はじめに
うつ病などで休職を考えるとき、いちばん現実的な心配は「収入がなくなること」ではないでしょうか。健康保険の傷病手当金は、その不安に対するもっとも基本的な備えです。
この記事では、「いつから」「いつまで」「いくら」の3点に絞って、協会けんぽ・厚生労働省の公開情報をもとに整理します。申請書の書き方や手続きの流れは傷病手当金についてをご覧ください。
いつから?——休み始めて4日目から
傷病手当金は、療養のため仕事を休んだ日から連続して3日間の「待期」が成立した後、4日目以降の働けなかった日に対して支給されます。
待期のポイントは次の2つです。
- 連続3日間であること。2日休んで1日出勤すると待期は成立せず、数え直しになります。
- 待期の3日間には有給休暇や土日・祝日などの公休日も含められます。たとえば金曜に体調を崩して休み、土日を挟んで月曜も休めば、金土日で待期が成立し、月曜から支給対象です。
なお、待期の3日間そのものには傷病手当金は支給されません。この期間は有給休暇を充てる方も多くいます。
いつまで?——支給開始日から「通算」1年6か月
支給期間は、支給を開始した日から通算して1年6か月です。
ここで大事なのが「通算」という言葉です。2022年(令和4年)1月の制度改正で、途中で復職して傷病手当金が支給されなかった期間は1年6か月にカウントされなくなりました。
- 改正前: 支給開始から暦の上で1年6か月が経過したら終了(途中で復職した期間も含めて数える)
- 改正後: 実際に支給された期間を通算して1年6か月分まで(復職期間は数えず、後ろに繰り越せる)
つまり、「試しに復職してみて、難しければまた休む」という段階的な復帰を選んでも、復職していた期間の分だけ受給できる権利が減ってしまうことはありません。治療と仕事の両立をしやすくするための改正です。
なお、1年6か月は「同じ病気やケガについて」の期間です。期間が満了してもなお働けない状態が続く場合は、障害年金など別の制度が選択肢になることがあります。該当しそうな段階になったら、診察のときにご相談ください。
いくら?——給与のおよそ3分の2
1日あたりの支給額は、次の式で計算されます。
支給開始日以前の継続した12か月間の標準報酬月額の平均 ÷ 30日 × 3分の2
「標準報酬月額」は、毎月の給与などの報酬をもとに決められる等級制の金額で、健康保険料の計算に使われているものと同じです。ざっくり言えば「月給のおよそ3分の2が日割りで支給される」イメージになります。
月収別の目安
| 標準報酬月額の平均 | 1日あたり(約) | 1か月・30日分(約) |
|---|---|---|
| 20万円 | 4,445円 | 約13.3万円 |
| 30万円 | 6,667円 | 約20万円 |
| 40万円 | 8,889円 | 約26.7万円 |
※1日あたりの金額は計算の途中で1円未満の端数処理が入るため、実際の支給額とは差が出ることがあります。あくまで目安とお考えください。
被保険者期間が12か月に満たない場合は、「加入している期間の標準報酬月額の平均」と「保険者の全被保険者の平均(協会けんぽでは30万円)」のいずれか低いほうで計算されます。
また、休職中に給与が一部支払われている場合は、その分が調整されます(傷病手当金の額より少ない給与が出ているときは、差額が支給されます)。
手取りとの差を考えるときの注意点
「3分の2」と聞くと大きく減る印象ですが、実際の手取りの差はもう少し小さくなることがあります。傷病手当金は給与ではないため、所得税がかかりません。一方で、休職中も健康保険料・厚生年金保険料などの社会保険料の自己負担分は原則そのまま続きます。会社が立て替えて後でまとめて請求される形が多いため、支払い方法を人事・総務にあらかじめ確認しておくと、あとで慌てずにすみます。
そもそも対象になる人・ならない人
傷病手当金は「健康保険の被保険者」のための制度です。次の点は最初に確認しておきましょう。
- 会社員(健康保険の被保険者本人)は対象です。うつ病や適応障害などの精神疾患も、医師が「労務不能」と判断すれば身体の病気と同じように対象になります。
- 公務員の方は共済組合に同様の給付がありますが、まず有給の病気休暇が適用されるなど扱いが異なることがあります。加入先の共済組合にご確認ください。
- 自営業・フリーランスの方が加入する国民健康保険には、原則として傷病手当金の制度がありません。
- 家族の扶養に入っている方(被扶養者)も対象外です。
- 仕事が原因のケガや、業務に起因するとされた病気は、健康保険ではなく労災保険の扱いになります。
「自分の場合はどうか」が分からないときは、保険証(資格確認書)に書かれている保険者に問い合わせるのが確実です。
受給を続けるために必要なこと——毎月の申請と主治医の証明
傷病手当金は、一度申請したら自動的に振り込まれ続ける制度ではありません。申請書には「療養担当者(主治医)の意見欄」があり、対象期間ごとに「労務不能であった」ことを医師が証明する必要があります。多くの方は1か月ごとに区切って申請しています。
つまり、受給を続けるには通院を続けていることが前提になります。長く間隔が空いてしまうと、その期間について医師が労務不能を証明できず、支給に支障が出ることがあります。産業保健の実務書でも、休職中は診断書や申請書類の「切れ目」を作らないことが強調されています。
当院での実際
当院では、休職の診断書は1か月ごとに作成しています(長期間分をまとめて発行することはしていません)。通院の頻度は基本的に2週間に一度です。この通院ペースが、傷病手当金の申請書の証明を毎月切れ目なく行うことにもつながっています。申請書の医師記入欄の作成をご希望の方は、診察のときにお持ちください。
退職後も続けて受け取れる場合がある
次の条件を満たすと、退職(資格喪失)後も継続して受給できる場合があります。
- 退職日までに継続して1年以上、健康保険の被保険者であったこと(任意継続の期間は除く)
- 退職日の時点で傷病手当金を受けているか、受けられる状態にあること
注意点が2つあります。まず、退職日に出勤すると「働ける状態」とみなされ、継続給付を受けられなくなることがあります。退職日の過ごし方は事前に確認しておきましょう。もうひとつは、退職後にいったん働ける状態になると、その後再び働けなくなっても支給は再開されないことです。
退職を視野に入れている方は、手続きの前に加入先の保険者(協会けんぽ・健康保険組合)に条件を確認しておくと安心です。
休職前に会社へ確認しておきたいこと
傷病手当金とあわせて、休職に入る前に会社の人事・総務に次の点を確認しておくと、お金の見通しが立てやすくなります。産業医向けの実務書でも、休職の初期に本人や家族が確認しておくべき項目として挙げられている内容です。
- 有給休暇の残り日数(待期の3日間や支給までのつなぎに充てられます)
- 会社独自の病気休暇・療養制度の有無(法定の傷病手当金に上乗せがある会社もあります)
- 就業規則上の休職できる期間の上限(勤続年数によって異なることが多い項目です)
- 休職中の社会保険料の支払い方法
ご自身で確認するのがつらい時期は、ご家族に代わりに問い合わせてもらう形でも構いません。
「お金が心配で休めない」方へ
生活費の不安から、限界を超えて働き続けてしまう方は少なくありません。ですが、給与のおよそ3分の2が通算1年6か月まで保障されるこの制度を知っているだけでも、「休む」という選択肢が現実味を帯びてくるはずです。
休職の手続きは休職について、診断書の発行は休職診断書のもらい方、申請から振込までの日数はこちらの記事で解説しています。医療費の負担が気になる方は自立支援医療制度(通院医療費が原則1割負担になる制度)もあわせてご覧ください。
体調のこと、休職のタイミングのこと、迷ったら一人で抱えず、診察のときにそのままお話しください。
出典・参考(2026年7月25日参照)
- 全国健康保険協会(協会けんぽ)「傷病手当金」
- 厚生労働省「令和4年1月1日から健康保険の傷病手当金の支給期間が通算化されます」
※健康保険組合によっては、付加給付など独自の上乗せがある場合があります。正確な金額・取り扱いは加入先にご確認ください。
よくある質問
途中で復職してまた休職した場合、期間はどうなりますか?
2022年1月の制度改正で、支給期間は「支給開始日から通算1年6か月」になりました。復職して傷病手当金が支給されなかった期間はカウントされず、その分を後ろに繰り越せます。改正前の「支給開始から暦の上で1年6か月経ったら終わり」という数え方から変わった点です。
1年6か月を過ぎたらどうなりますか?
同じ病気についての傷病手当金は支給が終了します。その後も働けない状態が続く場合、障害年金など他の制度の対象になる可能性があります。該当しそうな方には診察の中でご案内しますので、期間満了が近づいたら主治医にご相談ください。
退職した後ももらい続けられますか?
退職日までに継続して1年以上健康保険の被保険者であったこと、退職日の時点で傷病手当金を受給している(または受給できる状態にある)ことなどの条件を満たすと、退職後も継続して受給できる場合があります。ただし、いったん働ける状態になると、その後再び働けなくなっても再開はできません。退職日に出勤扱いになると資格に影響することがあるため、退職前に加入先の保険者へ確認しておくと安心です。
ボーナスや残業代は金額の計算に入りますか?
計算のもとになる「標準報酬月額」は、通勤手当や残業代などを含む報酬から決められる等級制の金額で、年3回以下の賞与(ボーナス)は含まれません。ご自身の標準報酬月額は、給与明細の健康保険料や、加入先の保険者への照会で確認できます。