「ダイエットのつもりだったのに、気づいたら食べること自体が怖くなっていた」「家族に痩せすぎだと言われるけれど、自分ではそこまでとは思えない」「食べようとしても、喉を通らない」――拒食をめぐる悩みは、こんな形で語られることが多いように思います。
周囲からは「ちゃんと食べればいいのに」と見えるかもしれません。しかし、拒食は「食べない」のではなく「食べられない」状態です。そして、本人が問題だと感じにくいという特徴を持つ、心と体の両方に関わる病気です。
この記事では、拒食(神経性やせ症を含む)とはどういう状態なのか、体に現れるサイン、どんなときに受診を考えてほしいか、精神科で何ができるのかをお伝えします。ご本人にも、心配しているご家族にも読んでいただけるように書きました。
「食べない」のではなく「食べられない」
拒食というと、意志の力で食事を我慢しているように見えるかもしれません。しかし実際には、多くの場合、本人の意志ではコントロールできない状態になっています。
- 食べようと思っても、体重が増えることへの強い恐怖が先に立ち、口に運べない
- 少し食べただけで「食べすぎた」という不安や罪悪感に襲われる
- 体重や食事のことが一日中頭から離れず、他のことが考えられない
- 客観的には痩せているのに、自分では「まだ太っている」と感じる
きっかけはダイエットや体調不良、ストレスなどさまざまですが、ある時点から「痩せたくて食べない」を越えて、「食べることそのものが怖い」「食べ方がわからない」状態に変わっていきます。ここまで来ると、本人の頑張りや周囲の説得だけで元に戻すことは難しくなります。
これは性格の問題でも、わがままでもありません。神経性やせ症は、医学的に確立した病名のある病気であり、治療の対象です。
体に現れるサイン――体重の数字だけでは測れない
体重が減っていくと、体はエネルギー不足の中で生き延びるために、さまざまな省エネの反応を起こします。それが次のようなサインとして現れます。
- 低体温・強い冷え――手足が常に冷たい、夏でも寒がる
- 脈が遅くなる(徐脈)――心臓が省エネモードになっているサインです
- 月経が止まる・不順になる――体が「妊娠・出産どころではない」と判断している状態です
- 立ちくらみ・ふらつき――血圧の低下や栄養不足によるもので、失神につながることもあります
- 髪が抜ける、肌が乾燥する、産毛が濃くなる
- 疲れやすい、集中できない、イライラしやすい
- 便秘、むくみ
「何キロを切ったら危険」という一律の数値で語られることもありますが、危険の程度は体重の数字だけでは決まりません。減るスピード、元の体格、体のサインの有無によって大きく変わります。むしろ大切なのは、上のようなサインが出ているかどうかです。特に、月経が止まる、脈が遅い、立ちくらみが強いといった変化は、体が悲鳴を上げているサインとして重く受け止めてほしいと思います。
低体重が続いたときに体に何が起こるかは、拒食症で体に現れる危険なサインの記事で詳しく解説しています。
本人が「問題」と感じにくい病気であること
拒食の難しさは、症状がつらいのに、本人が「これは病気だ」「治療が必要だ」と感じにくいところにあります。
- 痩せていることが達成感や安心につながっており、手放したくない
- 「まだ大丈夫」「自分より痩せている人はいる」と感じる
- 体重が増えることへの恐怖が強く、「治療=太らされる」と思えて怖い
- 栄養不足で脳のはたらきが落ち、判断や思考の柔軟さそのものが低下している
最後の点は特に重要です。低栄養が続くと、脳も十分に働けなくなり、考え方が硬くなったり、食べ物や体重へのこだわりがかえって強まったりします。つまり、「病気だと思えない」こと自体が、病気の症状の一部である場合があるのです。
だからこそ、ご家族や周囲の方へお伝えしたいことがあります。本人が「大丈夫」と言っていても、体のサインが出ているなら、それは受診を考えてよい状態です。そして、本人を責めたり無理に食べさせようとしたりすると、かえって心を閉ざさせてしまうことが多いものです。「痩せすぎ」「ちゃんと食べて」と体型や食事を直接指摘するより、「眠れていないみたいで心配」「ふらつくのが心配だから、一度体を診てもらわない?」と、本人も自覚しやすい不調を入口にする方が、受診につながりやすいことがあります。
こんなときは受診を考えてください
次のような状態に心当たりがあれば、精神科・心療内科への受診を考えてみてください。
- 食べようと思っても食べられない、食べることが怖い
- 体重が減り続けている、または周囲から痩せすぎを心配されている
- 体重・体型・食事のことが頭から離れず、勉強や仕事、人付き合いに影響が出ている
- 月経が止まった、脈が遅い、立ちくらみや強い冷えがある
- 食べたあとに吐いてしまう、下剤などを使ってしまう
- 隠れて大量に食べてしまい、そのあと強い自己嫌悪に襲われる
最後の2つのように、拒食には嘔吐や過食を伴うタイプもあり、過食症と行き来することもあります。過食を伴う場合については過食症・むちゃ食い症の記事もあわせてお読みください。
「診断がつくほどではないかもしれない」と迷う段階での受診でかまいません。むしろその段階の方が、回復への道のりは短くて済みます。
精神科で何ができるのか
摂食障害の治療は、「太らせる治療」ではありません。外来では、まず次のようなことから始めます。
- 心と体の状態を確認する――食事や体重の経過、体のサイン、背景にあるストレスや不安をうかがいます
- 病気の仕組みを一緒に理解する――「意志が弱いのではなく、病気がそうさせている」と整理するだけでも、自分を責める気持ちが軽くなることがあります
- 食事と体重について、本人が納得できるペースで目標を相談する
- 併存しやすいうつや不安への対応――気分の落ち込みや強い不安を伴う場合は、その治療も並行します
一方で、正直にお伝えしておきたいこともあります。体重減少が大きく進み、身体的な危険が高い状態では、外来の精神科だけで対応することは難しく、入院設備のある医療機関や内科での身体管理が必要になることがあります。当院ではこれらは行っておらず、実施している医療機関はご自身でお探しいただくことになりますが、紹介状(診療情報提供書)は必要に応じて作成します。それは見放すことではなく、体の安全を確保したうえで心の治療を続けるための、大切な役割分担です。
意識がもうろうとする、動けない、失神したなど、明らかに切迫した状態のときは、受診を待たず救急(119)を利用してください。すでに通院中の方は、まず主治医にご相談ください。
当院での実際
当院での摂食障害の診療について、受診を考える際の参考になりそうなことをお伝えします。
初診はWEB予約でお取りいただき、受診前にWEB問診にお答えいただきます。食事や体重のことは対面では話しにくいという方も、問診であらかじめ書いておいていただくと、診察でゼロから説明する負担が減ります。初診の所要時間は30分程度を目安に、これまでの経過と現在の心身の状態をうかがいます。市販薬やサプリメントを使っている場合は、体への影響を確認するため、初診時にお知らせください。
通院は2週間に一度が基本です。摂食障害は短期間で解決する病気ではないため、定期的にお会いしながら、体の状態と気持ちの変化を一緒に追いかけていく形になります。
ご家族のみでのご相談はお受けしておらず、ご本人の同意があれば、診察へのご家族の同席は可能です。ご本人がどうしても受診に踏み出せない場合は、お住まいの自治体の保健センターなどの公的な相談先か、受診を予定している医療機関へ直接お問い合わせいただくことをご案内しています。
早めの受診がもつ意味
摂食障害は、経過が長くなるほど、食べ方や体重へのこだわりが生活に深く根を張り、回復に時間がかかりやすくなることが知られています。逆に、発症から早い段階で治療につながった場合、回復しやすいことも指摘されています。
「まだ大丈夫」と感じているときこそ、実は受診の適したタイミングかもしれません。低栄養が進んでからでは、体の治療が先に必要になり、心の治療に取りかかるまでに遠回りをすることになるからです。
食べられないこと、体重が減っていくことは、あなたの意志の弱さではありません。心と体が発している助けを求めるサインです。そのサインに、一緒に向き合うところから始めませんか。迷いながらの受診で、まったくかまいません。
よくある質問
どのくらい体重が減ったら受診したほうがいいですか?
「何キロ減ったら」という一律の線引きは難しく、数値だけで判断しない方がよいと考えています。短い期間に体重が減り続けている、食べようと思っても食べられない、体重や体型のことが頭から離れず生活に影響が出ている、月経が止まった、立ちくらみや強い冷えがある――こうした変化が重なっているなら、体重の数字にかかわらず受診を考えてよい状態です。迷っている段階でのご相談でかまいません。
本人が「病気じゃない」と受診を嫌がります。家族だけで相談できますか?
当院では、ご家族のみでの相談はお受けしておらず、ご本人の同意のうえでの同席という形をとっています。ご本人がどうしても受診できない場合は、お住まいの自治体の保健センターなどの公的な相談先か、受診を予定している医療機関に直接お問い合わせいただく形をご案内しています。ご本人に受診を勧める際は、体重や食事を責めるのではなく、「眠れていない」「ふらつきが心配」など、本人も困っている体の不調を入口にすると受け入れられやすいことがあります。
精神科に行ったら、無理やり食べさせられたり入院させられたりしませんか?
外来の診察は、まずお話をうかがい、心と体の状態を一緒に確認するところから始まります。無理に食べることを強制するような場ではありません。一方で、体重減少が進んで身体的な危険が大きいと判断される場合には、入院設備のある医療機関や内科での治療が必要になることがあります。当院ではこれらは行っておらず、実施している医療機関はご自身でお探しいただくことになりますが、紹介状(診療情報提供書)は必要に応じて作成します。それは本人を追い詰めるためではなく、体を守るための選択肢としてお伝えするものです。
自分では大したことないと思うのですが、受診してもいいのでしょうか?
はい、その段階でのご相談こそ意味があると考えています。拒食は、本人が「大したことない」「まだ大丈夫」と感じやすい病気で、自覚が薄いこと自体が症状の一部であることも少なくありません。周囲に心配されている、月経が止まった、以前より食べることが怖い――思い当たることがあれば、診断がつくかどうかにかかわらず、一度状態を確認しておく価値があります。