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連載「境界性パーソナリティ障害(BPD)ガイド」第1回(全9回)

はじめに

「ついさっきまで楽しかったのに、ささいなひとことで気持ちがどん底まで落ちてしまう」「大切な人に見捨てられるのが怖くて、つい相手を試すような行動をしてしまう」「いいか悪いか、好きか嫌いか、気持ちが両極端に揺れて自分でもつらい」――。

こうした感情や対人関係の激しい揺れに、長いあいだ振り回されてきた方は少なくありません。「自分の性格が悪いだけなのかもしれない」「どうして自分はこんなにうまくいかないのだろう」と、ひとりで責め続けてきた方もいるでしょう。けれども、それはあなたの努力が足りないからでも、人として欠けているからでもありません。

こうした特徴の背景には、「境界性パーソナリティ障害(BPD)」と呼ばれる状態が関わっていることがあります。これは医学的にきちんと知られている状態であり、悩んでいるのはあなただけではありません。

この記事では、BPDがどんな状態なのかを、難しい専門用語をできるだけ避けながら、「感情」「対人関係」「衝動」「認知(ものの受け取り方)」という4つの領域に整理してお伝えします。あわせて、「境界」という名前の由来、原因の考え方、症状の幅、回復の見通しについても紹介します。

境界性パーソナリティ障害(BPD)とは

境界性パーソナリティ障害は、英語の頭文字をとって「BPD」と呼ばれます。ひとことで言えば、気持ちの安定や人との関わり方、自分自身の感じ方などが、長いあいだ不安定になりやすい状態です。

特徴は、ある一つの症状だけが目立つのではなく、いくつもの症状が同じ人に重なって現れる点にあります。気分の波、人との関係のもつれ、衝動的な行動、ものの受け取り方の偏り――こうした幅広い症状が、別々にではなく、まとまって生じることが知られています。

だからこそ、BPDは「一つの複雑なまとまり」として理解することが大切だと考えられています。バラバラの問題に見えていたものが、実は一本の線でつながっている――そう捉え直すことができるのです。

なお、パーソナリティ障害にはBPD以外にもいくつかのタイプがあります。全体像を知りたい方は、パーソナリティ障害の10タイプの分類の記事もあわせてご覧ください。

症状があらわれる「4つの領域」

BPDの症状は、おおまかに次の4つの領域に分けて整理すると理解しやすくなります。

1. 感情の不安定さ

気分が短い時間のうちに大きく揺れ動くのが、もっとも中心的な特徴の一つです。さきほどまで穏やかだったのに、何かのきっかけで強い不安や怒り、むなしさに飲み込まれてしまう。気持ちのアップダウンが激しく、自分でもコントロールが難しいと感じることがあります。

BPDの気分の波には特徴があります。数週間単位でゆっくり変わるのではなく、数時間から一日のうちに、生活の中の出来事に反応して揺れ動くことが多いのです。この点は、うつ病や双極性障害との見分けにも関わる大切なポイントです(くわしくはうつ病・双極性障害との見分け方の記事で解説しています)。

2. 不安定な対人関係

人との関係が、近づきすぎたり遠ざかったりと、激しく揺れやすいのも特徴です。とくに「見捨てられるのではないか」という強い不安が根っこにあることが多く、相手にしがみつくような気持ちと、突き放したくなる気持ちのあいだで揺れることがあります。

3. 衝動性

その場の強い気持ちに突き動かされて、後先を考えずに行動してしまうことがあります。自分を傷つけてしまう行為などが含まれる場合もあり、つらさを一時的にしのごうとして起こることが少なくありません。こうした行動は、ご本人にとっては「そうするしかなかった」と感じられていることも多いものです。

4. 認知(ものの受け取り方)の問題

ストレスが強くかかったときに、ものの感じ方が一時的に変わることがあります。たとえば、自分や周囲が現実味を失って感じられたり、人の言動を悪い意味に受け取りやすくなったりすることがあります。こうした症状は一時的なもので、落ち着けばもとに戻るのが通常です。

これら4つの領域すべてに、必ず同じ強さで症状が出るわけではありません。どの領域が目立つかは人によって違います。それでも、複数の領域にまたがって不安定さが現れることが、BPDという状態を理解するうえでの鍵になります。

中心にある「見捨てられ不安」と「白か黒かの揺れ」

4つの領域の奥には、多くの場合、共通した心の動きがあります。その一つが「見捨てられ不安」です。

これは、「大切な人がいなくなってしまうのではないか」「自分は見捨てられるのではないか」という強い恐れです。この不安があまりに強いため、ささいなすれ違いでも「もう嫌われた」と感じてしまい、それが感情や対人関係の揺れにつながっていきます。

もう一つが、人や物事を「白か黒か」で受け取りやすい傾向です。ある人を「理想的ですばらしい存在」と感じていたのに、ちょっとしたことで「ひどい人だ」と正反対に評価が振れてしまう。この理想化と価値下げのあいだの揺れが、人間関係を不安定にさせる大きな要因になります。

こうした心の動きは、わざとしているわけでも、性格が悪いわけでもありません。強い不安に対処しようとする中で生まれてくる反応だと考えられています。

「対人関係への過敏さ」という理解のしかた

近年のBPD治療では、こうした症状のつながりを「対人関係への過敏さ」という一つの軸で理解する考え方が広まっています。BPD治療の標準的な手引き書でも、この見方が症状理解の中心に置かれています。

どういうことかというと、BPDの感情や行動の揺れは、でたらめに起きているのではなく、「拒絶された」「離れていかれた」「怒られた」と受け取った直後に起きていることが多い、ということです。たとえば、返信が来ないだけで「嫌われた」と感じて気分が急降下する。予定の変更を「見捨てられた」と受け取って強い怒りがわく――。

この見方が役に立つのは、「自分は気分がおかしい人間だ」という自己像を、「自分は人との関係の変化にとても敏感で、そこに反応している」と捉え直せるからです。気持ちが大きく揺れたとき、その直前に人との間で何があったかを振り返ってみると、揺れの「引き金」が見えてくることがあります。これは治療の中でも実際に使われている視点です(感情の波のしくみはBPDの感情の波はなぜ起きる?でくわしく解説しています)。

原因は一つではない――「気質」と「環境」の重なり

「親の育て方が悪かったのでは」「あの出来事のせいでは」と、原因探しで苦しんでいる方やご家族は少なくありません。

しかし現在の研究では、BPDは何か一つの原因で起きるものではなく、生まれ持った気質(感情が揺れやすい、衝動的になりやすいといった傾向)と、環境のストレスが重なり合って生じると考えられています。双子を対象とした研究などから、遺伝的な要因がある程度関わることがわかっている一方、それだけで決まるわけでもありません。

子ども時代のつらい経験がリスクの一つになることはあります。ただ、BPD研究の専門書でも、つらい経験をした人の大多数はBPDを発症しないこと、逆にBPDの方の全員に重い虐待の経験があるわけではないことが強調されています。つまり、「誰か一人のせい」「一つの出来事のせい」と単純に決めつけられるものではないのです。

この理解は、治療の場面でも大切にされています。ご家族を「原因」として責めるのではなく、回復を支える「協力者」として関わってもらう――これが現在の標準的な考え方です。

「境界」という名前の意味と、よくある誤解

「境界性」という名前を聞くと、「何の境界なのだろう」と疑問に思う方が多いはずです。

この名前は、もともと「神経症と精神病の境目に位置する状態」という、古い時代の考え方からつけられたものです。しかし現在では、BPDがその「境目」にあるという見方は当てはまらないと考えられています。

そのため専門家のあいだでは、「境界」という言葉は、この状態の本当の特徴――感情の不安定さ、衝動性、不安定な対人関係――をうまく言い表せていない、誤解を招きやすい名称だとされています。BPDの治療について書かれた書籍でも、「境界」という呼び名自体が実態に合っていないと指摘されています。名前だけが、古い由来を引きずってしまっているのです。

ですから、名前の響きから「あいまいな状態」「軽い・重いの境目」などと受け取る必要はありません。大切なのは名称ではなく、これまで見てきた症状の中身を正しく理解することです。

症状の重さの幅と、有病率・経過

BPDについて、もう一つ知っておきたいことがあります。それは、症状の重さには大きな幅がある、という点です。

医療機関を受診する方の中には症状が重い方もいますが、一方で、比較的軽い症状で日常生活を送っている方も地域には数多くいることがわかっています。「重い人だけがBPDだ」というのは、必ずしも正しいイメージではありません。

有病率は、地域での調査をまとめるとおよそ1%程度と報告されています。これは決してめずらしい数字ではなく、身近にいてもおかしくない、ということを意味します。また、病院では女性の患者さんが多い印象がありますが、地域全体の調査では男女差はもっと小さいとする研究もあります。「女性だけの病気」というのも正確なイメージではありません。

経過にも特徴があります。多くの場合、思春期のころに症状が現れはじめ、成人して間もない時期に症状が強まりやすく、その後、時間をかけて少しずつ和らいでいく、という流れをたどることが知られています。実際、患者さんを10年、20年と追いかけた海外の長期研究では、年月とともに多くの方が診断基準を満たさなくなっていくことが繰り返し報告されています。つまり、いまがつらくても、この先ずっと同じ状態が続くとは限らないのです。この見通しは、治療を考えるうえでも大きな支えになります(回復の見通しはBPDと診断されたら――回復はできる?でくわしく紹介しています)。

治療はある――精神療法が中心

「パーソナリティの問題だから治療できないのでは」と思われがちですが、そうではありません。BPDには、効果が研究で確かめられた治療法があります。

中心になるのは、対話を通じた精神療法(心理療法)です。世界的には弁証法的行動療法(DBT)などいくつかの専門的な治療法が知られていますが、興味深いことに、特別な専門プログラムでなくても、治療の枠組みを一定に保つこと、つらさを「理解できるもの」として受け止めること、自分の反応を観察する力を育てることといった共通の要素を備えた診療で、症状の改善が得られることが研究で示されています。

薬については、BPDそのものを治す薬は現時点では存在せず、あくまで症状の一部を和らげる補助的な役割と位置づけられています。薬だけに頼るのではなく、診察の中での対話と、生活そのものを立て直していくことが回復の柱になります(くわしくはBPDの治療は精神療法が中心の記事をご覧ください)。

診断名がつくことのメリット

「パーソナリティ障害」という言葉に、不安を感じる方もいるかもしれません。けれども、診断名がつくことには、いくつかの前向きな意味があります。

一つは、バラバラに見えていた症状が「一つのまとまり」として理解できるようになることです。気分の波、対人関係のもつれ、衝動的な行動が、それぞれ無関係なものではなく、同じ背景から生じていると整理できます。

もう一つは、これからの見通しが立てやすくなることです。BPDには先ほど述べたような経過の特徴があるため、診断があることで「いま自分がどのあたりにいるのか」を考える手がかりになります。

そして何より、その状態に合った治療につながりやすくなります。BPDでは、うつ病や双極性障害と間違われて、合わない治療が長く続いてしまうことが少なくないと専門書でも指摘されています。適切に状態が把握されることが、合った支援を受ける第一歩になります。診断は医師が行いますので、自己判断で決めつける必要はありません。

受診の目安

以下のようなことが続いていて、生活や人間関係に影響していると感じる場合は、一度ご相談ください。

  • 気持ちが短時間で大きく揺れ動き、自分でも抑えにくい
  • 「見捨てられるのではないか」という不安が強く、人間関係が安定しない
  • 人への評価が「すばらしい」と「ひどい」のあいだで激しく揺れる
  • 衝動的な行動や、自分を傷つけたくなる気持ちがある
  • むなしさや、自分が現実から離れたような感覚に悩まされる
  • これらが思春期や若いころから長く続いている

当てはまる項目があっても、それだけで診断が決まるわけではありません。最終的な診断は医師が行いますので、気になることがあれば抱え込まず、まずはお話を聞かせてください。

まとめ

境界性パーソナリティ障害(BPD)は、感情・対人関係・衝動・認知という4つの領域に、不安定さが重なって現れる状態です。その中心には「見捨てられ不安」や「白か黒かの揺れ」があり、近年は「対人関係への過敏さ」という軸で理解されるようになっています。原因は一つではなく、生まれ持った気質と環境の重なりで生じると考えられており、誰か一人のせいではありません。

「境界」という名前は古い由来によるもので、いまの理解には合わない、誤解されやすい名称とされています。有病率はおよそ1%とめずらしくなく、症状の重さにも幅があります。多くの場合、思春期に始まり、時間とともに和らいでいくことが長期研究からも知られています。効果の確かめられた治療もあり、診断名がつくことは、見通しや、合った治療につながる前向きな一歩になります。ひとりで抱え込まず、まずは相談することから始めてみてください。


参考にした書籍(要約・再構成。原文の転載ではありません):

  • 境界性パーソナリティ障害の治療(ジョエル・パリス)
  • 境界性パーソナリティ障害治療ハンドブック(ジョン・G・ガンダーソン)
  • パーソナリティ障害とはなにか(牛島定信)

よくある質問

「境界性」という名前は、何と何の境界という意味なのですか。

もともとは「神経症と精神病の境目に位置する」という古い考え方からつけられた名前です。現在ではこの見方は当てはまらないと考えられており、症状の中身を正しく表していない名称だとされています。名前にとらわれず、感情・対人関係・衝動・認知という症状の特徴を理解することが大切です。

境界性パーソナリティ障害は、めずらしい病気なのでしょうか。

いいえ。地域での調査では、有病率はおよそ1%程度と報告されており、決してめずらしいものではありません。また症状の重さには大きな幅があり、比較的軽い方から重い方までさまざまです。多くの方が時間とともに回復に向かうことも知られています。

性格の問題と、どう違うのですか。

BPDの特徴は「性格が悪い」「努力が足りない」といったこととは異なります。強い不安に対処しようとする中で生じる反応として理解されており、ご本人を責めるための言葉ではありません。

親の育て方が原因なのでしょうか。

育て方だけで決まるものではないと考えられています。現在では、生まれ持った気質(感情の揺れやすさなど)と、環境のストレスが重なり合って生じるという見方が一般的です。つらい経験がリスクの一つになることはありますが、それだけが原因ではなく、誰か一人のせいと決めつけないことが回復への出発点になります。

この先もずっと同じ状態が続くのでしょうか。

多くの場合、思春期に始まり成人早期に症状が強まったあと、時間をかけて和らいでいく経過をたどることが知られています。長期の追跡研究でも、年月とともに診断基準を満たさなくなる方が多いと報告されています。今がつらくても、見通しを持つことができます。

診断名がつくことに、何かメリットはあるのでしょうか。

診断は、これからの見通しを立てたり、その状態に合った治療につながったりする手がかりになります。バラバラに見える症状が一つのまとまりとして理解でき、ご本人やご家族が状態を知る助けにもなります。診断は医師が行いますので、気になる場合はご相談ください。

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執筆・監修

精神保健指定医 野口晋宏

春日メンタルクリニック院長。精神科・心療内科の診療経験をもとに、受診前の不安や制度の疑問を整理しやすい情報提供を心がけています。

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