デパケン(一般名: バルプロ酸ナトリウム)は、双極性障害(躁うつ病)の躁状態——気分が高ぶりすぎる時期に使われる気分安定薬です。もともとはてんかんの薬で、片頭痛の予防にも使われてきました。効果のしっかりした薬ですが、妊娠に関して、ほかの薬にはない特別な注意があります。ここでは、どんなふうに効いて、なぜ妊娠に気を配る必要があるのかを、診察でお話ししている感覚に近い形でまとめました。
どんなふうに効く薬か
デパケンは、脳の神経の高ぶりをしずめるように働き、気分が上がりすぎるのをおさえます。リーマスが気分の波を底からじわじわ支え、ラミクタールがうつの波を防ぐのに対して、デパケンは高ぶり(躁)にブレーキをかけるのが持ち味。躁の勢いに比較的早めに手応えが出やすい薬です。
ただし、合う量に落ち着くまでには少し時間がかかることもあります。すぐに変化を感じなくても、自己判断で量を変えず、経過を診察で教えてください。
量ではなく、血液の中の濃さで効く
この薬には、多くの心の薬と違う特徴があります。効き目を決めるのは「何錠飲んでいるか」ではなく、「血液の中にどれくらいの濃さで薬が届いているか」だという点です。同じだけ飲んでいても、体格や体質、ほかの薬によって濃さは変わるので、採血で確かめながら調整します。採血は、朝の分を飲む前に行うのが基本です。飲んだ直後は一時的に濃くなり、その値では判断できません。
検査結果の紙に印刷されている目安の範囲は、もともとてんかんの治療を想定した目安です。気分の高ぶりを抑える目的では、それよりもう少し濃さが必要だと報告されています。つまり「検査の範囲には入っているのに、効いた感じがしない」ということが起こりえます。効かないと感じたとき、薬を替える前にまだ調整できる余地があるかを確かめるのは、そのためです。ただし上げられる範囲には限りがあり、濃くしすぎればそのぶん体への負担も増えます。どこまで調整するかは主治医が判断します。反対に、少ない量で十分に効く方もいます。
どんな人に向くか・ほかの薬との違い
デパケンが力を発揮するのは、双極性障害の躁がはっきり強いタイプの方です。高ぶりを抑える力が頼りになります。
同じ高ぶりでも、顔つきによって向き不向きがあることが知られています。気分が晴れやかで万能感がふくらむタイプの高ぶりにはリーマスが反応しやすいのに対し、いらだちや不快感、怒りっぽさが前に出るタイプ、気分の高ぶりと落ち込みが入りまじるタイプ、波が短い間隔でくり返すタイプでは、デパケンのほうが効きやすいとされています。診察で「そのとき、気分は良かったですか。それともイライラのほうが強かったですか」とうかがうのは、この見分けのためです。
とはいえ、この向き不向きがそのまま「当院でデパケンを使う」ことにはつながりません。当院に来られる方はうつの時期が中心のⅡ型が多いため、いらだちの強い波に対しても、まずラツーダやラミクタールを軸に調整することがほとんどです。
ただし、この薬には薬選びの入口で、大きな分かれ道があります。それが妊娠です。デパケンは、おなかの赤ちゃんへの影響が、ほかの薬より心配される薬。そのため、妊娠する可能性のある女性には、最初からこの薬を選ばず、別の気分安定薬を先に検討するのが基本です。これは、この薬の効果を否定するものではなく、「誰に使うか」を慎重に見極めるということ。くわしくは次でお話しします。
飲み始めに知っておいてほしいこと
いちばん大事なこと——妊娠について
デパケンで、何よりも先に知っておいてほしいのがこれです。この薬を妊娠中に飲むと、赤ちゃんに影響(背骨や神経の発達に関わる問題、心臓などの奇形、知的発達への影響など)が出るリスクが、ほかの薬より高いことが分かっています。
だから、約束事はシンプルです。
- 妊娠を考え始めたら、その段階で必ず相談する。妊娠が分かってからではなく、"考え始めたとき"がいちばんよいタイミングです。薬の切り替えを含めて、前もって計画を立てます。
- 絶対に、自己判断で急にやめない。急な中止は気分の再発につながります。やめるにも、安全な段取りが必要です。
いま妊娠の予定がない方も、状況は変わりうるもの。将来の希望も含めて、気兼ねなく話してください。
なお、このリスクは量が多いほど高くなることが知られています。だからといって「少なければ安心」ということではありませんが、やむを得ず使い続ける場面で、必要な量を主治医と一緒に見きわめる理由の一つになっています。
現場でよく起きていることを二つお伝えします。一つは、妊娠が分かった瞬間に、飲んでいた薬をすべて自分でやめてしまうことです。妊娠中の服薬相談の記録では、そのあと気分が大きく崩れてから相談に至る例が少なくないと報告されています。やめること自体が誤りなのではなく、やめ方に順序があるということです。それから、「薬より、たばこのほうがまだ安全だろう」という誤解もよく見られます。薬のかわりに喫煙が増えたという記録もありますが、赤ちゃんにとって良い交換ではありません。
やむを得ず妊娠中も続けるときは、できるだけ薬の種類をしぼることが大切です。薬を重ねると影響が増すと報告されているためです。妊娠を計画する段階なら、葉酸を前もってとるようすすめられることもあります。
出産のあとは、気分の波が戻りやすい時期でもあります。産後をどう支えるかまで含めて計画を立てておくと安心です。授乳については、母乳を通じて赤ちゃんが受け取る量は、おなかの中にいたときよりずっと少ないと考えられています。ただし、出産と同時に薬を自己判断でやめてしまわないでください。授乳を続けるかどうかも、薬を続けるかどうかも、赤ちゃんとお母さんそれぞれにとっての良し悪しを見ながら主治医と決めます。
体重が増えやすい
デパケンでは、食欲が増して体重が増えやすいことがあります。これは我慢や気の持ちようの問題ではなく、薬の作用の一つです。気になり始めたら早めに教えてください。食事や運動の工夫を一緒に考えますし、体重の増え方によっては薬の見直しも選択肢です。
月経のリズムの変化(女性の場合)
この薬では、月経が不順になる・止まるという変化が起こることがあります。卵巣のはたらきに関わる変化で、体重の増加とあわせて現れることもあります。言い出しにくいことかもしれませんが、すぐに命に関わるようなものではなく、薬を見直すサインになります。次の診察を待たずに教えてください。
髪が抜ける
ご自分からは切り出しにくい変化の代表です。この薬では、髪が抜けやすくなる、髪質が変わったと感じることがあります。見た目の変化は小さな問題ではありませんし、薬を見直す材料にもなります。遠慮なく教えてください。
血が止まりにくい・あざができやすい
この薬では、血を固めるはたらきに関わる成分が減ることがあります。あざが増えた、鼻血が出やすい、歯ぐきから血が出る、小さな切り傷が止まりにくい——いずれも血液検査と結びつく変化です。気づいたら教えてください。抜歯や手術の予定があるときは、この薬を飲んでいることを必ず事前に伝えてください。
ぼんやりする・言葉が出にくい
眠気とは少し違う、頭に霧がかかった感じや言葉の出にくさが続くときは、血液の検査で原因が見つかることがあります。「疲れ」「年のせい」と片づけずに、このあとの「眠気や、そのほかの体調の変化」と同じく、飲み続ける前に連絡してください。
飲む時刻と、飲み忘れたとき
吐き気が出やすいのは飲み始めです。空腹より食後のほうが体に入る速さがゆるやかになるので、胃のむかつきが軽くなることがあります。ゆっくり溶ける形の薬(デパケンR、セレニカR)もあり、飲む回数を減らせます。この形では、抜け殻のようなものが便に混じることがありますが、中身は吸収済みです。「薬がそのまま出てきた」と驚いて自己判断で量を変えないでください。
飲み忘れに気づいても、2回分をまとめて飲まないでください。この薬は体の中の濃さで効くので、飲む時刻がばらつくと効き方も揺れます。
眠気や、そのほかの体調の変化
飲み始めは眠気やふらつきが出やすく、多くは慣れとともに軽くなります。車の運転など危険を伴う作業については、後の「生活の中での注意」をご覧ください。そして、まれにですが体に負担が出ることがあります。強いだるさが抜けない、食欲が落ちて吐き気が続く、ぼんやりして頭がはっきりしない、皮膚や白目が黄色い——こうしたサインが続くときは、飲み続ける前に連絡してください。差し迫った状態なら救急(119)へ。
すぐに連絡してほしいサイン
まれですが、放っておけない変化もあります。
- みぞおちから背中に抜けるような強い腹痛と、おさまらない吐き気(すい臓に負担が出ているサインです)
- 発疹が出て、あわせて発熱・のどの痛み・目の充血や目やに・唇や口の中のただれがある(皮膚の重い副作用のはじまりのことがあります)
皮膚の症状は、飲み始めて数日から2週間ごろに出やすい一方で、3週間以上たってから出てくるタイプもあります。とくに発疹と高い熱・のどの痛みが重なるものは、遅れて始まることが知られています。飲み始めて1か月ほど過ぎていても「もう時期は過ぎた」と考えず、発疹だけでなく、熱や目・口の症状がないかも見てください。
効いているかどうかを、何で見るか
効果は「静かになったかどうか」で測られがちですが、それでは足りません。見たいのは、眠れる時間が戻ったか、話す速さが落ち着いたか、お金の使い方や予定の詰め込み方が戻ったかという、生活の手ざわりです。
そこで役に立つのが記録です。寝た時刻と起きた時刻、その日の気分と出来事を書きとめて診察に持ってくると、話では追いきれない波が見えてきます。決まった様式でなくてかまいません。手帳の余白でも、スマートフォンのメモでも、続けられる形がいちばんです。
「頭の中がうるさくなくなった」「気持ちにふたをされた感じがする」。ご本人の実感も大事な情報です。
「イライラに効く薬」として使われるとき
デパケンで承認されている効き目は、てんかんと、てんかんに伴ういらだちや不機嫌、躁状態、片頭痛の予防です。ところが実際には、てんかんも双極性障害もない方のいらだちや衝動性に対しても使われることがあります。これは承認された効能ではない使い方です。専門書でも、いらだちがあるととりあえずこの薬を出す流れになりやすいことが戒められています。
承認外だから一律にいけない、という話ではありません。ただ、そのときこそ、なぜこの薬を選ぶのか、いつ見直すのかを決めておく必要があります。いま飲んでいる薬が何のためか分からなくなったら、聞いてください。
やめるとき
デパケンは、自己判断で急にやめると、気分が不安定になったり(てんかんの方では発作が起こりやすくなったり)します。調子が良くても、やめる時期とペースは診察で一緒に決めます。減らす途中でつらくなったら、いつでも戻せます。やめたい気持ちも含めて、まず聞かせてください。
長く飲んでいると、いまの落ち着きが薬によるものなのか、生活が整ったことによるものなのかが分かりにくくなります。だからこそ、ときどき「今も必要か」を一緒に見直します。ただし確かめるのに向かない時期もあり、生活が大きく動く時期や睡眠が乱れている時期は避けます。
生活の中での注意
運転については、添付文書で、眠気や注意力・集中力の低下が起こることがあるため、運転など危険を伴う作業をしてよいかは医師が慎重に判断し、行う場合は十分に注意すること、そして眠気などが出ているときは運転をしないことが求められています。とくに飲み始めや量を変えた時期は注意が必要です。運転が欠かせない生活の方は、必ず事前にご相談ください。お酒は眠気やふらつきを強めるので控えめに。妊娠については、くり返しになりますが、考え始めた段階で必ず相談を。授乳は母乳に移る薬なので、方針を一緒に決めます。飲み合わせでは、一部の抗生物質(カルバペネム系)と一緒に使えません。ほかの病院で薬をもらうときは、デパケンを飲んでいることを伝えてください。お薬手帳が役立ちます。
ラミクタールと組み合わせるとき
デパケンは、いっしょに飲んだ薬の効き目を強めることがあります。とくにラミクタールと組み合わせるときは、ラミクタール側を通常よりゆっくり増やします。急ぐと発疹の危険が上がるからです。この組み合わせで発疹が出たら、その時点で連絡してください。
当院での考え方
当院に来られる双極性障害の方は、うつの時期が中心のⅡ型が多く、その場合はまずラミクタールやラツーダを軸に調整することがほとんどです。そのため、当院でデパケンを新たに始めることは基本的にありません。とくに妊娠の可能性がある方には、より慎重な検討が必要なので、ほかの選択肢もあわせてご説明します。すでに他院で使っていて安定している方については、その治療を大切にしながら関わり方を一緒に考えます。
なお、当院ではリーマス(炭酸リチウム)も基本的には使っていません。妊娠を希望される方・授乳中の方については、赤ちゃんへの影響を考えたうえで治療を検討します。これまでの経過から薬を使う利益が上回ると判断する場合には、最小限の薬物療法を検討することもあります。通院は2週間に一度が基本ですので、体調の変化はため込まずにお持ちください。まずは診察でご相談ください。
参考文献
- デパケン錠100mg/200mg 添付文書(2026年3月改訂・第7版) — KEGG MEDICUS掲載の電子添文を参照(参照日: 2026-07-07)
- 参考書籍(本文の追記の裏づけ。要約・再構成であり原文の転載ではありません): 『双極性障害の診かたと治しかた』『本当にわかる 精神科の薬 はじめの一歩』『精神科臨床はじめの一歩』『ガイドラインにないリアル精神科薬物療法』『向精神薬と妊娠・授乳』『ジェネラリストのための向精神薬の使い方』『精神診療プラチナマニュアル』『双極性障害診療を極める(精神科治療学)』『気分症群』
よくある質問
妊娠を考えているのですが、デパケンを飲んでいて大丈夫ですか?
デパケン(バルプロ酸)は、妊娠中に使うと赤ちゃんに影響(背骨や神経の発達に関わる問題、心臓などの奇形、知的発達への影響)が生じるリスクが、ほかの薬より高いことが知られています。そのため、妊娠を希望する方・妊娠の可能性がある方では、使用の可否や別の薬への変更を慎重に検討します。自己判断で中止せず、妊娠を考え始めた段階で必ず主治医にご相談ください。
どんな気分の症状に使うのですか?
デパケンは、双極性障害(躁うつ病)の躁状態、つまり気分が高ぶりすぎる時期を落ち着ける目的で使われます。もともとはてんかんの治療薬で、片頭痛の予防にも使われます。気分の高ぶりにブレーキをかける、気分安定薬の一つです。
デパケンは当院で処方していますか?
デパケン(バルプロ酸)は、双極性障害では主に躁状態に使われるお薬です。当院に来られる双極性障害の方はⅡ型(うつの時期が中心)が多く、その場合はまずラモトリギン(ラミクタール)やルラシドン(ラツーダ)を中心に調整することが多いため、当院でデパケンを新たに始めることは基本的にありません。他院で始めて安定している場合の対応も含め、診察でご相談ください。
太ったり眠くなったりしますか?
デパケンでは、眠気や体重増加が報告されています。眠気は飲み始めに感じやすく、続けるうちに和らぐこともあります。体重が増えやすいのは薬の作用の一つで、気の持ちようの問題ではありません。気になり始めたら早めにご相談ください。食事や生活の工夫を一緒に考えますし、増え方によっては薬の見直しも選択肢です。
やめるときはどうすればよいですか?
自己判断で急にやめると、気分が不安定になることがあります(てんかんの方では発作が起こりやすくなります)。やめるときは、主治医と相談しながら徐々に減らしていきます。調子が良いと感じても、まずは診察でご相談ください。