかを決めた直後、自分の飲み方や生活について検査の数値を見せられたとき、家族の前で「もう大丈夫だから」と言い切ったあと――どれも、この並びのなかにある場面です。
楽になるやり方は、一つではありません
ここが、この記事でいちばんお伝えしたいところです。食い違いによる負担を減らす方法として、解説は三つを挙げています。
一つめは、自分の行いを改める道です。解説は、これがもっともよく採られる方法だとしています。たばこの例でいえば、吸うのをやめることで「自分はやめた」という認知が手に入り、体に障るという認知との食い違いが消えます。
二つめは、身のまわりの状況を変える道です。自分の行いではなく、環境のほうを動かします。たばこの危険を説く友人や、報道で流れてくる知らせから距離を取れば、体に障るという材料が手元から減り、食い違いも生じにくくなります。ただ、人がまわりに及ぼせる力には限りがあるため、行いを変えるよりも難しいとされています。
三つめは、新しい認知を足す道です。食い違いを消すのではなく、引っかかりの重みを下げます。吸っていても長く元気でいる人の話を集めてくれば、体に障るという認知の重みが下がり、食い違いから来る負担も小さくなります。
精神科をめぐる場面に置き換えてみると、受診をすすめてくる人としばらく顔を合わせないようにするのは二つめの形にあたります。薬の副作用の記事ばかりを読んで、飲まずにいる理由のほうを増やしていくことや、お酒について、自分より飲む人の話を思い浮かべることは、三つめの形です。
どの道が選ばれたとしても、それは意志の強さ弱さの話ではありません。解説はこの三つを人柄の欠点としてではなく、食い違いを抱えたときに誰の内側でも働きうる仕組みとして並べています。薬を飲みたくないという思いの中身については、「薬を飲まないとだめですか?」に書いてあります。
触れる前から、避けておくということ
解説は、食い違いを減らそうとする動きと並べて、食い違いを大きくしそうな場面や知らせを、進んで避けるという動きも理論の柱として挙げています。すでにある食い違いを大きくしないための回避と、そもそも起こさないための回避の、両方を含む強い傾きです。いま食い違いがほとんど無い状態でも、これまでの経験からつらさや怖さを見込んでいれば、新しい知らせに対して用心深い構えを取ることになる、と説明されています。
健診や血液検査の結果を、封を切らないまま置いてある。受診の話題が出そうになると、別の話に移してしまう。調べたいことがあるのに、その病名だけは検索しないでいる。通院が途切れてから、その医療機関の前を通らない道を選んでいる。――どれも、この形として読むことができます。意志が弱いのではなく、痛い思いをあらかじめ見込んでいるからこそ、身構えが起きている。身構えが起きるほどのものを抱えている、というほうが実情に近いこともあります。
そして、そのことを診察で詳しくお話しいただく必要は、必ずしもありません。「開けられずにいる封筒があります」とだけお話しいただいても構いませんし、中身の話は後回しでも構いません。
言い当てても、たいてい動きません
食い違いを抱えたときの動きを説明する言葉は、誰かを問い詰めるための道具ではありません。「それは逃げだ」「都合のいい材料を集めているだけだ」と言い当てても、それで行いが変わるとは解説されていません。むしろ新しい食い違いが増え、突きつけてくる相手から離れる形が選ばれやすくなります。診察の話題を避ける、家族との会話が減る、という形でです。
名前を貼っても事態は動きにくいという点は、心の働きを別の枠組みから説明した心が自分を守る仕組み――「防衛機制」は悪いものではないとも重なります。ただし、すべてを認知的不協和で説明できるわけではありません。ご家族が「自分は病気ではない」と言うときの「病識」は別の枠組みで論じられてきたことがらで、病識とは?に書いてあります。お酒や薬物、ゲームなどをやめられないという困りごと自体も、この仕組みだけでは説明がつきません。
判断を、自分ひとりのものとして扱うかどうか
解説は、日本と欧米の大学生を比べた音楽CDの実験を紹介しています。まず音楽CDを10枚、買いたい順に並べてもらいます。次に、5位または6位にあたる2枚のうち1枚を受け取ってもらい、もう一度並べ直してもらいます。受け取ったCDの順位が上がり、受け取らなかったCDの順位が下がった幅が、選んだあとの食い違いを小さくした度合いを示す指標です。
実験では、片方の組だけに、同じ国の平均的な大学生ならどう並べるかを推し量ってもらう手順を加えました。日本の大学生では、この手順を加えた組のほうが並べ直しの幅が大きくなりましたが、欧米の大学生では手順の有無による差がありませんでした。解説は、日本の大学生では自分ひとりの判断よりも属する集団の判断が、食い違いを小さくするうえで大きな役割を担う傾きがあると述べ、この理論を臨床で使う際には、文化ならではの事情を確かめることが大切だとしています。
これは集団を見たときの傾きの話です。受診するかどうか、薬を続けるかどうかといったことに、ご家族の考えや職場の見方が絡んでくることは珍しくありません。それを、ご自分ひとりで切り分けてから来ていただく必要はありません。
解説の後半は、予防プログラムの紹介です
解説の後半は、この理論を健康の問題にあてはめる試みの紹介です。欧米を中心に、摂食障害、喫煙、薬物への依存などへの働きかけに用いられてきたとされています。役割を演じる、小さな集まりで書いて発表するなどの課題に参加者が自分から取り組み、いまの行いと噛み合わない認知を育て、参加者自身の手で食い違いを解いていく、という筋書きです。
具体例はBody Projectという摂食障害の予防プログラムで、想定される参加者は中学生くらいから若い成人の女性です。解説は、日本で実施した報告には行き当たっていないとしています。これは支援する側・設計する側に向けた紹介で、いま困っている方への宿題でも、当院で受けられる治療の案内でもありません。摂食障害そのものについてお困りの場合は、拒食(神経性やせ症を含む)で受診を考える目安と過食がやめられないに書いてあります。
受診の目安
やめるかやめないか、行くか行かないかを決め終えるより前に、次のようなことが続いているときは、相談をお考えください。
- 眠れない、食事が取れない、体重が落ちてきている
- 仕事や家事、身のまわりのことができなくなってきている
- お酒や市販薬の量が増えている
- 気持ちが晴れない日が続いている、涙が止まらない
- 健診や検査の結果を開けないまま、時間だけが過ぎている
- 受診や治療の話が出ると話をそらしてしまう、と自分でも気づいている
お酒の量については、当院ではアルコール依存症単体のご相談はお受けしていませんが、眠れなさや気分の落ち込みといった不調と重なっている場合には、その不調のほうをご相談いただけます。処方されている薬を自分の判断で急にやめることは、それ自体が体調を乱すことがあります。とくに睡眠薬として使われるベンゾジアゼピン系の薬は、急にやめること自体が状態を乱すため、見直しは医師が計画を立てて行います。すでにやめてしまったあと、また受診するまでの道すじは、通院を自己判断でやめてしまったに書いてあります。
どこまでを不調と呼べばいいのか、ご自分でもよく分からないというときも、そのままお越しいただけます。暴力や強い支配のある関係のなかでこうした変化が出ているときは、この記事の説明を当てはめず、身の安全の確保が先になります。相談先を含めて安全が脅かされているときにまとめてありますが、そうした関係のなかで出てきた症状は、ご自身の受診としてご相談いただけます。そして、自分や他の人を傷つけそうな考えが出ているとき、食事も水分もほとんど取れていないときは、待たないでください。通院中であれば主治医に連絡し、命に関わる切迫した状況ではためらわず救急(119)を利用してください。
当院での実際
当院は福岡県春日市の精神科・心療内科です。ご相談は、WEB予約(デジスマ)でご予約のうえ、初診前のWEB問診にお答えいただく形です。初診の所要時間の目安は問診を含めて30分程度で、通院を始めた場合は2週間に一度が基本、再診は5分前後です。
どうするかを決めかねている段階でも、そのままお話しいただいて構いません。決心がついてから受診する必要はなく、何があったのかを話さないままでも受診していただけます。話さないでいることが体調に響いているようなら、そのことのほうを診察で扱えます。前熟考・熟考・準備・行動・維持という段階で変化を見る枠組みも取り入れています(「やる気が出ない」のではなく、準備の途中かもしれないでは別の呼び方を使っています)。
ご家族のみの相談はお受けしていません。当のご本人が受診し、同席に同意されている場合には、ご家族も同席できます。そのご本人がどうしても受診できない状況の場合は、お住まいの地域の保健所、市区町村の精神保健相談、精神保健福祉センターなどの公的相談先、または受診を予定している医療機関への問い合わせをご案内しています。当院には心理士がおらず、カウンセリングや認知行動療法などの専門的な心理療法プログラムは行っていません。実施している医療機関はご自身でお探しいただくことになりますが、紹介状(診療情報提供書)は必要に応じて作成します。当院の診療対象は18歳以上の方です。
まとめ
知っていることと、していることが食い違うと、居心地の悪さを減らす向きに力が働きます。これが認知的不協和という考え方です。行いを改めるだけでなく、食い違いを突きつけてくるものから離れる、新しい材料を足して重みを下げる、触れる前から避けることも、その現れです。どれが選ばれても、意志の弱さの話ではありません。
だから、開けられずにいる封筒や、言えずにいることを、そのままお持ちください。中身の整理を先に済ませる必要はありません。眠れない、食べられない、量が増えている――そうした困りごとのほうから、お話しいただけます。
そのほか近いところにあるもの ── 「落ち着いたら行きます」で止まってしまうのは、なぜか・本人が受診を嫌がるとき、家族はどう動く?・依存を認めない家族への接し方・アルコール依存症とは?・ゲーム・スマホがやめられないのはなぜ?
参考にした資料(要約・再構成。原文の転載ではありません):
- 精神科治療学 第37巻4号(2022年)特集「精神科臨床に役立つ心理学理論」より、認知的不協和理論とその臨床への応用を論じた解説(安達圭一郎)
よくある質問
体に悪いと分かっていても、やめられません。意志が弱いということでしょうか。
そうは考えないでください。認知的不協和という考え方では、知っていることと、していることが食い違うと内側に張りつめた感じや居心地の悪さが生じ、それを減らす向きに力が働く、と説明されます。減らし方は、行いを改めることだけではありません。食い違いを突きつけてくるものから離れることも、別の材料を足して引っかかりの重みを下げることも含まれていて、どれが選ばれても意志の強さ弱さの話ではなく、誰の中でも起こりうる動きとして説明されています。なお、お酒や薬物、ゲームなどをやめられないという困りごとそのものは、この仕組みだけでは説明がつきません。
薬を自分の判断でやめてしまいました。やめたくなる気持ちも、認知的不協和で説明できますか。
気持ちの動きについては、薬の副作用の記事ばかりを読んで、飲まずにいる理由のほうを増やしていく、という本文の三つめの形と重なるところがあります。ただし、体のほうの話は別です。飲んでいる薬を急にやめること自体が、体調を乱すことがあります。とくに睡眠薬として使われるベンゾジアゼピン系の薬は、急にやめること自体が状態を乱すため、見直しは医師が計画を立てて行います。薬をやめたときに体に起こることと安全な減らし方は「抗うつ薬をやめるとき――中断症候群(離脱症状)を知って、安全に減らすために」「睡眠薬をやめたい――その気持ちは自然なこと。ただし「急にやめない」が鉄則です」に、やめてしまったあとにまた受診するまでの道すじは「通院を自己判断でやめてしまった――「いまさら行きづらい」あなたへ、また受診してよい理由」に書いてあります。
家族が「自分は病気ではない」と言って受診しません。これも認知的不協和ですか。
その言葉を、この仕組みだけで説明しないでください。医療の場で「病識」と呼ばれているものは、認知的不協和とは別の枠組みで論じられてきたことがらで、「病識とは?――「本人が病気だと思っていない」を、ある・なしで判定しなくてよい理由」に書いてあります。ご家族としての声のかけ方は「本人が受診を嫌がるとき、家族はどう動く?――無理強いせずに受診につなげる声かけの工夫」に、お酒の問題を認めない場合は「依存を認めない家族への接し方|説得より動機づけと対話で」にあります。なお、当院ではご家族のみの相談はお受けしていません。ご家族が心配されている当のご本人が受診され、同席に同意されている場合には、ご家族に同席していただけます。そのご本人がどうしても受診できない状況の場合は、お住まいの地域の保健所、市区町村の精神保健相談、精神保健福祉センターなどの公的相談先、または受診を予定している医療機関への問い合わせをご案内しています。
暴力や強い支配のある関係のなかにいます。この記事は当てはまりますか。
当てはめないでください。手が出ていない場合も同じです。逆らうと怒鳴られる、物を壊される、黙り込まれて折れるまで待たれる、「あなたが悪い」と正しさを盾に責め立てられる、過ぎたことを何度も持ち出される、病気であることを持ち出して思いどおりに動かされる、暮らしのお金を渡してもらえない、どこへ行くのかをいちいち確かめられる、怖くて向き合えない――そういう形で相手を思いどおりに動かすために力が使われている関係も含みます。その関係のなかで、言いたいことを言わずにおく、相手に合わせて自分の考えのほうを引っ込める、ということが起きているとしても、それはご自身の内側の食い違いの話ではありません。身の安全を確保することが先になります。相談先を含めて「安全が脅かされているとき ── 関係改善の話が当てはまらない場面」にまとめてあります。そのうえで、そうした関係のなかで出てきた症状についてのご相談は、当院で承っています。ご自身の受診としてお話しください。なお、保護命令や離婚の調停といった法的な手続きのご相談は、当院ではお受けしていません。
認知的不協和という考え方を知ったら、自分を変えなければいけないのでしょうか。
その必要はありません。この記事に書いてあるのは、知っていることと、していることが食い違ったときに、人の側で何が起きていると説明されてきたか、というところまでです。どうするかを決めかねている段階のままでも、そのままお話しいただいて構いません。決心がついてから受診する必要はありませんし、何があったのかを話さないままでも受診していただけます。当院は福岡県春日市の精神科・心療内科で、ご相談はWEB予約(デジスマ)と初診前のWEB問診という形をとっています。初診の所要時間の目安は、問診を含めて30分程度です。当院の診療対象は18歳以上の方です。