「気づいたら、冷蔵庫やコンビニで買い込んだものを一気に食べていた。おなかは苦しいのに止められなかった。そのあと、強烈な自己嫌悪に襲われた」。
こうした体験を、誰にも言えないまま何年も抱えている方は少なくありません。過食は「食いしん坊」でも「だらしなさ」でもなく、医学的に名前のついた、治療の対象になる問題です。この記事では、過食に悩む大人の方に向けて、神経性過食症とむちゃ食い症(過食性障害)の違い、なぜ過食が起こるのか、そしてどんな治療があるのかをお伝えします。
「過食」とは何か――量だけでなく「コントロールできない感覚」が核
日常会話では「昨日ちょっと食べすぎた」も「過食」と呼ばれますが、医学的にいう過食(むちゃ食いエピソード)には、はっきりした特徴があります。
ひとつは、短時間のうちに、ほとんどの人が同じ状況で食べる量より明らかに多い量を食べること。たとえば2時間ほどの間に、菓子パンやお菓子、ごはんものなどを次々と食べてしまうような状態です。
もうひとつ、より重要なのが、食べることをコントロールできない感覚です。「やめようと思ってもやめられない」「何をどれだけ食べているか、途中からよくわからなくなる」「自分が自分でないような感じで食べ続ける」。この「止められなさ」こそが、単なる食べすぎと過食を分ける核心です。
過食のエピソードには、こんな特徴が伴うことも多いとされます。
- 空腹でないのに大量に食べる
- 普段より明らかに速いスピードで食べる
- 苦しいほど満腹になるまで食べる
- 恥ずかしさから、一人のときにこっそり食べる
- 食べたあとに自己嫌悪、抑うつ、強い罪悪感を覚える
思い当たることがあっても、どうかご自身を責めないでください。これらは「意志の弱さのリスト」ではなく、医学が積み重ねてきた「症状のリスト」です。
神経性過食症とむちゃ食い症――ふたつの診断の違い
過食を中心とする摂食障害には、大きくふたつの診断概念があります。
神経性過食症(過食症)は、過食のエピソードに加えて、体重増加を防ぐための代償行動を繰り返すものです。代償行動には、自分で嘔吐すること、下剤や利尿剤を使うこと、過剰な絶食や激しい運動などが含まれます。「食べてしまった分をなかったことにしたい」という切実な思いから行われますが、後述するように体に大きな負担がかかります。
むちゃ食い症(過食性障害)は、過食のエピソードは繰り返されるものの、代償行動を伴わないタイプです。「吐いていないから摂食障害ではない」と思われがちですが、これも独立した診断名を持つ、れっきとした治療対象です。過食後の強い苦痛や自己嫌悪が続く点は共通しています。
どちらも、自己評価が体型や体重に強く左右されやすいこと、本人が長く一人で抱え込みやすいことが特徴です。「自分はどちらなのだろう」と厳密に分類する必要はありません。過食とそのあとのつらさが繰り返されているなら、それだけで相談する理由になります。
標準体重でも起こる――見た目からはわからない病気
「摂食障害」と聞くと、極端にやせた姿を思い浮かべる方が多いかもしれません。しかし、神経性過食症の方の多くは標準体重の範囲にあります。むちゃ食い症では体重が増えている方もいれば、そうでない方もいます。
つまり、過食の問題は見た目からはほとんどわかりません。職場では普通に働き、人前では普通に食事をし、家に帰ってから一人で過食する――そんな生活を送っている方がたくさんいます。周囲に気づかれないぶん、「こんなことで悩んでいるのは自分だけだ」という孤立感が深まりやすいのです。
体重が普通だから、社会生活が送れているから、受診するほどではない――そう考えて受診が遅れるケースは非常に多くあります。体重は重症度のものさしではありません。つらさが続いているなら、それが受診の十分な理由です。
ダイエットと過食の悪循環――「我慢」が過食の引き金になる
過食に悩む方の多くが、こう考えます。「過食してしまうのは食欲に負けるからだ。もっと厳しく食事を制限しなければ」。
しかし摂食障害の分野では、強い食事制限こそが過食の強力な引き金になることが、一般的な知見として知られています。
からだは、極端な制限や絶食を「飢餓」として受け取ります。すると、食べ物への渇望が強まり、脳は高カロリーのものを強く求めるようになります。長時間我慢したあとに何かを口にすると、張りつめていた糸が切れるように、一気に大量に食べてしまう。そして「やっぱり自分はダメだ。明日はもっと制限しよう」と決意し、さらに強い制限がまた次の過食を呼ぶ――。
制限 → 渇望 → 過食 → 自己嫌悪 → さらに強い制限
この悪循環が、過食症の中心的なメカニズムのひとつです。「朝と昼を抜けば、夜に過食しても帳消しになる」という考え方は、実は過食を維持する燃料になってしまいます。ですから治療では、「もっと我慢する」のではなく、むしろ規則正しく食べることから始めるのです。これは意外に感じられるかもしれませんが、悪循環の構造を知ると納得しやすいのではないでしょうか。
心の背景――感情と食べることの結びつき
過食は、単に食欲の問題ではなく、心の状態と深く結びついています。よくみられる背景をいくつか挙げます。
感情の調整として食べる。 不安、怒り、さびしさ、むなしさ――言葉にしにくい感情が高まったとき、食べることが一時的にそれを鎮める手段になっていることがあります。食べている間だけは嫌なことを考えずにすむ、という方も多くいます。過食は「心の痛み止め」として機能してしまっているのです。
完璧主義。 仕事も人間関係も食事も「ちゃんとしなければ」と自分に高い基準を課す方は、少しの逸脱を「全部台なし」と感じやすく、「一口食べてしまったからもうどうでもいい」と過食に振れやすい傾向があります。
自己評価と体型の結びつき。 「やせていなければ価値がない」という感覚が強いと、体重のわずかな増減が自己評価全体を揺さぶり、厳しい制限と過食の波を大きくします。
こうした背景があるからこそ、過食を「食べ方の癖」として意志の力で抑え込もうとしてもうまくいきにくく、心のありようも含めて治療で扱っていく意味があります。
からだへの影響――特に嘔吐を伴う場合は負担が大きい
過食そのものも胃腸や体調に負担をかけますが、特に注意が必要なのは嘔吐や下剤の使用を繰り返している場合です。
繰り返す嘔吐や下剤の乱用は、体内の電解質(カリウムなどのミネラルバランス)を乱すことがあり、これは不整脈など命に関わる状態につながりうる、見過ごせない問題です。また、歯が胃酸の影響を受けて傷んだり、唾液腺が腫れたり、胃や食道、のどに負担がかかったりすることも知られています。
ここで詳しい方法に触れることはしませんが、お伝えしたいのは「代償行動は、体に確実に負担を蓄積させる」ということです。もしすでに嘔吐や下剤の使用が習慣になっているなら、それはからだの面からも早めに医療につながってほしいサインです。動悸、強いだるさ、手足のしびれやけいれんなどがある場合は放置せず、症状が激しいときは救急(119番)の利用もためらわないでください。
治療について――過食は「治療できる」問題です
過食症・むちゃ食い症には、効果が期待できる治療の選択肢があります。
土台は、規則正しい食事リズムの再建です。 朝・昼・夕の3食と、必要に応じた間食を、抜かずに規則的にとる。前述の「制限→過食」の悪循環を断つには、まず飢餓状態をつくらないことが出発点になります。「過食しているのにさらに食べるなんて」と怖く感じるのが自然ですが、規則的に食べることは過食を減らす方向に働くと考えられています。
認知行動療法(CBT)は、過食症に対して有力な選択肢とされている心理療法です。食事の記録をつけながら食行動のパターンをつかみ、過食の引き金を特定し、体型・体重と自己評価の結びつきといった考え方の癖にも取り組んでいきます。
薬物療法として、抗うつ薬が使われる場合があります。過食の衝動や、併存しやすいうつ・不安の症状の軽減を目的に検討されるもので、使うかどうか、どう使うかは診察のうえで個別に判断します。薬だけで解決するものではなく、食事リズムの再建や心理的な取り組みと組み合わせて考えるのが基本です。
回復は一直線ではなく、良くなったり揺り戻したりを繰り返しながら進むのが普通です。過食が再び起きても「振り出しに戻った」わけではありません。
一人で抱えないでください――受診の目安
過食の悩みは、恥の感覚と結びつきやすく、「病院で話すようなことではない」と感じている方がとても多いのですが、これは受診してよい、医療が扱うべき問題です。次のような状態が続いているなら、受診を検討してください。
- 過食のエピソードが週1回程度以上、数か月続いている
- 食べることへのコントロールを失う感覚がある
- 嘔吐や下剤の使用、極端な絶食を繰り返している
- 食べ物や体型のことが頭を占めて、仕事や人間関係に影響が出ている
- 過食のあとの自己嫌悪や気分の落ち込みがつらい
当院は福岡県春日市の精神科・心療内科として、過食の悩みのご相談をお受けしています。診察では、これまでの経過やつらさをうかがったうえで、食事リズムの立て直しや治療の選択肢を一緒に考えます。なお、著しい低体重を伴う場合や、嘔吐などにより体への影響が強く出ている場合には、入院設備のある医療機関や摂食障害を専門とする医療機関での治療が必要になることがあります。当院ではこれらは行っておらず、実施している医療機関はご自身でお探しいただくことになりますが、紹介状(診療情報提供書)は必要に応じて作成します。その場合も、まずどこに相談すればよいか迷うようでしたら、入口としてご相談いただいて構いません。
長年の過食を初めて人に話すのは、勇気のいることだと思います。けれども、診察室でこの悩みを話すことは、少しも恥ずかしいことではありません。過食は、あなたの人格の問題ではなく、仕組みのある症状です。そして、仕組みがあるからこそ、対処の方法もあります。どうか一人で抱え込まず、ご相談ください。
よくある質問
体重は普通なのですが、過食症ということはありますか。
あります。神経性過食症の方の多くは標準体重の範囲にあり、見た目からはわからないことがほとんどです。体重が普通だから大丈夫、とは言えません。過食のエピソードとコントロールできない感覚が繰り返されているなら、体重にかかわらず相談してよい状態です。
過食は意志が弱いから起こるのでしょうか。
いいえ。過食は意志の弱さやだらしなさの問題ではなく、強い食事制限やストレス、感情の波などが重なって起こる、医学的に説明のつく現象です。「我慢が足りない」と自分を責めるほど悪循環に入りやすいことが知られています。治療の対象になる問題として扱ってください。
吐いていなければ受診しなくてもよいですか。
嘔吐などの代償行動がなくても、むちゃ食い症(過食性障害)という診断概念があり、治療の対象です。過食のあとのつらさや生活への影響が続いているなら、代償行動の有無にかかわらず受診を検討してよいと考えます。
過食症はどのように治療しますか。
規則正しい食事リズムを取り戻すことを土台に、認知行動療法が有力な選択肢とされています。症状や併存するうつ・不安の状態によっては、抗うつ薬による治療が検討される場合もあります。当院では診察のうえで、その方に合った進め方を一緒に考えます。